E-267 姉上の結婚式
姉上の結婚式当日。秋空は雲1つない上天気だ。
客室のベランダに出て一服を楽しんでいると、扉が開く音がする。たぶんナナちゃんに違いない。まだ寝てると思っているのかな?
たまには起こされずに起きる時もあるんだけどなぁ。
「ここにいたにゃ! 雨が降らないと良いにゃ」
「雲なんでどこにもないよ。今日は一日中晴れだと思うけどなぁ」
パイプを仕舞い、ナナちゃんと一緒に食堂に向かう。
式は昼前に行われるらしい。11時と聞いているから、教会の鐘の音をよく聞いておかないとね。
食堂には全員が揃っていた。遅れたことを詫びていると、侍女達が朝食を運び始めた。
俺が起きるのを待っていたのかな? いつもより早く起きたんだから、一服などしないでさっさと降りて来るべきだった。
スープにサンドイッチ、それと果物が朝食だ。
昼食が宴会になるとのことだから、少しお腹を空かしたぐらいがちょうど良いのかもしれない。
「朝食を終えたら、服を着替えてくださいな。男性は長剣を下げても良いですけど、ティーナはドレスなんですから持っていくのは禁止ですよ」
残念そうな顔をしているティーナさんは、ドレスに長剣を下げるつもりだったのかな?
それも見てみたい気もするけど、式に参加する女性は全てドレスということになるんだろうな。
マーベル共和国の結婚式はさすがにドレスとまではいかないけど、皆晴れ着を着て参加しているようだ。
姉上の結婚式だから、あまり我を通さずに世間に合わせた格好でいよう。
エクドラル王国軍の士官服を貰ったからね。あれが俺の晴れ着ということになるんだろう。
食事が終わると客室に戻り、早速着替えをする。
俺の長剣は下げられないから、いつも通りに背負って行こう。
さすがに拳銃はバッグに入れておく。士官服の右腕の内側に太い釘が3本入っているから、何が起きても母上達を守れるだろうし、何といっても兄上が一緒だからね。
兄上1人で、1個小隊に匹敵するんじゃないかな?
皆が待つリビングに向ったら、兄上とグラムさんがソファーに座っていた。
俺を手招きしてくれたので、兄上の隣に腰を下ろす。
「長剣を背負うのか? 剣帯は持ってなかったのか」
「俺の長剣は少し反りがあるんで剣帯に下げられないんです。これで臨みますよ」
「まあ、人様々だ。慣れない長剣を下げてぎこちない歩きをするよりはマシだろう。とはいえ、マントの刺繍は見事だな」
兄上の緋色のマントは金糸で家紋が描かれているし、俺のマントの家紋は銀糸を使っている。兄上より家紋が小ぶりなのは遠慮したこともあるけど、背中の上に半ユーデほどの大きさで描かれている家紋は俺のお気に入りだ。
晴れ着だからなぁ。戦場でこんな格好をしていたら邪魔でしょうがない。
姉上の晴れの場だから、せめてみすぼらしくない姿でいなければなるまい。
「女性は色々と大変なんでしょうね?」
「ああ、男で良かったと思うよ。もっとも婚礼の場は新婦が主役だ。誰も私達なんか見る人はいないだろうな」
兄上の言葉にグラムさんが笑い声を上げる。まったくその通りということかな?
「オリガン殿は、披露宴を終えたらすぐに帰るのか?」
「父上を一人にしては置けませんからね。父上も来たかったに違いありませんが、この状況下では諦めざるを得ないでしょう」
「全く、状況が状況だからなぁ。もう少しブリガンディが持ってくれると思っていたんだが……」
侍女がワインを運んで来てくれた。
姉上の幸せを祈って乾杯し、まだまだ掛かりそうな女性がリビングに登場するのを待つ。
2時間程待っただろうか? トントンと扉が叩かれ、ナナちゃんがドレス姿で現れた。
結構似合っているな。デオーラさんがティーナさんの子供時代のドレスを手直ししてくれたらしいんだけど、これでドレスを貰ったのは何着目になるんだろう?
「ほう! 中々のお嬢さん姿だぞ。どこから来たお姫様かと思ったぐらいだ」
グラムさんが目を細めて褒めている。
俺と兄上相槌を打っているのを見て、笑みを浮かべている。
「お姉さん達はもう少し掛かるにゃ。これでおかしくないかにゃ?」
俺達の前でクルリと回ったけど、どこにもおかしなところは無いと思うな。
「大丈夫。ちゃんとしているよ。昼食はご馳走らしいから楽しみだね」
「お菓子も色々と出てくるとティーナ姉さんが言ってたにゃ。楽しみにゃ」
俺の隣に腰を下ろして、小さな扇を閉じたり開いたりしている。
子供用の扇もあったんだな。
開かないで、手に持っていれば十分だよと教えておく。そうでもないと式の間中、パタパタと開閉しているかもしれないからね。
きれいに着飾った姉上達がリビングに入ってきたのは、それからしばらくしての事だった。
真っ白なウエディングドレスは、さすがに絹ということにはならなかったようだ。
だけど、今までで一番きれいな姉上だった。
母上は薄い緑のドレスだし、ナナちゃんは淡いピンクだな。
ティーナさんは青色でデオーラさんはオレンジ色だ。
「これで準備が整いましたね。馬車を2台用意しました。それでは出掛けましょう」
転んでドレスが汚れるといけないから、ナナちゃんの手をしっかりと握ってあげる。
姉上の腕を取ったのは兄上だった。オリガン家の長男でありイケメンだからなぁ。兄上が新郎に見えてしまうぞ。
用意された馬車にオリガン家とオルバス家に分かれて乗り込む。向かう先は光の神殿だ。神殿の直ぐ傍に宴会場があるらしいんだけど、案外神殿が運営しているのかもしれないな。
「いよいよだね。光の神殿はレオン達がステンドグラスを作ったと聞いているけど?」
「俺も初めて見るんです。原図はナナちゃんが描いたんですけど、かなり大きくなりましたからねぇ。どんな風に見えるのかちょっと楽しみなんです」
オルバス館から光の神殿までは15分も掛からない。
同じ城壁都市内にあるのだが、それでも結構回り道をしたように思える。
喧騒が無くなり、石畳の道の両側には並木道が続いている。ゆるく弧を描いているようだから都市の外周部を進んでいるのかもしれないな。
「ブリガンディの神殿は城を囲むように配置されているのだが、サドリナスの王都は違っているみたいだな。城があんなに遠くに見えるよ」
「神殿なんてどこも同じだと思ってたんですが、色々とあるんですね」
「マーベル国の礼拝所が一番だと思うわ。小さな礼拝所だけど、あそこは霊気が周囲を包んでいるの」
姉上の言葉に思わずナナちゃんを見てしまった。
あの場所を見付けたのはナナちゃんだからね。さすがは精霊族ということになるんだろうな。
「どこであろうと、どんな神であろうと、神の前での誓約は絶対ですよ。それを守る限り2人の幸せは永続するのですから……」
俺達の話を母上が締めくくってくれた。
やがて馬車の速度が落ちて、広場が現れた。
広場の先にある大きな白亜の神殿が俺達を待っている。
神殿の階段に1個小隊ほどの兵士が正装で立っているのは、俺達の出迎えだろうか?
マイヤーさんは中隊長だと聞いているけど、式の進行に軍も動いているということかな?
階段の両側に並んだ兵士が騎士の礼を取って俺達を出迎えてくれる。
その中をゆっくりと進み、神殿の中に入ると大きなホールの中央で、女性神官が出迎えてくれた。
丁寧に頭を下げられると、こっちが恐縮してしまう。
「それでは、オリガン家の皆さまはこちらに……」
神官の案内で控えの間に移動する。
グラムさん達は別の部屋になるようだ。マイヤーさん達は既に来ているんだろうな。
通された部屋に入ると、侍女が2人控えていた。デオーラさんが手配してくれたのかな?
ドレスと化粧を直してくれるらしいけど、俺と兄上はソファーに座って
パイプを楽しむことにした。
「さすがは上級貴族だね。私の時は小さな神殿だったからなぁ」
「どこで式を挙げようと、一緒になれる人がいたんですから神に感謝しないと……」
「そうだな。確かに私にはもったいない女性だよ。レオンもしっかりと人物を見定めるんだぞ」
そんな事を言っている兄上だけど、姉上の話では大恋愛だったらしい。
兄上から妻の自慢話を聞かされながら、苦笑いを浮かべて相槌を打つ。
扉が叩かれ、若い女性神官が入ってきた。
どうやら式の時間になったらしい。
兄上と姉上を残して、母上とナナちゃんを連れて神官の後に続く。
礼拝の間はホールの奥にあるようだ。
ゆっくりと進んでいくと、大きな扉があった。
緻密な彫刻で飾られた大きな扉だ。
俺達が近付くと、扉の両側に立っていた神官がゆっくりとした動作で扉を開けてくれる。
途端に中央からの光が俺達を包む。
確かに光の神殿だな。その光はどこから来るのかと正面を見ると、巨大なステンドグラスから漏れる光だった。
部屋の左右にランタンが並んでいるんだけど、その光をかき消すような光量がある。
俺の背の2倍ほどもある女神像が光の中に浮かんで見えた。
「オリガン家の席は左手の前列になります。中央を避けて左手からお願いします」
ここは言われるままにしておいた方が良さそうだ。
既に席がかなり埋まってるんだけど、マイヤーさんの知り合いかな?
でも左手は新婦側らしいから、誰がいるんだろう?
ちらちらと席を眺めながら前に進む。
どうやら軍の関係者らしい。
最前列の直ぐ後ろの席に座っていたのはオルバス家に人達だった。バリウスさんとケイロンさんまで来ているとはなぁ。
グラムさん達に頭を下げて、最前列の席に着く。
少しざわついている礼拝の間が、急に静かになる。
だいぶ年を召した神官が数人の神官を引き連れて中央のテーブルに付くと、右手の最前列に座っていたマイヤーさんが立ち上がった。
ゆっくりと神官の前に進むと、踵を返して扉を見つめる。
いつの間にか女神像の近くに10人ほどの女性神官が立っていた。彼女達が光の女神を讃える聖歌を歌い始めると、扉がゆっくりと開いていく。
そこに立っていたのは兄上にエスコートされた姉上だった。




