E-278 レイデル川の監視を強化しよう
長城建設の指揮はガラハウさんがしばらく行ってくれるとのことだ。
ナナちゃんが建設から外れたから、ドワーフ族を数人率いての参加になる。
「ナナに比べることなど出来んが、少しは役立つじゃろう。レンジャー達がいるならそれなりに進められる。まぁ、ワシ等に任せておくんじゃな」
部隊の集合を待っている俺達に先んじて、開拓民1個小隊と共にガラハウさんが出発していった。
こんな状況下でも長城作りが停滞しないのは、良いことに違いない。
レイデル川の監視を強化しても、ブリガンディの連中が全く姿を現さないことだってあり得る話だ。とはいえ、可能性があるとなれば監視をしないわけにもいかないんだよなぁ。
あり得ないとは思うが、滝の裏を通ってここに来る事も考えられる。エニル達が東門を守っている限り門が破られることはないだろう。
6つの小隊と通信兵それに伝令の少年達が集まってきた。
小隊長達が集まって、当座の監視区域を俺に報告してくれる。中間地点はかつてエルドさん達が砂金を採取していた河原になるらしい。
該当小隊は、エミールさんの部隊だ。ウサギ族の小隊長は女性だった。
「ラビと言います。弓兵と軽装歩兵が半々で、軽装歩兵の武器は槍になります」
「こちらこそよろしくお願いします。エニル中隊からエミル小隊が俺と一緒に後方に控えます。何かあれば即応する形になりますが、はラビさんと一緒に駐屯することになります」
ラビさんの小隊は、分隊単位で種族が異なっているようだ。イヌ族以外にウサギ族やタヌキ族がいるらしい。
ウサギ族なら耳が良いだろうし、タヌキ族はネコ族には劣るけど夜間視力はイヌ族を越えるらしい。その上体力はネコ族を上回るからなぁ。軽装歩兵としての適性は高いんじゃないか。
各小隊の監視区域と異常があった際の連絡方法を再確認したところで、南に向かって出発する。渡河地点までは歩いて3日だから結構距離がある。最後の小隊が監視区域に着くまでには時間が掛るだろう。各小隊に伝令用のボニールが2頭ずつ配備しているし、監視部隊の第1小隊と第6小隊には通信兵を2名ずつ付けている。見通しの良い丘に櫓を立てれば俺達が駐屯する第4小隊に直ぐに連絡が届くはずだ。
昼食を終えると、第1小隊がその場に残る。ここからマーベル共和国までが彼らの監視区域になるのだ。
夕食を取った場所で第2小隊が分かれ、翌日も南進する都度小隊が離れていく。
出発して3日目の朝。南進して行ったのは第5小隊と第6小隊の2個小隊になった。
俺達はラビさんの第4小隊と一緒に、この位置から北の第3小隊までの監視を行うことになる。
「先ずは宿舎と指揮所を作らないといけない。ラビさんの方に監視は任せるから、エミルさんの小隊でテントを張ってくれないかな」
「了解です。資材は荷車で運びましたから、今夜はテントで眠れますよ。近くの雑木林から薪も集めてきます」
「私の方は、最初の偵察部隊を出発させます。分隊で十分かと……。信号弾を持たせますから何かあればそれで合図を送ってもらいます」
西の尾根で使った上空で爆発する時に赤や青に光る奴だ。とりあえずの連絡として考えれば十分だろう。
詳細は伝令を走らせてもらえばいい。
そうなると、この指揮所付近に見張り台を早く作る必要がありそうだ。
簡単な見張り台の資材は運んであるから、夕暮れまでに作って貰おう。
「俺は何をしようかな……。エミルさんの手伝いで良いかな?」
「直ぐ東は河原ですよ。東を監視しながら夕食のおかずをお願いします」
魚を釣れ! ということか。
東を向いての釣りなら、監視をしていると言っても良いのかもしれないけど、良いのかな……。なんか俺だけ怠けているよう思えるんだけど。
「さんざん砂金と砂鉄を採取したらしいですし、長城用の石積の砂利や砂もここから運ぶと聞いています。釣り場としては向いているとは言えないですが、スープに入れれば皆で味わえます」
「それなら頑張るしかないね。ナナちゃんはテントを張る場所を平らにしてくれないかな。後はエミルさんのお手伝いをして欲しいな」
「分かったにゃ。それぐらい簡単にゃ!」
役割分担ができたところで、作業に入る。
俺は1人で河原に向かったんだが、確かにあちこち掘った跡が見える。
河原で砂利を採取したんだろう。
となると、川の中もあちこち穴が開いているってことなんだろうな。あまり川の中に入らない方が良さそうだ。
バッグから竿を取り出して、仕掛けを付ける。
水際の石をひっくり返すと……,いたいた。
川虫を釣り針にチョン掛けして、仕掛けをながす。
ウキ下を何度か変えて、川底近くを流していると……、ウキが流れと反対に動きだし、急に沈み込んだ。
すかさず手首を返すと、グイグイと強い引きが伝わる。
エルドさんが釣り好きなのは、この引きがたまらないのだろう。あまり強引に釣り上げると仕掛け事持っていかれそうだ。
下流に移動しながら川岸に寄せていると、いきなり矢が飛んできた。
思わず射線を辿ると、ナナちゃん河原に走って来た。
大きいから矢で止めを刺してくれたのかな? 相変わらずの弓の腕だ。
ジャブジャブと川に入りこんで、大きな魚を持ち上げて見せてくれた。
かなり大きいな。半ユーデ近くありそうだ。
「近くに焚火を作って焼いておくにゃ。もうすぐ2人が加勢に来るにゃ」
「テントは張り終えたのかい?」
「どんどん建ててるにゃ。ラビさんの小隊も手伝ってくれてるにゃ」
さすがに次の監視に出掛ける分隊は休ませているだろう。残った2個分隊ってことかな。
エニルの部隊で釣り好きな女性はいなかったから、ラビさん所の2人に違いない。
やがて釣り竿を担いでやって来たのは、タヌキ族の男性2人だったんだが、イヌ族の女性が数人ついてきている。
まさか、釣った魚を焼く役目なんてことじゃないだろうな。
ヴァイスさん並みにプレッシャーを感じてしまう。
「かなりの大物ですね。これなら竿を出さずには……」
「どこで竿を出すんだ? レオン殿がこの位置なら、上か下なんだが……」
「俺が上でお前が下で良いんじゃないか? 釣れ具合で昼から同じ場所にすればいい」
釣りにも戦術があるんだな。思わず感心してしまったが、俺はこの場所で頑張れば良いか。
3人が竿を出して魚を釣り始める。
次々と釣れるとは言い難いが、それなりに釣果はあるようだ。
すぐ近くに女性が待機しているから、かなりのプレッシャーを感じてしまう。
なんとなく、背中の威圧感が半端じゃないんだよね。釣り損ねたなんてことになればどんな言葉を掛けられるかと思うと、魔族相手の戦の方がたやすく感じてしまう。
どうにか魚を釣り上げると、笑みを浮かべて獲物から釣り針を外して返してくれた。
足取り軽く焚火に魚を持ち帰る後ろ姿を見ると、魚好きはネコ族だけではないんだと考えを改める。
昼食を挟んで夕焼けが始まる頃まで釣りをしたのだが、いつもの通りどれだけ連れたかがさっぱり分からない。
釣れた傍から持ち去って、焚火で炙り始めるんだからなぁ。
重たそうに焼いた魚を入れたカゴを2人で運んでいる光景を、駐屯場所に帰る途中で見ることが出来たからかなり釣れたに違いない。
「しばらくぶりの釣りですから、魚がスレていませんねぇ。明日もあるんですから、ほどほどが良いですよ」
小太りのお腹を揺らした小父さんが隣を歩いている。
同じような体型が2人並んでいるのを見ると、タヌキ族は太り気味になるのかな?
釣りよりもその辺を駆け回った方が体には良さそうに思えてしまう。
「100匹は超えてるにゃ。今日の夕食は贅沢にゃ」
「他の小隊もいるんだから、少しは回さないとね。俺達だけで食べてたら恨まれそうだよ」
「明日は南の部隊に届けるにゃ。でも釣り好きな人がいたら向こうでも食べてるはずにゃ」
確かにそれはあるだろうな。
砂金や砂鉄を採取するのに河原で10日以上の暮らしを順番にしているはずだ。
当然釣りの心得がある連中は、その機会を逃さないだろうし、それを見て釣りをしようとする連中もでてくるに違いない。
そもそも、俺にだって釣れるんだからねぇ。
釣って美味い魚でもあるし、季節毎にやって来る行商人の荷馬車にも釣り竿や釣り道具が積まれているぐらいだ。
駐屯地に到着すると、一際大きなテントが張ってあった。直ぐ近くに小さなテントがあるのは俺とナナちゃん用になるんだろう。
大きなテントに入ると、エミルさんがいたから、隣の小さなテントについて聞いてみた。
「3人用のテントですからレオンさん達が使ってください。このテントが現場指揮所になります。直ぐ近くに見張り台を作りましたが、光通信用です。レイデル川の見張り台は明日にでも河原の土手に作ろうと考えてます」
「盾を使った簡易型ってことかな? 対岸の土手の先が見えるならそれで十分だけど、見通せない時には面倒でも森から丸太を切り出して作って欲しい」
「了解です。……夕食はもう少しお待ちください。今お茶を用意します」
一緒にテントに入ったはずなんだけど、ナナちゃんがいつの間にかいなくなってしまった。テントの中で荷物の整理をしてるのかな?
とりあえず毛布を2枚出しておけば十分だろうと思うんだけどなぁ。
折りたたみのベンチに腰を下ろしてテーブルに地図を広げる。
テーブルは盾を2枚使っているから結構広い。レイデル川の地図を広げて、各監視場所に駒を並べる。
駒には縦に切り込みが入っているから、小隊長の名を書き込んでおいた。これで指示が出しやすくなるはずだ。
お茶を飲みながらパイプを楽しむ。
ようやくテント内の整理が出来たんだろう。ナナちゃんが隣に座る前に光球をランタンに入れてテーブルの上に吊してくれた。
いつの間にかだいぶ暗くなっていた。
そろそろ夕食の知らせも来るんじゃないかな。




