E-214 サドリナス領の再分配が行われるらしい
「……まったく、困ったものだな。出来ればエクドラル王国に迎えたいところだが」
「マーベル王国の重鎮ですからねぇ。今は友好条約を結び、ともに魔族を相手にすることで満足べきでしょう。それに王宮の政策の手駒も増えているのですからね」
「あの陶器は見事なものだな。国王陛下からの下賜を賜ったから、ワシもティーセットを1つ手に入れたぞ。お茶を飲むためのセットだというのに、妻が棚に飾っていつも溜息を漏らしておる」
「他国への贈答にも喜ばれているそうだ。オリガン卿の話では新たに大きな工房を作ったそうだ。秋分には今までの倍を超える陶器が届くに違いない」
「その利益を使って、街道に通信用の使節を作るなら問題なかろう。サドリナス領への還元は利益の3割であったな。それを使って通信の網を広げるのだろう?」
「軍の維持費にも使えます。サドリナス領は街道の南は開発が進んでいますが、北は魔族の脅威が開拓の邪魔をしています。いつまでサドリナス領全体を統治できるとも思えませんから、私を含めて王宮の貴族の領地分配に悩むことが無いようにしたいですね」
王子様の言葉にグラムさん達が苦笑いを浮かべる。
サドリナス王国を滅ぼした後の後始末が王子様の担当らしい。ある程度安定したところで、サドリナス領を幾つかの貴族領地として分割するんだろうな。
「さすがに一行の領地をいつまでも王子殿下が統治するというのも問題が大きいですからなぁ。ワシとしては早めに統治権を国王陛下にお返しした方が良いように思えます。統治が長期に及ぶことになれば、王子殿下の謀反を疑う者が出てくることもありえますぞ」
王宮には魔物が済むとまで言われるゆえんはそんなところにあるのだろう。
集団から一人抜きんでれば、直ぐにそれを潰そうと考える輩が多いようだ。
「すでに3年目だね。魔族への備えが出来たところで父王陛下に会ってみよう。統治権の返還もその時にすれば、ただサドリナスでのんびりしていたとは言われないんじゃないかな?」
「そのお考えで問題ないでしょう。そうなると、この宮殿も取り潰すことになるでしょうな。城は残してサドリナス領派遣軍の本部を置くことになるでしょう。貴族街の整備も必要ですし、中規模の屋敷を2つ残して代官館と役所とすることになりますな。石材は、新たな領地の貴族館に使えますから無駄にはならないでしょう」
住民街と貴族街を隔てる城壁も撤去するんだろうな。
かなりの石材が再利用されるに違いない。石工達の好景気になりそうだけど、その景気は町の住民にも恩恵が及ぶんじゃないかな。
「殿下の領地の内諾も確認しておいた方が良いかもしれませんぞ」
「希望を告げても良いのだろうか?」
「サドリナス王国をエクドラル領にした功績は軽くはありませんぞ。町を3つ以上要求しても国王陛下は頷いてくれると思います」
うんうんとグラムさんが頷いているのは、すでにある程度の情報を得ているのかもしれない。
「この地を去るということにはならないと?」
「第一王子殿下がおりますからなぁ。宮殿内で暮らすとなれば、貴族共が穏やかとは……」
2人の王子を巡っての権力闘争ってことか。
王子様は兄上と仲が良いらしいけど、取り巻きが出来ると2人の間に疑心暗鬼が生まれるということかもしれない。
サドリナス領に領地を与えるということは、それだけ権力の座から遠ざけたいということに違いない。
王子様もそれで十分という顔をしているところを見ると、辺境領主として領民との暮らしを楽しむつもりなんだろうな。
「俺から1つ質問が……。サドリナス領を貴族領として再配分するとなれば、魔族との戦は王宮が主導することになるのでしょうか?」
「現在の4個大隊を3個大隊に縮小することになるでしょうな。総指揮はこの城で行うことになるでしょう。とはいえ、マーベル国に魔族が3個大隊とは予想を超える軍勢で攻めて来たものですな。それを考えると、軍の移動は避けた方が良いのかもしれません」
「オルバス卿がそのまま残留してくれるなら問題は無いと思っているのだが」
「国王陛下もそれを望んでおられるようです。問題は代官職になるでしょうな。文官貴族で、新たな領地を得た貴族を取りまとめる能力があり、かつそれなりの地位ともなると中々選ぶのに苦労しているようです」
要するに、適材がいないということかな?
代官に王子様を任じることはしないようだ。そうなると新たな王国の始まりにもなりかねないということなのだろう。
中々王国というのも難しい舵取りをしないといけないようだな。
享楽に耽る暇が王族には無いのかもしれない。
王国の統治から目を離したら、直ぐに野心を持った貴族が頭をもたげてきそうだ。
良くて傀儡、場合によっては王国の乗っ取りが脳裏に浮かんでくるんだよなぁ。
ブリガンディ王国は案外傀儡政権になっているのかもしれない。
父上が王国を見限った動きをしているのは、すでにブリガンディ王国の権威が血に落ちているのだろう。
「それは王宮で決めればよい。ワシがこの地で軍を統括出来るのなら、私腹を肥やそうとするような輩は城から叩き出してくれる」
「それが国王陛下の狙いかもしれませんよ。オルバス卿が城にいるだけで、文官貴族は真面目にデスクに付くことになるでしょうな」
ランベルさんがそう言って笑い声を上げる。
王子様も一緒になって笑っているのを見ると、オルバスさんは文官貴族達にかなりの存在感を与えているということらしい。
俺としても安心できるな。
ティーナさんがマーベル共和国に大使という名目で在席してくれるから、太いパイプを持っているようなものだ。
「マーベル国とエクドラル王国の関係はこれまで通りになるでしょう。とはいえ、フイフイ砲、陶器、それに新たな通信手段の構築という功績は軽いものではありません。貴族の中には属国扱いで十分という輩もおりますが、国王陛下はそのような輩を軽んじることになるでしょう。サドリナス領の再分配に合わせてマーベル共和国の取り分についても考慮することになると思います。領民は少なくとも精鋭揃い。魔族相手に10倍以上の戦力比を覆せるのですから、国王陛下も対応に苦慮しております。未だ独身という話を聞いて、国王陛下が笑みを浮かべたのですがハーフエルフ族ということでその笑みがしぼんだぐらいですからな」
政略結婚ってことか?
それはちょっと勘弁してほしいところだ。
だが……、そういう事か!
俺でなければ身内で良い。しかも名に聞こえるオリガン家の姓を持つ者。
姉上の縁談相手はそういうことになるのだろうな。
ちょっと姉上が可哀そうに思えてきたが、貴族の娘ともなれば恋愛結婚など望むことは出来ない。どうしても一緒になりたかったなら互いに家を飛び出さねば不可能だ。
もっとも、飛び出したところで直ぐに暮らしに行き詰まるのは目に見えている。
贅沢な暮らしに慣れ過ぎて質素倹約等出来ないだろうし、何といっても日々の糧を得る手段を持たないからなぁ。
商人の店で事務処理をするか、レンジャーで狩りをするかぐらいだろうが、金銭感覚が一般人と異なるから、幸せな暮らしとなることは無いんじゃないかな。
政略結婚なら、少なくとも今まで通りの暮らしが出来る。
幸せは結婚後に2人で見つけることになるのかな……。
「どうかしましたか? 何か気になることでも?」
急に黙り込んでしまったから、心配そうな表情で王子様が問いかけてきた。
「姉上の事を考えていました。そういうことですか……」
「悪い話ではないと思う。オリガン家の姫君が近くにいると聞いて、直ぐに王宮を飛び出そうとする若者が多くて困っているぐらいだ。だが、その名は軽くは無い。先走ればお家断絶とまで国王陛下が言われたぐらいだからな。お后様達のサロンが賑わっていると妻が話してくれたよ。オリガン家の日目を迎えるにふさわしい家、そして人物……、御后様は人物を評価しているようだから、地位的には釣り合いが取れない可能性もあることは承知して欲しい」
その辺りが問題なんだよなぁ。貴族の結婚は地位が重要視される。
そういう事だから歳の差が10歳以上何手ことは当たり前らしいのだが、御后様は地位よりも人物を重視しているなら、姉上にふさわしい人物を紹介してくれるに違いない。
「よろしくお願いいたします」
「任されよ。……と言っても、動いているのはお后様。常に領民の安寧を祈っておられる御方だから、安心されるが良い」
「私の妻を見付けてくれたのも、母上ですからね。母上なら間違いはないでしょう」
王女様もそうなんだ! それなら少し安心できそうだな。
「さて、だいぶ話が逸れてしまいましたな。私はこれで失礼します。良い土産が出来ました。国王陛下もさぞお喜びになるでしょう」
「出来れば、値段を早めに出して頂きたいものです。図書館のステンドグラスは友好の証としてお渡しできますが、次の作品から支払いをお願います」
「出入りの商人に鑑定させましょう。直ぐに製作依頼が届けられるかもしれません。まだ工房は大きくないということでよろしいですかな?」
「国を名乗ってはおりますが、町程度の人口ですから直ぐに大きく出来る者ではありません。陶器工房は新たにもう1つ作りましたから、貿易に有効に使えるものと」
「交易にも造詣があるということですかな……。まったく多才なお方だ。それでは、先に失礼させて頂きます」
副官を連れて部屋を出て行った。持参したステンドグラスの包みは近衛兵が慎重な面持ちで運んでいる。落としたら壊れてしまうと思っての事だろうけど、木枠で厳重に梱包したから運ぶ途中で落としても大丈夫じゃないかな。
「さて、我等の監察官殿が帰られた。昼食を取って、再度全体の調整をしたいのだが?」
「そうですね。宮殿に何度も来れませんから、もう少し掘り下げてみましょう」
グラムさんの言葉に、どういう位置付けの人物なのか分かった気がする。
お目付け役のグラムさんがいるんだが、その上で全体が上手く進んでいるのかを見に来たのだろう。俺が宮殿に来るということを知って、駆け付けてきたんだろうな。
さて、ランベルさんの眼には俺がどのような人物に映ったのか、それによってマーベル共和国の扱いがまた複雑化しそうな気がしてきた。




