E-023 レイデル川を越える
偵察部隊が、商人と上手く接触できたようだ。
食料を10日後に届けてくれるらしいから、それまでには向こう岸に全員を移動することになった。
とは言っても、あまり大きな船ではないからなぁ。荷車も分解して運ぶ始末だ。
1日に3度往復するのが精々だから、荷物を運ぶだけでも5日ほど掛ってしまった。
流れが結構あるので、対岸へは斜めに漕ぎ出すことになる。対岸に着くのは出発点から300ユーデほど下流になってしまうのも一因ではある。
だが考えようによっては、レイデル川自体が天然の要害として機能するはずだ。
俺達は最後の船に乗ることになったが、乗る前に、砦を一巡して忘れ物が無いことを再度確認した。
「俺が最後だ! 出してくれ」
「これで王国ともお別れですね。最後ぐらい給金を運んでくれても良かったんじゃないかと思ってますが。俺達だけで生活が出来るんでしょうか?」
「さぁ……、やってみないと分からないな。だが、全く資金が無いわけじゃない。来年は辛い年になりそうだが、開拓すれば食べていけるだろう。
狩りや薬草摘み、釣りだってできるだろう。木工細工もできるだろうから商人と上手く付き合えば何とかなるんじゃないかな」
「砂金でも探しますか。結構色々と出来ますねぇ……」
あまり一攫千金に手を出すのもどうかと思うな。
でもやってみる価値はあるかもしれない。山腹崩壊をした山なら、かつては火山だったはずだ。砂金と火山は関係があると何かの本で読んだ記憶がある。
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食料や新たな砦作りの道具を乗せた荷馬車を3台待機させて、北に向かった先行部隊からの伝令を待つ。
伝令が到着したのは川を渡って4日目のことだった。
直ぐに警備兵が指揮所代わりの大きなテントに連れて来てくれた。
盾を横にしたテーブルを囲んでいた俺達の近くにやって来ると、直ぐに報告を始めたので、とりあえず座るように言い聞かせる。
走って来たのだろう、かなり息遣いが荒いようだ。お茶を運ばせて先ずは皆で飲む。
俺達も少しは落ち着いて話を聞くことができるだろう。
「……それでは、報告いたします。場所は、ここから歩いておよそ3日の距離になります。ここからでも山脈の頂が見えますが、その中の1画、この川筋からそれほど離れていない場所の山が、プディングをスプーンで削り取ったように山が崩れていました。
崩れてからかなり年月が経っている様で、急な崖も緑で覆われています。
崩れた土砂はなだらかな斜面を作っていますが、森で覆われていました。それほど深い森ではありません……」
森の土壌、生息する獣……。報告は長く続いているが、思ったよりまともな土地のようだ。
森の一角に泉があるというのもありがたい。
「現在は、泉の周囲の立木を伐採しています。根を掘り起こすと膝下ほどの深さでゴロゴロした石が出てきます」
「それで道は無いだろうが、荷車はそこまで行けそうか?」
「川沿いに進めば森の直ぐ傍まで移動できます。途中に広い河原があるんですが、大きな岩を避けて通るのは、それ程難しくはないかと……」
使者の話を聞いて、レイニーさんに顔を向けると直ぐにレイニーさんが頷いてくれた。
「ご苦労だった。明日はゆっくり休んで明後日に第一陣をここから発たせたい。道案内に2人程同行させて貰えるか?」
「了解です。それで出発は何回に分けて行うつもりですか?」
「3回だ。向こうに荷を運んだら荷車をこちらに運んで欲しい。出来れば最後の部隊に同行してくれないか? 俺達が一緒だ」
力強く頷いて、指揮所を出て行った。
近くの兵を呼び寄せて、彼等のテントを用意させる。
「2個小隊を出発させます。保護した農民達も一緒で良いでしょう。次は商人からの食料を受け取ってからですね?」
「それで良いと思うよ。最後は偵察部隊と合流してからになりそうだ。まだまだここで暮らすことになりそうだね」
翌日早く、2つの分隊が北西に向かって移動して行く。
南に向かわなければ良いということで、狩りを許可したから分隊単位で、何組かが狩りに出かけた。
こんな時にはヴァイスさんは早起きなんだよなぁ。
分隊を率いて朝食も食べずに出掛けてしまった。
俺はエルドさん達と共に川辺に下りてのんびりと釣りに興じる。
逃れてきた開拓民の子供達と一緒にナナちゃんが俺達の近くで焚き火を作り、釣れた魚を丁寧に焼いてくれる。
「1人1匹は食べて良いよ」と伝えたからだろうな。
全然釣れないと困るけど、直ぐに数匹釣り上げることが出来たから、子供達の分は確保で来ている。
残った魚を軍属の小母さん達に渡せば、俺達のスープの具材になるだろう。
「3人で1日に20匹前後というのも考えてしまいますね」
「少しは食糧事情に寄与できるんだから、それで十分だと思うよ。食べられる野草を探している連中もいるんだから、指揮所でじっとしているよりは前向きだと思うんだけどなぁ」
釣りをしながら、色々と身の上話をするんだけど、俺が落ちこぼれだと聞いて驚いているんだよなぁ。
王宮内まで知られている程なんだけど、噂が王都の住民までには下りてこなかったのかな?
「何をもって落ちこぼれと言うのかを考えてしまいますね。レイニー中隊長が俺達の指導者であることは確かですが、その片腕であることは間違いありませんし、レイニー隊長もレオンさんの言葉を大事にしているのが分かります」
「とは言っても、長剣では兄に全く手が出せないし、魔法は全くできないんだ。それでナナちゃんが従者になってるくらいだからね」
「それだけで落ちこぼれですか……。その人物の欠点だけで評価した感じですね。文官であったなら成功したんじゃないですか?
もっとも、そうであったら俺達は今年の冬を越せなかったかもしれませんが……」
これも一つの縁ということなんだろうな。運命でもあったらしい。
だが女神様が俺に伝えた嵐とは、今の状況なんだろうか?
何となく違うように感じるんだよなぁ。
昼過ぎに釣りを終えると、指揮所に向かう。
獲物はナナちゃん達が小母さん達に届けてくれるらしい。
2人で1つのカゴを重そうに持っているから、大漁だったのかな? 2カゴあるから小母さん達も喜んでくれるに違いない。
「昼食が焼き魚とは贅沢でしたな」
そんな感想をエルドさんが呟いているけど、それは役得ということで許される範囲に違いない。
それほど高さの無い柵でテントの集団を囲っただけの野戦陣地のようなところだが、明日の出発に備えて皆が忙しく働いている。
忘れ物をしても、第2陣が持って行くだろうし、最後は俺達が回りをよく見ておけば良いだろう。
慌てずに、長い旅路に備えて体力を温存して欲しいところだ。
「釣れましたか?」
「20匹は確実ですよ。夕食はヴァイスさん達に期待したいところです」
「次の出発時には少し荷馬車が足りなくなりそうです……」
「船に車輪を付けることにしてますから、何とかなるでしょう。都合4台になりますから、食料輸送には支障が出ない筈です」
俺の言葉にほっとした表情を見せてくれる。
結構テンパっているようなんだけど、だいじょうぶかな?
指揮所のテントから外に出ると近くの焚き火の傍にあったポットからお茶を2つのカップに注ぐ。
指揮所に戻って、1つをレイニーさんの前に置いた。
「あまり緊張しないでもだいじょうぶですよ。魔族は今のところレイデル川の東で暴れているようですし、この王国内で俺達が越境してきたことを知っているのは砦にやって来た商人1人だけですからね。
商人から情報が漏れたとしても、先ずは交渉人がやって来るでしょう。武装勢力が2個中隊近くですから、交戦するとなれば大隊規模の軍が必要です。そんな軍を急に移動するのは困難でしょう」
「分かってはいるのですが……」
根っからの心配性ってことだな。
ヴァイスさんの爪の垢でも飲ませてあげたいぐらいだ。
とりあえず、ここでのんびりしていよう。
商人が来るとしてもしばらく先だろうし、明日の第1陣を送り出せば少しは陣内が静かになりそうだ。
翌日。朝食を終えたところで、最初の部隊が北に向けて出発した。
荷車を曳く馬もロバもいないから人力で曳いていくようだから、かなり時間が掛りそうだな。保護した開拓村の住民達も一緒になって荷車を押していく。
途中で脱落者が出ないことを祈るばかりだ。
軍属の小母さんが半分着いて行ったから、食事も何とかなるだろう。
「急に寂しくなりましたね。次は商人が来るのを待つのですね?」
「来ないかもしれないと思ってはダメですよ。ちゃんと来ます。俺達がいた砦まで来るような商人ですからね。それに購入代金を先に渡してあります。そのまま懐に入れるようなら、あの商人も先が見えるということになるでしょう」
「商売には信頼が欠かせないと?」
「商売人は信頼が一番だと母上が良く話してくれました。いくら大金持ちになっても、信頼を失えば坂を転がり落ちるように零落するそうです。
その代わり、俺達武門の貴族は『義』が一番大事だと」
「『義』ですか……、『忠』ではなく?」
「忠も大事でしょうけど、それだけでは駄目らしいです。今回だって、『忠』を優先するなら、まだ砦にいないといけない。上の指示にとことん従うのが忠ですからね。だけど俺達は砦を放棄しました。それは上の連中の指示ではありません。俺達が、何が正しいのかを考えての行動です。
正しいと思うことを行う。中々難しいですね。少なくとも盗賊にはならないようにしたいけど、王国から見れば今の俺達は反乱軍そのものだと思いますよ。
自分では正しいと思っても、王国のように選民意識を持った目で周りを見ては義とは言えません。だから皆で話し合うことが必要だし、俺達にだって拠り所が無いわけではありません」
「神官様……。そういうことですか。レオン様が信心深いとは思いませんでした」
「俺だって人の子です。どうしようもないことだってあります。小さい頃は、何としても兄上や姉上の半分ほどでも良いから力を下さいと祈っていました」
そういえば、村の教会は何の神を祭っていたんだろう?
祈りは捧げたけど、祈る対象が分からないんだからいい加減なものだな。それじゃああ、御利益を期待する方が無理ってもんだ……。
「急に、どうしたんですか?」
笑い出した俺を見てレイニーさんが問い掛けてきた。
「いや、教会で祈っていたのは確かなんですが……。どの神様に祈っていたのか皆目分からないんです。子供のすることって、そんなものなんですね。思わず自分を笑ってしまいました」
そもそも4つも神様がいるのが問題なんじゃないか?
少なくとも周囲の連中に「この教会はこの神を祭る教会です」とはっきりわかるようにしておいて欲しいな。




