E-265 今後の話は東屋で
駐屯地からオルバス館に戻ると、母上達の姿は無かった。
デオーラさんの姿もないところを見ると、商店街に出掛けたのかもしれないな。ナナちゃんが迷惑を掛けていないかちょっと心配になってしまう。
少し気分を変えて話をしようと、グラムさんが庭の一角にある東屋に案内してくれた。
四方の柱に支えられた木造の屋根が乗っているだけの東屋だけど、2ユーデ四方のテーブルの両側にベンチが設えてある。
俺達が席に座ったのを見計って、メイドさんがワインを運んできてくれた。
「やはりレオン殿の言う通り、開発は続けるとしても実戦配備はマーベル国より提供された形の物を使うとしよう」
「とはいえ大型の放炎筒は魅力があります。あれをマーベル共和国に提供して頂くことは可能でしょうか?」
「ほう……。あんな品でも使えるということか?」
「案外役立ちますよ。西の尾根なら谷底に向かって使えますからね。さすがに手に持って使うことは出来ませんが固定して使うなら何ら問題はないかと……」
「見下ろしができる状況での使用ということか……。長城の防衛なら可能かもしれんな」
グラムさんも気が付いたみたいだ。斜め下に向かって放つなら、放炎筒の後部は空に向けることになる。尾栓が炎をとともに吹き飛んでも、そんな場所に兵士はいない。
「あの兵器には感心しました。我等貴族連合にも提供して頂くわけにはまいりませんか?」
やはり兄上も使えると考えたに違いない。
兄上の言葉にグラムさんがちらりと俺に視線を向けたけど、小さく頷くことで理解してくれたようだ。
「2つの兵器を提供しよう。ブリガンディ王国分割は先の会議で決めたこと。貴族連合には何としても街道を守って貰わねばならんからな」
「2つとはあの大砲も含めてということですか?」
「元々はレオン殿が教えてくれたもの。さすがに数発でヒビが入るような代物を渡すことは出来んが、レオン殿が作った大砲はヒビ等入らん。大きさが小さくなるが、現状ではそれが一番になるはずだ。2個分隊を派遣してくれぬか。操作を教えねばならんからな」
兄上が丁寧に頭を下げている。
兄上達も爆弾を作れるようだから、簡単なカタパルトと大砲、それに放炎筒が揃えば魔族との戦がかなり楽になるんじゃないかな。
「あの会議ではマーベル国についての言及が無かったが、この位置に砦を作るのがマーベル国の条件となるようだ。戻ったなら了承を得て欲しい」
グラムさんが地図を広げて滝の東側に小さな丸を描いた。
砦1つだけだし、その砦を拠点に開拓をしようなんて目論見は無い。南下してくる魔族をレイデル川から東に逸らせるのが目的だ。上手く行けばレイデル川から数十コルムは離せるだろう。その為の有翼石火矢だからね。
狙いはいい加減でも数を撃てば近づくようなことはしないだろうし、近づくほどに石火矢の狙いは正確になるはずだ。
「面白い場所に砦を作るなぁ……。狙いは魔族への牽制か?」
「そういうところです。無理に守ろうなんて考えは無いですよ。魔族の南下の邪魔をしたいと考えてます」
「なるほど……。となると我等の防衛戦はかなりきつくなりそうだな」
笑顔で呟かれてもなぁ……。楽しみでしょうがないという感じが俺にまで伝わってくる。
「貴族連合は寡兵と聞いているのだが?」
「寡兵ですよ。連合を組む貴族の私兵を全て合わせても1個大隊を少し上回るぐらいです。国力に見合わない戦力を持つと、それを維持することができませんからね。ですが、いざとなれば民兵を2個大隊動員できる体制が出来ていています」
思わず兄上に顔を向けてしまった。たぶんグラムさんも同じに違いない。
民兵を2個大隊動員できるのならば、同じ方法を取ればサドリナス領内から3個大隊を超える民兵を出すことが可能になる。
「さすがはオリガン殿。出来ればどのように民兵組織を作り上げたのかを教えて欲しいものだ」
「構いませんが、あまり参考にならないかと。我等の民兵組織はブリガンディ王国から私達を頼って逃げて来た獣人族で作られています。普段は開墾を行っていますが、開墾で生活ができるまでには時間が掛ります。その間の食料保証を条件に、戦が起きた時には民兵として参加してもらうことにしました。槍兵と弓兵ですが、元兵士達もおりましたから十分に戦に参加できるまでに仕上がっています」
生活に余裕があるなら、誰も民兵に参加しようなんて思わないだろうな。
同じような開拓民がサドリナス領にもいるだろうけど、マーベル共和国にもかなり流れてきているからねぇ。開拓民を民兵とするなら精々1個大隊と言ったところだろう。
安寧に暮らしてきた連中を徴兵して兵士にしても、使いものになるかどうか微妙なところだ。
「マーベル国の民兵達は槍とクロスボウだったな。……そういえば石を投げている連中もいたようだ」
「投石は案外有効ですよ。石さえあれば延々と相手に石を投げることができますからね。西の尾根で使うなら、谷底までは届きます。頭に当たればゴブリンなら即死でしょう」
「投石とは考えたものだな。オリガン家でも専門の部隊を作ったぞ。50ユーデ程投げることができるんだから、弓兵の後ろを任せられるぐらいだ」
「オリガン殿、マーベル国の投石部隊は少年達なのだが、その飛距離は80ユーデを超えるほどだ。さすがに王国軍には投石部隊はおらぬから、技を教授して貰うことは無かったのだが」
困った娘だという目でグラムさんがティーナさんを見てるんだよなぁ。
確かに正規軍には必要ないだろうが、そんな技を持っているということであれば矢を使い果たしても相手を翻弄できることになる。
副武装という形での導入も視野におけると、グラムさんは考えているに違いない。
「80ユーデは道具を使っての投石だろう? 具体的にはどうするんだ?」
兄上が俺に顔を向けて問い掛けてくる。
「確かに道具ではあるんですが……」
確か持っていたはずだ。バッグから魔法の袋を取り出して中身を漁っていると、奥
の方から投石具が出てきた。
ヴァイスさんが作ってくれた革細工だから、一応俺の宝物ということになるんだろうな。
「これなんです。革紐の真ん中に掌大の石を納める膨らみを作ってあります。ここに……、これが使えますね」
東屋の周囲は小石を敷き詰めてあるから、その中から手頃な石を見付けて投石具にセットした。
「このように輪のある方を腕に通して、反対側はしっかりと掴みます。このまま回して……、放ちます」
グルングルンと2回回して、指を弾くようにして摘まんでいた紐を離した。
ビューンと唸りを上げて石が飛んでいき、100ユーデ付近に落ちたようだ。
芝生を傷めてしまったかもしれないな。グラムさんに軽く頭を下げて謝罪をしておく。
「あれほど飛ぶのか!」
「全くです。あれなら専門の部隊を作っても役立つに違いありません」
「マーベル国では少年達やご婦人方までも使えるようだ。さすがにご婦人方は後方に控えているようだが、魔族相手に少年達はかなり頑張っていたぞ」
ティーナさんの話に、グラムさんと兄上がうんうんと頷いている。
「レオン殿、その投石具を明日まで貸してはくれまいか。ティーナ。投石具を革細工の工房に持ち込んで同じ品を10点程頼んできて欲しい。ワシ等の部隊にも使えるだろうし、オリガン殿の土産にもなりそうだ」
「是非ともお願いしたい。素手で50ユーデ先に投げる連中ならば、簡単に100ユーデを越えられるに違いない」
ティーナさんが俺から投石具を受け取ると、東屋を去って行った。
結構簡単に作っていたんだよなぁ。革細工師なら一晩で30個近く作れるんじゃないか?
「全く、何を見ていたんだと言いたくなる。だが、あれで爆弾を投げるのも可能ではないのか?」
「100ユーデ先に爆弾を放るなら、カタパルトを使いますよ。それに爆弾は結構大きいですからね」
中々思いどおりは行かぬか……。そんな呟きが聞こえてきた。
「爆弾は私達も改良を続けていますよ。何といっても魔導士を必要としませんからね。魔導士には後方で治療に専念して貰ってます」
「貴族連合も作っているのか……。我等も苦労して何とか実戦で使えるまでにしたのだが、それでも兵士達からは好評を得ている。カタパルトで150ユーデ、フイフイ砲を使えば軽く300ユーデ先に爆弾を飛ばせる。戦の方法が変わるのをこの目で見ることが出来たぞ」
「カタパルトは分かりますが、フイフイ砲とは?」
「砦に設置しているから、明日にでも訓練をお見せしよう。元々はレオン殿が考えた兵器、その威力によって我等とブリガンディ連合軍は敗退している」
「大型のカタパルトということでしょうか?」
「全く動作が異なる代物だ。あれなら小さな樽に火薬を詰めても飛ばせるに違いない」
それもありかな? だけど火薬の爆発だけではなぁ。樽の周囲に鎖を巻くぐらいはやっておきたいところだ。
「今までの戦の仕方が全く通用しない。それがレオン殿の指導するマーベル国だ。エクドラル国王もレオン殿の存在を重視して友好国の条約を結んでいる。出来れば同盟国にまで格上げしたいのだが、マーベル国には国王も貴族もおらぬからなぁ。今のところは1個小隊をエクドラル王国軍に派遣して貰い、同盟軍を名乗るのがどうにかだな」
「2度訪問しましたよ。ライズからも色々聞いてはいるのですが、国王や貴族がいなくとも国が動いているというのが面白いですね」
代表者は一応いるんだよね。本人はあまり自覚していないんだけど……。
重要事項は会議で決めているから、今のところ住民からの不満も無いようだ。
まだまだ生活が貧しいから、そんな余裕もないのかもしれない。
少しずつ食料が自給出来ていし、働き口も色々と作っている最中だ。豊かになると不満も出てくるんだろうな。




