E-240 砲弾の空中爆発
「仰角を上げると、砲弾が空中で爆発するってことか!」
「仰角30度で、2発とも同じように地上数十ユーデほどの高さで爆発しました。飛距離は1.2コルム(1,600ユーデ)程になります。仰角20度で飛距離1コルム程、地上20ユーデで爆発しています。仰角40度で放った徹甲弾は2.5コルムまで飛びました」
飛距離は3コルムに届かなかったが、新型石火矢を越える距離だ。遠距離用の砲弾は砲弾内の導火線の長さを少し長くすれば使い物になりそうだな。
それより空中爆発が地上20ユーデで起こるなら、それは記憶にある榴散弾として使えるんじゃないか? 地上爆発よりも殺傷能力が高いらしい。
エニルに詳しく聞いてみると、地上20ユーデで炸裂した砲弾は地表20ユーデ四方に破片をばら撒いたらしい。
「距離計と分度器を何個か手に入れておいてくれ。攻城兵器対策としてあの他愛砲を作ったけど、対人兵器としても使えそうだ。それと、レイニーさん達からエニルの部隊を増員して欲しいと要望があった。大砲を扱う砲兵部隊を銃兵部隊と独立させて、両方に部隊長を任命してくれ。エニルは砲兵部隊と銃兵部隊を束ねた中隊長とする」
「レオン殿が束ねるのではないのですか?」
「エニルの部隊は俺の直営だよ。でも運用を含めて大部分をエニルに任せたいんだ」
まだまだいろんな兵器が出来るだろう。騎士に憧れる連中も多いんだけど、時代は変っていくものだ。新たな砲兵部隊は1個小隊に満たないけど、石火矢も扱わせれば部隊の人員が増えるに違いない。将来的には砲兵と銃兵は中隊が分かれるんじゃないかな。
「大砲1門を扱う兵員数が決まらないのかい?」
「5人にしようかと考えています。各門に1個分隊を配置しようかと、旧大砲の操作もありますから、5人で7個分隊になってしまいます。さすがにその人数を大砲に振り分けると銃兵が1個小隊ほどになってしまいます。門は3か所ですから4個分隊で十分かと」
一気に銃兵を減らすのは無理か……。となると、砲兵部隊を創設するために銃兵を減らした分を比重塀で穴埋めすることになりそうだ。
「そうなると新兵は20人になりそうだな。全て銃兵とはせずに砲兵部隊にも分隊に1人ずつ入れて欲しい。数年もすれば立派な砲兵になるだろう」
「20人も増やせるのですか?」
「将来は銃兵だけで2個小隊を作りたいからね。それに2個小隊あるならいつでも西の尾根に1個小隊を派遣できる」
さすがに砲兵隊は1個小隊規模で十分だろう。石火矢ならヴァイスさん達に任せられる。
東の楼門傍にあるエニル達の屯所で、補充兵の話を終えたところで指揮所に戻ることにした。
とりあえずレイニーさん達の要望は何とかできるな。
それにしても軍に入りたいとはねぇ……。衣食住付きで給与も出るんだから、確かに良い就職口ではあるけど、命のやり取りをするんだよなぁ。
白兵戦にならないように兵器を色々と作ってはいるけど、全くないわけではない。
その辺りをしっかりと教えないといけないだろうな。
指揮所に入ると、レイニーさんが俺に顔を向ける。
エニルと相談してくると言って出掛けたから、その結果が知りたいようだ。
自分のカップにお茶を注いでいつもの席に腰を下ろすと、メモを取り出してレイニーさんに状況説明をすることにした。
「エニルの部隊についての補充は20人ほどが可能です。これは大砲を独立運用するために部隊を分けたことから従来の銃兵の数が足りなくなったということになります。俺としてはさらに補充兵を増やして将来は銃兵を2個小隊としたいところですね」
「南と西ということですね。エクドラさんは私から話をしておきます」
「よろしくお願いします。それと、本日南の城壁の外で新型大砲の射程を確認したのですが、最大射程はおよそ2コルム半、有効射程は1コルムとなります。有効射程と最大射程に開きがあるのは砲弾が途中で爆発するためです。1コルム先で地上20ユーデ程の高さで炸裂した砲弾の破片は直径20ユーデ程の範囲で破片を飛び散らします」
「対人攻撃にも有効ということですか?」
レイニーさんが驚いている。
俺もエニルから聞いて吃驚したからなぁ。元々は攻城兵器対策だったが、一か所に集めて運用するなら、対人兵器としても活躍するだろう。
「砲弾内の導火線の長さを長くすれば、さらに遠距離の攻撃も可能でしょう。ですが、石火矢がありますからねぇ。大砲は今のままで十分だと考えます」
「基本構造は銃と同じだと聞きました。そうなると各国が大砲を作るのではないですか?」
その心配はあるけど、模造したとしても前装式になるだろう。俺達の古い大砲と似た物なら、そう簡単に遠距離攻撃ができないんじゃないかな?
ティーナさんも楼門に置いてある大砲をジッと見ていたことがあるんだが、試射するところを見たいとは言わなかったからね。
大砲を作るぐらいなら銃を増やした方が良いぐらいに思っているんじゃないかな。
「それでティーナさんがいない間に訓練をしたんですね。でもいずれは気が付くかもしれませんよ」
「いざとなれば布で覆いますよ。バリスタのように偽装するなら簡単ですからね。訓練時の砲声は大砲を持っていることを教えていますから、問題はないと考えます」
「そういえばガラハウさんが昨夜は機嫌が良かったですね。また何かを作ってるということですか?」
「ちょっとした悪戯じみた兵器を考えてみました。試作品ができ次第南の城壁で使ってみようかと考えてます。予想通りになるなら西の尾根の白兵戦の機会を低減できますよ」
石火矢を手に持つような代物だが火薬の燃焼ガスはかなりの高温だからなぁ。砂鉄を混ぜた石火矢の推進薬がどれほど炎を吹き出すかが楽しみではある。
石火矢と違って燃焼ガスを噴き出すノズルの口径を大きくしてあるから、反動は少ないと思うんだが、これは実験して確かめないといけないだろうな。
「悪戯じみた兵器ですか?」
「白兵戦になりそうだと思った時に使う品です。もっとも爆弾を投げれば良いだけなんですが、威圧効果はかなり高いと思っています」
なんと言っても10秒近く炎が噴き出すんだからなぁ。どれぐらい遠くまで吹き出すかは実験してみないと分からないけど、少なくとも数ユーデ先には届くだろう。柵から筒先を出して使えば敵の出鼻をくじくことも出来るはずだ。
「レオンの予想ではしばらく魔族は来ないということでしたよね?」
「あくまでも予想ですよ。それに数年先を考えると西の尾根を更に強化したいところです」
レイニーさんに柵の二重化を考えていることを説明した。
柵は多重に設けるほど防御力が向上する。とはいえ越えられない柵は無いことも確かだ。柵は阻止能力というよりも攻撃の遅延が目的だからなぁ。
「既存の柵の西側に設けるということですか?」
「2ユーデ程離して高さ2ユーデもあれば十分です。柵を壊さなければかなり長い梯子を用意しないといけませんからね」
「平時でも軽装歩兵と民兵がそれぞれ1個小隊駐屯しているんですから、彼らに作って貰いましょう。今夜にでも皆の了解を得ることにします」
反対する人はいないだろう。
退屈な監視の良い暇つぶしにもなりそうだ。
・
・
・
ティーナさんが戻ってきたのは、夏が終わろうとしている頃だった。
この辺りは標高があるから、朝晩はだいぶ涼しくなってきている。毛布を蹴飛ばして寝たら、風邪をひいてしまいそうだ。
畑のライムギは今年も豊作らしい。
マクランさんの話では、今年の収穫で自給が出来るだろうということだった。
ようやく、そこまで開墾できたんだな……。夕食後のいつもの連中との打ち合わせでマクランさんからその言葉が出た時には、皆が「万歳!」を叫んだぐらいだ。
ブリガンディから縁を切ってこの地に向かったのがまるで数日前の出来事のように思えるんだが、こうして昔からの顔ぶれを見ると、やはり年月が経っていると感じてしまう。
言葉には出さないけど、お姉さんのように思えたヴァイスさん達は今では小母さんに見えてしまう。
エルドさんだって、ちょっと年上の兄貴から小父さんになってしまっている。
変わらないのはガラハウさん達だ。
そういえば、マクランさんも爺さん姿に変化が無いんだよなぁ。イヌ族だと言っていたから人間より寿命は短いらしいんだけど、何事にも例外はあるという見本のように思える。
「やはり大勢いると開拓は捗りますな。食べる者を買わずに済むというのが一番。その上に美味い酒まで自給できとります」
「後は、何が足りないのかしら? これで十分にも思えるけど?」
「調味料は購入するしかありませんよ。特に塩ですね。冬の保存食に塩はだいぶ使いますからね」
レイニーさんの問いに、エクドラさんが答えてくれた。
確かに塩は重要だ。それに火薬や銃弾の鉛だって購入しないといけない。
購入する品数が少なくなったぐらいに考えておいた方が良さそうだな。
「主食のパンが自給できるんですから、やはり喜ぶべきでしょう。次は畜産を頑張りましょう。ヴァイス達が狩りで得た肉だけというのも、考えてしまいます」
「羊はだいぶ増えたようですぞ。冬越しを考えて今年は10頭ばかり間引くつもりです」
羊肉のシチューが食堂で食べられそうだな。
同じように考えているのか、エルドさんもゴクリと唾を飲み込んでいる。
「そういえば、貯水池に魚を運びましたけど、上手く育っているんでしょうか?」
「孵化した魚が大きくなるのはしばらく掛かるじゃろう。レオン殿が始めた養魚場の魚は1年で大きくなるが、貯水池の方は餌もやらんからなぁ」
1年で育つ種類の魚では無いらしい。
それでも来春には、誰かが釣竿を出すんじゃないかな。
釣り上げた魚が大きければ、儲けものということになるんだろう。
酒が切れたところで、皆が指揮所を後にする。
残った俺とレイニーさんでティーナさんから頂いた魔族との戦闘記録を読むことにした。
俺達にお茶を淹れてくれたナナちゃんは、眠そうな顔をして部屋に下がって行った。
明日は何をするんだろう?
この頃は行先を告げずに出掛ける時もあるから、ちょっと心配になってしまう。
パイプに火を点けて、先ずは概要を読むことにした。
侵入してきた魔族は3個大隊を越えていたようだな。
「概要を読む限りでは、エクドラル王国の大勝利になっていますね」
「2個中隊程を逃がしただけだとすれば、魔族としてはかなりの痛手に違いない。気になるのは、やって来た魔族の構成だ。ゴブリンにホブゴブリンこれはいつものことだが、オーガとリザードマンが1個小隊とはねぇ……」
出し惜しみをしているんだろうか?
ゴブリンは増える種族だから、定期的に戦争をしていないと種族内で共食いをしそうだ。
人減らし目的で戦を仕掛けられてもなぁ……。




