E-287 なるべく早めに出発しよう
ティーナさん達と一緒に帰ると、エクドラル王国の砦を利用できるが嬉しいところだ。街道を使わずに、荒地をまっすぐ進む。
6日後にマーベル共和国に到着したところで、皆に会議の状況を説明する。
グラムさんから頂いたブリガンディ王国の王都の地図を広げて、それぞれの国の配置と戦力を話すと、ガラハウさん達がワインのカップをテーブルに置いて真剣な表情で地図を睨んでいた。
説明を終えたところで、ワインを一口飲みパイプに火を点ける。
さて、どんな質問が飛んでくるんだろう?
「貴族連合とエクドラル王国軍から1個小隊ずつ援軍を出してくれるとはのう。東の王国も2個中隊以上とは思い切ったものじゃな」
「マーベルが南門を担当するとなれば激戦は必至だろう? やはり我等トラ族も加えねばなるまい」
「私等だって、爆裂矢を放てるにゃ!」
質問というより、大騒ぎになってしまった。
その話は済んでいると思っていたんだけどなぁ……。
「レオンは、前の話の通りで良いの? さすがに南門は無事なはずだから、攻撃した場合魔族が溢れ出る可能性がかなり高いと思うけど」
「一斉攻撃なら、魔族が溢れ出ることはないと考えてます。各国ともに城壁内に爆弾を放てる兵器を持っていますからね。魔族が南門から一気に大軍を押し出すためには、南門の広場に兵士達を集める必要があります。ですが広場は攻撃圏内ですからあまり心配は無いと考えています」
もし門を開けて逃げ出すなら、東門か西門になるだろう。北に門は無いようだが、場合によっては城壁に穴を開けるくらいはやるかもしれないな。
「出るとしても、苦し紛れに襲って来るなら統率も取れていないだろうが……。一応対策は考えているということか」
「移動式の柵を二重に作るつもりです。門から100ユーデ程離れた場所から攻撃するなら、魔族の矢も届かないでしょうし魔族が出てきても迎撃出来るだけの余裕を持てます」
まだ全体の状況が飲み込めていないのかな?
東西からフイフイ砲で爆弾を放ち、南からは石火矢を放つ。
1時間もしない内に、王都は炎に包まれるはずだ。
真ん中にフイフイ砲では届かない区域ができるから、その区域を石火矢で破壊する。
案外簡単に行きそうなんだが、帰る途中で気になった事をガラハウさんに聞いてみた。
「宮殿の破壊が石火矢で可能かと? 壁は石壁じゃが、屋根は木組みの筈じゃ。屋根を破れば破壊できそうじゃな。気になるなら、開発途中の大砲でも持っていくがいい。砲弾の厚みは三分の一イルムじゃから間違いなく屋根を破れるぞ」
「前装式で、砲弾に羽が付いてる奴ですね! あの砲弾はあれっきりじゃなかったんですか?」
「10発程度残っているぞ。1カ月後なら30発は増やせるじゃろう。石火矢も作らんといけないから、それで我慢するんじゃな」
飛距離は最大で3トレム近く飛ぶし、有翼噴進弾のように風の影響もあまり受けないから格段に命中率は上がるだろう。
他国の連中に見られてしまうだろうが、砲弾の中に組み込んだ信管は考え付かないんじゃないかな。ましてや新型大砲と比べると性能に雲泥の差があることも確かだ。
「石火矢の数もかなりの量になります。荷馬車に搭載できるんですか?」
「出来れば投石組を貸して欲しいんです。ボニールの世話だって必要です」
「そうなりますなぁ……。1個小隊には届かぬと思いますが、何とかしましょう。荷馬車は10台で足りますかな?」
マクランさんの言葉を聞いて少し嬉しくなった。たぶんレイニーさんが他の中隊長から押し負けて1個小隊追加してくれるだろうから、これでマーベルの役割は十分だろう。
そういえば大砲に車輪は付いてるんだが、砲弾の運搬を考えると2頭追加することになる。マクランさんなら供出してくれそうだけど、畑仕事にも使われているからなぁ。食料やテントは自分達で荷車を曳いていくことになるかもしれないな。
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翌日。朝食を済ませたところでエニル達の屯所に向かった。
指揮所から引き上げるエニルに明日相談に向かうと告げたから、小隊長を集めていてくれた。
レイデン川の監視はエルドさんの部隊に代わって貰っているらしい。
エルドさん達は秋までレイデル川で砂鉄を採るから、都合が良いと話してくれたそうだ。
「合わせて1個中隊と少年達が1個小隊ですか……」
「たぶんそれに1個小隊が増員されると思うよ。その上で、エクドラル王国と貴族連合から1個小隊ずつ増援がある。およそ2個中隊になるはずだ。援軍にはクロスボウ兵を希望してある。たぶんその通りにやってくるはずだ」
指揮所から皆が帰ったところで、遅くまでどのような陣形で王都の南に退治するかを考えた。
万が一にも、魔族が門から打って出るような事態がないとはいえない。
その為に、門を起点におよそ100ユーデの距離に二重の移動式の柵を円弧状に設置する。外側の柵に盾を固定すれば、銃を盾に添えて射撃ができそうだ。城壁の上にいるだろう魔族の弓兵は可能な限り狙撃で倒しておきたい。
柵から後方30ユーデ付近に移動式の柵を発射台として準備する。一度に放つ石火矢は10発程度で十分だろう。発射台の隣に大砲を設置する。たった1門だけだが石火矢より炸薬量は上だ。
その後方150ユーデにテントを張って俺達の屯所にする。テントの北側に荷馬車を並べておけば少しは魔族の足止めに役立つに違いない。
「およそ1カ月後の出発ですから、今日から準備を始めます。各自の弾丸の数は30発。その他に2会戦分の予備でよろしいでしょうか?」
「余れば持ち帰れば良い。他の中隊は使わないんだから全部持って言っても良いぞ。その他に、各自に小型爆弾を1つ持たせてくれ。予備を50個、ガラハウさんに頼んである」
「冬ではありませんから、重装備になりませんね。動きやすいのが一番です」
「通信兵は少年達の中に数人はいるだろう。1つ問題なのは王都内の監視なんだが、攻城櫓を1つ作ってくれるそうだ。城壁を越える高さに作るそうだからその上からなら城壁内を見通すことが出来るだろう。石火矢にしても大砲にしても着弾点の補正をしながら発射していくことになる」
「大砲部隊に観測班を2つ作りました。距離計の使い方も問題ありません」
実戦で試せるということだな。距離が近いけど、それは仕方がない話だ。
城壁の中に撃ち込むから、攻城櫓からの弾着観測は将来の魔族との戦いに十分反映できるだろう。
少なくとも他の軍隊は見通し距離での攻撃しか経験していないはずだ。
今回城壁内に爆弾を撃ち込むことになるのだが、その効果はどれほどになるのだろう?
「まあ、各国の軍が一緒だからなぁ。盾を沢山用意しておいた方が良さそうだ。石火矢の数は前回告げた通りだけど、ガラハウさん次第ではもう少し増えるだろう」
「1割増しは確実でしょうね。それで、放炎筒は固定して使うと?」
エニルの問いに笑みを浮かべて頷いた。
そもそも砲煙筒は高所から下に向かって放つことが一番効果的だし、後方の安全も担保出来る。今回は水平で使用するから、後方にいる連中に最後の木栓が当たったら大怪我を負わせてしまいかねない。
安全に使用できるよう、門に向かって移動式の柵に固定し、後方に盾を置いておくつもりだ。
木製の盾だから割れてしまう可能性もあるけど、少なくともそこで止まってくれるだろう。
「……そんなところかな? 積みきれない荷物はエディンさん達に運んで貰えるようエクドラル王国が動いてくれた。出発10日前にマーベルに来てくれるはずだから、慌てないで荷物を詰め込めるだろう。エニルの方で最終的に何台の荷馬車が必要か考ええておいてくれないか?」
「実際に搭載してみます。石火矢の数が多いですから」
結構な数だからなぁ。その上、大砲まで運ぶことになる。砲弾数十発で王宮が破壊出来れば良いんだけどね。
エニル達の屯所を出て、指揮所に戻る。
レイニーさんが編み物をしているのはいつもの光景だ。
今度は誰のものを編んでいるんだろう。自分の物を編んでいるところを見たことがないんだよなぁ。
「頑張りますね」
「エニルとの打ち合わせは終わったんですか?」
「即応部隊ですから、普段から準備をしていたようです。問題は石火矢等の運送ですね。いったい荷馬車がどれだけいるんだか……」
ポットのお茶をカップに注ぎ、いつもの席へ腰を下ろす。
パイプを取り出して火を点けると、バッグからブリガンディ王国の王都の地図を取り出して広げた。
何か見落としていないだろうか?
4つの王国が軍を出しているんだからなぁ。ちょっとした見落としが全体の足並みを乱さないとも限らない。
各国の陣の設置場所と、爆弾や石火矢の攻撃範囲……。
これで十分なんだろうか。不安がどんどん深まっていくんだよなぁ。
出発まで間があるから、銃や弓の手入れをして過ごす。
矢はヴァイスさんが爆裂矢を20本ほど届けてくれた。矢筒の矢と魔法の袋に入れた予備の矢を含めると、100本近い数だ。弾丸も30発はあるから俺の装備はこれで十分だろう。
そんな俺の姿を見て、ナナちゃんも装備品の手入れをしている。
弓とクロスボウの両方を持っていくみたいだ。鏃を指揮所に待機している伝令の少年達が研いでくれたから、ナナちゃんが御菓子をお礼にあげている。
彼らも退屈なんだろう。結構雑用をこなしてくれるんだよね。
グラムさんに、ティーナさん経由で集結日の20日前に出発することを伝えた。
少し早いとティーナさんが言っていたけど、結構ギリギリな気がする。荷馬車を使っても、行軍の速度がそれほど速まることはないだろう。
1日の行軍距離が稼げない時には、日が落ちても歩くことになるんじゃないかな。
「荷物を全て荷馬車に搭載できれば良いんですが、エディンさんがどれだけ荷馬車を用意できるか分かりませんからね。場合によっては荷車を押すことになりかねません。その時にはさらに3日早く出発します」
「荷車を先行させても良いんじゃないでしょうか? それぐらいなら名乗りを上げる人がたくさん出て来そうです」
場合によってはそのまま付いて来るかもしれないんだよなぁ。
レイニーさんの提案に苦笑いで頷く。
俺の表情を見て、直ぐに気が付いたんだろう。「ヴァイスには頼みませんよ」と同じく苦笑いを浮かべながら呟いた。




