E-247 秘密基地を提供しよう
夕食後に集まった連中の中にも、部下達が孤児を引き受けたということだった。
ここに集まってきた連中の中ではレイニーさんだけだったけど、エルドさんやダレルさんも次は何とかと言っていたから、やはり自分の跡を継ぐ者は欲しいのかもしれないな。
「墓を守って貰いたいのか?」
「それもありますが、やはり子供を育てて嫁を貰ってあげて……、老後は孫に囲まれて暮らしたいですね」
ガラハウさんの冗談に、そんな答えをエルドさんがしたから皆が笑みを浮かべている。
慎ましくも明るい老後……。そんな暮らしを夢見ているのはエルドさんだけではないようだな。
「ブリガンディのおかげで多くの孤児がいるようです。私達も働ける人だけでなく、孤児たちの受け入れをしっかりと行いたいですね」
「最初は暗い表情でしたが、マーベルの子供達と暮らす内に笑みを浮かべるようになりました。貴族連合でもそれなりに世話をしていたんでしょうが、住む場所を奪われた避難民も多いようですからねぇ……」
子供達の心の救済にまでは手が回らなかった……、ということかな?
ここは皆が家族のようなものだからなぁ。
新しい親達の愛情を受ければ、もっと明るい表情を見せてくれるに違いない。
「保護者は決めましたけど、子供は皆で育てるということは忘れないでくださいね」
「もちろんです! 俺だって親に怒られるよりは近所の爺様に頭を叩かれた数の方が多いんですからね」
エルドさんの言葉に皆が笑みを浮かべる。
たぶん身に覚えがあるんだろうな。親だけでなく子育ては村全体ということなんだろう。そうやってやってはいけないことを子供の内から学ぶに違いない。
「子供達の勉強は礼拝所のフレーンさんに頼むとしても、1日おきです。簡単な仕事は年長の子供達に任せましょう。と言っても、養魚場とヤギの世話になるんでしょうけど」
「食堂裏の畑の世話も頼んでますよ。おかげで冬以外は野菜に苦労しません」
レイニーさんの話に、エクドラさんが追加してくれた。
確かに色々とやって貰っているんだよね。南の城壁に沿って小石が山になっているのも子供達のおかげだからなぁ。
年長の子供達に至っては、伝令やヤギの乳しぼりまで担当して貰っている。さすがにチーズ作りには手を出さないようだけどね。
「子供達に色々と頼んでいますから、一度仕事の整理をした方が良いかもしれませんね。毎年子供達の仲間に入る子もいるようですし、反対に子供から大人になる子もいるようです。子供達の組織をきちんと作って、彼らに依頼する形を取れば子供達も自分達の仕事を今まで以上に理解できるかもしれませんよ。それに、人が足りない場所に助けを出すことも彼らだけで出来るでしょうからね」
「レオン殿の話は、年長の子供達にこのような場所を提供するということでしょうか?
それなら私達のように工程表を作って作業を効率的に行えるかもしれませんね」
「報酬についても仕事量で加味出来そうじゃな。ワシは賛成するぞ」
そんなことで、子供達の年長組と一度相談することになってしまった。それって俺の仕事なのかなぁ……。まあ、言いだしたのは俺だから仕方がないことではあるんだが。
それでも、子供達のために長屋を1つ提供してくれるらしい。
子供達に秘密基地を与えるようなものだから、喜んでくれるかもしれない。場所は食堂近くの長屋だけど、撤去が終わっていない長屋がまだまだあるらしい。
伝令の少年達に、子供達の代表を呼んで貰うことにした。
代表という言葉に少し悩んでいたけど、「それなら俺かなぁ?」なんて答えているぐらいだから、子供達の中での上下関係は無いのかもしれないな。
「いろんな仕事を子供達だけで行っているはずだ。全体を代表できる者がいないなら、各仕事を担当している年長者で良いよ。明日の朝食後に指揮所に集まってくれないかな?」
「それならだいじょうぶです。数人ほどになりますけど……」
色々とあるはずだけど、兼任しているということかな?
先ずは会ってみることが大事だろう。伝令の少年達によろしく頼んでおくことにした。
あくる朝、朝食から帰ってくると指揮所の前に数人の子供達が集まっていた。
思わずレイニーさんと顔を見合わせてしまったけど、すぐにナナちゃん達を連れてどこかに行ってしまったんだよなぁ。
俺に全てを任せるとは言っていたけど、立ち会ってくれても良さそうに思えるんだけどねぇ。
「君達が子供達の仕事の担当者ってことかな? 本来なら指揮所で話す方が良いのかもしれないけど……。ちょっと場所を変えよう。食堂近くの長屋になるんだが、それほど遠くじゃないからね」
伝令の少年達に秘密基地に向かうと伝えて、少年達とともに長屋へと向かった。
後ろの少年達をちらりと見ると、何をするんだろうと不安げな表情をしているようだ。
普段あまり話すことが無い大人だからかな? だけどナナちゃんと一緒にいることが多いから、ある程度は俺を知っていると思うんだけどねぇ……。
食堂から通りを挟んで北にある長屋に着くと、扉を開けて中に子供達を招き入れる。
引っ越しが終わったから何もないガランとした部屋なんだけど、エルドさんが気を利かせて大きなテーブルとベンチを運んでおいてくれた。壁際に大きな黒板があるから、ある意味指揮所の小型版だな。
「さて、座ってくれ。そこの棚にカップがあるはずだ。暖炉に火を熾してポットを乗せればお茶が飲めるぞ」
俺の言葉に、女の子が2人早速お茶の準備を始めた。火を熾すのも手慣れたものだな。火事にならないように周囲を小さな箒で掃いているぐらいだから、家ではいつもやっているに違いない。
「お茶はその内に沸くだろう。さて、君達を呼んだのは、君達の仕事を一度整理したいからなんだ。俺達大人が色々と頼んでしまっているから結構大変だと思う。君達の仲間には毎年のように小さい子供が入るし、年長者は大人の仲間に入ることになる。そんな仕事をきちんと継続するためには、どんな仕事を誰が担当しているかを明確にしたほうが良いと思うんだ。そのための秘密基地として、この長屋は君達子供達に進呈するよ。
この長屋には俺も今日以降は入ることはない。君達だけで使ってくれ。部屋は2つあるから男の事女の子で分けて使えるだろうし、皆で話し合うならこの部屋が使えるはずだ。ただし1つだけこの長屋を提供する上での条件がある。火の始末はきちんとすること。もし火事を起こすようなら長屋を使わせるわけにはいかなくなるからね」
俺の話に、子供達が驚いている。
急に長屋を貰ったからなぁ。どう使っていいのか分からないのかもしれないな。
「本当に俺達だけで使って良いんですか?」
「もちろんだ。だけどここで暮らそうなんて考えないでくれよ。ここはあくまでも君達の秘密基地のようなものだ。此処で考えて、ここから仕事に出るということにして欲しい。
その日の仕事は日によって変わるだろう。皆の苦労が一緒になるように考えて欲しいな」
そんな話をしたところで、暖炉のポットが沸いたようだ。女の子が沸いたお茶をカップに注いで俺達に配ってくれた。
先ずは子供達にどんな仕事をしているのか黒板に書いて貰う。さすがに字は下手だけど読めれば十分だ。これから何度も文字を書いていけば綺麗な文字を書けるようになるだろう。
仕事の種類を書き終えたところで、その横に担当している人数を書いているけど、やはり予想通りだな。1人がいくつかの仕事を掛け持ちしているようだ。いくら何でも子供の数が500人を超えるとは思えないからね。
「こんな感じかな? だけど……、こんなに仲間がいたんだっけ?」
「朝と昼で仕事を変えることもあるの。私だって、食堂のお手伝いと乳しぼりをしているのよ」
やはりそうなんだ。獣人族が働き者揃いなのは子供のころから始まっているんだろうな。人間族に爪の垢でも飲ませてやりたいところだ。
「大まかできたかな? そしたら、その仕事をしている子供達の中で中心になっている人物は誰か? を書いてみてくれ。出来れば同じ名前が出ない方が良いんだけどね」
直ぐに、人数の横に名前が入り始めた。
気掛かり通りに2人ほど同じ名前が別の仕事の欄に書かれている。これを是正する必要があるわけだが……。その前にもう1つ、ここに集まった子供達は年長者だ。彼らが子供達の集まりから抜け出したら、その後を継ぐ者は誰かを書いて貰う。
途端に悩みだした。
さすがに後のことは考えていなかったか……。
「私達が責任者ということでは無いんです。友人達と話合いながら仕事をしてきました。姉さん達の仕事を見てましたから、私達から離れて行った当時は不安ばかりでしたけど友人達と頑張ってきたんです」
見て覚えたということか。代表者は誰かと聞いて悩んでいたのは年長者達が仕事の種類毎に数人ずつ集まっていたからなんだろう。
「色々と大変だったんだね。だけど、これからはもう少し明確にした方が良いかもしれない。俺達大人だってその仕事を統括する人物を決めているんだ。鍛冶工房や鉱山はドワーフ族のガラハウさんだし、食堂はエクドラ小母さんが担当している。軍隊だって小隊、中隊ごとに代表がいるし、どこを守るかまである程度決めている。その方が連絡が容易だし、問題があったならきちんと対処できるようにしてあるんだ。君達もそうしてくれるとありがたいね。それと一番大事なのは次の代表者を育成することだ。
責任者を1人決めたら、その補佐を2人決める。補佐の1人を次の年長者にしておけば、君達が苦労したようなことにはならないんじゃないか? 最後に俺からの注文が少しある……」
仕事の種類とその責任者、担当者の氏名を表にして提出すること。
仕事は子供達の年齢と体力を考えて担当者を決めること。
礼拝所の勉強に出席することと、休みの日を設けること。
子供達全員の代表者を決めること……。
「まあ、こんな感じかな。子供は遊ぶのも仕事なんだからね。俺達から依頼された仕事ばかりしてると、つまらないだろう?」
「最後の代表者……とは?」
「君達の行っている仕事に問題があるかないかを報告して貰いたい。色々と任せているけど、どれも大事な仕事だからね。俺達大人達は、代表者が毎晩集まって議論しているよ。この秘密基地を君達に提供しようということも、会議で決まったぐらいだからね。あまり緊張しないで報告して欲しい。『何もない』だけでも立派な報告だ。毎日午前中にエクドラ小母さんに報告して欲しい。エクドラ小母さんがいない時には指揮所にいる俺で構わないよ」
それほど問題が起こるようなことは無いだろうし、子供達だけで解決できると思うんだけどねぇ……。とはいえ、万が一ってこともあるからな。
さて、そろそろ帰ることにしよう。
軍資金ということで銀貨1枚を渡しておく。
ワインを飲みながら話し合うことはさすがに無いだろうが、駄菓子を食べながら話合えば少しは前に進むんじゃないかな?
扉を閉める前に、再度彼らに「頑張れよ!」と声を掛けて指揮所に戻ることにした。




