E-024 魔族の武器は高く売れる
秋分の日から20日ほどたったころ。
商人が5台の荷馬車を曳いて俺達の下にやって来た。
指揮所のテントに案内して、とりあえずお茶を御馳走する。
今回は獣人族の子供を数人手伝わせているところを見ると、この王国は獣人族を排斥することはしていないようだ。
「本当に川を渡ったのですね。お約束通り、食料を運んでまいりました。
「やはり思った通りの商人でしたね。長いお付き合いをしたいところです」
「そうそう、これが残金でございます。大銀貨2枚などなかなか手にする機会はありませんでした」
商人が懐からかなり膨らんだ革袋を取り出して、俺の前に差し出してきた。
一旦手に取り、再び商人に革袋を戻す。
「一応、『デラ』を持つ身分です。これは貴方が苦労して交渉した成果だと思いますよ。それを懐に入れるわけにはいきません」
「そうは仰いますが……。では、あの荷馬車とロバの値段ということではどうでしょう?
荷車5台分の食料と嗜好品ですから、皆さんで運ぶには苦労すると思いますが」
こちらから話をしようかと思ってたが、商人の方から言い出してくれたか。
有難く頭を下げる。
たぶんそれでも余る金額なんだろうが、提案としては十分だ。双方ともに満足できる。
「私はこれで戻ります。何にかご注文はありますか?」
「来年の春分にまたここに荷馬車5台分の食料を持って来て欲しい。それと1つお願いなんだが……。ブリガンディ王国から逃れてきた獣人族が路頭に迷っているのを見掛けたら、ここから北に3日の距離にある俺達の拠点を目指すよう言ってくれないか?」
「ブリガンディ王国の話は聞いています。かなり悲惨な状況になっているようです。私の商いで見かけた獣人族の方々に話をしておきましょう」
「これで足りるでしょうか?」
レイニーさんが大銀貨を1枚預ける。これで手元の軍資金は銀貨数十枚になってしまった。足りない時には父上から貰った銀貨の残りを使うしかなさそうだな。
「そうそう! 魔族の残した武器があるんだが、買い取ってくれないか?」
「良いですとも。魔族の剣はドワーフ族の工房が買い取ってくれますからね。どれ程あるんですか?」
タルに3つ分だからなぁ。
商人がちょっと驚いていたけど、直ぐに大きな魔法の袋に詰め込んでいく。
「これはお返しします。さすがにこれは貰い過ぎですから」
テーブルに大銀貨を1枚戻してくれたんだが、それ程高く売れるんだろうか?
「この王国には、魔族の侵入はそれほど発生しないんです。魔族の武器は良い鉄なのは知っていますが、ブリガンディ王国からこの種の鉄を買い付けることができません。
タル3つ分となれば、十分に対価として釣り合いますし、皆さんの住み家に向かう獣人族に少しばかり食料を持たせることも可能です」
「次に来た時の依頼分としても、構わないんだが」
「さすがに、何度も試されるのは……。これは戻します。私に悪魔が囁くようなことはしないで頂きたいですな」
「信心深いのは、商いにも良いことだと思いますよ。私も祈ることはあったのですが、いくら祈っても落ちこぼれの烙印は付いたままでした」
「それはまた……」
互いに笑い声を上げて、来年の再開を再度約束する。
獣人族の少年を引き連れて南に歩いて行く商人を、皆で見えなくなるまで見送った。
信心深いというのも、善し悪しだな。
問題は、どんな神いや、どのような神官から神の声を聞くかになるんだろう。
それ次第では、善人にも悪人にもなれる。
あの商人は、良い教会と良い神官に出会ったようだ。
指揮所のテントに戻ると、レイニーさんに声を掛ける。
「これで、出発できますよ。ロバが5頭手に入りましたから、途中で飼葉を刈らなくてはなりませんが」
「交渉して頂き、申し訳ありません。ですがあれで良かったんですか?」
「ここまでは何とかしましたが、来年の秋分はこの大銀貨1枚とレイニーさん達で何とかしてもらいます。開拓を始めたばかりではそれほど収穫は無いでしょうからね」
山の恵みにも期待したいところだ。
食べられる木の実やキノコもあるだろうし、ヴァイスさん達の狩りにも期待したいところだ。
2日後に、レイニーさん達が食料を満載した荷車をロバに引かせて北に向かった。
残ったのは俺の直営部隊とナナちゃんだけになるんだが、まだ偵察部隊が帰らないからなぁ。
しばらくは釣りをして過ごすことになってしまった。
船に車輪を付けた荷車を1台残して貰ったから、偵察部隊が戻ってきたら皆で曳いて行けば良いだろう。
俺以外は全員女性だけど、ナナちゃん以外は短銃を持っているからね。
1個小隊程度の敵であれば後れを取ることは無いだろう。
偵察部隊が戻ってきたのはレイニーさん達が出発してから3日目のことだった。
新たに2家族を保護してきたようだ。
ナナちゃんより小さい女の子が一緒だから、途方に暮れていたに違いない。
「さらに北に向かうと聞いたんだが?」
「ここから3日掛かるらしい。先に中隊規模で向っている。今頃は森を切り開いているんじゃないかな」
親達が背負ったカゴから鍬の柄が突き出している。開拓村の住人のようだから、俺達に色々と教えて貰えそうだ。
たっぷりと食事を取り、残り少ないワインを皆で味わう。
明日から長旅になりそうだ。
先行部隊からやって来た1人が残ってくれたから、彼の案内で北を目指す。
川沿いに北上するだけだそうだから迷う心配はないし、レイニーさん達が引いて行った荷車の轍がしっかりと残っている。
船に車輪を付けただけの荷車だが、それなりに荷物は積めるようだ。偵察部隊の荷物とテントそれに残った食料を乗せて、皆で交代しながら曳いていく。
ナナちゃんは開拓村の子供達と手を繋いで歩いている。あちこち眺めたり、草や虫に見とれたりと結構忙しそうだ。
「明日の昼には山並みが見えてきますよ」
「まだ見えないってことは、それだけ遠くなんだろうね。この荷車が壊れないと良いんだけど……」
「ドワーフの工房長が、胸を叩いて自慢してたぐらいですからだいじょうぶでしょう。それに片道だけ使うんでしょう?」
確かに片道だけだ。
次に食料を受け取る時には、ロバが引く荷車だろうからなぁ……。
途中の野営も、偵察部隊の1個分隊が増えたから安心できる。
汗をかきながら荷車を曳いて4日目の昼過ぎ、俺達は目的地に到着した。
森の北側が大きく切り払われている最中のようだ。
広場になった緩やかな斜面が北の雑木林に続いている。その先は急峻な崖のような地形だが、雑木が崖を隠すように密生している。
あれなら石が転がり落ちることも無いだろう。雑木の根が網のように絡みあって岩肌を覆っているはずだ。
「ようやく到着しましたね。指揮所はこちらですよ」
レイニーさんが俺を探していたようだ。
指揮所に向かう途中で、俺のテントを教えて貰った。テントの支柱にバンダナを結わえ付けているとナナちゃんが直ぐに潜り込んでいく。
「毛布を出しておくにゃ!」
「ありがとう。俺はあの大きなテントにいるからね」
毛布を出したらヴァイスさんを探しに行くのかな?
夕暮れにならないと戻ってこないような気がするんだけどねぇ……。
大きなテントは周囲の布を取り払っている。
真ん中に盾を横にしたテーブルと、いかにも手作り感あふれるベンチが回りに4つ置いてある。
テーブルに広げた紙には、この周辺の地形図が描かれている。色々と書き込まれているな。赤い色で四角い大きな囲いは、城壁となる場所を描いているようだ。
完成するのはかなり先になりそうだな。先ずは森を切り開かないといけない。
「開拓村からやって来た農家の人から、この人数を養うために必要な畑の大きさを聞きました。それがこの緑の点線で示した区画です」
「かなり広いな……。300ユーデ四方の畑が4つということか」
「それに、畑は土作りが大事らしく、最初から多くの収穫は望めないとも言ってました」
「来春の食料購入は既に済んでいるから、その後が問題ってことか。手元の資金はどれ程あるんだ?」
「大銀貨1枚に銀貨が32枚。銅貨は小袋2つほどになります。再来年の春分の食料購入は可能でしょう。少し換金物を考えないといけません」
ヴァイスさん達も冬には内職をしていたからなぁ。それほど高く売れなくとも、食料購入の助けにはなるかもしれない。
「とりあえずは木工製品ということになるんだろうね。仕事場を作っても良さそうだ。この王国にはあまり魔族は攻め入らないそうだよ。北の山を見ればそれも理解できるな」
攻めて来るようなら、武器を売ることができるんだが、早々上手く出来ていないらしい。
全く来ないというわけではないんだろうが、それに期待するようでは先が見えてしまうな。
「このような形になるよう、森を伐採してログハウスを作っています。何か追加することはあるでしょうか?」
「部隊全員での作業が理想的だけど、2個小隊ほどは待機させて周辺の見張りをさせた方が良いかもしれない。南に1個小隊。北と東西は1個分隊ほどでいいだろう。
ヴァイスさん達が狩りをしてると思うんだけど、南と西には獲物が無くとも出掛けるようにしておきたいな」
「偵察を兼ねるということですか……。夕食後の打ち合わせで調整します。そうなると、南の塀は早めに作った方が良さそうですね。北に手ごろな石がかなりありますから、思い切って石塀を作っても良さそうです」
材料があるなら、石の方が良いだろう。
だけど時間が掛かりそうだから、先ずは丸太の柵を優先すべきだろうな。
見張り台も作りたいが、出来れば森の南を見通したい。
秋は直ぐに終わるだろうから、その前にログハウスを20棟以上は作らねばなるまい。焚き木だってたっぷりと用意しておかないと冬は凍えてしまいそうだ。
メモを取り出して、やるべき事項と優先順位を考える。
黒板を作って貰おうかな。
やるべきこと、それをいつまでに実行するかを、皆で確認できるようにしておいた方が良いだろう。
担当を小隊単位にすれば、小隊長達の朝夕の報告で状況が分かるだろうし、遅れている作業を支援することもできそうだ。




