E-027 砦というより村づくりだな
教会の建築は、それなりの流儀があるようだ。
真ん中に長方形の聖堂が作られ、その奥に祭壇が設けられる。祭壇の左右に部屋を作り、左は倉庫、右は神官の暮らす部屋になるようだ。
聖堂と言っても、3人掛けベンチが左右に5列並ぶだけだ。大きく作るよりも、こじんまりとした教会を作ろうとしているようだな。
鐘楼も作るらしい。精製した銅を手に入れたら工房で青銅に変えて鐘を鋳るぞ、と工房長が息巻いていた。
教会の鐘を作るのはめったにない仕事らしい。自分の持つ技術を全て注ぎ込むとまで言ってたからなぁ。どんなのができるかちょっと楽しみでもある。
「これで村らしくなりますね」
「まだ足りないと思うな。旅人の宿と商店ぐらいは欲しいところだね。それと、何時までも指揮所で村を統括するのも問題でしょう。早めに村役を決めて権限を委任した方が良さそうです」
「まずは村長ですね……」
誰にしようかと悩んでいるようだけど、とりあえずはレイニーさんで十分じゃないかな。
その下に、衣食住と防衛、それに買い出し部隊に農業部隊と狩猟部隊。それぐらい作ればなんとかなりそうだ。
まずは小隊長達の名前を列挙してみよう。
農業は、最初に俺達の仲間になったマクランさんに統括してもらおう。50歳を過ぎたイヌ族の開拓民だけど、元は王都で雑貨屋の手伝いをしていたらしい。
おかげで文字も書けるし、計算もできる。獣人族の平均寿命は50歳ほどらしいけど、まだまだ元気な爺さんだからなぁ。
マクランさんなら開拓民をまとめてくれるんじゃないかな。
レイニーさんが悩みながら、担当できそうな人物を思い浮かべようとしている。
結構人材が豊富だと思うんだけど、ある意味偏っていることも確かだ。
ここの統治を始めるなら、法律も整備しておいた方が良いだろう。
もう1人の俺の記憶にある憲法を基本に草案を作ってみても良さそうだ。
そもそも、俺達が王国を抜け出したのは獣人差別が原因だから、それを無くすことが一番になるだろう。
ある意味、平等な地位ということになるんだろうけど、この世界は王国制だからなぁ。
誤解を与えないように、きちんと整理しておかねばなるまい。
砂金と銅鉱石の利権で2つの王国が動くことも考えなばならない。できれば南の王国の一員ということが望ましいが、王国が領地宣言をするようでも困る。
自治権の大幅な移譲が無ければ、小さな村だけど俺達で王国を樹立することも視野に入れておいた方が良さそうだ。
たとえ、王国同士が仲たがいしたとしても、商売が成り立つのであれば商人はやってくるだろう。
「何を考えているのですか? 難しい顔をしたり、急に笑みを浮かべたりと……」
「顔に出てましたか? アハハハ……」
急に笑い出したから、レイニーさんが首を傾げている。
「実は、来春以降のことを考えたんです。だいぶ村人も増えましたからそれなりの決まり事を考えないといけないだろうと。
ついでに王国間をどのように綱渡りをするか考えてたんですが、結構矛盾が出てきて思わず自分を笑ってしまったようです」
「決まり事……。軍法みたいなものでしょうか?」
「それは軍隊内の決めごとですよ。人が暮らす上でいろいろな法律を決めなければなりません。一番良いのは、既存の法律を適用すれば良いのでしょうが、獣人族を根絶やしにするような事態になっては困ります。
それを防ぐには、人は全て平等であるとの大前提で法律を見直す必要があるんですが……。王国には王族、貴族、平民それに奴隷の身分制度もありますからね。
そうなると、まったく新しい法律を作ることになってしまいます」
「王族と平民が対等に?」
「そうですよ。身分制度は排他制度でもあります。自分達を他の者達から上の人種だと勘違いするのは、それが原因です。
最初は民衆を指導するために、国王が功績のあった人物に送った称号なんでしょうけどね」
年月が王族、貴族達を変えていったのだろう。建国時の民衆に歓迎された王族ではなくなって、民衆を虐げるようになったのはいつごろからなんだろうな。
「私も、平等な地位は賛同できます。でも王国の王族や貴族は反対すると思いますけど?」
「それなら王国を自ら興せば良い。とはいっても、他の王国が認めるとは思えないけどね」
「砂金と銅鉱石……。貴族が利権に飛びつきそうですね」
「そのための村づくりを進めることになります。村を砦化して自給自足の体制を整える。商人を呼び、公益を通して武器を整えて自衛できるまでにしないといけないでしょう」
3年ぐらいは時間が欲しいけど、場合によっては来年の内に南の王国が動き出すかもしれない。
とりあえず逃げ出してきた王国よりはマシな気もするが、利権を嗅ぎつけてやってくるような連中に碌な者はいないからね。
「交渉は早ければ来年中には行われます。それまでに村を囲む塀を作り、空堀を作らないといけません。商人には弾薬と食料を頼むことにしましょう。ここまでの道は少し荒れてましたから、少しは道の整備も必要です」
やることがどんどん増えていく。
体を動かすことが好きな連中だから文句は出ないけど、酒が残り少なくなったら騒ぎ出しそうだな。
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雪が降りだした。
急に空が暗くなったかと思ったら、たちまち辺りが真っ白になってしまった。
このまま、春まで融けないのだろう。
たっぷりと薪は蓄えてあるから、凍える者はいないはずだ。
指揮所もログハウスにしたから、なんとなく風情がある。
結構大きく作ったから、暖炉傍にはいつもネコ族の連中が集まってスゴロクをしてるんだよなぁ。
ナナちゃんも一緒になってみんなと騒いでいるけど、周りの女性達も童心に帰っているようだ。
「さすがに冬は村作りができませんね」
「外は大雪だからね。歩くところを除雪してもらえるだけで十分だと思うよ。でも、皆いろいろと内職をしているようだけど?」
「退屈凌ぎもあるんでしょう。男性達は木工細工、女性達は編み物ですね。春分に商人と会う時に、サンプルを持たせたいと思っています」
食料自給ができても、俺達の収入は無いからなぁ。砂金と銅鉱石の売り上げを分配して、貨幣経済が成り立つようにしておかないといけないだろう。
さすがに自分たちで貨幣を発行することはないだろうが、やってくる商人の所属する王国通貨を使うことで何とかなるだろう。
「ところで役割分担は?」
「大まかにはできましたが、さすがに1人に任せるのは気の毒です。補佐を2人ずつ付けることで何とかなるかと……。それで、この村の代表はレオンさんではだめなのですか? 私には荷が重すぎます」
「ちゃんと補佐するから……。それに、この村は獣人族の村だろう? 俺が代表になると王国の連中がいらぬおせっかいを始めると思うんだ」
安い労働力を使って辺境を開拓するのだろうと、思い違いをされそうだ。
主役は獣人族であって俺は補佐でしかない。補佐をすることでこの村に留まることができる存在だということを相手に認識させる必要が何度か出てくるに違いない。
とは言っても、厳密に人間族ということではないはずだ。
アトロポス神の恩寵で、ハーフエルフということになっているらしい。
だけど魔法が得意なエルフ族のハーフとなっても、俺が使える魔法はないようだ。
エルフ族の弓の腕は有名だから、俺の弓の腕はそのおかげということになりそうだな。
超能力を隠すにも都合が良い。
一応、生活魔法は姉上のおかげでどうにかできるから、それほど気にはならない。どちらかというと、超能力が向上したように思える。
誰にも見せてはいないけど、アームガードに仕込んだ釘を自由に動かすことができるようになったし、影響範囲も広がった感じだ。
周囲の認識力も上がった感じだし、1度に操れる釘も3本を超えている。このアームガードを改良して釘の本数を増やしても良さそうに思える。
「ところで、兵站部門長のエクドラさんに『〇』が付いているのは?」
「軍属の小母さん達を統括してるし、エクドラ小母さんに文句を言える人は誰もいないわ。ドワーフ族の工房長でさえも、エクドラ小母さんの言葉は素直に聞くぐらいだから」
そんな怖い小母さんだったんだろうか? いつも俺の食器にたっぷりと具を盛ってくれる小母さん達だからなぁ。
ナナちゃんもたまに手伝いをしているぐらいだからね。
「商人との交渉もしなければならないんだけど……」
「食料の購入は、前の砦でも小母さんの担当だったの。それなら適任でしょう?」
そういうことか。予算に応じて食料を確保してきた経緯があるってことなら助かる話でもある。
とはいえ、春分の取引には俺が行った方が良いだろうな。
できれば商人に、この村を訪ねて欲しいぐらいだ。
護衛を雇わねばやってこれないだろうから、かなり割高になるだろう。それは俺達の利益を少し差し引いて貰うことで何とかなるんじゃないかな。
この世界の鉱山はあまり知られていないし、鉄よりも銅の方が加工しやすいだけに需要が多い。
遠く海を越えてまで、鉱石を買い付けるという話も聞いたことがある。
「村の住民の内、兵士が三分の二というのは考えてしまいますね。軍は消費をするだけで生産をしません。王国がいつも財政難に陥っているのは、軍隊を隣国よりも多くしようと張り合っていることにあるのかもしれませんよ。まぁ、それだけ魔族の南下が近頃頻発していたことも確かですけど……」
「やはりこの村にも、いずれはやってくると?」
「一応、天然の要害の地でもあります。北は山が天然の城壁を作ってますし、魔族の襲撃が頻発している東については滝の裏の道があるだけです。
あまり良い道でもありませんし、こちら側に石を積んだ城壁を作りましたから、十分に阻止できるでしょう。問題は、南と西なんです」
ここで暮らす上での必要物資を調達するには、どうしても道を整備する必要がある。
荷馬車が通行できる道なら、軍隊が攻め入る道としても使えるということだ。
森が要害の一つとして機能してくれるだろうから、森を抜けて村に入る門は石を積んだ城壁を作っているのだが、果たしてどれほどの阻止能力を持つのかはやってみないと分からない。
西は森の北部の緩斜面を利用して、耕作地に変えようとしている。
さすがに耕作地を塀で囲むことはできないからなぁ。柵で囲うのがせいぜいだ。
その耕作地を焼かれたなら、自給自足の生活が成り立たなくなってしまう。
ある程度の食料備蓄は考えにあるけど、せいぜい半年というところだろう。
「安心できるのは、水と薪ぐらいですね……」
「そういうことになるのかな? でも、何とかしないとね。すでに王国を見限っている以上帰る場所はない。南の王国の軍門に下る手もあるが、何時隣の宗教が入ってくるか分からない。この先に同じような場所を見いだせるとも限らないしね」
すでにサイは投げられた……。
俺達はここで暮らしていくしか方法がない。
だけど悲観している連中は、いないんだよなぁ。
それだけ前向きな性格をしてるんだろう。それに今のところは大きなトラブルもないようだ。
冬の間に、これからの事をじっくりと考えていこう。
砂金と銅鉱石の存在が表に出たら、いろいろと起こりそうだ。




