E-286 4か国連合軍の結成
「それで、どれほどの軍を派遣できるか。その軍を率いるのは誰か。次はそれを考えねばならん。エクドラル王国は1個大隊以上、2個大隊未満というところだ。城攻めだから、騎馬隊は参加せぬ。フイフイ砲とカタパルトは10台程出せる」
メモを取り出して、グラムさんの数字を記録する。
「貴族連合はフイフイ砲2台にカタパルトが10台だ。軍は常備兵が1個大隊、民兵が2個中隊となる。民兵は全てクロスボウ兵だ」
「ワシのところは2個中隊にバリスタ兵、カタパルト兵が1個小隊ずつじゃ。バリスタ8台にカタパルトが4台じゃが、兵士は槍兵としても使えるぞ」
「最後はマーベルですね。派遣できるのは銃兵1個中隊。砲兵が1個小隊入っています。その他に、民兵が1個小隊です。砲兵に石火矢を任せるつもりです」
1個中隊と聞いて、バイネルさんが呆れた顔で俺に顔を向ける。
「もう少し出せんのか? それに銃兵では戦は出来んぞ」
「国力から見れば妥当な数字かと。そもそも国民の数が1万を少し超える程ですからね。それと、銃兵は俺が鍛えた兵士達です。十分に魔族と戦えますよ。弓兵を無くしたいんですが、中々そうもいかないので苦労しています」
「射程が弓の2倍だからなぁ。その上、狙いも正確だ。3個小隊なら頼りにさせて貰うぞ」
「10ユーデも離れれば当てることが難しいのが銃ですぞ。ワシも持ってはおるが、護身用じゃ。実戦で使ったこと等、1度もがない」
前装式の拳銃なら、そうなるだろう。1発ごとに面倒な弾込めをしないといけないからなぁ。それをいかに簡単にするか考えた末の後装式だ。
銃もストックを含めると全体の長さが4フィルト(1.2m)にもなる。先端部に着脱式の銃剣を付けると5フィルト(1.5m)を越える。短槍よりは短いけど、長剣よりは長いから取り回しの良い槍としても使えるからなぁ。
「その認識で十分でしょう。俺もあまり使いたくない部隊なんですが、実戦経験を積み重ねるために今回は使うつもりです」
「改良したということかな? レオンの事だ。弓兵を越えるということなんだろう。だが、石火矢は1個小隊で足りるのか?」
「石火矢を使う時には銃兵達は暇ですから、何とかなります。民兵は投石部隊ですが、クロスボウも使えますよ。荷物が多いので民兵に荷馬車を動かして貰うつもりです」
「確かに兵站も考えねばなるまい。あまり長い戦にはしたくない。布陣して後、10日で何とかしたいところだ。その布陣だが……」
グラムさんが地図に描かれた王都の西に指を伸ばした。
「西門はエクドラル王国が請け負う。東はバイネル殿の軍と貴族連合で何とかして貰いたい。問題は南だが……。レオン殿、出来るか?」
「魔族が出てくると面倒ですね……。貴族連合から丸太を200本程用意して頂きたいところです」
「柵を作るのか。200と言わず300は用意してやろう。民兵で良いなら1個小隊を派遣できるが?」
「クロスボウ兵でしたね。ありがたいです」
そんな俺と兄上の会話を呆れた表情でバイネルさんが眺めている。
「それでも2個中隊には届かんが、南門は正門なのだぞ。圧し潰されてしまうのではないか?」
「エクドラルから学んだ大型の砲炎筒がありますから、上手く使ってみます」
兵器をどのように使うかは、その兵器の特徴を良く知っていないと出来ないだろう。
この戦の後には、バイネルさんの王国にも爆弾と放炎筒が使われるようになるだろうが、使い捨ての兵器ということもあって、結構応用が利く。
「総指揮を誰が執るかだが、ワシにやらせて貰おう。少なくともここに集まった4つの国を知っているつもりだ」
「ブリガンディとは親しかったが、確かにエクドラル王国となると知り合いはおらんからなぁ。ましてやマーベル国など、ここにきて初めて知ったわ」
少し不服そうだけど、反対はしないようだ。
俺と兄上も賛成だから、今回の連合軍の総指揮はグラムさんになった。
「最後は魔族軍との戦を何時にするかということになる。現在工房で爆弾を増産中だ。1カ月もあれば、東の王国と貴族連合に分配できる量も増えるだろう。それを考えると、2カ月後の7月20日としたい。2か月には足りんが、あまり長く間を取るのも問題だ」
皆が頷いているけど、一番遠いのは俺達じゃないかな?
少なくとも15日前にはマーベルから出発しないと集結に間に合わなくなりそうだな。
兵士達の荷を積む荷馬車も用意した方が良いのかもしれない。長行軍だからなるべく身軽に歩きたいところだ。
グラムさんの言葉に、皆が頷いたところで4か国の連合軍がいよいよ実現する運びになった。
改めてワインのグラスが配られ、連合軍の勝利を祈って乾杯する。
オルバス館に戻った時には、すでに日が傾いていた。
夕食前にリビングで再びワインを飲みながら、協議内容の確認を行う。
どうにか纏まったから、明日は早めに帰ろう。
マーベルに戻ったら、いろいろと準備をしないといけないからなぁ。
「荷馬車を早めに集めないといけませんね。出来れば商会に荷役を手伝ってもらいたい程です」
「レオン殿のところは結構遠いからなぁ。街道に出るまでにも8日以上掛かりそうだ。軍の荷馬車を貸すことは出来ぬが、エディンに頼めば10台ほどなら融通できるだろう。ワシから頼んでおこう。マーベル国を発つ10日前に到着するよう手配しておく。出立時を光通信で知らせてくれ」
助かる話だ。ありがたく頭を下げて感謝を伝えた。
そんな俺を見て、2人が笑みを浮かべているんだよなぁ。
グラムさん達の方も荷物が多いに違いない。なんといってもフイフイ砲を運ぶんだからね。
「レオンの願いだから丸太は街道近くに準備しとくが、柵作りは簡単ではないぞ」
「別に頑丈な策を作るわけではありません。魔族との距離を取りたいだけです。こんな形に丸太を組んで2列に並べるだけで十分です。足を止めれば密集しますから、爆弾を投げれば大損害を与えられます。それに、高い見張り台を作ろうと考えてます。城壁の内側を見ることが出来ないと、石火矢を効果的に使えませんから」
俺の言葉に2人が腕を組んで考え込んでしまった。
見張り台を作ることを考えていなかったのかな?
「見張り台を作るより攻城櫓を作るべきでしょう。攻城櫓の最上段は城壁より少し高くなりますから、王都内を見ることも可能かと」
「確かに……。どうせ3台は作らねばなるまい。その内の1台を少し高く作っても良いだろう。確かに爆弾を投げ込むことだけを考えていたな」
「攻城櫓が高ければ光通信が可能でしょう。東西と南に我々が布陣していますから、状況確認も容易に行えるはずです」
兄上達が材料を準備してくれるとのことだ。
グラムさんが工兵2個小隊を新たに追加すると言っている。
工兵が一緒なら、余った木材でさらにカタパルトが増えそうだな。
「これからは火薬の時代ということでしょうか。父上がこんな兵器を使う時代になったと憂いていましたが、魔族相手に使うなら躊躇することもありません」
「さすがに人間同士で使うのは問題があるだろう。だが互いに躊躇いが出るなら戦の抑止にも繋がるのではないだろうか? 国境を巡っての小競り合いが減るに違いない。やはり戦は最後の手だろう。その前に十分に話し合う時代に代わりつつあるのではないだろうか」
「武門貴族よりも文官貴族ですか……。私達も話術を学ばねばなりませんね」
兄上の言葉にグラムさんも一緒になって笑い始めた。
とは言っても、それなりの矜持もあるんだろうな。それにまだまだ白兵戦が最後の勝負を決めるようにも思える。武門貴族は今後も無くなることはないんじゃないかな。
最後にもう1杯ワインを楽しんだところで、俺達はリビングを後にした。
朝の微睡から突然現実に戻されたのは、いつものようにナナちゃんが俺の上に飛び乗ってきたからだ。
今回はあまり構ってあげられなかったけど、ナナちゃんはデオーラさんと十分に楽しんだみたいだな。
画商に出掛けて絵の具を沢山買い込んだらしいから、マーベルに戻ったら季節の光景を描くと教えてくれた。
顔を洗って食堂に向かうと、デオーラさんとティーナさんがいる。
グラムさんがいないのは、早朝から軍務に出掛けたに違いない。兄上は既に館を去ったのだろうか? 俺と違って早起きだからなぁ。
「オリガン殿は、朝早くに出立しました。レオン殿に無理をしないようにと言っておりましたよ。グラム殿は朝食も食べずに出掛けました。やはり総指揮官となればそれだけやるべきことがあるということでしょうが、それなら普段から少しずつその状況に持っていくべきだと考えてしまいます」
サンドイッチに野菜スープ、数種類の果物が目の前にメイドさんが並べてくれた。
手を合わせて軽く食事に頭を下げるとさっそく戴き始めた。
「朝寝坊は中々治らないんです。いつもナナちゃんに起こされるのは自分でも反省しているんですが……」
「1つぐらい欠点がある方が、部下が付いて来ます。レオン殿の場合は分かり易いですからねぇ。それに文句を言わずに起きられるんですから、大きな欠点という事にもならないでしょう。あまり出来過ぎた人物というのも考えてしまいますわ」
「欠点はあった方が良いということか? なら私は問題ないな」
「貴方の場合は、あり過ぎます! それを少なくすることも大事なんですよ」
朝からティーナさんがお小言を言われている。ちょっと首を引っ込めて最後のサンドイッチを食べてるんだよなぁ。美人だから欠点は目立たないけど、デオーラさんにとっては目立つということかな?
肉食系美人だから、相手次第でどうにでもなると思っているのは俺だけなのだろうか? さすがに文官貴族に嫁入りすることはないと思うけどね。
「俺達も、今日出立したいと考えています。ブリガンディ王国の王都攻略の実施日が決まりましたから、それまでに準備をしないといけません」
「私も同行するぞ。父上の許可は得ているから、ユリアンと一緒にマーベル国の一員として参加するつもりだ」
その言葉に、思わずお茶を噴き出すところだった。
デオーラさんが笑みを浮かべて俺を見ているところをみると、オルバス家の中での同意まで得られているという事らしい。
「一番の激戦地になりかねませんよ。2個中隊もいないんですから」
「私がいた方が、援軍を当てに出来るのではないか? 父上は渋っていたが押し切ることが出来た」
裏で動いたのはデオーラさんかもしれないな。
視線を向けて小さく頷くと、笑みを消して頷き返してくれた。
やはりね……。
状況に応じて、中隊規模での援軍がやって来るかもしれないな。だけど、それを期待するようでは今後の関係に問題が出てきそうだ。
攻撃時の防衛をゆっくりと考えよう。まだまだ時間はあるからなぁ。




