E-237 銃兵は砲兵でもある
朝食を取ろうと食堂に向かう道筋で、ティーナさん達が馬に乗ってやってきた。
互いに騎士の礼を取って挨拶をすると、笑みを浮かべて東の楼門に向かって馬を進めて行く。
だいぶ早いけど朝食はちゃんと取ったんだろうか?
振り返って2人を眺めていると、ティーナさんが俺達に振り返って手を振ってくれた。
思わず手を振ったけど、どうやら隣のナナちゃんがピョンピョンと跳ねながら手を振っていたからなんだろう。
軍馬を走らせて行くなら5日も掛からずに旧王都に着くんじゃないかな。
さて、俺達は朝食を取るか……。
ティーナさんが出掛けたから、今日は新型大砲の試射をしてみよう。エニル達も運ばれてきた3門を磨いているだけでは面白くないだろうからね。
少し遅めの朝食だから、食堂はガランとしている。
小母さんがたっぷりと注いでくれた具沢山のスープにライムギパンを浸して食べる。
「レオン殿はいつも通りですね」
そう言いながら、同じテーブルに腰を下ろしたのはエルドさんだった。
俺はいつも通りだけど、エルドさんはちょっと遅い気がするな。
「昨夜はガラハウさんに付き合わされましてね……。まだ頭が痛いんですよ」
「俺が付き合ったら朝食は抜きですよ。まったくあれだけ飲んで翌朝はケロリですからねぇ。ドワーフ族には恐れ入ります」
「レオンさんは今日は何を?」
「東門でエニル達の訓練をしようかと……。滝の裏の道を整備するよう命じていたんですが、毎日では不満も出るでしょうからね」
「銃と大砲ですね。楼門の扉を守るんですから、しっかりとお願いしますよ」
そんなことを言っているエルドさんも、部下たちの訓練をするらしい。
新人が1個分隊ほど入ったそうだから、彼らの適性を確認するとのことだった。
元々は弓も使える軽装歩兵だったからなぁ。槍と弓の基本的な使い方を叩きこむつもりのようだ。
どちらも見込みが無いとなれば、カタパルト要員としてクロスボウを使わせるのだろう。
エニル達も旧式と新型の1つの銃の扱い方を覚えないといけないし、それ以外に大砲の操作があるんだよなぁ。
部隊の兵員数も増えているから、特化したほうが良いのかもしれない。
砲兵と銃兵に分ければ、少しは気が楽になるんじゃないかな。
食事が終わったところで、お茶を飲みながらエルドさんとしばらく新兵の教練について話し合う。
ナナちゃんは退屈だったんだろう。さっさとエニルのところに向かったようだ。
「どの部隊も定数が足りませんからねぇ。まあ、いざとなれば民兵の動員ということになるんでしょうが、白兵戦は無理でしょう。一応片手剣を持たせてはいますが、あれはお守りのようなものです。白兵戦になれば短槍を突き出してくれた方がまだましですよ」
「西の尾根では白兵戦になりましたよね。彼らも戦ったんでしょうか?」
「民兵の半分が槍衾を作って、残りの半数がその後ろからクロスボウで倒して行きました。たまに強敵が飛び込んできたときには私達が何とかした感じですね」
白兵戦は無理ということか……。
だが槍衾を作ってくれるなら敵を足止めできる。となると、西の尾根の柵を二重化したほうが良いのかもしれない。
どんな形状にするか考えたところで、皆と相談したほうが良さそうだな。
一服を終えたところで、エルドさんと一緒に食堂を出る。
互いに頑張ろうと言葉を掛け合って、俺は東門へと向かう。
ナナちゃんが出て行ってからかなり時間が経つからなぁ。エニル達がさぞかし俺の到着を待っているに違いない。
東門が見えてくると、小さな広場にエニル達が整列している。
足を速めてエニルのところに向かうと、すぐにその場に座って楽にするようにと兵士達に指示を出す。
俺の指示に少し呆れた顔をしていたエニルだったけど、近くからベンチを運ばせて俺を座らせる。少し後ろに下がった位置でエニルと副官が同じようにベンチに腰を下ろした。
ナナちゃんは木陰のベンチでこっちを見てるな。これで全員ということになる。
「退屈な仕事をして貰って申し訳ない。だが、滝の裏手の道を整備するとブリガンディに睨みを利かせることができる。打って出るようなことにはならないだろうが、東に見える広場から東で石火矢を放つぐらいは将来行わねばならないだろう。安全にあの広場まで到達するには道の整備は不可欠だ。時間が掛るとも、やり遂げて欲しい。
道の整備で出てきた砕石は門の城壁の一部に積み上げている。これはカタパルト矢バリスタよりも正確に相手を狙い撃ちできる大砲を据えるために必要な台座になる予定だ。だが、あの広場までは200ユーでもないからなあ。皆が持っている銃で十分対処は可能だろう。
東門に砲台を築く目的は皆に大砲の訓練を個々で行ってもらうためだ。大砲を使うとすれば南の城壁になるだろう。そのために新型の大砲の砲架には車輪が付いている。ボニール2頭で動かすことができるぞ。ガラハウさんがたっぷりと砲弾を作ってくれた。先ずは慣れることだな。ここで訓練をしっかりと行い、操作を覚えてくれ」
俺の話が終わったとみて、エニルが前に進み出た。
「ということだ。私も操作が分からないから、先ずはレオン殿にゆっくりと説明してもらいながら最初の1発を放ってみよう。的も準備したほうが良いかもしれん。イオニア、的を頼んだぞ。的の大きさは……」
「2ユーデ四方を2つだ。太い木で枠を作って紙を張ってくれ」
エニルの言葉が途切れたところで、俺が的の大きさを指示した。
200ユーデ先の的を狙うんだからそれぐらい大きければ何とかなるだろう。
数発も撃てば、1発ぐらいは当たるんじゃないかな。
「それでは準備を始めるぞ。門の中の大砲を引き出して、小屋にある新型大砲を第一小隊で門の外の広場に運んでくれ。砲弾は……、そうだな。とりあえずは5発で良いだろう」
1発の重さがワインのボトルより重いからなぁ。5発を木箱に入れて保管しているんだが、エニルの部隊は女性兵士ばかりだ。数人で運んでくるんじゃないかな。
だが後々を考えると、砲弾の運搬手段も考えないといけないことも確かだ。
やはり実射訓練をして課題の洗い出しを早めにしたのは正解だったかもしれない。
「始め!」という号令とともに兵士達が立ち上がり、訓練の準備を始める。
少し時間が掛りそうだから、ナナちゃんと一緒に道の整備状況を確認することにした。
「滑ったら滝壺だから、ゆっくりと歩くんだよ」
「だいじょうぶにゃ。なるべく壁の近くを歩くにゃ」
とは言っても心配だから、ナナちゃんの手をしっかりと握って工事現場を確認した。
やはり女性兵士だけのことはあるな。ごつごつした道を鑿で丁寧に崩している。滝壺の近くには拳が入るほどの溝が掘ってあるのは排水路ということになるんだろう。
定期的に溝から少し内側に穴が掘られていた。
指示していなかったが、エニルなりに安全対策を考えたんだろう。
たぶん柵の支えとなる丸太を入れる穴になるはずだ。表面を炭化させて樹脂を染み込ませたなら1年以上は持ってくれるに違いない。
丸太を穴に入れて、ロープを巡らす簡単な柵だから、敵がやって来た時には素早く撤去できるだろう。
東門の前の広場に戻る途中で、的を滝の東にある広場に運んでいく兵士とすれ違う。
前後を銃兵が囲んでいるのは、広場の向こう側は東門から見えないからだろう。
ついでに東の道をよく見て来てほしいところだ。簡単な地図があれば作戦も立てやすいからなぁ。
1個分隊の兵士が、『ヨイショ、ヨイショ』と掛け声をかけて広場に大砲を運んでいる。
旧型の大砲も運んであるのは、まだ旧型大砲の発射を見たことが無いからだろう。
簡単な手順だからこの際に覚えて貰おうというエニルの考えに違いない。
「3割程、旧型大砲の実射を見たことが無い兵士がいます。準備が出来たなら先ずは旧型を先に撃ちたいのですが」
「任せるよ。皆が揃ったら、簡単に新旧の大砲の違いを説明するけど、実際に撃つのはエニル達に任せるからね」
「了解です。もうしばらく待っていてください」
門の中に置いてあるベンチを持ち出して、ナナちゃんと腰を下ろして作業を見守ることにした。
やはり、新型は重量があるのが問題だな。かといって軽くすると反動を抑えきれないからなぁ。
その点旧型は木製のソリに載せてあるだけだから、数人で簡単に動かせる。
一服しながら待っていると、銃兵達が集まってきた。それほど広くない広場だから、門の上や石壁の上で試射を眺めているようだ。
ベンチから腰を上げて、並んだ銃兵達の前に立つ。
先ずは、新旧の大砲の概要を話さねばなるまい。
「これから大砲の試射をして貰う。大砲は俺達の秘密兵器だから、その存在を知るものは多くない。火薬を使って砲弾を飛ばすのは銃と一緒だから、銃兵である皆に大砲を任せていたんだが、今までの大砲と違った大砲を作った。
今までの大砲の砲弾は皆も知っているように、鉄屑を布袋に包んだ物だ。
砲口から鉄屑が飛び散るから、有効射程が極めて小さい。およそ50ユーデほどだろう。
新型は違うぞ。有効射程は1コルムを越えるし、狙いはバリスタよりも正確だ。使う砲弾の種類は2つ。炸裂弾と徹甲弾だ。
徹甲弾は炸裂することはない。銃弾と同じだな。だが大きさが段違いだから、まだ見ぬ魔獣にも効果が期待できるだろう。
炸裂弾は相手に命中してから炸裂する。炸薬の点火は石火矢と同じだが、果たしてちゃんと爆発するか今回の試射で確認したいところだ。
旧型の大砲の操作手順は皆も知っていると思うが、まだ見たことが無い銃兵もいるだろう。先ずは旧型の大砲から試射をしてみるつもりだ。エニル、それでは試射を頼む」
エニルの顔を向けて指示を出すと、騎士の礼を取って応えてくれた。
さあ、少し離れて見ていよう。
ナナちゃんが耳を押えているけど、まだ早いと思うんだけどなぁ。
用意しておいた耳の防寒具のような耳栓を、とりあえず渡しておこう。
俺も耳栓を取り付けて、改めてパイプに火を点ける。
エニルが銃兵の名を呼んでいるようだ。まだ大砲が砲弾を放ったところを見たことが無い銃兵を近くで操作手順を教えるのかな?
皆まじめな連中ばかりだからなぁ。真剣な表情でエニルの言葉を聞いて頷いている。




