E-241 レイデル川の東に変化あり
「戦そのものは半日程度で終わっているようですね。リットン達が早朝に仕掛けて、敵を上手く誘導したようです」
「待ち伏せを行う部隊の左右に光通信を行う臨時の中継所を設けたようですが、よくも敵に補足されなかったと感心してしまいます」
丸太を3本使った大きな三脚でも、上部に丸太を横に取り着ければ立派な見張り台だ。
3ユーデ程の高さで周囲を見張れるし、何と言っても光通信の距離が長く取れる。
バリウスさん率いる機動部隊とリットンさん達のいる同盟軍の間で頻繁に情報交換をしていたに違いない。
情報を制する者は戦を有利に展開できるからなぁ。
「トラ族兵士を横に40人並べて盾としたんですね。簡易な柵を前に置いたとしても、やはりトラ族ですねぇ……」
「盾となるトラ族は2段だったようです。その後方に小型のカタパルトを5台並べて爆弾を放ったということですが、いったいどれほどの数を放ったのか……。ティーナさんの話では俺達のように小型の爆弾をトラ族の2段目の部隊も放ったようです」
トラ族の盾の前方は左右に開いた柵ということだった。当然両側からも無数の矢の雨を降らせたに違いない。
これでは虐殺に近い戦いだったろうな。
「損害はトラ族の兵士が数名亡くなったようですね。重傷者もかなり出ています。やはりトラ族を盾に迎撃するという作戦に無理があったのでは?」
「終章を見てください。圧倒的な勝利はマーベル国との友好の賜物であり、損害は極めて軽微とも書かれています。エクドラル王国と魔族との戦では、この損害は軽微ということになるんでしょう。母体が大きいからでしょうね。俺達では無視できない損害なんですけど」
大国の戦は、やはり俺達と異なるようだ。
大軍を動かす以上犠牲はやむを得ないと考えているのだろう。その犠牲を少なくするために色々な作戦を考えているんだろうな。
俺達の場合は、1人でも欠けたら大損害も良いところだからなぁ。
白兵戦に持ち込まれないよう努力をしているんだが、トラ族のガイネルさん達には「もっと積極的に」と言われる時もあるんだよね。
「ガイネルさんに万が一があれば大損害なんです!」と言っても苦笑いを浮かべるだけだからなぁ。
「終章で、本国領にも類似部隊を構築すべきだと書かれていますが、これは?」
「リットンさん達には石火矢を渡しましたけど、弓で誘うことも可能でしょう。ですが相手に大きな被害を出さないと釣り出せないと思いますよ」
雑魚には用はない! なんてことになったら本末転倒も良いところだ。
それに、エクドラル王国の本国領とサドリナス領の北に位置する魔族が1つの王国ということはないだろう。
リットンさん達の部隊が本国領に向かえば今回と同じように魔族を殲滅できるかもしれない。となると、今回大敗北を喫した魔族の方は次も同じ手で吊りだすことは可能だろうか?
少し作戦を変えないといけないかもしれないな。
ティーナさんは今回の戦果に笑みを浮かべていたけど、必ずしも将来が明るいわけではない。
短期、中期それに長期の3つに分けて魔族との戦を考えておいた方が良さそうに思えてきた。
「しばらくは今回の作戦で十分でしょう。とはいえ、魔族も考える力を持っています。いずれこの作戦が使えなくなるでしょうから、次の作戦も考えておく必要がありそうですね。一番良い方法は前にも話した通り、長城を築くことなんですが」
「次の戦を考える士官は多いでしょうが、レオンのように数年先、10年先、さらにその後の作戦を考える人物はいないと思いますよ」
「もともと、作戦を考えるのが好きでしたからね。長剣検定は2級しか取れませんでしたし、魔法も空っきりでしたから、それが可能な人物をどのように使えば良いかを良く考えていました……」
そんな考えで作戦を考えた少年時代が懐かしく思える。
だけどある時、とんでもないことに気が付いて妄想を止めたんだよなぁ。
それはどんな人物にも最盛期があるということだ。
それが過ぎれば、いくら頑張って考えた作戦も無駄になってしまう。
『色即是空』という言葉が頭に浮かんだんだが、今思えば俺がもう1つの記憶に気が付いたのはそのことが発端になったのかもしれない。
言葉の意味を知りたくて村の教会の神官様を訪ねたのだが、どうやら遥か東に栄えている宗教の教義らしい。
「そのような言葉が書かれた本はブリガンディには無かったはずです。その宗教は我等が異端と認識しておりますからな。レオン様もここだけの話にしておいてください。私はご覧の通りの老人です。私が亡くなればこのことを知る人間もいなくなります」
異端の教義ということだから、俺の持つもう1つの記憶はこの近くで暮らした人物の記憶ではないということになる。
怖いもの知らずの少年だったから、神官様にその意味を訪ねてみた。
苦笑いを浮かべた神官様が教えてくれたのは、物事に2つの事象があることを端的に言葉にしたものだと教えてくれた。
そこにあるということはそこに無いということでもあるというんだから、首を傾げるばかりだったんだよなぁ。
だが、今になって少し分かってきたこともある。
サドリナス王国は無くなったが、エクドラル王国がこの地を治めている。
この流れは色即是空そのものではないか? さらに俺達がこの地にマーベル共和国を作ったぐらいだからなぁ。反意語にも思える空即是色もありそうだ。
俺達を取り巻く世界はどんどん変化する。
その変化を迅速に知ることが、小国である俺達が効果的な作戦を立てるために必要なことは間違いないだろう。
パイプに火を点けようとして、ふと視線を感じてレイニーさんに顔を向けた。
俺をジッと見ているんだよなぁ。何もしていないはずなんだけど……。
「急に考え込んでしまって、ちょっと心配だったんです。やはり魔族の動きに気になる部分があったんでしょうか?」
「いや、少年時代に色々と考えていた話をしましたよね。でもある事情を知って、そんな妄想を止めたんです。その時に神官様と話し合ったことを急に思い出してしまいました。それより、逃走した中隊規模の魔族の構成も気になりますね。報告書には記載してありませんが、一番気になるところでもあります」
ゴブリンの間引きかどうかが気にあるところだ。
だが、間引きだとしても再びゴブリンを大量動員するためには時間が掛かるに違いない。その間の他の魔族との戦はどのように推移するのだろう。
外から足音が聞こえてくる。
かなり慌てているようだな。そんなに慌てるようなことが起こるとは思えないんだが……。
足音が、指揮所の扉の前で止まると、乱暴に扉が開かれて少年が駆け込んできた。
息を調えながら騎士の礼を取ると、あえぐような声で話を始めた。
「報告します。東の広場で状況監視をしていたエニル殿が東にいくつもの煙を目撃。道路整備を直ちに取りやめ、現在迎撃準備のために部隊を招集中。以上です!」
「了解だ。エニルには直に向かうと外の伝令に伝えて欲しい。ゆっくりと休んでくれよ。直ぐに戦が始まることは無いからな」
俺の答えに大きく頷いて、再び騎士の礼を取ると指揮所を出て行った。
閉じられた扉を見ていたレイニーさんが俺に顔を向ける。
「この国を狙ったわけでは無いと?」
「いくつもの煙ということなら大軍ですよ。いくら大軍を用意しても、東の門を破ることは出来ません。たぶんブリガンディを狙ったものでしょう。となると……、今回サドリナス領を襲った魔族とは王国が異なるということになるんですが……。とりあえず様子を見てきます。エニルがいるんですから問題はありませんよ」
席を立つと、隣に座っていたナナちゃんも一緒に付いてきた。
退屈だったのかな?
慌てずにゆっくりと東門に向かう。
俺達が慌てると、直ぐに非常招集並みの大騒ぎになりそうだからなぁ。
「今度は東で戦なのかにゃ?」
「東門では無いと思うよ。俺達が最初に暮らしていた砦辺りは危ないんだろうけどね」
「誰もいないと聞いたにゃ。今は誰かがすんでいるのかにゃぁ……」
それもあるなぁ。 だけどあの砦には俺達が作った出城まである。
使える物はだいぶ運んだけれど、まったく何もないところに出城を作るよりは遥かにましだろう。
それにあの砦があるだけで、砦の南は安心して開拓を行うことが出来たんだからなぁ。
待てよ……。
確かあの砦を放棄して、南の開拓村を砦化したと聞いたことがある。
レイデル川を南進するのか、それともそれより東を進むのか……。レイデル川を南進するようであるなら、滝向こうの広場から新型石火矢を放って牽制しても良さそうだ。
少なくとも東門を避けるようにしたいし、レイデル川は俺達の製鉄には無くてはならない存在だ。
将来的にはレイデル川から離れて砂鉄を採ることになるだろうが、それにはまだ時間が必要だ。
東門に到着したところで、門の上に昇り状況を確認する。
確かに幾筋化の煙が上がっている。だいぶ拡散してはいるが、少なくとも数個の焚火であのように大きくたなびくことは無いだろう。
「レオン殿、来てくれましたか!」
俺に姿を確認したのだろう、エニルが声を掛けてきた。
「確かに大軍だろうね。それで、あの広場で東を監視していたということだが、魔族の姿は確認できたかな?」
「煙だけです。広場の向こう側の地図をお望みでしたから、広場で監視を続けながら測量をしておりました。東に煙が見えたところで、大急ぎで部隊を東門の中に撤収させたところです。銃兵部隊、砲兵部隊全て揃っています。魔族が攻めてきても十分に対処でき来ます」
さすがはエニルだな。これで従兵部隊が蹂躙されることは無いだろう。
だけど、ちょっと消極的でもあるんだよなぁ……。
「俺達の存在を大きく示してやるか! このメモをガラハウさんに届けてくれないか? 出来れば5発改造して欲しい。直ぐには出来ないだろうから、エニルには発射台を作って貰う。既存の石火矢のように発射できないが、かなり飛ぶことは間違いないぞ」
バッグから取り出したメモをエニルに渡すと、直ぐに部下に手渡してガラハウさんの工房に向かわせた。
その間に発射台を作ろう。
2枚の板を『V』字型の樋を作り、三脚で支えれば良いだけだ。
新型の石火矢なら500ユーデは飛ぶんだが、それだけ散布界が広くなってしまう。ガラハウさんに頼んだ石火矢はさらに飛ぶだろう。1コルムを越えるかもしれないが、狙った場所に当たるとは思えない。
でも、その存在を無視することは出来ないだろう。




