E-215 会談を終えて
「それで、上手く行ったのですか?」
「とりあえずはなんとかなりそうだ。マーベル国への魔族の攻撃が行われたから、今年は魔族もおとなしいだろう。何度か連携の訓練を行える余裕がありそうだ」
宮殿から戻ると、夕食前にデオーラさんを交えてリビングでお茶を楽しむ。
一応目的も達したことだから、明後日にはマーベル共和国に戻れそうだな。明日帰ろうとしたら、1日引き延ばされてしまった。
特に用事は無いんだけど、デオーラさん達とナナちゃんには明日の予定があるらしい。
俺には特に無いようだから、のんびり休ませて貰おうかな。
「それにしてもランベル殿がいらしたとは……」
「レオン殿を見極めたかったのだろうな。あまりにもエクドラル王国に利があり過ぎる。
甘い蜜は罠の匂いということかな」
「それぐらい慎重な人物がいるなら、エクドラル王国の治政に揺らぎは無いのでしょう。少しはブリガンディも見習ってほしいところです」
「人間性かもしれんな。ランベル殿は幼少時代より疑り深い性格だった。何事もじっくりと考えて行動する方だな。ワシとは全く真逆の性格だったのだろうが、それなりに仲は良かったぞ」
「お互いに悪事を悪事と捉えることが出来たからでしょう。それに義を重んじるグラム殿の行動をいつも眩しそうに見ておられましたよ」
どうやら3人とも子供時代から友人付き合いをしていたらしい。
デオーラさんも深窓の令嬢というわけでは無いようだな。武門貴族のお嬢さんだったということはお転婆な女の子だったのかもね。
「あの席で姉上の話をしたのは不味かったでしょうか?」
「いや、御后様の元で動いているのはランベル殿だろう。それもあってレオン殿を見に来たというのが半分だったに違いない」
「お后様が動いてくれるなら、貴族の自薦も無視できますね」
「全くだ。一時は王宮内で大騒ぎになったらしいからな。武門貴族なら少しは理解できるが、文系貴族の連中までが騒ぎ出したと言うから首を傾げたくなる話だ」
「それだけの知名度があるということです。王女様の降嫁……、いえそれ以上かもしれませんね」
「俺としては姉上の幸せを願うばかりなんですが……」
俺の呟きに、デオーラさんが笑みを浮かべた。
「2人の幸せが8割、残り2割が嫁ぎ先の家柄ということでしょうか。貴族の婚姻は家を重んじますが、地位に拘るのは文系貴族に限るでしょうね。武門貴族は家よりも本人の能力を重視します」
本人の意思が5割で、3割は相手の能力2割が家ってことかな?
少なくともブリガンディよりは婚姻の自由度が高そうだ。
だけど、子供時代から互いを知ることは無いんだから、姉上の場合は相手とどうやって事前に知らせるのだろう?
まさかとは思うけど、初めて相手に会うのが結婚式なんてことにはならないよな?
ちょっと気になって来たのでデオーラさんにその辺りの事を聞いてみた。
「さすがに結婚式で初めて会うというようなことにはなりませんよ。もっとも、昔はそんなことが行われていたと聞いたことがありますが、今では本人の意思を重視しましから」
「貴族は家を守り次の世代にしっかりと受け継ぐものだ、という思いでそのようなしきたりがあったのだろうな。その時代の貴族にとって家は重荷だったに違いない。
今は重荷ではないってことかな? とはいえ貴族にとって家の存続は重要視しているに違いない。姉上に務まるのだろうか……。
「お后様が事前の確認をしてくれますから、早ければ秋分過ぎには引き合わせてくれるはずです。この館を使って貰いましょうね」
最後はグラムさんに顔を向けての言葉だったが、グラムさんが当然のように頷いている。
これって、お見合いってとかな?
帰ったなら、母上や姉上に話しておかなくてはなるまい。
「でも、レオン殿の相手についても考えているようですよ。考えれば考えるほど相手がいないと嘆いているそうです」
「まだまだ独身を楽しむつもりですので……」
そんな俺を、グラムさんが憐れむような眼で見ているんだよなぁ。
ハーフエルフの寿命がどれほどあるか分からないけど、先が長いなら早めに決めることも無いだろう。
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何やかやとオルバス館に5日厄介になったところで、マーベル共和国に帰ることになった。
お土産は上等のワインを数本買い込んだし、ガラス細工用のワイングラスを20個程手に入れた。
上手く加工できれば、秋分にやって来るエディンさんに何個か渡せるだろう。
「兄上の部隊は旧王都の北にある村を拠点にするようだ。同盟軍の拠点は開拓村という話だったぞ」
「宮殿で確認しました。とりあえずはそれで十分でしょう。開拓村も軍の駐屯地となれば新たに鍬を担いだ住人が増えるでしょうね」
開拓村は20軒にも満たない集落のようだが、2個中隊ほどの軍隊が駐屯するとのことで急遽集落を大きく丸太塀で囲み、屯所や食堂を作っているらしい。
開拓民の小母さんや娘さん達の働き口が出来るということで、集落は大喜びしているようだ。
開拓村には珍しい大きな見張り台を作っているということだから、光通信の中継所としてもつかわれるのだろう。
宮殿での話と、ティーナさんが同僚から聞いた情報をお互いに話しながら、のんびりと街道をボニールに騎乗して進む。
それでも歩くよりはだいぶ早いんだよなぁ。あまり走らせると可哀そうだから、のんびり帰ることにしよう。
途中の村で宿泊しながら北に進路を取ると、最後の1日は野宿することになる。
野宿はエルドさん達が砂鉄を流水選別している河原で取ることにした。人数が多いから安心できる。
街道から歩いて5日程の距離だけど、何時の間にかしっかりと道が出来ている。
「宮殿はどうでしたか?」
「俺には田舎暮らしが合っていますよ。逗留したティーナさんの実家も広いんですけど肩が凝ります」
「俺達には、マーベルが似合っているってことだな。だが、ワインは良いものがいつも飲めそうだ」
焚火を囲んで、焼き立ての魚を頭から齧る。良いワインの肴だな。
衣食住を考えれば旧王都とマーベル共和国を比べることは出来ない。だけど解放感もあるし、皆結構好きなことをしているようにも思える。
エルドさんだって、砂鉄を採りながら魚釣りを楽しんでいるようだし、ヴァイスさんの部隊は警備だと言ってエルドさん達の釣り上げた魚を焼いているんだよね。
釣った魚の半分は、彼女達のお腹に入ってるんじゃないかな?
「今日な珍しくヴァイスさんがいないようですけど?」
「ヴァイスは狩りに行っているよ。見張り台の東で鹿が群れているらしい」
トレムさん達も一緒なのかな?
マーベル共和国のギルドを通して、鹿やイノシシの肉がエクドラル王国に納められているからレンジャー達もだいぶ増えてきた感じだな。
「リットン達がいなくなると、少し寂しくなるなぁ」
「たまに部隊毎やってきそうですね。いつ来ても良いように屯所を作っておきますか」
「そうだな……。リットン達の住処はあるがエクドラル軍の連中分が無いな。1個小隊なら作り置きの長屋でも済むが、中隊を越えるとなると専用の屯所ってことになりそうだ。任せとけ! 冬前には作っておくぞ」
打てば響くエルドさんだから、後は任せて問題ない。
とはいえ、どこに作るんだろう? 案外場所がないんじゃないか。
他の連中も空き地を狙っているみたいだから、場所だけはいつもの連中と相談しておいた方が良さそうだ。
翌日。大勢で朝食を頂いたところで、北を目指してボニールを進ませる。
昼過ぎにマーベル共和国の城壁が見えてきた時には、ほっとした気分になる。
何時の間にか、ここが俺達の家だと自覚していたのだろう。
いずれは去ることになるのだろうが、今は皆と一緒に国造りを進めよう。
城門を潜ったところでティーナさん達と分かれ、指揮所に向かう。
指揮所前でボニールから降りると、乗って来たボニールをナナちゃんに託した。手綱を手にナナちゃんが西に向かうのを見送って指揮所に入る。
「ただいま戻りました!」
「お帰りなさい」
俺の挨拶に、笑みを浮かべてレイニーさんが答えてくれた。直ぐに腰を上げると、お茶の支度をしてくれる。
一国の大統領なんだけどなぁ……。まったく威厳がなくて、近くに住んでいるお姉さんに思えてくる。
いつもの席に座った俺の前にお茶のカップを置くと、レイニーさんがお茶のカップを持って席に座った。
俺に顔を向けたところで、宮殿での会談の概要を説明する。
今夜にも同じ話をすることになるだろうから、レイニーさんからの質問は結構ありがたく思える。
「そうですか……。ほぼレオンの思い通りということですね」
「意外だったのは、これエクドラル王国の次期国王である第一王子の功績として利用しようという動きですね。マーベル共和国からの基本構想を、旧サドリナス領を統治する第二王子が本国の国王に上程し国王の認可を得る。それを第一王子が詳細化してエクドラル王国の東西に渡る通信線を構築するという形です。費用は幹線とも言うべき街道に沿った通信線については本国の王宮が出して、支線については、サドリナス領は第二王子側、本国は国王側が出すことになります。第二王子は全て自分達で出そうとしていましたから、半額以上出資金を削減できそうです……」
削減できた費用は砦の北に作る見張り台や中継所の施設を強化することに使えるだろう。
新たに通信兵という兵種を作ることになるだろうから、その費用もばかには出来ないからなぁ。
「リットン達はどこを拠点に?」
「東の砦近くの開拓村になるようです。100人程度が開拓を始めた村ということですから、村というより集落ですね。村の周囲を丸太塀で囲み、屯所を作るのはエクドラル王国側で行うとのことでした。リットンさんの派遣は秋分以降になるでしょう」
テーブルに広げた地図を使って、同盟軍の駐屯地や罠を作る迎撃部隊の駐屯地の位置をレイニーさんに伝える。
「ますます旧サドリナス領の東が安全地帯になってきますね」
「何とか尾根から南に向かう線より東に魔族を侵入させない防壁を構築したいところです。それが出来れば貿易港を使った海外との交易が安定化すると思うんですけどねぇ……」
その安定化に水を差す勢力があることも忘れてはいけない。
貿易港はブリガンディ王国が狙っているからなぁ。ブリガンディ王国の南岸一帯は王宮勢力と対峙している貴族達が連合化に向けて動いている。
今のところ王宮貴族達と反発している貴族達との間で商取引は続いてはいるようだが、ブリガンディ王国としてはかなりの税収減になっているはずだ。
北の魔族の備えるために、反発する貴族に王国軍を派遣できない状況でもあるのだろう。苦々しく思っているだけなら問題は無いのだが、爆発するようなことがあればとんでもないことが起きかねない。
ブリガンディ王国の暴発時の選択肢の1つが旧サドリナス領の貿易港への侵攻だ。
国境の川に架かる石橋には関所があるんだが、駐屯している戦力は1個中隊だけだからなぁ。一番近い砦までの距離は4日程もある。
貿易港には万が一に備えて商会ギルドが傭兵を雇ってはいるけど、1個小隊規模だから治安維持が目的であって防衛戦を行える規模ではない。
通信網が出来ても、軍の派遣が間に合わないなら作った意味はない。その辺りの危惧はグラムさん達も分かっているみたいではあるんだが……。




