E-268 姉上の結婚式 (2)
ベールで顔を隠した姉上が兄上の腕を掴んでゆっくりと歩いて来る。
緋色の絨毯はかなり厚さがあるみたいだな。2人の歩いた跡がしっかりと残っている。
堂々と前を向いて歩く兄上の傍で、うつむき加減に歩く姉上がちょっと儚く見えてしまう。2人が神官の前に行くと、兄上が姉上の腕を解いてマイヤーさんの隣に立たせた。神官に騎士の礼を取ると、ゆっくりと俺の隣に移動してくる。
老いた神官の低い声が礼拝所の隅々まで届くようだ。
新たな門出を待つ2人に祝福の言葉を紡ぎ、最後に光の女神に2人をいつまでも見守ってくれるよう祈りの言葉を捧げる。
「……ここに光の女神の立ち合いの下で、1組の夫婦が誕生したことを祝いましょう
。いつまでも幸せが続くことを……」
案外簡単なんだな。厳粛ではあったけどね。
2人に席が用意され、俺達も席に座る。
この後にいくつかの祝辞が披露されるらしい。
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1時間に満たない式が終わったところで、俺達は再び控えの間に戻る。
姉上は新郎新婦専用の控室に向かったから、兄上達と俺達の4人になってしまった。
この後は宴会だと聞いているけど、場所はすぐ隣の建物らしい。
若い女性神官に案内されて控室に戻った時に、思わず目を見開いてしまった。
「マリアン! 来てくれたの」
「ライザ様の晴れ姿を見ないわけにはいきませんからね。さすがに式には出られませんが、宴会なら問題ないとエディン様が馬車を用意してくれたんですよ」
ふくよかな体型なんだけど、それなりのドレス姿に驚いてしまった。
さすがに新品ではなんだろうけど、自分で手直ししたのかな?
「宴会は2時間も掛からぬそうですよ。宴会を終えたなら、私達は貿易港に向かいます。貿易港からオリガン領の漁港は半日も掛かりませんからね」
「数日留守にしているけど、父上がいるんだから問題はないでしょう。でも、あまり長く留まるのもどうかと……」
デオーラさん達はもう少し引き止めたいようだけど、状況が状況だからなぁ。
俺も、早く戻ることにしよう。
お茶を飲みながら、兄上と今後の話をする。
兄上も貴族連合の領地が増える事を危惧しているようだ。
太平の世の中ならば嬉しいことなんだけど、ブリガンディ王国という緩衝地帯が無くなれば魔族の脅威に直接さらされることになる。
「レオンは散々魔族と戦ったんだろう? やはり魔族は強いのかい?」
「オーガでさえ、兄上の敵とは思えません。問題は数なんです。1個大隊が1万ですからね……。さすがに2個大隊を越えて襲ってきたときには石塀の上に作った柵を越える魔族が続出でした。魔族相手には距離を取ることが大切だと思います。白兵戦は挑むべきではありません」
「戦は数か……。私でも長時間白兵戦を続けることは出来んからなぁ……。忠告感謝するよ。距離を取って戦う。その為には……、その武器は……。色々と考えなければならないな」
爆弾はエクドラル王国経由で存在を知ったらしい。さすがにブリガンディ王国では模造することが出来なかったようだが、貴族連合の工房ではそれなりに使える品が出来たそうだ。
大砲とフイフイ砲については1個小隊を技術習得にエクドラル王国に派遣するらしいが、誰を派遣するかについては帰ってから貴族連合内で調整するのだろう。
披露宴の会場の準備が整ったとの知らせを受けて、馬車で移動することになった。
すぐ隣と言っても、さすがに隣接はしていないようだ。2つの建物の間に林を作って聖と俗を分けている感じだな。
馬車で移動すると言っても数分で石造りの建物に到着する。
立派な建物は、光の神殿の財力を示しているようだ。
馬車を降りて、案内人の後ろに続いて会場に向かう。
入口のホールから短い回廊を歩くと大きな扉があった。
2人の係員に、俺達の案内人が短い言葉で何かを伝えると直ぐに扉が開かれる。
途端に、煌びやかな会場と喧騒が聞こえてきた。
まだ始まっていないんだろうけど、ワイングラスで掲げているんだよなぁ。
賑やかなのは良いけれど、これで良いんだろうか?
「オリガン家は左上段になります。オルバス家が一緒にテーブルを囲みます」
10人程が座れるテーブルが10個以上あるようだ。披露宴に参加する人達だけで100人を超えるかもしれないな。かなり散財してしまうようで心配になってしまう。
テーブルには既にオルバス家の人達が座っていた。
軽く挨拶をして、俺達も席に着く。ナナちゃんはマリアンの隣に腰を下ろしているから、マリアンに作法を教えて貰えるだろう。
俺は母上とマリアンの間に席を取る。上座は兄上が座ってくれたから、グラムさんと今後の話をするのかもしれないな。
俺達が座るのを待ちかねたように、ワインが渡された。ナナちゃんにはジュースだから問題はない。
部屋の正面には小さなテーブルが置かれ椅子が2脚置かれていた。
銀の食器にガラスのワイングラス、まだ姉上達は入ってこないようだな。
中央の赤い絨毯の反対側にはマイヤー家の一族が座っている。その後ろのテーブルも似た顔立ちの人達だから親戚かもしれない。その後ろには軍の関係者、更には町の有力者が席に着いているようだ。
「母上、私と一緒に来てくれませんか? マイヤー家にご挨拶をしませんと……」
「そうですね。レオンならこれから何度か会う機会もあるかもしれませんが、私達はこれが最初で最後かもしれません」
武門貴族と聞いているから、兄上とも話が合うかもしれないな。
2人が隣のテーブルで新郎の両親に挨拶しているけど、俺は一緒に行かなくて良かったのかな?
宴が始まった時に、挨拶しておこう。
「新郎新婦の御入場です!」
係員の良く通る声が聞こえてくる。
兄上達が急いで俺達のテーブルに戻ってくると、入り口の扉が開きマイヤー夫妻が姿を現した。
式で被っていたベールは外しているみたいだ。秋分の空のように明るく輝いた姉上の笑みがここにいても見ることが出来る。
皆が拍手をする中、2人がゆっくりと絨毯を進み用意された正面のテーブル席に着いた。
グラムさんの簡単な祝辞があり、その最後に会場の皆が立ち上がって乾杯をする。
後は料理が運ばれ、来客の祝辞を聞きながら料理を楽しむ。
そんな中。
係員がグラムさんに手紙を届けてくれたようだ。
差出人を眺めたグラムさんが飲みかけていたカップをテーブルに戻すと、両手で手紙を持つと小さく頭を下げる。
おもむろに立ち上がると、大きな声を上げる。
「皆聞いてくれ。エクドラル国王陛下よりの祝いのメッセージを受け取った。ここで披露しよう……」
急に静かになった会場に、咳ばらいをしたグラムさんがメッセージを読み上げる。
メッセージの最後に国王陛下の名を読み上げると、会場に大きな拍手と歓声が上がった。貴族の結婚式であっても、国王陛下が祝いのメッセージを届けるのはめったにないことらしい。
オリガン家と言う名をエクドラル王国が迎え入れることが出来たということが、それほど嬉しかったのだろうか?
「筆頭貴族の次期当主でも無ければこんなことはしないだろうが、それだけオリガン家をかっているということなんだろう」
「光栄です。帰ったなら直ぐに父上に報告いたします」
笑みを浮かべてグラスを掲げる兄上に、グラムさんがグラスを同じように掲げて頷いている。
オリガン家とオルバス家の関係も、これまで以上に深まるのだろう。
寡兵である貴族連合にとってはありがたい話になるのだろうが、そうなると貴族連合の指導者がオリガン家になってしまいそうだ。
その辺りは、大丈夫なんだろうか? ちょっと気になってしまう。
宴が2時間近く続くと、さすがにナナちゃんも出てくるケーキに手を付けなくなってきた。お腹がいっぱいなんだろうな。食べたくても食べられないようで恨めし気に目の前のケーキを眺めている。
隣でマリアンが笑みを浮かべているから、帰る時に持ち帰ろうと考えてるのかな?
さすがにそれは止めて落ちた方が良さそうだけど……。
突然拍手が沸いた。
皆の注目先には、顔を真っ赤にしたマイヤーさんが姉上の方を借りて立ち上がっている。
どうやら、宴を締めくくる挨拶という事らしい。
だけど……、かなり酔っているように見えるんだよなぁ。体が左右前後に揺れている。ちゃんと挨拶出来るんだろうか?
「私達2人の門出を皆様に祝って頂き、ありがとうございます……」
ある程度決まった言葉なんだろうな。あれだけ酔ってもそれなりに話が出来るということは何度も練習したに違いない。
うんうんと皆が頷きながら話を聞いている時だった。
突然、バタリとマイヤーさんがその場に倒れてしまった。姉上が慌てて頭を膝にのせている。
駆けつけたマイヤー家の両親に小さく頷いているところを見ると、酔いつぶれたという事らしい。
マイヤーさんの父上が、「酒に弱い息子で困ってしまいます」と皆に頭を下げたから、会場が爆笑に包まれた。直ぐに拍手が鳴り響いたのは、父親のとっさの機転に対するものかもしれない。
「相変わらずマイヤーは酒に弱いな。確かに飲まされてはいたようだが……、最後の挨拶ぐらいはするものだ」
「それだけ本人も嬉しかったんでしょう。私もかなり酔わされましたからね。レオンもある程度は飲めるようにしておくんだぞ」
精々ワインを2杯程度なんだけどなぁ……。その時は代理でガラハウさんに席に着いて貰おうか。ガラハウさんなら酔いつぶれることはないはずだ。
酔いつぶれたマイヤーさんが友人達に担ぎだされ、その後ろに姉上が続いていく。姉上がテーブルごとに足を止めて軽く頭を下げているんだけど、俺達のテーブルにやってきた時にはマリアンの手を握って頷いていた。
マリアンが今にも泣きそうな顔になっているのは、小さい頃から姉上の世話をしていたからだろう。母上以上に我が子の念を持っているのかもしれない。
主役が姿を消したけど、もうしばらく宴は続くようだ。
宴会に参加した人達の馬車が到着するたびに、係員がテーブルを回っている。
ワインでなくジュースで喉を潤していると、係員が俺達の馬車が到着したことを教えてくれた。
全員で席を立ち、会場に頭を下げるとゆっくりした歩みで会場を後にする。さすがに誰も千鳥足で進むことはないようだ。強いて言うなら俺の足取りが少し怪しいんだけど、兄上の姿に皆が見惚れているようだから俺を見ている人はいないようだ。
馬車に乗り込んで、ほっと一息つく。
これで姉上の式が全て終わったのだ。早めにマーベルに戻ってのんびりしたいなぁ。




