E-259 ブリガンディの5分割案
ヴァイスさんが指揮所に案内してきた人物は、王子様にグラムさん親子そしてマイヤーさんと護衛の騎士が3人だった。それ以外に従者のような若者が1人いるんだけど、グラムさんの紹介で、クライム財務官の長男であるエンリルさんだと知ることが出来た。サドリナス領についてはエンリルさんに任せて、クライムさんは本国に戻ることになるのかな?
「お久ぶりです。いつも言うことですが、辺境の地ですからあまり歓待できそうにありませんのでご承知おきください」
「こちらから押し掛けているんですからお気遣いは無用です。この春を持って王国軍の1個大隊を本国に戻すことになりました。貴族も所領の状況を確認しているはずですし、私も与えられた所領の状況視察をしたところで、同じく所領の確認を行っていたマイヤー殿を伴ってやってきた次第です」
先ずは状況、その上での今後の対応ということなんだろう。
そういう意味ではマイヤーさんは苦労しそうだな。小さな村と開拓村がいくつかあるだけの所領だからね。
「昨年魔族と争っているから、今年は少し安心できそうだ。だが東がかなりきな臭い」
グラムさんの話を聞いて、テーブルに地図を広げる。
いつもはサドリナス領の地図なんだが、広げた地図はブリガンディ王国、エクドラル王国のサドリナス領、それに本国を記載したものだ。
ブリガンディ王国の今後を話すには、更に東の王国の地図も含めたいところだけど、生憎と持っていないんだよなぁ。
「ブリガンディとは昨年軽く争っています。俺達に助力を頼んできましたが、最後は力づくでしたので返り討ちにして東に放りました。獣人族をあれだけ殺めて、いまさら頼ろうなんて考えを良くも持てたものです。俺が知っているのは、ブリガンディの国土がかなり荒らされたこと、それに王宮内が2つに割れてしまった事ぐらいですね。これから推察できることはかつてのサドリナス王国滅亡の際現になるんですが、エクドラル王国としては更なる領土を防衛出来るだけの戦力が無いことから手出しができないということなのではないですか?」
「全く持ってその通りです。さすがにブリガンディを手に入れてもそれを維持することが出来ません。となるとブリガンディの東、ユバリオン王国が動くと考えるのが自然なのですが……」
それほど大きな王国では無いらしいからなぁ。
サドリナス領を併合したことで防衛線を維持できなくなり自滅しかねないというのが問題なんだよなぁ。
「その話だが、何度か使者が我等を訪ねているのだ。向こうも自滅するのは嫌なのだろう。現状をあまり変えたくないとの話だ。我等もサドリナス領の分配を終えて王国軍の大隊を1つ本国に戻している。貴族の私兵を上手く使う事で何とかサドリナス領内への魔族の侵入は防げるだろうが、ブリガンディに兵を派遣することは困難だ」
父上達の貴族連合の軍隊は私兵を纏めたものだろう。兄上達が指揮するなら王国軍の2割増しの戦力にはなるのだろうが、果たして1個大隊に達しているのだろうか?
軍隊は浪費するだけだからなぁ。あまり戦力を大きくすると住民が飢えかねない。
その辺りは父上が最も嫌うことだから、貴族連合の食料生産に見合った戦力の維持に努めているはずだ。
「貴族連合も、連合の治める領地を急には拡大できないということになるんでしょうね」
「アレクサンド殿が何度か王宮を訪れたぞ。さすがにオリガン家を継ぐものと皆が感嘆していたな。アレクサンド殿の話はレオン殿の言う言葉通りだった。努力して街道を何とか維持できる程度であるとな」
兄上も交渉に訪れていたのか……。
それにしても街道維持ともなれば2個大隊程度の戦力が欲しいところなんだが、それぐらいは何とか出来るということかな?
「ブリガンディ滅亡後の領地分配はこのように考えています」
王子様がバッグから1枚の地図を取り出した。ブリガンディ王国の地図だが、沿岸部は既に貴族連合の領地として色付けされている。
「ユバリオン王国には東の砦まで、貴族連合は街道から北に1日の距離まで領土を広げて頂きます。エクドラル王国については街道の関所より東に3日の距離としたいところです。マーベル国には何も無いのが申し訳ありませんが……」
「そうでもないですよ……」
レイデル川の上流部に小さな丸を描いた。
「ここをマーベル共和国の領地として認知頂きたい。将来にわたってマーベル共和国の安全を保つにはこの辺りに出城を築きたいと思っているんです」
「周囲は魔族しかおらんぞ。こんな場所に砦を築けば……」
「魔族の街道に対する圧力を少しは弱められますし、レイデル川東岸の安全にも寄与できるでしょう」
「大きくするわけには……、なるほど、住民の数ですか」
「マーベル共和国の領地を、俺達の渡河地点までにするぐらいですからね。自分の背丈を越えるようなことはしたくありません」
「この状況なら、レイデル川東岸がかなり安全になりそうですね」
「投降したブリガンディ王国軍屋貴族達を、まとめて押し込められると思うんですが……」
ブリガンディ王国の住民を根絶やしにしても飽き足らない。俺達に関わらなければ生きるための場所ぐらいは確保してあげても良いだろう。
とはいえ、俺達の領地に近づくなら躊躇なく矢を放つつもりだ。
「北と南は敵対した王国、西はレイデル川で東は魔族の危険が高まる……。とはいえ暮らせないことはないですな」
「マーベル共和国に近づけば、迷わず矢を放ちますよ。それだけの事をしてきたんですからね。俺達が出来るのは此処までです」
「かなりの温情ですね。私も追い返そうとは考えていましたが、どこに追いやろうとまでは考えていませんでした」
「ユバリオン、貴族連合それに王宮との調整が出来そうです。となると……、この東の領地を守れる武門貴族を考えないといけませんね」
「かなりの勇将を送らねばなりませんぞ! 王宮に任せればよろしいかと」
グラムさんの言葉に、王子様が頷いている。
さすがに王子様にはちょっと難しいだろうな。とはいえこれで王子様の所領の安全性がかなり高まることも確かだ。
誰が着任するか分からないが、住民を思う人物であることを祈りたいところだな。
「やはり、早くにレオン殿と調整をしたかった。これでブリガンディ王国に対するエクドラル王国の対応を決められそうです」
「数日掛かるのではと思ってましたが、案外早くに終わりましたね」
「いや、これを基に調整することになるから、夏至は過ぎるだろうな。だが、秋分までは掛からぬだろう」
これでブリガンディ王国は五分割されることになる。もっとも、俺達が作ろうとする砦の位置はブリガンディ王国の領地ではないだろうが、名目であるのは皆が分かっているに違いない。
上手く立ち回れば、ブリガンディの名を遺す小さな土地が残りそうだけど、オリガン領よりも小さな土地だからなぁ。
魔族に脅えながら住民が開拓をしていくんだろう。将来は貴族連合かエクドラル王国に組み入れられてしまうかもしれないけど、それまで無事に暮らして欲しいものだ。
翌日。指揮所で再び今後の調整内容を再確認したところで、王子様とマイヤーさん、それにマーベル共和国を加えたレイデル川西岸の監視体制作りについてはなし合う。
こっちから提案しようと思っていたことだから、王子様からの傘下の打診をありがたく受けたところで、西岸に設ける見張り台兼信号中継所について提案してみた。
「やはり想定していたということですか。なるほど、マーベル国内に3か所、マイヤーの領地に2か所、私の領地に1か所設ければ、領内の館と州都の庁舎に状況を伝えられますね」
「常時王国軍を関所に配置するわけにもいかないでしょう。王国軍は魔族を相手に街道北の砦に配置するとなれば、通信網を整備して万が一の事態に対して迅速な移動を可能とすべきでしょうね」
「同盟軍が、一番足が速い。駐屯地もマイヤー殿の領地である開拓村だ」
ボニールを使った騎馬隊だからなぁ。さすがに軍馬を使う騎馬隊よりは移動速度は遅いが、荒地であっても平地と同じように走ってくれる。エニルの銃兵1個小隊をボニール騎馬隊にしたかったぐらいだからレイデル川西岸の守りには十分だろう。俺達の第2即応部隊も使えるから2個中隊の即応部隊を持つことになる。
「私の2個小隊は見張り台を維持するぐらいしか出来なさそうですね」
残念そうな表情でマイヤーさんが呟いたけれど、貴族に許された私兵だからね。隣国との境界を持つ領地ということで他の貴族の倍の私兵を持つことが許可されたらしい。
寡兵なんだから、敵を迎え撃とう等と考えずに駆けつけてくる即応部隊に最新の状況を伝えるだけでも十分に思える。
王子様のところは関所があるからなぁ。関所の強化も図らねばなるまい。それに1個中隊の私兵は関所の守りをしていた王国軍の一部をそのまま私兵にしたとのことだ。レイデル川の防衛については1個小隊ほどの私兵となってしまいそうだから、開拓民を民兵として使う事も考えているんじゃないかな。
「マーベル国は民兵組織を有効に使っていますね。出来ればその運用について教えて頂きたいのですが?」
やはり考えていたか……。
とはいえ民兵は兵士ではないからなぁ。あくまで戦力の補完として運用すべきだろう。民兵に先陣を切らせるような戦をしないように注意しておいた方が良さそうだ。
「獣人族であれば、将来民兵を束ねる立場を取れる人物を10日ほど派遣して頂けると、俺達の民兵がどのような組織でどんな訓練をしているのか分かると思いますよ。でも、民兵を最初から最前線に置くことはありません。白兵戦時にも敵1人に3人で当たるのが基本です。クロスボウと短槍が武器ですからね」
「弓ではなくクロスボウか……。確かにそうであったな。操作は面倒だが弓よりも訓練時間が短く出来るし、狙いは弓よりも正確だ。王子殿下も、マイヤー殿も武器を値引くようなことはせぬ方が良いな」
グラムさんが頷きながら2人に言葉を掛ける。
まったくその通りだ。武器を惜しんで命を失っては本末転倒も良いところだからね。
「おおよそ、それでレイデル川を敵が超えることはないと考えています。そうなると問題があるのは魔族への対応となるんですが、魔族に対する王国軍を1個大隊削減しているんですから次の戦はかなりの激戦になりますよ」
「犠牲者は倍増するに違いない。さらにレオン殿の将来の戦を考えると、毎晩不味い酒を飲む日々が続いている」
「とはいえ、本国の防衛も大事ですからね。本国領も少なからず魔族の戦で損害を受けています。サドリナス領よりも本国領……、王宮内の貴族が騒ぎ出していることも確かです」
大国には大国の苦労があるんだろう。まして貴族は身勝手だそうだからなぁ。王国よりも自分の事を考えるとなると邪魔な存在に思えてくるんだよね。
俺も名目的には貴族のはしっぱなんだけど、自分の事よりは皆の事を考えている。長くその地位にいると、自分の立場や役目がだんだん曖昧になるのかもしれないな。




