E-290 王都攻撃の最終調整
ワンデルさん達が作ってくれた攻城櫓は高さが8ユーデを越えていそうだ。
引き渡してくれた時は、これが動くのかと思わず考え込んでしまった。
試しにオルガンさん達トラ族の兵士が2個分隊張り付いて掛け声とともに押してみたら、ゴロゴロとゆっくり動き始めた。
動くんだな……。思わず感心して見ていた仲間達と拍手をしてしまった。
エニルの部隊から観測員が3人程最上階の屋根に上っていく。直ぐに王都の宮殿が見えたと光通信で知らせてくれたけど、やはりこれぐらい高くないと見張り台として機能しないということだろう。
マーベル共和国で作る長城にも、これぐらいの高さを持つ見張り台を何か所か設けておいた方が良いのかもしれない。
弾着観測に問題が無いことが分かったし、西と東の攻城櫓も見えるとのことだから光通信で連携もできそうだ。
とはいえ、高いところに上って怖くは無いんだろうか? さすがにネコ族だけのことはあるんだよなぁ。
「マーベル軍の王都侵入は攻城櫓1台で足りるのか?」
「元々が寡兵ですし、預かった援軍を危険に晒すことはないでしょう。東西の両軍が王都に侵入すれば南門から魔族が移動するはずです。それから中に入って門を開いて貰うつもりです」
ティーナさんが、ちょっと残念そうな顔をしている。
敵軍に一番乗りするのは武人の誉れらしいけど、死んだら元もこうも無いからなぁ。
それに、中心部の攻撃が俺達の重要な役目でもある。十分に打撃を与えてからでないと東西からの王都侵入も難しいだろう。その頃合いを見定めるのがグラムさんの重要な役割になるはずだ。
石火矢の攻撃が始まったなら、かなりの頻度で状況確認をしてくるに違いない。
陣を構えて5日目に、グラムさんから連絡が入った。
それぞれの軍の状況を知りたいとのことだから、いよいよ攻撃が始まりそうだ。
ティーナさん達と一緒に、王都の西に陣を構えたグラムさんの指揮所に向かう。
ボニールで行けば30分も掛からない場所だ。
ティーナさんが監視兵に、グラムさんからの出頭依頼を受けて参じたことを告げると、直ぐに大きなテントに案内してくれた。
大きなテーブルは10人ほどが席に着けるだろう。指示されるままに椅子に腰を下ろすと、テーブルに広げられた王都の大きな地図を眺める。
通りが全て記載されているようだ。
東西南北を升目に赤く線を引いている。区画の数は20×20だから400区画になる。これで状況確認をするようだ。
なるほど……。これなら連絡するにも都合が良いし、弾着結果もこの升目で報告できるんじゃないかな。
「レオン殿が1番だ。準備は出来ているのか?」
「後は総攻撃前に、門の手前100ユーデに柵や攻城櫓を並べるだけです。援軍を頂きありがとうございます」
「気にするな。ある意味一番大事な場所であることも確かだ。こちらの門は瓦礫で塞がれているから魔族が出て来るとは思えん。状況によっては1個中隊を派遣できるぞ」
「その時はよろしくお願いします。とはいえ、その心配は少ないかと。あの堅固な城壁の阻止能力を魔族も十分に知っているはずですから、俺達の食料が尽きるのを眺めるつもりだと推測しています」
陣を構えるだけで、何もしなくとも運んだ資材が浪費されていく。
大軍であればあるほど、その消費量はおおきくなる。俺達が長く王都を取り囲むことが出来ないと、魔族も分かっているに違いない。
「なるほど……。魔族が直ぐに引き上げる訳だ。今回魔族側はそれほど食料に困っていないだろうからな」
「地下にでも閉じ込められているなら、少しは住民を助けることも出来るでしょうが……」
「それは彼らの運しだいだ。我等の攻撃手段は協議の通りに実施するつもりだ」
住民に被害がないとは言えないからなぁ。マーベル共和国の連中なら、彼らへの恨みもあるだろうが、エクドラル王国や東の王国はその状況を詳しくは知らないはずだ。
グラムさんとパイプを楽しんでいると、兄上とバイネルさんが指揮所に案内されてきた。
これで関係者が揃ったことになる。
ワインのカップが配られ、グラムさんが広げた地図を棒で示しながら最後の攻撃手段をゆっくりと話し始めた。
「……以上が、攻撃の手順になる。王都侵入は、攻城櫓から城壁内を確認して行って欲しい」
「あの櫓を城壁に近づければ内部が良く見えるじゃろう。了解じゃ!」
「城壁付近の攻撃を停止しても、マーベル国の中央部への攻撃は継続しているだろう。あの兵器は狙い通りに当たらないと聞いているが、同士討ちの危険はないのか?」
「この区画図で攻撃目標を連絡します。長距離兵器を使わなければ、狙いから100ユーデも逸れることはないと思います」
「この地図を小さくしたものを作ってある。帰りに持ち帰って欲しい。攻城櫓から確認できた状況はこの図の区画を縦横の文字と数字で知らせて欲しい」
「南からで良いのであろう? 連合国よりフイフイ砲2台都合付けて貰った。エクドラル王国より大型を2台さらに爆弾とやらを200個分けて貰っておる。各升目に数個ずつ放れるわい」
「たぶんバリスタも運んできたと思います。明日、バリスタに括り付けられる爆弾を50個贈りましょう」
「バリスタ用なら助かる話だ。攻城櫓の上に1台据え付けたからのう」
バイネルさんの話を聞いて、グラムさんと兄上が顔を見合わせている。
作ろうと考えてるのかな? 確かに狙い撃ちが可能だろう。城壁越えを行う時には結構役立つかもしれないな。
「準備が出来たなら、明後日の朝ということで良いだろうか? 総攻撃前に光通信で各陣に伝えよう。攻撃開始はエクドラル王国軍から放つ爆弾の炸裂が合図だ」
「夜の闇に紛れて、門に接近すると? 魔族軍に気付かれて矢を射かけられたなら、当然反撃は行いますが……」
「それは構わん。総攻撃では爆弾を一斉に放つ。マーベル国は石火矢を中心部に放って欲しい」
「了解です。南からだんだんと奥に向かって攻撃していきます」
東西の陣から放つ爆弾も南から北へと放っていくようだ。フイフイ砲を移動しながらだから、工兵達はさぞかし苦労するだろう。
最後にワインを再び掲げて、最終調整を終える。
さて、明日は色々と忙しそうだ。ティーナさんは少しエクドラル王国軍に残ると言っていたから、俺1人で帰還する。
現場指揮所のテントに戻ると、地図を広げてパイプを咥えた。
控えていた伝令の少年に、小隊長達に出頭するよう伝えると、直ぐにテントを飛び出して行った。
さて、夜間に陣の移動をしないといけない。門に近い場所に設置する資材から移動すれば混乱を避けられるだろう。
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「柵の移動となれば、我等にお任せください。それで、どのように?」
トラ族を率いるオルガンさんが胸を叩く。
とはいえ2個分隊だからねぇ。他の連中も頑張ることになりそうだ。
「ところで、移動柵はどれほど作ったんだい? ……120個か。それなら10個は石火矢用で良いだろう。一度にたくさん撃ち込みたいところだが、数の問題もあるからなぁ。この地図を見てくれ。夜中に攻撃のための陣を改めて作ることになるんだが、明日の昼間の仕事もあるんだ……」
南門の手前100ユーデの道を通行止めにするような形で横に10個の柵を並べる。1つの移動柵は横幅が5ユーデほどだから、これだけで50ユーデの阻止線を作れる。
次に横に並べた柵の端から北に角度を付けて柵を並べる。左右共に20個ずつ並べれば南門を囲む形に作れるだろう。
移動柵の2段目は1段目との距離を10ユーデ程あけて同様に作ることになるが、2段目は横に12個を並べて配置する。
「柵はこれで良いだろう。俺達は2段目の柵から攻撃する。1段目の柵に放炎筒を固定できるようにしておいてくれ。エクドラル軍から10個頂いているからね。あれは大きいからトラ族でないと抱えられないが、持続時間が長いから、柵に固定して使う。正面に6個、左右に2個なら少しは安心できる。それでも襲ってくるようなら、マーベルから持参した放炎筒を使う。これはトラ族の連中にお願いするぞ」
エニルの部隊が柵に沿って3個小隊布陣する。後方支援は中央がクロスボウ小隊、左右がエクドラルと貴族連合から増援に来てくれた1個小隊が対応する。
「砲兵部隊は、この位置だ。中央と左右に陣取り、中央が長距離攻撃、左右が中距離攻撃になる。左右の石火矢は10個が同時攻撃できるように上手く移動柵を使って欲しい。中央に機動部隊派遣用の荷馬車を1台置く。これは門が万が一にも開き始めた時に使って欲しい。旧型の石火矢だから飛距離は300ユーデに届かないが、門を攻撃するなら問題ない。魔族が飛び出すところで放って欲しい。柵が出来て兵士の配置が終了したら、最後に攻城櫓を移動する。道に沿って遠距離攻撃用の石火矢を放つ移動柵の近くまで押しだして欲しい。それで明日の仕事なんだが……」
昼なら柵を並べるのに苦労もしないだろうが、夜間だからねぇ……。
移動柵の設置位置にあらかじめ杭を打つことにした。左右も斜めに配置するから、2本ずつ打っておけば直線的に並べることが出来るだろう。
「なにか質問は?」
「攻城櫓には誰が上るにゃ?」
ネコ族のヴァイスさんには気になるんだろうな。とりあえず光通信機を扱えるクロスボウ兵5人と砲兵部隊の観察班を乗せれば十分だろう。
「城壁との距離が100ユーデありますから、ヴァイスさんの弓は届きませんよ」
「私も銃が使えるにゃ。他にも数人いるから、城壁の連中を狙撃するにゃ」
いつの間に覚えたんだろう?
思わずエニルに視線を向けたら、下を向いて小さくなっている。
ヴァイスさんが強請ったっていう事かな? だが、狙撃なら面白そうだ。
「それなら許可しますが、腕はあるんでしょね?」
「弓より確実にゃ。攻城櫓が固定されたら始めるにゃ」
「なら、狙いは魔族の士官と弓兵をお願いします」
「ホブとコボル達にゃ。了解にゃ!」
後でヴァイスさんの副官を教えて貰おう。まさか副官までも狙撃に参加はしないだろうからね。
最後にメモを確認して、クロスボウ部隊の少年達の中から2個分隊を後方に回すことを告げた。日替わりで前線と交代するなら、苦情も出ないだろう。
ボニール達の世話は必要だし、全軍の食事を作ってくれる小母さん達の手伝いもしてあげないとね。育ち盛りの少年達だから小母さん達が摘まみ食いをさせてくれるんじゃないかな。




