E-213 偉業の功績者は誰にするのか
3つの砦の北を遊弋する1個大隊。弓兵だけで2個中隊と説明したら、ランベルさんが首を傾げていた。
簡易な柵を使って魚を集めるように魔族を密集させる。その壁になるのは槍衾を作る軽装歩兵だ。1個中隊を横に並べ後方の1個中隊で小型のカタパルトを使って爆弾を投射する。1個小隊で8基のカタパルトを使えるから、32基のカタパルトが魔弾なく爆弾を投射するなら、槍衾に迫れる者などいないだろう。
「斬新な策だな……。だが1つ大きな問題があるぞ。柵を作ったなら、罠だと魔族が見破るのではないか?」
「そのための囮が同盟軍になります。6個小隊の弓兵に2個分隊の荷車部隊。これで魔族の横を攻撃すれば、追って来るのは間違いないかと」
「追って来るだろう。だが、魔族の1個大隊はおよそ1万。2個中隊に満たぬ部隊ならたちまち包囲殲滅されかねんぞ」
「追い付かれぬように、同盟軍は騎乗させる。もっとも軍馬ではなくボニールだがな。それでも魔族の足よりは速いだろう。軍馬では諦めるだろうが、ボニールではなぁ」
苦笑いを浮かべながらグラムさんが説明してくれた。
ボニールと聞いてランベルさんが目を見開いているけど、案外早いんだよね。俺はずっとボニールで十分だと思っているぐらいだからなぁ。
「だが1万を超える大軍に矢を射かけて、果たして追って来るかどうか……。目障りではあるが、追って来るとしても1個中隊約千体と言ったところではないのか?」
「食いつかせる餌をマーベル国が準備してくれた。5台の荷馬車はそのためのもの。およそ400ユーデ先に爆弾を投射する。1度に40発、それを2回放つなら、魔族に大きな被害を与えることが出来るだろう」
さらに首を傾げている。
フイフイ砲でさえ300ユーデを越えるぐらいだからなぁ。それを荷馬車に積んだ兵器はそれ以上に爆弾を飛ばせるとなれば、想像すらできないということになるのかな。
「小型のフイフイ砲ではそれほど距離を出せるとも思えんが……。それに、敵の目前でフイフイ砲を使うなら撤収が間に合わんだろう」
「フイフイ砲はオリガン卿が考えた品だ。さすがはオリガンと感心するばかりだが、もっと驚いたのはフイフイ砲を敵が使うことを想定してその上を行く兵器を作ったということだ。常に今の兵器を越える者を考える。王宮に自称賢人は多いだろうが、オリガン卿を越える者はいないだろう」
「実際にその兵器が魔族相手に使われた時、オルバス卿とティーナ殿がその場にいたそうですよ。1コルムを越えて自軍の尾根から、向かい側の尾根を越えたそうです」
「石火矢という兵器なのですが、さすがにあの時使ったものを同盟軍に持たせることは出来ません。飛距離を半分程度再設計したものを使わせるつもりです」
「新に作るなら、現状の兵器を使った方が良いのでは?」
「敵との距離を上手く図れるようでなければ敵の頭上を飛び越えてしまいますよ。遠矢の4倍程度なら、目分量で十分ですし、そもそも狙ったところには当たりませんからね。そのために一度に多くの石火矢を放つのです」
戦場で距離を正確に知りたいとは誰も思わないだろうな。
それが石火矢の最大の長所でもあり弱点でもある。上手い具合に散布界がかなり広がるから、おおよその距離が分かれば散布界に納めることが出来るはずだ。もっとも魔族の大軍が相手では、距離さえある程度図ることが出来たら、放てば度の石火矢も魔族の中に落ちるんだろうけどね。
「それほどの兵器があるのか……」
怖いものでも見たような顔で俺に視線を向けてきたが、俺はいたって普通の人間だ。魔法ですら自ら使うことが出来ないんだからなぁ。
「魔導士部隊の必要は無さそうだが、治療魔法の使い手は何人か混ぜておく必要がありそうだな。んっ! ……そういえばオリガン卿は全く魔法が使えぬのだったな。オリガン卿の知見は魔法に頼らずに戦をするという自らの経験が案外役立っているのかもしれんぞ」
「オリガン家と言えば魔法や魔道具にも造詣が深いということではないのか?」
「兄上や姉上はその通りの人物です。俺はオリガン姓を名乗ることは父上から承諾を受けておりますが、武技や魔法を誇れる人物ではありません。父上のお情けで分家としてブリガンディ王国の認可を得てはおりますが」
「そのブリガンディ王国とも何度か戦ったらしい。まったく義で動く家は民衆には歓迎されそうだが王国にとっては毒にも薬にもなりそうだな」
「ブリガンディ王国にとっては毒杯だが、我等エクドラル王国にとっては妙薬ということか……。まったく、とんだ人物が王子殿下の友人になったものだ。ブリガンディの内偵を帯びた人物かとも思っていたが、まったくのき憂であったな」
「だからこそ、ランベル卿を国王陛下は手元に置いたのだ。ワシでは務まらんからな」
常に相手を疑念の目で見ることが出来る人物ということか……。
なるほどね。国王も手放さないわけだな。ブリガンディ王国にもランベルさんのような人物がいたなら、現在のような状況にはなっていなかったかもしれない。
話を基に戻して、同盟軍の逃走方向に罠を仕掛けておけば殲滅すら可能であることをメモに描いた作戦図を基に説明すると、3人が頷きながら聞いてくれた。
「概要は理解できました。そうなると一番の問題が、この罠を張る部隊の位置を正確に同盟軍に知らせる手段ということになりますね?」
「軍隊なら地図の見方は出来るでしょうし、視認距離に近づいたところで進路方向ぐらいは可能でしょう。それを考慮すれば2コルム以内に精度が収まれば十分かと……」
北の山脈から張り出した尾根がいくつもあるから、2つほど尾根の方向を教えてくれるだけでも十分だろう。
地図上で2つの直線を描けるから交点の位置が罠の場所になる。
「地図で場所を確定するのは、案外簡単なんですね。これは良いことを教えて頂きました」
王子様が感心したように呟いている。
グラムさん達は頷いているだけだけど、作戦に利用できると考えているのかな?
図形の性質を上手く利用すれば相手との距離も分かるんだけど、ここでは教えないで置こう。王宮には学者もいるだろうから、彼らの仕事分野にあまり手を伸ばすと文句を言われそうだ。
「この作戦を実行するためには、砦の北に光通信機の中継台を設ける必要が出てきますね」
「そうなります。砦との中間を当初考えていたのですが、それより北に設置すべきでしょう。偵察部隊の休憩にも使えますし、光通信を高台で行うことから見張り台としての機能も持たせることが出来ます。このような形を考えてみました」
新たな1枚のメモをテーブルに乗せる。
3階建ての石作の塔を四角い城壁が取り囲む。城壁の1辺は30ユーデ、党の直径は10ユーデだが、高さは15ユーデだ。
砦の北は尾根に至るまでなだらかな起伏の荒地や森が広がっている。森の北側まで身とすことは出来ないだろうが荒地ならかなり遠くまで見ることは出来るだろう。
計算では見張り台同士なら20ユーデほど離れて光通信が出来る事になる。部隊との通信は10ユーデほどになりそうだ。
「各砦の北北東、北北西に小さな見張り台を設けることで何とかなりますね。見張り台の設置で砦の兵士も少しは気を楽に出来るでしょう。偵察部隊の行動も、見張り台を利用することで行動範囲を広げられそうです」
「砦から街道までの中継点も整備した方がよろしいかと」
俺の言葉に、グラムさんが笑みを浮かべる。
最初に広げた地図を指差して教えてくれたんだが、なるほどすでに作ってあるのか。
「現在は駅伝に近い。伝令要員が数騎待機しているだけだからな。先ほどの中継塔を簡易に作らせよう。もっとも運用は通信要員が育つのを待ってからになりそうだ」
「現在は幌付馬車と丸太を組み合わせた足場のような中継点ですからね。さすがにあれだは街道に建てるのは気が咎めます」
街道ともなるとある程度の優美さも欲しいというところかな?
いろんな人が通るからねぇ。その辺りも考えないといけないのだろう。
王子様も色々と悩んでいるようだ。案外苦労人かもしれないな。
だけど、それだけ職務に取り組んでいるということに違いない。部下に全てを任せて享楽に耽るような王侯貴族もいるらしいけどね。
「この通信網の考えは、エクドラル王国にとっても多大な影響を及ぼすでしょう。王宮に戻ったなら直ぐに国王陛下に上申することに致します。その時に、街道の通信網の整備は本国が全て行うということをお伝えしたいのですが?」
「ランベル卿、口添え願えるのか?」
王子様が驚いている。
まさか協力してくれるとは思っても見なかったようだな。
「この通信網が整備されたなら、国王陛下が王子殿下の御様子を心配せずに済みますからな。3年も経たずに、辺境の状況すら1時間も掛からずに王宮で知ることが出来るのです。現国王陛下の最大の功績になるでしょう」
「それなら……」
王子様がちょっと変わったお願いをしている。
基本構想はマーベル共和国、その具申を聞き入れて通信網を整備したのは第一王子、第二王子は旧サドリナス領内で魔族相手の戦に備えるためにさらに通信網の細密化を図ることにする……。
王子としては兄上の立場を思っての事だろう。
「なるほど……。となれば、簡単な意見書が欲しいところですな。すでに動いているのですから名目で構いません。オリガン卿、明日までに用意できますかな? 文面は適当で構いませんぞ。オリガン卿が国王陛下に新たな通信技術の普及を願い出るという経緯を作りたいのです」
苦笑いを浮かべて頷いていると、グラムさんがうんうんと頷いて感心している。
「先ほどの王子殿下の話では功績が第一王子が一番になってしまうだろうな。その通信網建設を命じたのが国王陛下ということにしたいということか」
「すべてランベル卿にお任せします。それとレオン殿には申し訳ないが、明日までに作って頂きたい。お礼はちゃんと考えますから」
「文書1つですからお気遣いは無用です。とはいえ仮にも国王陛下に対する意見書ということになるのでしたら、俺の文章ではちょっと問題かもしれませんよ」
「デオーラに協力させよう。筆記もデオーラで十分だろう。言葉遣いならデオーラに任せておけば十分だ」
空荷なったグラスを見ていたら、王子様が近衛兵を呼び寄せている。
新たなワインが運ばれてくるのかな?
だいたいの話が終わったから、後は雑談になりそうだ。
だけど、さっきからずっとランベルさんが俺を見ているんだよなぁ。
何かあるんだろうか……。




