E-260 砲煙筒の技術を提供しよう
「サドリナス領の魔族に対する戦力が1個大隊減ったなら、かなり苦労することになるのは皆が頷けるでしょう。どうです。再度長城計画を考えて頂くことは出来ませんか?」
ブリガンディ王国の対応に目途が付いたら、こんどはサドリナス領内の話になる。
グラムさんが苦い酒を飲んでいるのは、今後の魔族との戦いがかなり不利になると考えているからだろう。
だけど、その憂いを酒で誤魔化すのもなぁ……。
「完成までにかなりの年月を必要としますね。その間の防衛は?」
「柵と空堀で何とかするしかありません。俺達は、南の尾根から見張り台に向かって今年から長城を築き始めました。2個小隊規模での造営ですから何年掛かるか分かりませんが完成すれば魔族を長城で阻止できます」
長城を地図に描いて見せると、直ぐにマイヤーさんが目を見開いた。
身を乗り出してマイヤー領の砦を指差す。
「この砦は石造りになっています。私の方から見張り台に長城を伸ばしても構いませんか?」
「ん! そうなると、王子殿下の所領には魔族が侵入する恐れが殆どなくなるでしょうな。貿易港の安全性がかなり向上しますぞ」
「ふむ……。現在街道沿いに来たに設けた砦は3つだったな。サドリナス王国が作った砦よりも北に位置しているなら、砦を繋ぐ長城を作っても貴族達に分配した土地が減るわけでは無い。どちらかと言えば長城までの土地を所有できることになる」
良いことばかりでは無いんだよね。何といっても工事期間が長いし、そのための資材が大量に必要だ。
工事そのものは兵士に任せれば良いんだろうけど、資材の調達が問題だろうな。
「ところで長城はどのようなものに?」
「こんな形ですね。北面は石積みですが南面は長城上部を5ユーデほど平らにして南に斜面を作ります。一定間隔ごとに基台を作ってカタパルトや小型のフイフイ砲を設置すれば押し寄せてくる魔族に爆弾の雨を降らせる事も可能かと……」
数枚のメモをテーブルに広げて説明すると、一々頷いてくれる。
有効だと判断してくれたんだろうか?
「石積みの背後の土は、長城近くに空掘りを掘ればその土が使えますね。資材は積み上げる石ということになりそうです」
「その石の調達先だが……、レイデル川の河原では石が小さすぎないか?」
「セメントというものを使えば石を固めることが出来るそうです。木の枠を作って、小石と砂、それにセメントを混ぜて流せば大きな石として使えるのでは?」
一定の大きさの石の塊を作るということかな?
それならかなり工事が捗りそうに思える。
場合によっては魔族に陽動を仕掛けることもあるだろう。砦も長城作りに合わせて改造した方が良いのかもしれない。門はマーベル共和国のように三重にしなくても良さそうだけど、二重にはしておいた方が安心できそうだ。
「槍兵と弓兵を多くせねばなりませんな。いや、民兵にクロスボウを持たせるというのは、これが狙いということか!」
グラムさんが俺に顔を向けてきたけど、俺達の戦いがそんな感じだからなぁ。
柵で魔族を押えられるなら、民兵でも安心してボルトを放つことが出来る。
「近付けば爆弾を落とし、城壁を上ってきたなら矢とボルトで阻止するのだな。柵を乗り越えようとする魔族は槍で突けば良い。城壁を越えて魔族を攻撃することは出来ぬが、魔族の侵入は確かに阻止できそうだ」
「石火矢を渡すことは出来ませんが、同盟軍に参加する我等の弓兵部隊は石火矢を持っています。100個の石火矢になりますが、それで納得願います。とはいえ、敵の大部隊が石垣を登ろうとする際に爆弾だけで対処できるとも思えません。ちょっと変わった武器を作りましたので準備が出来ましたら見て頂けませんか? 木工細工とエディンさんが運んでくる火薬で作りましたから、エクドラル王国でも容易に作れると思います」
「新たな兵器?」
「ちょっと笑いたくなる品ですけど、阻止能力については保障しますよ。とはいえ、短い時間ではありますが……」
「ほう……。短時間ではあるが、それを使えば敵は阻止できるということか?」
「見て頂ければわかるはずです。俺達も西の尾根で使おうと、大量に用意しているところです」
「それだけの品であると?」
グラムさんが睨んでるんだよなぁ。
トラ族だから、かなりの迫力だ。早めに見せてあげれば満足してくれるかな?
席を立って、指揮所の外に待機している伝令の少年にヴァイスさんへの伝言を頼んだ。
直ぐに準備してくれるだろうから、準備が終わったなら指揮所に戻ってくるように伝えると、指揮所に戻っていつもの席に着く。
「それほど時間は掛からないと思います。作った時にはトラ族の兵士でしか使えないと思っていたんですが、ネコ族の兵士も問題なく使えますよ」
「レオン殿が使えると判断したなら、かなりの威力になるのだろう。だが、その材料は本当にエクドラル王国で手に入れられる物なのか?」
「エディンさんが運んできた品ですから、入手は容易でしょう。材料は火薬と木材それにロープだけですからね」
構造は石火矢と左程変わらないんだよなぁ。
噴出する炎を使って、物体を飛ばそうと考える人物が出てくるのはそれほど遠いことではないかもしれない。
だが、石火矢には色々と試行錯誤で改良した経緯があるからね。石火矢モドキが出来ても飛距離はそれほど得られないかもしれないな。
それならフイフイ砲やカタパルトで爆弾を放った方が良いに違いない。
お茶を飲んで待っていると、伝令の少年が準備が出来た事を知らせてくれた。
直ぐ傍で見学しても問題は無いだろうが、ここは楼門の上から見てみることにしよう。
王子様達を中央楼門の上に案内すると、見晴らしが良いことに感心している。
「長城の要所にこのような楼門を作るなら、魔族を阻止するだけでなく、討って出る事も出来そうですね」
「楼門の左右にフイフイ砲があったのだが、今ではカタパルトのみだな。石火矢は何時でも用意できるということか……」
「そんなところです。そうだ! もう一つ開発中の兵器をお見せしましょう。石火矢を3コルム先に飛ばそうと色々と改良しているところなんです」
模造したくとも元となる石火矢が無ければ話の外だからね。
有翼石火矢は、飛ぶことは飛ぶんだが狙いがかなり外れてしまう。それでも数発同時に放てば1発ぐらいは目標近くに落ちるだろう。
現状では相手を驚かすことがどうにか出来るぐらいだけど、これを真っ直ぐ飛ばすにはどうしたら良いのだろうと首を傾げる日々が続いている。
ガラハウさんは、これで良いんじゃないか? と言うぐらいだからなぁ。
「魔族相手に長射程の石火矢を使ったと、ティーナが言っていた品だな?」
「1射目の着弾点を確認して2射目を放ったんですが、1発が魔族の軍勢の外れに着弾しただけでしたね。今のところは相手を牽制するぐらいにしか役立ちません」
説明をしている時に、準備の終了したヴァイスさんの部隊から光通信が届いた。
「待たせるな」という事らしい。
確かにかなり待たせてしまった感じだ。
「それでは放炎筒の効果をお見せします。通信兵、『開始せよ!』と連絡してくれ」
直ぐに後ろに控えていた少年が光通信機を使って、擁壁からヴァイスさんの部隊に通信を送る。
相手からの返信が届いたから、始まりそうだ。
放炎筒を持っているのは……、ヴァイスさんじゃないか!
一度やって病み付きになったのかな?
ヴァイスさんの後方から、松明を持った兵士が近付いていくのを見て、皆に「始まりますよ」と言葉を掛ける。
全員が擁壁に寄ったところで、松明が砲煙筒の先端に触れた。
次の瞬間、長大な炎が柱になって前方に噴き出していく。
十数秒の炎の柱が続いたところで、ドォン! という音と共に放炎筒の後方の蓋が炎を伴って吹き飛んだ。
「これが放炎筒なんですけど、あの炎ですから敵を阻止するのは容易だと考えています。ネコ族の兵士でさえ使えますが、課題が2つ。炎の継続時間があの程度ですし、最後は筒の後方の蓋が爆発したように吹き飛びます」
グラムさん達が瞬きもしないで、次の試射を眺めている。
かなり驚いているようだけど、軍隊で有効に使えるのだろうか?
次の砲煙筒の後方の蓋が吹き飛んだところで、グラムさんが俺に顔を向けた。
「本当にエクドラル王国内で材料が手に入るのだな?」
「間違いありません。使えそうですか?」
「1個分隊が並んで放てば、どんな魔族でも阻止できるだろう。継続時間が短いのは次発部隊を用意して置けば済むことだ」
次は有翼石火矢の番だな。
エルドさんが丁度楼門の上にいたから準備を頼んでおいたんだけど、砲台に発射台と石火矢の準備が整っている。
相変わらず段取りが早くて助かってしまう。
ヴァイスさん達が引き上げたところで、今度は砲台が見える位置に皆を案内する。
「昔はフイフイ砲を設置していたんですが、今はあの通りの広場です。石火矢の発射台は「V」字型の板なんですけど、反動がありませんからあれで十分使えます」
「同盟軍の持つ石火矢の射程は300ユーデ程だと聞きましたが?」
マイヤーさんも色々と俺達の事を調べているみたいだな。
あれは小型だから、それぐらいだ。フイフイ砲の射程より短いけど、何といっても数を撃てるからねぇ。
「西の尾根で使った大型の石火矢を改造したものです。改造前でも1コルム誓い射程があるんですが、もっと飛ばそうと考えた結果があれなんです」
「鳥の羽のようなものが付いてますね。鳥と同じような働きを期待したということですか?」
マイヤーさんの学識はかなりなものだな。
思わずマイヤーさんに顔を向けたんだが、向こうもしっかりと俺を見ている。
ここは頷いておこう。ただ翼を付ければ良いというわけでは無い。
取付位置と翼の角度が問題なんだが、それは教えなくとも良いはずだ。
「飛ぶことは飛ぶんですが……。とりあえず、お見せしましょう」
通信兵の少年にエルドさんに発射の合図をして貰う。
松明を持って大きく両手を振っているのがエルドさんだな。
俺達に何度か手を振ったところで、有翼石火矢の導火線に火を点けた。
シュン! という音を立てて空高く飛んで行く。
しばらくして遠くに炸裂炎が上がる。
今日も風があったからなぁ。真っ直ぐに南に飛ばしたはずなんだが、だいぶ西に流れてしまった。
「あれでは敵を脅かすのが精一杯。もう少し改良したいと考えてはいるんですが……」
「距離が延びる程、狙いが点けられぬか……。そういう意味では、300ユーデ辺りで妥協した方が良さそうだな」
グラムさんが満足したところで、指揮所に戻ることにした。
長城とフイフイ砲、それに爆弾があるなら魔族を阻止できるだろう。魔族がさらに大軍を擁してきた時には、同盟軍の持つ石火矢が役立つだろう。
それに、新型大砲で小隊を作れるのもそれほど先ではないからね。




