E-209 再び旧王都へ
同盟軍の拠点は、旧王都のやや東側にある真ん中の砦に近い開拓村に構築するようだ。
開拓村の住人も、急に200人を超える兵士が駐屯することになったから、食料供給で少しは懐が温かくなりそうだ。
砦の阻止線から半日程北を東西に遊弋する考えらしいが、1往復したところで10日ほどの休養を取るらしい。
疲れが蓄積しなければ良いんだけどねぇ……。
「あの石火矢を荷馬車に30本ずつ搭載するということですか?」
「同時に放てるのは40本程です。何とか2射したいところですけどね」
「エクドラル王国の爆弾を見せて貰ったわ。私達の小型爆弾より少し威力があるぐらいかな? 大きさは2倍以上あるんだけどね」
「爆弾はボニールの鞍に1個搭載する予定です。敵を叩いて交代する際に落とせば良いとグラム殿が提案してくれました」
考えることは同じってことだな。俺達も小型爆弾を落とそうと考えていたからね。威力の異なる爆弾だけど、沢山使えば追ってこなくなるんじゃないかな?
合同部隊の任務はある意味囮でもあるんだから、使いどころが難しくも思えてきたぞ。
「夏至には、エクドラル軍から同盟軍に参加する部隊が動きます。マーベル国からは何時頃に?」
「石火矢と爆裂矢を量産しないといけません。早くても秋分ごろになるかと」
「石火矢を2射分とするなら、少しは早められますか?」
「そうなると、爆裂矢も数が少なくなりますよ。5本は持たせたかったんですが……」
石火矢を80本、爆裂矢が500本というところかな。それなら初夏には何とかなるかもしれない。
だが、光通信を行える兵士が足りないからなぁ。無理は禁物だろう。
「全体の調整が難しいでしょう。もう1つの罠を張る部隊の方は、どうなっているんですか?」
「兄上が指揮官だからなぁ。降格に思えて仕方が無いのだが、王子殿下より配置転換を知らされた時には飛び上がって大喜びしていたらしい」
何となく残念そうなティーナさんだけど、何となく兄上の心境が理解できる気もする。
今までは砦に籠っての戦だった李、騎馬で一撃離脱を繰り返すばかりだったのが、かなりの確率で襲って来る魔族を荒野で殲滅できるんだからね。
とはいえ危険性も今までの戦とは格段に上がることも確かだ。
役目だけに気が行って、本来の動きが出来なくなるようなら逆に殲滅されかねない。
それを考えると、グラムさんがよくも頷いたものだと感心してしまう。
「焦らずに、全体を見ろと?」
「そうです。昨年に魔族は大敗していますから、戦力の確保に今年はそれほど動くことは無いかと……。その時間は有効に使うべきだと思いますが?」
やはり一度王子様達と話し合った方が良いのかもしれないな。
レイニーさんに顔を向けると、どうやら俺に視線を向けていたようだ。
やはりレイニーさんとしても、無理をしているように思えたんだろうな。
「再度状況をティーナさんと詰めてください。俺達も石火矢の製作速度を上がられるかを確認してみましょう」
「確かに少し整理する必要がありそうだ。
ティーナさんが腰を上げると、エルネールさん達がそれに続く。
俺達に騎士の礼を取ると、指揮所を出て行った。
残ったのは俺達とリットンさんの3人だ。さて、団扇の話を始めようかな。
「やはり、一度旧王都に行って全体の調整をする必要がありますね。リットンさんをむざむざ死地に出向かせるようなことにはしたくありません」
「先ほどの話は、それほど危険だと?」
「連携が取れていない状況下で魔族の側面を突いたなら、それこそ蜂の巣を棒で叩くようなものです。ボニールで逃走するなら逃げ切れる可能性はありますが、魔族にも足の速い連中がいるかもしれません」
レイニーさんが俺の言葉にギョッとして、リットンさんと顔を見合わせている。
問題はあるだろう位に思っていたのかな? かなり深刻だと思うんだけどなぁ。
「長らく逗留することは無いんでしょう? それなら出掛けるべきです。エクドラル王国でも、レオンの言葉はそれなりの影響がありそうです」
「もう直ぐ、本国の図書館向けのステンドグラスが完成します。それを土産に出掛けてきます。目的は全体調整と特に通信網の確保になります。場合によっては光通信機の習熟に2個分隊程引き受けることになるかもしれません」
「それぐらいなら、何とでもなるでしょう。でも、できるだけ早く帰ってきてくださいね」
レイニーさんの了解を得たところで、今度は馬車ではなくボニールで出掛けてみよう。少なくとも馬車よりは早いと思うんだよねぇ……。
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エルネールさん達と2日ほど話し合いを行い、俺が王子様を訪ねることを最後に伝えた。
直ぐに、光通信で砦に連絡を行い、砦からは早馬で宮殿に連絡を届けることにしたようだ。
「やはり、光通信を中継できるようにするべきだな。平文をそのまま送れるのだから感心してしまう」
「エクドラルでも砦間なら通信が出来るのですね。現在も訓練を受けているようですから、私の部隊にも何人か受け入れることになるということですね?」
「通信が届く範囲を遊弋して欲しいところです。それなら、魔族を発見しても、その後の対応が素早く行えますからね」
2日後に返信が届いた。いつでも受け入れてくれるということだから、なんだが、ナナちゃんと2人で出掛けるか……。
「まさか、一人で出かけよう等と考えておるまいな? 私も同行しよう。シレインも一緒なら問題はあるまい」
「ナナちゃんとボニールで行こうと思ってたんですが……」
「4人で行くぞ。それで出発は何時だ。砦から護衛を呼ばねばなるまい」
やはりそういうことになるんだよなぁ。のんびり行こうと思ってたんだが。
「土産に依頼された図書館のステンドグラスを運ぼうと思っています。さすがに手ぶらで出掛けるのは考えてしまいます。ほとんど出来上がっているでしょうから、今から確認してくるつもりです」
工房に出掛けてみると、すでに梱包まで終わっていた。
数日前に完成していたようだ。次の作品もかなり進んでいる。秋分にはエディンさんに託せそうだな。
もう1つ気になることがあると言えば、姉上の相手候補を見ておきたい所だ。
すでに母上からの書状は、デオーラさんに届けられているだろうから、動きだしているのは間違いないだろう。
地位だけで選ぶようなことがあるなら、俺の方から破談しないといけないだろう。
皆から蔑まれてきた俺をいつも優しく見守ってくれた姉上だからなぁ。ブリガンディ王宮から魔族相手の戦に駆り出されてあんな容姿になってしまった。結婚は諦めていたに違いないけど、薬で治るとはねぇ……。姉上は魔導師の資格を持つとともに、魔道具にも造詣が深い。あの薬は錬金術の産物なんだろうけど、姉上はかなり興味を持っていたようだ。
俺としては幸せな家庭を築いてほしいところだけど、姉上の事だからエクドラル王国の錬金術を極めようなんて野望を持っているのかもしれないな。
そんな姉上をやさしく見守ってくれるような人物が望ましいのだが、母上は先ずは相手がいなければ話にもならないとまで言っていた。
結婚後に、自分に合うように相手を変えていくということなのかな?
だとしたら、結婚が恐ろしく思えるんだけど……。
ナナちゃんと一緒に宮殿に向かう旅の準備をする。
馬車と違って、今回はボニールに乗っての旅だからあまり荷物にならないようにしないとね。
3日分の食料と水筒2つ。それに向こうで着る服を上下2着。ナナちゃんはお菓子を沢山詰め込んでいるようだ。
「魚の燻製を持って行って良いかにゃ? 私が作ったにゃ」
「デオーラさんが喜ぶんじゃないかな。俺も、花瓶を1つとワイングラスを幾つか入れたよ。前回だいぶ世話になったからね。少しはお土産を持って行かないと」
うんうんとナナちゃんが頷いている。
ティーナさんが何もいらぬと言っていたけど、さすがにそれではねぇ……。
向こうで買うお土産は、上等のワインで良いだろう。
これも持っていけ! とガラハウさんが3本の酒を渡してくれたけど、ラベルにドラゴンの姿が描かれていた。
かなり強い酒なんじゃないかな? 樽で熟成するように勧めたんだが、やはり熟成する前に飲み切ってしまっているようだ。
出発の当日。旅姿で待っていると、シレインさんが指揮所に迎えに来てくれた。
前日に到着した1個分隊の騎兵に囲まれながら、俺達は南を目指して馬を進める。
「やはり何頭か軍馬を送ろう。ボニールでは威厳を損なうぞ」
「威厳で飯は食えませんし、儲かるわけでもありませんからこれで十分ですよ。粗食に耐え、俺を乗せて走るだけの力があるんですからね。それに軍馬に乗った兵士の姿は遠くからでも見つけられそうです」
ボニールに乗った俺と、軍馬に乗ったティーナさんの頭の高さは1ユーデほどの違いがある。煌びやかな装甲を輝かせて載っているんだから、目立つことこの上ない。
その点、俺達2人は地味なバックスキンに革の帽子だからなぁ。
同盟軍の軍装についても考えるべきだろう。目立たぬように周囲に溶け込むような色彩なら敵からの発見を少しは遅らせることが出来そうだ。
兵士ならこのような軍装ということで固定化しているようだけど、相手の存在を明らかにするよりも相手の目を惑わせるほうが良いと思うんだけどなぁ……。
そんなことを休憩時にティーナさん達に話したら、立派に見えるなら士気も上がるし相手に畏怖を与えられると反論されてしまった。
それは考えなかったな……。
目立たぬ服装と目立つ服装。この2種類を使い分けることも考えてしまう。
休憩が終わってもその考えに囚われてボニールに乗っていたのだが、突然その使い分けを思いついた。
要は相手と自分達の部隊の戦力比で考えれば良い。
同数か、自分達が多ければ目立つ方になるだろうし、自分達が少人数であるなら目立たない方が良いということになりそうだ。
となると、大隊規模の軍隊なら派手な格好にして、中隊以下の特殊な部隊は地味な服装ということになる。
旧王都に駐屯している部隊ならなるべく目立つ派手な格好の方が、旧王都の住民も安心できるだろう。まさしく軍の威厳を表すことになる。少数で敵の状況を探る偵察部隊の連中が、同じように派手な格好ではねぇ……。相手に見つからぬようにレンジャーのような地味な服装にすれば良いはずだ。
俺がこの服装を気に入っているから、マーベル共和国の連中もいつの間にかバックスキンを軍服代わりにしているんだよなぁ。
さすがにトラ族の連中は、その下に鎖帷子を着ているようだけどね。




