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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-021 攻撃は受けたけど


 朝食後の食堂の一角で、小隊長を集めると短時間の打ち合わせを行った。

 既に部隊を要所に配置しているし、俺達にできることは迎撃だけだ。

 相変わらず、魔族の動きは微々たるものだが、昨夜は森の南にも焚き火の明かりが見えたらしい。

 いよいよ始まるのかと思うと、俺の読みが果たして正しいのかと迷ってしまう。

 だが一番砦に近い焚き火でさえ、俺達からは2コルム程先らしいから間違ってはいないと、何度も自分を納得させている。


「今日も部隊の半数を待機させてください。しばらくワインは飲めませんが、一当たりすればカップ1杯は何とかしますよ。

 それで頼み事なんですが、2つ用意してください。1つは丸太を適当に焼いて焦げ目を作ってください。砦の外壁に付けますから、あまり細いのでは困ります」


「砦の奴らがやってきても、俺達が頑張ったと思い込ませるのか! おもしろそうだな。俺の部隊で作ろう。西の河原で焼くなら問題ないだろうし、そのままそこに置いておいても構わんだろう。使うのはしばらく後だな?」


 偽装工作を理解してくれる人物がいるんだからありがたい。砦への取り付けも任せられそうだ。


「それだけですか?」

「もう1つ大事なことがあります。墓標を用意して欲しい。数は30もあれば十分ですが、墓標には適当な名を書いてください。砦にいる人物や、南の砦の連中の名前はダメですよ」


「それも偽装なんですか?」

「魔族と戦って死傷者がいないというのもおかしな話ですからね。砦の南西を適当に掘り返して、墓標を立てれば連中が勝手に解釈してくれます。負傷者用に血糊が欲しいんですけど、さすがに無理でしょう」


「そうでもない。ラビーが近くで跳ねてたからな。数匹狩れたら、それで血糊の付いた布ができるぞ。濡れてなくても血糊が乾いた布なら十分に誤魔化せそうだ」


 人間族を相手に偽装するということが獣人族にとってはおもしろいのかもしれないな。直ぐに色々と偽装のアイデアが生まれてくる。


「必ずしも必要というわけではありませんが、準備しておけば上手く誤魔化せます。よろしく頼みます」


 魔族が近くにいるということでかなり緊張していたんだけど、すっかり元気になってしまった。

 気を紛らわせる簡単な仕事というのは、結構大事な物かもしれない。


 その夜のことだった。

 激しく鍋が叩かれる音で目が覚める。

 急いでナナちゃんを着替えさせると自分の着替えを済ませ、弓を手に広場へと向かった。


「やって来るよ! 1個小隊を超えているみたい」

「手筈通りに頼みます。夜ですから敵の矢に気を付けてください!」


 リットンさんに言葉を返すと、急いで正門近くの盾の裏に逃げ込んだ。

 広場に面して盾が3枚並べてあるし、丸太塀の梁と立てた盾を利用して、盾を上に乗せている。矢が降ってきても、この下なら安心できる。塀の外にいくつか光球が浮かんでいる。魔族は、まだそれほど接近していないようだ。


「矢が来るよ!」


 上からリットンさんの声が聞こえてきた。ナナちゃんと一緒に、屋根の下で丸くなる。 

 ヒューっと音を立てて矢が広場に降り注いだ。

 素早く数を確認する。数十はありそうだ。1個小隊ではないようだな。

 そのまま、待機していると、再びリットンさんの声が聞こえてくる。

 今度はそれほど多くは無い。20本にも満たない数だ。


「逃げてった! もう安全だよ」


 リットンさんの声を聴いて、広場に10カ所ほど用意してある盾から兵士が姿を現した。

 どんな感じなのかとリットンさんのいる門の上に向かって、リットンさんが腕を伸ばして逃走していった方向を見たんだが何も見えないな。俺では夜は遠くが見えないからなぁ。オコジョ族のリットンさんなら、まだ十分見えるのかもしれないけど……。


「2個小隊がやってきたみたい。こっちも反撃したから数体倒せたよ」

「下は誰も負傷していません。やはり夜はリットンさんに頼るのが一番ですね」


 褒められたのが嬉しいのかうんうんと頷いている。


「また来るかもしれません。良く見張っていてください」


 そう言って広場に戻ると、焚き火の傍の丸太に腰を下ろしてパイプに火を点ける。

 これでうまく行きそうだな。

 魔族は、俺達が動かないことを確かめるために来たようだ。

 これで、砦が大騒ぎを起こすようでは問題だけど、塀の上のリットンさんやヴァイスさん達だけを見て判断してくれるだろう。


「やってきましたね」

「ん! ああ、どうもすみません」


 レイニーさんがお茶のカップを渡してくれた。ナナちゃんはお姉さん達と魔族の矢を回収している。あの矢だって使えるからなぁ。

 使えるものは大切にしないと……。


「たぶん、南の砦も忙しくなっていると思いますよ。人間族の弓兵は余りいませんでしたね。騎馬兵を集めたんでしょうが、防衛には不向きです。まして数で圧されるとなると……」


「南の砦だけで済むでしょうか?」

「たぶんさらに南に向かうでしょう。騎馬兵の真価が問われかねません。かなりの犠牲者が出ることは間違いないでしょう」


 こんな場所に獣人族を追いやらねば何とかなった物を……。

 たぶん反省などせずに、選民政策を遂行していくんだろうな。それが亡国に繋がりかねないと誰も気付かないんだろうか?


 オリガン家はどうなるんだろう?

 領内にも獣人族はいるはずだ。上手く保護してくれれば良いんだが……。


 朝になると、監視を続けながら手早く墓標を立てはじめる。

 魔族の死体はそのままで良いだろう。

 早ければ、明日には急使が来ないとも限らない。出来れば騒動が終わってから食料の補給に合わせてきて欲しいところだ。


 とりあえず乱雑に30を超える墓標を立て、いくつか穴だけ残しておく。

 急使が見えてから葬送を偽装するのもおもしろい。


 正門の周囲を補強するように焼けた丸太を立て掛けて蔦でしっかりと止める。これで火矢を受けたかのように見えるはずだ。広場にも古びたタルを焦がして、いくつか転がしておくほどの念の入れようだ。

 皆、結構楽しんでいるんじゃないかな?


 夕暮れ時、広場に焚き火でラビーが焼かれ始めた。

 これで負傷者の偽装もできると喜んでいる。

 ちょっとしたお祭りみたいに盛り上がっているのは、レイニーさんがカップ1杯のワインを皆に許可したからに違いない。


「夕暮れ空に、南から立ち上る煙が見えたそうです。やはり南の砦でしょうか?」


「間違いないだろうね。どれだけやられたか……。だが、俺達を呼び寄せることはしないはずだ。案外被害がそれほどないかもしれない。既に兵士達を南に下げている可能性だってあるからね」


 秋になったら、一度様子を見に行かねばなるまい。

 たぶんもぬけの殻だと思うんだが……。

               ・

               ・

               ・

 砦から食料を積んだ荷車がやって来たのは、それから10日以上過ぎてからだった。

 物資の補給は給与の輸送と合わせてくるはずだが、今回は商人達の荷馬車が一緒ではないようだ。ちょっとがっかりしたが、食料を運んできてくれたんだから、ありがたいと思わないといけないだろうな。


「だいぶやられたようだな?」


「最初の戦で2個分隊、その後もう1度やって来た時に1個分隊を失いました。重傷者がかなり出ているのですが、砦に移動させることは可能でしょうか?」


「砦の方もかなり酷いありさまだ。慈悲の一撃を何人かに与えたぐらいだからな。運ぶ途中で亡くなっても気の毒だ。このままここに置いてあげた方が良いだろう。ワインを3樽運んできたから、飲ませてやるがいい。

 矢と銃のカートリッジを少し運んできた。この砦のおかげで少しは楽が出来たんだろうが……、かなりの犠牲者が出たことは確かだ」


 輸送部隊が帰るまで、笑い出したいのを必死で堪える。笑いを我慢するのは戦より辛いことだというのが良く分かった。


 慌ただしく帰る輸送部隊を見送って、早速ワインを飲みかわす。

 

「上手くいったにゃ。墓標を見て首を振ってたにゃ」

「見ている前で埋葬しましたからね。中身は丸めた雑木なんですけど……」


「よく砦が燃えなかったと感心してましたよ。これでレオンさんの偽装は計画通りということですか?」


「ああ、これでいい。ここではっきりと言っておくけど、王国からの食料補給は今回が最後だ。次は無い。それを確認するために、南の砦の状況を秋に確認する。

 問題は、いつまで魔族が俺達を見逃すかということだ。こればっかりは、俺にも分からない。やってきたら当然熾烈な戦になる」


「覚悟はできてるにゃ。でも隣国に逃げる計画はどうするにゃ?」


「これを作って欲しい。板を張り合わせた船だが、火矢を作りたいという要求を砦は忘れなかったみたいだな。タールを1樽運んできてくれた。これで接合部の漏れを塞げる」


 たちまち誰が作るかということで、盛り上がってしまうんだからなぁ。

 カップ1杯のワインでここまで騒げるんだから羨ましくなってしまう。


「結構流れがあるから、1艘に櫂は数本必要かもしれない。櫂も作ってくれよ」


 向こう岸に渡れば、船に車軸を通して荷車として使えば良い。

 背負う荷物には限度があるからなぁ。魔法の袋を持っている連中もいるだろうから、運搬荷物を少しは減らせるだろう。水に濡れたら困るような食料を中心に運んで貰うことになりそうだ。


 何度か森に焚き火が見えたが、魔族が襲ってくるような事態にまでは至らずに夏が過ぎてゆく。

 もう直ぐ秋分だ。

 既に船は3艘出来上がり、夏の間は船で遊ぶ連中もいたぐらいだ。

 俺も釣りを楽しみながら、舟遊びを見ていたぐらいだからね。


 秋分の当日。ジッと南を見ていた見張りの兵士が、首を横に振りながら指揮所に現れた。

 案の定というか、予想の通りだから小さく頷きながら報告を聞く。

 5日経ってもやってこない輸送部隊が、砦の中で噂になってきた。

 早めに確認して、皆に理解させる必要がありそうだな。


「やはりレオンの予想通りということね。早めに計画を遂行しないといけないわ。それで……」


 砦への急使を5人程募ることになった。

 物資の補給を急いでほしいとのレイニーさんの書状と、板書が1つ。

 板書には、『物資補給の無い状況下での戦闘は不可能。指揮官に直訴したくとも、砦に指揮官及び兵士の姿が見当たらない。上官の戦場放棄を確認して我等は砦を去ることを決意した』と記載し、俺の名を最後に書き込んでおく。

 これを見付けた兵士が、どこまで上層部に持って行けるか楽しみだな。

 

「砦に部隊が残っていれば、レイニー中隊長の書状を手渡し、誰もいなければこっちの板書を指揮所においてくれば良いんですね」


「お願いするよ。一応のけじめだからね。これで王国軍との縁が切れるけど、仕方のない話だ」

「レオンだけなら戻れるでしょうに?」


「オリガン家の落ちこぼれだから、問題はないよ。それにナナちゃんは事情があって面倒を見ないといけないんだ」


「私達が面倒を見ても、ダメなのかにゃ?」


 ヴァイスさんの問いに苦笑いを浮かべて頷いた。

 女神様との約束だからなぁ。ヴァイスさんは同じネコ族だと思っているみたいだけど、妖精族なんだよね。

 


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