E-276 砦を防衛都市に出来るかもしれない
月変わりの前日に、マーベル共和国を発った。
2個小隊の兵士と8人のレンジャー、それに3人の通信兵が一緒だ。
荷車3台に荷を積み込んで南西の見張り台を目指す。
「この辺りの獲物はどうなんだい?」
「冬なら結構大型の獣が山麓から降りてきますよ。トレムさん達が狩っているようですし、俺達の仲間も偵察がてらにシカを運んでくれます」
30代前半の男性レンジャーが俺の話を聞いて笑みを浮かべる。
魔導士というわけでは無さそうだ。詳しく聞いてみると、本来の得物は弓らしい。魔法は俺の推測通り落とし穴を掘るためだと言うから、俺の推測通りだった。
「まあ、レンジャーは色々だ。俺のパーティは少し大きな得物を狩っていたんだが、あいつらの突撃は命掛けだからなぁ。落とし穴造りが出来る事で、それなりに暮らして行けたんだが、サドリナスの瓦解で俺達のパーティは解散さ。かつてのエクドラル王国との国境にあるダーネス川周辺でずっと狩り暮らしだったよ」
レンジャーのパーティの全員が人間族というのは珍しいそうだ。必ず獣人族が加わり、場合によっては獣人族だけのパーティもあるとの事だ。
それは理解できるな。人間を遥かに超える能力を持っているからねぇ。だけど力はトラ族以外は遥かに劣る。
種族の異なるレンジャーが集まって、上手く狩りをしていたに違いない。
「他の連中も、似たり寄ったりだな。やはりレンジャーは治療魔法意外に、土魔法は必携に違いない」
「とは言っても目立ちませんからねぇ。『メル』のような派手に炎を周囲に散らす魔法をどうしても欲しがるんですよ」
俺の言葉に苦笑いを浮かべて頷いている。
レンジャーの新人もそんな連中が多いらしい。隠れていれば良いのに、近づいてきた獲物に向かって火炎弾を放つから獲物に逃げられてしまうことが度々らしい。
「レンジャーは派手な商売では無いということが理解できるまでは、そんなだな。20過ぎれば少しは使えるんだが……」
何事も経験ということか。俺も憧れていたけど、直ぐに活躍できるわけでは無いってことだから、やはり将来はレンジャーになるとしても、とりあえず兵士から始めたのは結果的に良かったということになるんだろう。
夕暮れ前に工事現場に到着すると、早めの夕食を取って兵士達を休ませる。
小隊長とレンジャーの代表者を事務所に集めると、ワインを飲みながら明日からの工事の段取りを話し合う。
今まで工事を監督していたのはダレルさんの中隊の小隊長だった。
石積みを尾根から開始したとのことだから、そっちもやらないといけないんだよなぁ。2個小隊を2手に分けなければならない。
「私の部隊が石積みを行いましょう。ガラハウさんの工房から2人加勢してくれますから、積み方が不味ければ手直しをして貰えるはずです」
「そうなると、私の方は今まで通りになりますが、土魔法の使い手は1人だけになってしまいます」
「その為に俺達がやって来たんだ。どのような形にブロックを切り出して積むのかを教えてくれ」
「それは隣のナナちゃんが教えてくれるはずだ。使う魔法は魔導師を越えているが、この姿だからなぁ。子供を酷使しているわけでは無いんだが……」
レンジャーの代表者は途中で話をしていた男性と女性だった。女性は20代前半なんだろう。黒い法衣を着ているから見ただけで魔導士と分かる。
話を始める前に挨拶しながら教えてくれた名前は、男性がオルディ、女性レテルネイだった。
俺の話に驚いて隣に座っているナナちゃんを見てるんだけど、獣人族が魔導師を越えるというのはあり得ないという感じだな。
「驚くのは無理はないけど、ナナちゃんを指導してくれたのはオリガン家の魔導師である俺の姉上なんだ。その姉上でさえ指導しながら驚いていたぐらいだからなぁ」
「オリガン家の魔女! そうですか。それほどとは……」
オリガン家と言えば武門だから、どうしても兄上に目が向けられるんだけど、姉上も魔導士達の中では有名な存在だったらしい。
「この工事も雪が降る前から参加して貰っているから、実力の方は問題ない。オリエさんの方は常に1分隊で周辺の監視をしてくれないかな」
「今まで通りですね。了解です。通信兵達も見張りに参加して貰います」
昼食と夕食は石積み部隊から1班、オリエさんの部隊から1班を出して貰えば良い。これは前回通りだから問題ないだろう。
翌日から作業を始めると、さすがに土魔法を使えるレンジャー達の作業が速い。1日で80個近いブロックを作れるし、ナナちゃんと合わせれば100個を軽く超える。
これまでの2倍の速度で空堀作りと土塁の片面が出来上がっていく。
石積の連中は直ぐに工事をはじめずに、先ずは昨年エルドさん達が河原で作ってくれたコンクリートブロックを運んでくることから始めるらしい。
数十は作ったらしいから、それだけで数日は掛かりそうだな。
コンクリートブロックは砂鉄採取と並行して行ってくれるらしいから、出来次第運んで積み上げれば良いはずだ。
すでに尾根の石垣から数百ユーデは長城が伸びているから、尾根に駐屯している連中も少しは安心できるだろう。
尾根の南をいつも心配していたらしいからなぁ。
レンジャーの連中には、1日おきにカップ1杯のワインを与えることにした。俺達はカップに半分なんだが、これでも十分に酔えるからなぁ。
寝るのは簡単なログハウスだし、食事も俺達と同じ品なんだが、商隊の護衛に比べれば雲泥の差があると言って喜んでくれた。
「これで1日20レクなんだからなぁ。1か月おきに5日の休みが貰えて、その休みでさえ1日分の働きとして考えてくれるんだから破格の依頼で間違いない。一応6か月間の契約なんだが、次の依頼も考えているんだろう?」
「まだまだ先は長いですからね。この契約で満足して頂けるなら、次の依頼も出しますが、そうなると雪の中の作業になりますよ」
レンジャー達と一緒にワインを飲みなが会話を楽しむ。
さすがにナナちゃんはオリエさん達に預けてきたけど、憧れのレンジャー達と同席できるんだから嬉しい限りだ。
「マーベルにもレンジャーがいると聞いていたけど?」
「西の尾根に石垣と柵を作りました。そこで魔族の監視をしながら狩りをしてますよ。結構大物をし止めて運んでくれますから、肉屋が喜んでいます」
「獣人族のハンターなら可能だろうな。俺達だと大型の獲物は落とし穴に誘うしか出来ん。お前達もシカなら狩ったことがあるんだろう?」
「案外難しい獲物です。私達のパーティは落とし穴を10か所近く掘って、追い込みましたが、罠を避けるんですよねぇ……」
レンジャーの狩りの話は魔族との戦いにも使えそうだな。
いつも同じ罠ではいけないということなんだろう。狩りにも工夫がいるらしい。
そうなると、長城で足止めして爆弾で一気に殲滅するという戦法にも工夫がいるということになるのだろう。
獣とは比較にならない程魔族は知恵がある。俺達と同じだと考えるべきだ。
兵器をいくつか作ってはいるが、そんな兵器の欠点を突かれることが将来起きると考えたほうが良いのかもしれない。
完璧な防御を考えることは出来ないのだ。結果として完ぺきだったということになるんだろうが、それは長く続く魔族との戦の1つとして数えるべきかもしれない。
俺達が本当に考えなければならないのは、魔族を殲滅することではなくて魔族を長城から後方に進ませないことに違いない。
「この作業は南西に見える塔まで続けるの?」
「そうです。南西の塔……、俺達は見張り台と呼んでいるんですがとりあえずマーベル共和国での長城作りはそれでおしまいになります。南西の塔からさらに南西にあるエクドラル王国の砦、さらに西に連なる砦群を長城でつなぐ計画ですが、これはエクドラル王国が行います。王国軍には工兵がいますから俺達よりは早くできるかもしれません」
長城作りがまだまだ続くと聞いて、彼らの顔に笑みが浮かぶ。
「そうなると旧サドリナス領の東西を繋ぐ長城ができるってことだな。ひょっとしてエクドラル王国の本国もこれに倣うかもしれんぞ」
「狩りの獲物が少なくなりそうに思えるんですが?」
「長城に北への出入り口が全くないわけではないだろう。それなりの俺達が活躍する場はあるだろうさ」
砦に出入り口を作るんじゃないかな?
レンジャー達の活躍の場が砦を起点にするとなれば砦の施設が充実されるはずだ。
ギルドに宿屋、武器屋に酒場は確定だろう。
砦の守備兵達も歓迎してくれるに違いないし、砦そのものが小さな城壁都市として機能しそうだ。
待てよ……。そうなると将来的には、砦の住民が守備兵を超えてしまう可能性も出てきそうだ。
大規模な魔族の攻撃に対して、砦の住民が民兵として参加することもできるんじゃないかな?
さすがに白兵戦は無理だろうが、弓やクロスボウならかなり活躍してもらえるかもしれない。
ティーナさん達もマーベル共和国に到着しているはずだから、レンジャーを使って作業をしていることは聞いているに違いない。そろそろやってきそうだな。
その時にでも、この話をしてあげよう。
長城作りは案外エクドラル王国の経済を活性させるかもしれないし、民兵組織をいくつか作ることに繋がるかもしれないぞ。
レンジャー達の宿舎を後にして、事務所に帰るとパイプを咥えながら先ほどの会話を思い出しながら要点をメモに書き出していく。
基本は砦の城壁都市化になるな。
最初から大きく作る必要はないだろう。300ユーデ四方で十分かもしれない。これなら現在の砦を二回りほど大きくするだけだし、北が長城そのものだからねぇ。残り3方は簡単な城壁で十分だ。場合によっては丸太塀でも良いだろう。長城を越える魔族はそれほど多くは無いはずだ。
レンジャー達が活動するための施設を作れば、レンジャー達が砦を起点に狩りをしてくれるはずだし、砦までの輸送に関わる警備も彼らに頼めるに違いない。
砦周辺が安全であると分かれば、開拓民が砦近くを開墾して新鮮な野菜を砦に供給してくれるだろう。
商店の住民や開拓民を取りでの一角に住まわせるなら、彼らも安心して休めるはずだ。その対価として魔族襲来時の民兵組織への参加をお願いすれば良い。




