E-029 商人は信頼が大事らしい
「約束の日を違えない……。私等商人はそれが信用の証となりますが、武人である貴方様方も来ておられるとは思いませんでした」
「村はまだ雪が深いんだ。少し早めに出て、ここに着いたのは昨日だ。雪が道の悪さを埋めてくれたおかげだよ」
大きめのテントに案内されて入ってきたのは、2人の商人だった。それぞれ1人の付き人を連れている。
俺達は、交渉担当のエクドラさんと俺にナナちゃんになる。
「約束の品は持ってきていただけたようですね」
「大麦を60袋に干し肉が10袋、干し杏を5袋。それに銃のカートリッジが500と火薬が1樽。合計金額は1,785ドラムになります」
やはりそれぐらいになるだろうな。
この支払いを終えると無一文になりそうな金額だ。
とはいえ値切るなど持っての外だ。
エクドラさんが革袋から取り出した銀貨をテーブルに並べると、商人の前に押しやった。
「これで俺達の手持ち金が底をつきそうだ。そこで相談があるんだが……」
テーブルの上に革袋を取り出して中身を取り出した。
「これが採れることが分かった。とりあえず20袋を用意したのだが、買い取ってもらえるだろうか? それと、これの鑑定もお願いしたい」
革袋から取り出した黄銅鉱を2つ叩き合わせている商人の前に小さな革袋を置いた。
首を傾げながら革袋の中を覗いたとたん、商人の表情が変わった。
「これは……。村の近くで採れるのですか?」
「それほど多くはないが、近くで採れることが分かった。砂金で間違いないかな?」
「この重量……、間違いはございません。まさかこの川の上流にこのような品があるとは……」
「失礼ですが、この地はサドリナ王国の領内ということになっております。砂金の取引は王国の許可した両替商のみが可能ですから、皆さんの村の存在が公になってしまいそうです」
俺達のやり取りを、黙って聞いていたもう1人の商人が注意してくれた。
利権に飛びつくのはどこの王国も同じってことかな?
「両替ではなく、貴金属の細工師に直接ということは?」
「金の取引は両替商が独占しているようなものですから、無理でございます。出所をある程度隠蔽することは可能でしょうが、いずれは皆が知ることになるかと」
「かなり厳しい土地だぞ。最も、砂金を欲しがるような輩は気にもしないんだろうが」
「村を作ったと聞いておりますが、宿泊は可能なのでしょうか?」
「村とは言っても、実質は砦だ。将来は来て貰おうと長屋を作ったが、その他の来客は断ることになるだろうな」
砂金を掘る連中の緊急避難先として利用したかったのかな?
さすがにそれは無理だろう。
「前に話したと思うけど、俺達の村で暮らしている人間族は俺1人だからね。他は全て東の王国から逃れてきた連中ばかりだ。
砂金は、そちらで何とかしてほしい。こっちとしては同じ重さの金貨で交換しても問題はない」
「現在の金貨は金の含有量が半分ですぞ! それでは王国に多大な税を納めることになってしまうでしょうに」
「それで、貴方達の取り分もできるんじゃないかな?」
2人の商人が顔を見合わせてため息をついている。
「試されているのでしょうな。砂金の取引には税が含まれます。砂金の標準価格の7掛けで支払われると聞いております。この3割の中に、王国の税と両替商の利益が入ります。
私共が両替商との交渉のみで2割を受け取ることが他の商人に知れたらと思うと……」
俺達にとっては、どこの王国でも使える金貨になってくれるなら、重さの半分の金貨でも十分なんだけどなぁ。
「俺達の村までの輸送賃ということでどうだろうか? レンジャー達の相場もそれなりだと思うが?」
「それでもお釣りが出てしまうでしょう。今回の倍の冒険者を雇う経費を差し引いてお返しすることにします。それと、1つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
商人の問いは、黄銅鉱の精錬をなぜやらないかということだった。
確かにその方が利益も出るのだが、鉱毒が問題をあまり気にしていないのだろうか?
「銅の精錬過程で金や銀も手に入るでしょう。ですが俺達で行おうという気にはなれません。銅を精錬している近辺では作物が育たないと聞いたことがありますか?」
「聞いたことがあります。人里から離れた場所で精錬するということでしたが、村の位置なら問題はないのでは?」
「大ありですよ。俺達だって開拓民を抱えてますし、なんといっても川の上流です。精錬で出た排水が川に流れ込めば、この川に魚が住めなくなるでしょうし、下流の農業にだって影響が出ないとも限りません。ですから、採掘だけ行います」
どれぐらい取れると聞いてきたので、季節ごとに50袋以上という数字を上げると笑みを浮かべてくれた。
それなりの売却先があるということになるんだろうな。
「100袋までなら購入をお約束できるでしょう。ですが鉱石の値段はそれほど高くはありませんよ」
「今回運んだ鉱石でどの程度になるんだろう?」
商人の出した金額は、10グル(15kg)当たり100ドラム、銀貨1枚という価格だった。2グルで銀貨1枚が銅地金の相場だと工房長が言っていたから、まあまあの値段で引き取ってくれるということになる。
「砂金はどれぐらい採れるか皆目分からないんだ。もし今回の半分ほどの取引になった場合は、次の砂金で賄って欲しい」
「銅鉱石の値段で十分に賄えます。先ほどのお話では、次は夏至ということになるのですが、村を訪ねて行ってもよろしいのでしょうか?」
「長屋を作ってある。さすがに食堂は無いから、俺達と食事は一緒になってしまうけどね」
家を用意してあると知って、ちょっと驚いている。
後は、交渉役のエクドラさんに任せよう。冬の間作っていた品物の売値を確認するらしい。かなりの品数だから結構時間が掛かりそうだ。
商人達に頭を下げて、テントを出る。
さて、護衛のレンジャー達はどこにいるんだろう?
辺りを見渡していると、岸辺近くに小さな焚火を作って数人の男女が寛いでいるのが見えた。
俺達と違って服装がばらばらだな。
バックスキンの上下が良い具合に色が変わっている。少なくとも初心者ではなさそうだ。
人間族が3人に獣人族が2人。獣人族はどちらも犬族のようだ。
彼らに近づいて、バッグからワインの瓶を取り出した。
「ご苦労様でした。何も用意はしていませんが、これで喉を潤してください」
「おっ! 気が利くじゃねぇか。ありがたく頂くよ。ところで他の連中は全て獣人族なんだが、お前さんは人間族なんだな?」
「いろいろありまして、彼らと行動を共にしています」
座るように促されたので空いている場所に座ると、カップを出すように言われた。
すぐに飲むつもりかな?
差し出したカップに並々と注いでくれたけど、半分で良いんだよなぁ。
「獣人族の開拓村と聞いたんだが、お前さんのような人間族もいるんだな?」
「俺だけですよ。それに厳密な意味では人間族ということも出来ないんです」
「ハーフということかしら? 弓を持っているということはエルフ族とのハーフね?」
目ざとく、俺の持つ弓を見つめている。
元々がレンジャー用の弓だからなぁ。軍で使う弓よりは少し大きいんだよね。
「先祖返りというところですかね。でも魔法はからっきしですよ」
自嘲気味に笑みを浮かべると、ちょっと驚いているようだな。エルフは魔法に秀でているというのが通り相場だからなぁ。
「まぁ、そういうことなら隣国から逃げ出すのも無理はない。今回も2家族を連れてきたんだ。父親は殺されたというんだから気の毒な話だ」
「やはり略奪が酷くなっているんでしょうね……」
隣国に逃げ出せただけでも、良かったと思う。まだ隣国まで獣人族の虐殺の手が伸びてはいないようだからなぁ。
「でも、北の山奥で開拓を始めてやっていけるのかしら? かなり穀物を運んできたけど、あれを買いとれるだけの資金は長く続かないと思うんだけど」
「元は兵士ですからね。魔族との戦いで得た戦利品を売り払ったんです。とはいえ、いつまでも続けることもままなりませんから、冬の間に作った木工品と編み物の値段を交渉しているところです。
ところで、結構腕は立つんでしょう? 護衛の仕事ではあまり報酬は得られないんじゃないですか?」
俺の言葉に、レンジャー達が顔を見合わせて笑みを浮かべている。
変なことを聞いたかな?
「兵士は命令に従うってのが問題だ。上官が無能では、命がいくつあっても足りないからなぁ。その点レンジャーは自分の判断で行動する。さすがに契約には縛られるんだが、契約を受けるか否かは俺達の判断だ。今回の依頼は食事付きで1人銀貨2枚になる。相場より高いし、この季節なら魔族の心配はほとんどない。それに狩の獲物も少ないからな。ある意味、願ったりの依頼ってわけだ」
いつでも依頼があるというわけではないらしい。
話をいろいろと聞いていると、魔族の斥候程度なら狩れる腕を持っているようだ。それならオオカミの集団も退けることはできるだろう。
人当たりも良さそうな連中だから、護衛依頼は結構あるんじゃないかな。
「ここまで護衛をしてきたんだが、獣の足跡さえなかったぞ。俺達も町のギルドに報告するが、他の冒険者達が同じように護衛依頼をこなしていけば、この辺りに開拓村ができるかもしれないな」
「まぁ、ここから3日先に俺達の開拓村があるぐらいですからねぇ。でも俺達は元兵士ですから、それなりに戦うことができます。開拓村を作るなら、周辺の狩りをしてくれる冒険者が一緒でないと苦労だけでは済まされないと思いますよ」
「だろうな……。その辺りの状況はどうなんだい?」
獲物ってことか?
村でヴァイスさん達が狩ってきた獲物の種類を上げると、冒険者達の目が輝きだす。
「お前さん達の村は宿泊できるのかい?」
「さすがに住民で手一杯です。まだまだ開墾が捗りませんから、こうやって穀物を買い付ける始末ですからね。その代金は、魔族の武器や防具を売って手に入れたものです。川の東は魔族の襲来が頻発していますから」
「魔族の武器を、今回護衛していた商人に売ったってことか!」
「昨年に売りました。それが何か?」
「ああ、魔族の武器は鉄の品質がかなり高いんだ。打ち直した長剣はかなりの値段になるんだが……、何より絶対数が少ない。金を持っていても手に入ることは稀なんだ。良いことを聞いたな。リベル、後で交渉してくれないか? 去年ならすでに工房に卸したはずだ。直接購入できんでも、工房の名を教えて貰うことはできるだろう」
そういうことか。さすがはレンジャーだ。
自分の得物である長剣を買いなおそうというんだろう。ちょっとした鉄の鍛え方が違うだけでも、自分の命を左右することがあるらしいからなぁ。




