E-283 関係国がエクドラルに集まるらしい
グラムさん達は、俺との会談を終えると直ぐに戻って行った。
色々と忙しい御仁だからなぁ。
ティーナさん達がここに残ると言っていたのは、今後の俺の動きを監視しようということなのかもしれない。
ブリガンディ王国の王都に居座った魔族の動きは、貴族連合から情報が入って来るようだ。エクドラル王国を介してはいるが、ティーナさんが俺達に伝えてくれる。
ある程度の情報隠匿はされているのだろうが、それは推測で補うしかないな。
「……と言うことで、王都の全ての門は固く閉じているようだ。王都に攻め入った時に破壊した門は、ガラクタで塞いでいるらしい」
「逃げ出した住民も少しはいるようです。水門から王都の北にある堀を伝っての脱出と聞きました」
逃げ出しても、どこに向かうのだろう?
貴族連合は受け入れを拒否するだろうし、東も西も入国を拒否するだろう。
獣人族と同じように路頭に迷いながら、冬越しが出来そうな場所を探すしかないだろう。畑も荒廃しているだろうからなぁ……。
「逃亡者を追う魔族はいないと?」
「王都内の住人で十分に食を満たせると考えているのだろう。惨い話だが、自ら撒いた種ともいえる」
どんな惨い状況であっても、俺達が同情することはない。
因果応報が形になっただけだ。
選民思想で染まった王国で暮らした住民ならば、この世界から消えてくれた方が後の世に悪影響を残すことはない。
偽善的な措置ではあるが、レイデル川の中流域に彼らが暮らせる土地は用意している。上手く逃げ延びる者もいるかもしれないな。
「大陸南岸の2つの王国が滅んだことになるが、これは連鎖するのだろうか?」
「太平楽を決め込んでいるような王国なら、連鎖に加わる可能性もあるでしょう。魔族に対して、真剣に取り組んでいるなら問題は無いと思いますよ。……とは言っても、もう1つ大きな懸念事項が出てきます。魔族がいくつかの王国を作っているとなれば、今回の魔族の地上侵出の成功が魔族同士の争いに決着をつける事態となるやもしれませんからね」
「長城建設を早めねばなるまいな……」
それぐらいしかできないんだよなぁ。
もっと積極的な策もあるんじゃないかと考えてはいるんだが……。
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グラムさんと会談してから半月ほど過ぎた頃、王子様より通信文が届いた。
表立っては調整を図りたいと書かれていたが、連合軍の創設を考えての事だろう。
レイニーさん達とは既に調整を済ませているから、会談の日に間に合うようにサドリナス領の旧王都に作られた庁舎に向えば良い。
夕食後に指揮所に集まった連中に連絡文を見せ、俺とナナちゃんで出掛ける旨を伝えた。
「いつもご苦労な事じゃな。レオンの希望する数は既に出来ておるぞ。運搬に荷車が5台は必要じゃろうが、それももう少しで出来るわい」
「いつも苦労を掛けてしまいます。そのままでも良いと思うかもしれませんが、ブリガンディの王都を魔族が利用したならサドリナス領がかなり怪しくなります。早めに刈り取りたいところです」
「全く迷惑な話だな。昔のように暮らしていたなら、こんなことにはならなかったはずなんだが……」
「その報いは受けたでしょう。後は俺達が安心できるようにすることをするだけです」
魔族は地下世界で永劫の争いを続けて欲しいところだ。
地上世界の俺達を使って、魔族の間引きをするような連中だからなぁ。
俺達と共生することは出来ないだろう。互いにお互いの領域を侵さぬよう暮らして行けたなら、それが一番なんだけどね。
「レオンが旧王都に出掛ける度に新たな工房が出来るんだが、さすがに今回はそれは無さそうだな。だが、とりあえずは長屋を3つ作っておくよ」
エルドさんの言葉に、頭を掻きながら頷いた。
さすがに今回は無いと思うんだけどなぁ。だけど、暇があるなら市内を巡って俺達の仕事になるようなアイデアを探したいところでもある。
まだまだ、仕事を求める住民が多いようだ。仕事の斡旋所を作ったらしいけど、結構賑わっているみたいだからね。
「そんなネタ探しで向かうなら良いのだが、ブリガンディは俺達の生まれた土地だ。兵役時代は王都近くの屯所で暮らしたこともある。連合軍に加わるのはエミルの中隊だけなのか? 出来れば2個小隊程、枠を増やして欲しいところだ」
ダレルさんがそんな事を言うもんだから、たちまち指揮所が騒がしくなる。
その気持ちはありがたいけど、1個中隊だけでもマーベル共和国の防衛から外すのだけでも防衛力の低下は大きなものになる。その上で2個小隊は無理な話だ。
大騒ぎしている連中を何とかなだめたところでレイニーさんが閉会を告げてくれた。
明日は早めに出発しよう。参加したいという連中が押し寄せて来そうだからね。
翌朝。朝食を終えてお茶を飲んでいる俺達から離れて、ナナちゃんが食堂の小母さんからお弁当を受け取っている。
夕食は砦で頂けるから、俺達とティーナさん達の4食分になる。
魔法の袋に大事そうにしまったナナちゃんが、俺達のところに走ってきた。
食堂で走るのはちょっと問題だと思うけど、転んだことが無いからなぁ。さすがはネコ族の上を行く精霊族だと感心してしまう。
「さて、出掛けますか。今日はエクドラルの東の砦ですね?」
「この時間だからな。夕暮れ前には着くだろうが、早めに出掛けるに越したことはない」
お茶を飲みほしたところで席を立つ。
中央楼門前の広場に歩いていくと、ティーナさん達の軍馬と俺達のボニールが待っていた。
手綱を握って待っていてくれた少年に礼を言うと、ボニールに跨る。
軽く足でお腹を蹴ると、直ぐに楼門に向かってボニールが進んでいく。
俺達を追い越して、ティーナさんが馬を進める。
やはり先頭を譲ることはないみたいだな。
俺なら早足になるぐらいの速度でボニールが進んでいく。やはりボニールは便利だ。馬よりも飼いやすくて、粗食に耐えるからね。開拓村では1家に1頭飼っているらしい。
「私の家で、各国が揃うのを待つことになりそうだ」
「いつもご迷惑をおかけします」
「返って私達の方に利があると思うが? レオン殿と懇意になりたい武門貴族はかなり多いようだぞ」
そんな物好きがいるとはねぇ……。
ということは、何度かそんな人物と会うことになるのだろうか?
とりあえずオルバス家で客人となっているなら、グラムさん達がある程度人選してくれるだろう。
2時間ほど進んだところで一休み。
小さな焚火を作ってお茶を沸かす。
ボニールは近くの草を食んでいるから、その姿を見ながらお茶を頂く。ついでにパイプを楽しむことにした。さすがにボニールに乗ってパイプは楽しめないからなぁ。
東の砦で一泊し、翌日は南に向かって進む。
街道に出たところで、今度は西へと進んでいく。
途中の町で宿泊し、マーベル共和国を出て5日目の昼過ぎに旧王都に到着した。
オルバス館の玄関でボニールから降りると、家人に後を託す。
俺達はティーナさんと一緒に、玄関で待っていたメイドさんの案内で客室向かい旅装を解く。
「綿の上下で良いはずだよ。俺もこれだからね」
綿の上下に、バックスキンのベストを着る。
幅広の装備ベルトで前を閉じれば、それほど見苦しくはないだろう。
マーベル共和国軍には制服が無いんだよなぁ。強いて言えばバックスキンの上下になるんだろうが、デザインが統一されていないのが問題だな。
帰国したなら、レイニーさんと相談してみよう。
今まで来ていた服は、ナナちゃんがまとめて『クリル』で綺麗にしてくれた。服を畳んでいると、トントンと扉が叩かれネコ族のメイドさんがリビングにお茶の準備が出来たと伝えてくれた。
先ずは、デオーラさんにご挨拶しなければなるまい。しばらく厄介になるんだからね。本来ならお土産を持参したかったんだが、急いでいたから何も準備していないんだよなぁ……。
リビングの扉を叩き、ナナちゃんと共に扉から数歩部屋の中に入る。
奥のソファーから腰を上げたデオーラさんが、俺達に笑みを向けてくれた。
「いつもご迷惑をおかけして申し訳ありません。しばらくご厚意に甘える所存です」
「お気になさらず、滞在して頂きたいですわ。普段は2人で暮らしておりますから、レオン殿が滞在してくださると賑やかになるのが楽しく思えるんですの」
ナナちゃんと一緒にペコリと頭を下げた俺達に挨拶を返してくれた。
手招きに応じてソファーに腰を下ろすと、直ぐにメイドさんがお茶を運んで来てくれた。
陶器のカップは俺達が贈ったものだな。やはり普段使いが一番だ。
「陶器が貴族に浸透してきました。さすがに磁器までは手が出ないようですけど、あの人形は人気が高いですよ。どんな人形を飾るかで、奥方の美的感性を知ることも出来ますから、サロンの話題に事欠きませんわ」
陶器の値段もだいぶ下がってはいるようだが、お茶のセットともなると依然として金貨10枚近い値になっているようだ。
急激な値崩れを防ぎたいということなんだろうが、供給量が多くなっているからなぁ。余るようでも困ると思っていたんだがエディンさんの話では外国との貿易品として活用しているらしい。
「急な要件で参りましたので、生憎と良いお土産を持参することが出来ませんでした。これは甚だ恐縮ですが、俺が試験的に作った物。ドレスを飾るには不足でしょうがお納めください」
バッグから布包みを取り出し、デオーラさんの前に置く。
もうちょっと綺麗な布にしたかったが、何せ試作品も良いところだったからね。バンダナに包んでずっとバッグの底に入ったままの品なんだよなぁ。
「あらあら、何でしょう?」
興味深々な表情は、まるで少女のようだ。いつまでも子供の心を忘れずに持っているんだろうな。
突然、デオーラさんの手が止まる。
先ほどまでの、笑みが消えて大きく目が見開かれた。
そのままの表情で顔を上げるから、思わず逃げ出したくなるような迫力が俺に向けられてきた。
「これは……」
「ひょってして作れるかな? と思って試作したんですが、試作品とはいえそれなりに手先が器用な子がいましたから……」
ステンドグラスと磁器の融合なんだけどなぁ。
どれだけ小さくステンドグラスを作れるか試してみたんだが、あまり小さくするとガラスが填め込めないから、金属で裏地を作ってそこに磁器の釉薬を流し込んで焼き上げたものだ。
試作品は2イルムにも満たない妖精のブローチに仕上がっている。透明な羽は薄いガラスを張った品だ。
「このままどこかに飛んでいきそうな妖精ですね。本当に頂いてよろしいのですか?」
「どうぞお受け取り下さい。このような品も作れるようにはなっているんですが、需要が見えないので、まだ試作段階なんです」
「……これは、それなりに需要があると思います。私に任せて頂けますか? これなら王女殿下の貧民対策に活用できるかと思いますので」
装飾品だからなぁ。エディンさんよりもデオーラさんと調整した方が良いのかもしれない。
特注品として請け負うことで、デオーラさんと握手をする。
「それにしても……。もうございませんよね?」
「色々と考えてはいるんですが、それを形にするにはまだまだ時間が掛かりそうです。何分、耕作に不向きな北の大地ですからねぇ。住民を富ませる為に試行錯誤の連続です」
俺の話を聞いて、デオーラさんが溜息を漏らす。
エクドラル王国ではそのような事を考える人物はいないらしい。
工房も現状を維持するのが精一杯らしく、新たな製品を作り出そうとするような動きは無いとの事だ。
新たな製品が、必ずしも高評価を得るとは限らないからなぁ。
その為に多大な開発費を注ぐことに躊躇するのだろう。
俺達も、いずれはそうなるんだろう。泰明期だからこそ試行錯誤の無駄遣いが許されているのかもしれない。




