E-272 やはり進捗は良くない
空堀と土塁は後の石積みを考慮して3ユーデほどの距離を取って作業を行っている。
空堀の横幅は6ユーデ、深さは2ユーデになるんだが、眺めてみると結構大きいなぁ。出来れば水を入れたいところだけど、水源が近くに無いからね。高さ5ユーデの石垣が空堀によってさらに高くなるはずだ。
作業員も200人近くいるし、ナナちゃんも土魔法でブロックのように土を取り除いては圧縮してくれる。
将来石垣を積む面に圧縮したブロックを積み上げて、その後ろに土を盛っていく。
ナナちゃんの魔法力は姉上を越えているから、1日に切り出されるブロックは30個近くになる。
獣人族の中にも魔導士並みに土魔法が使える人がいるから、ナナちゃんと一緒に数人が土をブロック化しているようだ。とは言っても数人で十数個というところだな。
合計50個近いブロックが次々に積み上げられていくんだから、魔法とは凄いものだ。
ブロック3個で2ユーデの高さだから7個積んでいるようだ。
1日に横に7個程並べられるから4ユーデを少し超える。10日で40ユーデ、1か月で120ユーデ前後というところだろう。
夕暮れ前に作業を終えて、クリルの魔法で体の汚れを落として夕食を取る。
夕食は周囲の警戒をしている兵士が、たまにシカを狩って来るので新鮮な肉が食べられるんだよね。
ちょっとした役得ということになるのかな。
「このまま行けば、来春には半コルム近くになるんじゃないですか?」
「雪の状況次第だろうけど、そのぐらいは進めたいね。冬は魔族の脅威もあまり考えないで済むから作業が進んではいるんだけど……」
工事事務所に小隊長達が集まって、明日の作業の段取りを行う。
まだ雪は降らないけど、北の山脈は真白だからなぁ。
工事を引き継いで半月は過ぎている。だいぶ寒くなってきたからなぁ。このままだと10日もせずに初雪が降るかもしれないな。
皆が帰ると、素焼きのストーブに薪を入れて事務所の隣にある小部屋でナナちゃんと横になる。ベッドが2つあるんだけど、ナナちゃんはいつも俺と一緒だ。
1日中、一輪車で土砂を運んでいたからなぁ。結構疲れているみたいで直ぐに眠りについた。
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何時ものように、体を揺すられて目が覚めた。
ナナちゃんに「おはよう」と挨拶して着替え始めたんだけど、ナナちゃんの様子がいつもと違うんだよなぁ。
「どうかしたの?」
「雪が降ってるにゃ。外が真白にゃ!」
急いで事務所から出てみると、一面の銀世界だ。
俺達の作業帰還ぐらいは持つんじゃないかと思っていたけど、今年の雪は例年よりも早いんじゃないか?
昨晩から降っているんだろうから、見張りの連中はさぞかし寒かっただろう。
ストーブに薪を入れようとしたら、すでに勢いよく燃えている。
ナナちゃんがやってくれたのかな? ポットから湯気が出ているからお茶が直ぐに飲めるだけになっている。
作業用の外套を着こんでテーブルに座ると、ナナちゃんがお茶を淹れてくれた。
まだ朝食には時間があるだろうから、パイプでも楽しんでいよう。
ナナちゃんは、ストーブ近くにあるベンチに座って編み物を始めたようだ。
「これじゃあ、今日は作業中止かもしれないね」
「ブロックだけは作れそうにゃ。切り出して並べるぐらいは出来そうにゃ」
「外は寒いよ?」
「焚火を作って貰うにゃ」
動いている分には、それほど寒くないかもしれない。
土砂運びも一輪車なら出来そうかな? 10台以上あるから少しは捗るだろうけど、さすがに荷車は止めた方が良さそうだ。
朝食前に小隊長達が事務所にやって来たのは、やはり雪の中の作業をどうするか心配しての事だろう。
話し合いの結果、荷車での運搬を止めることにして普段よりも焚火を増やすことにした。想定した通りだから俺からは何も追加することはない。
だけど、一輪車の数が少ないからなぁ。交代しながらの作業になってしまうのは仕方のないことなんだろう。
ある程度積もれば、ソリを使う事も出来るんだけどね。
朝食を終えると、早速作業に取り掛かる。
たっぷりと着込んだナナちゃんはかなり膨らんでるな。
あまり動かないから、どうしても着込んで寒さに耐えることになってしまう。
バケツのような移動式のコンロを近くに置いてあげるとオリエさんが言ってくれたから、ナナちゃんがちょっと笑みを浮かべていた。
凍えた手を温めることが出来るだけでも嬉しいのだろう。
土砂がスコップで一輪車に載せられる。数回乗せたところで空堀に作った坂道を登って、高く積まれたブロックの後ろに土砂を下ろす。
3回も運ぶと汗が出てくるんだよなぁ。結構重労働なのかもしれない。
イヌ族の兵士に代わって貰って、焚火で体を温める。
急に汗が冷えると風邪をひきそうだ。
ベンチに積もった雪を払って腰を下ろすと、パイプを取り出して火を点ける。
「どうぞ!」
若い女性兵士がお茶の入ったカップを渡してくれた。
ありがたく受け取って、一口飲む。体の中から温まるなぁ。
ナナちゃんは? と空堀に目をやると、北に天幕を張ってコンロで体を温めていた。数人の女性兵士が一緒のようだな。お菓子を食べながらうんうんと頷いている。ナナちゃん達も休憩に入ったということなんだろう。
「土魔法を使える女性兵士が一緒のようですね。でも彼女達ではナナちゃんの半分もブロックを作れないようです」
「それは数で何とか出来ると思うよ。とはいえ、あまり無理はさせない方が良いだろうね。結構冷えているから」
雪はそれほど降っていないんだが、少し風が出てきたようだ。
この焚火も、ナナちゃんのところのように風よけを作らないといけないだろうな。少し大きめの盾を並べてみても良さそうだ。
作業期間が過ぎて町に戻ったら、エルドさんに頼んでみよう。
焚火も移動できるように、少し大きなコンロを用意した方が良いのかもしれない。案外焚火は焚き木を浪費してしまうようだ。
降ったり止んだりの雪の中での作業は捗らないんだよなぁ。
10日で40ユーデは進めるかと思ったけど実際には30ユーデを越えたぐらいだった。
一か月後に作業を交代した時までに進んだ距離は、100ユーデと少しだからなぁ。
交代部隊を指揮してきたエルドさんが言うには、それでもだいぶ進んでいると言ってくれた。
「ナナちゃんがいますからね。魔導士資格を持った兵士10人以上の働きだと聞きましたよ」
「土魔法は案外人気が無いのかなぁ……」
「覚えるなら治療魔法に攻撃魔法という思いがあるんでしょう。私もそうですからね」
姉上ならこのバングルに土魔法を追加できるかもしれない。
今度会ったら確認してみよう。土魔法は攻撃というより防衛に役立ちそうだ。それに落し穴を作るのも簡単だと誰かが言っていた気がする……。
待てよ。それなら、狩りをするレンジャー達は案外持っている可能性がありそうだ。
野山に野宿するためのちょっとした窪みを作ったり、大型の獲物を狩る時には落とし穴を使うんじゃないか?
これも確認してみるか。期間を限ってギルドに依頼できるかもしれない。
後をエルドさんに託して、俺達はマーベルに戻る。
荷車はそのまま残すから、200人近い兵士と共に北東へと歩くことになった。
うまいことに今日は雪が降っていないんだが、北風は相変わらずだ。
マフラーを付けて外套のフードを愚かく被れば少しはマシなんだけど、皆がそうしているから誰が誰だかさっぱり分からない。
昼食時は風上にテント生地の幕を張って焚火で暖を取る。
前方に南の城壁が見えてきた時には、皆がほっとした表情をしているんじゃないかな。楼門を潜り、広場で解散。直ぐにナナちゃんを連れて指揮所へと向かった。
「ただいま戻りました」
「ご苦労様でした。早く暖炉で温まってください」
挨拶もそこそこに外套を脱ぐと、ナナちゃんと暖炉傍のベンチに腰を下ろす。
レイニーさんが淹れてくれたお茶を飲みながら、長城造りの状況を伝える。
「そうですか……。やはり魔導士の数が欠かせないということになるんでしょうね」
「土魔法を持った魔導士でないといけませんよ。攻撃魔法や治療魔法に優れた魔導士はいるようですけど、土魔法はあまり習得している人物がいないようです。とはいえ、10人程いるなら役立つことは間違いありません」
各中隊共に魔導士を抱えているようだけど、兵士だからねぇ。どうしても攻撃魔法を習いたくなるのは仕方がないだろう。それでも数人は土魔法を覚えた魔導士がいるようだから、彼らを優先的に工事に参加させて貰いたいところだ。
「ナナちゃんは土魔法も出来るんでしょう?」
「魔導士数人分を越える働きをしてくれます。だいぶ助かりました」
俺の言葉に驚いていたけど、直ぐに笑みを浮かべてナナちゃんの頭を撫でている。
あまり嫌がらないのは同性だからかな? 俺が撫でるとイヤイヤをするんだよなぁ。
「西と東に変化は無いんでしょう?」
「今のところは何もないです。吹雪には光通信機が使えませんが、吹雪が治まると直ぐに連絡をしてくれますから安心です」
豪雨や吹雪ではねぇ……。光通信機の唯一の弱点ではあるんだが、その時には伝令が活躍してくれるだろう。尾根の麓の村には連絡用のボニールを置いているから、2時間も掛からずに異常を知らせてくれるだろう。
「明日からは体を休めてください。1か月後には再び出掛けるんですよね」
「その予定です。なるべく早くに見張り台までの城壁を作りたいですからね。エクドラル王国も東の砦から見張り台へと城壁を伸ばしていますから、それが完成したならマーベル共和国はかなり安心できますよ」
数年で終わるかなぁ……。
俺達はそれで終わりになるけど、エクドラル王国はさらに西に長城を伸ばすことになる。
魔族相手の戦いがかなり有利に行えるに違いない。
敵を止めて、群れたところに爆弾で十分じゃないかな。
今までの戦とはかなり違った戦いになるに違いないが、敵は強大だ。
長城をめぐる戦いでいくつもの伝説が生まれるに違いない。




