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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-207 臨機応変は情報次第


1個小隊の弓兵がボニールに騎乗してマーベル共和国を訪れたのは、すっかり雪が消えてからだった。

 まだ芽吹きの季節だから荷馬車に飼葉を積み込んでやって来たのだが、その外に50頭のボニールも連れてきたのには驚いた。

 荷馬車が5台と多かったのは、飼葉以外50頭分の馬具を積んできたようだ。

 1個分隊を残して、2日後に弓兵達は引き上げて行ったが、荷馬車はそのまま残してくれるらしい。

 ありがたく頂いておこう。

 石火矢を搭載する荷馬車は頑丈にガラハウさんが作ってくれたから、この荷馬車はマクランさんに渡せば上手く使ってくれるに違いない。

 

 同盟軍の指揮官となるエルネールさんも同行して来たらしく、ティーナさんと一緒に指揮所に挨拶に訪れた。

 確かにネコ族だけど、ヴァイスさんと比べると少し体格が良い。やはりトラ族の血が混じっているということになるのかな。

 ティーナさんが姉さんと言うぐらいだから、年上なんだろうがキリっとした表情は軍人家系の特徴に違いない。

 俺が若いことに驚いていたけど、ハーフエルフ族ということで直ぐに納得したようだ。

 軽く挨拶を交わして、軍を戻してからゆっくりと相談したいと告げて去って行った。


「いよいよ動くということになるんでしょうね。今までは迎撃に徹していましたが、遊撃部隊とのことですから今度は身を守る城壁はありません。無事に帰ってくれれば良いのですけど」

「一撃離脱に徹すれば荒野での戦はさほど危険はありません。心配なのは砦への救援に向かった時です。砦を囲むのは石垣ではなく丸太の塀ですからね」

「昔と同じということでしょうね。マーベル国のような地形を利用したものではありませんから、ブリガンディの砦で魔族を迎え撃つような状況ということなんでしょうね」


 ブリガンディ時代は、怪我人はもちろんだが戦死者まで出たからなあ。砦に行った際にもう少し迎撃体制を確認しておくべきだったかもしれない。

 2人がやって来たなら、砦の状況について再確認しておこう。


「ティーナさんの従姉と聞いてましたが……、本当にネコ族だったんですね」

「彼女なら、リットンさんも安心出来るでしょう」


 そんな感想を2人で交わした、2日後。

 リットンさんとエルネールさん、それにティーナさん達を交えて指揮所で同盟軍の詳細を調整することにした。

 王子様より同盟軍創設に関わる全権を、ティーナさんが受けているらしいから新たな必要資材があれば直ぐに取り寄せてくれるらしい。

 

 硬い話になるから、ナナちゃんは俺達にお茶を出してくれたところで早々に外に出て行ってしまった。

 俺の従者なんだけどなぁ……。

 ちょっと残念そうな表情をしていたのだろう。エルネールさんが俺に視線を向けて笑みを浮かべていた。


「それでは、始まるか……。エクドラル王国軍が同盟軍に派遣するのは6個小隊。全て弓兵だが、種族構成は人間族、トラ族を除いた獣人族の混成部隊でもある。総指揮はエルネール姉上となるが、副官はマーベル国より選出して欲しい」

「マーベル共和国から同盟軍に参加するのは1個小隊と2個分隊。全て弓兵ですが種族構成はエクドラル王国からの派遣部隊と同じになります。指揮はリットンに任せますので、副官はリットンをお使いください」


「依頼では1個小隊ということでしたが、石火矢を使うことから2個分隊を追加しました。弓兵ではなくクロスボウが使える軽装歩兵出身です。騎乗せずに荷馬車を使って移動します」

「荒野を荷馬車で動くとなると、移動に制限が出てくるのでは?」

「かなり強化して作ってあります。一応2頭立ての荷馬車ですが、2頭を後ろに引いていく予定です」


 いざとなればボニールに乗って遁走できるからね。荷馬車は乗り捨てれば良いことだ。

 席を立って、黒板に向かう。

 黒板に簡単な旧サドリナス領を描くと、真横に線を引く。次にいくつかの丸を描いてマーベル共和国や砦、見張り台の概略位置が分かるようにした。


「王子殿下の同盟軍構想は、マーベル共和国との友好政策の1つでしょう。友好協定を発展させたかったのだろうと考えています。でもこれは、あくまで表面上の話、母国の王侯貴族達に対するサドリナス領の統治に問題が無いことを示すものだと推察しています。両軍合わせても2個中隊に満たない部隊では、本国の王侯貴族なら苦笑いを浮かべて手を叩くでしょうね。意味のない、名目だけの部隊だと……」


 エルネールさんも、真剣な表情をして小さく頷いている。

 やはり同じ思いだったに違いない。ティーナさんから俺達の戦について話は聞いているに違いないが、獣人族は現実主義だからなぁ。自分の目で見ない限り信じられなかったんだろう。


「王子殿下はもっと部隊を充実させたかったかもしれません。ですが、現実を見ると砦の防衛で手一杯、部隊新設に当たって戦力を分散したくなかったに違いありません。エルネール殿に託した6個小隊によって砦や町や村の防衛戦力がかなり落ちたことになります。新たな徴兵を行ってはいるでしょうが、新兵が戦に耐えられるには1年以上かかりそうです」


「それが理解に苦しむところです。それなら新兵を新たな合同軍に加える方が利にかなっていると思いますが?」

「それが、王子殿下の裏の狙いだったんですよ。現在の防衛は、砦を中心とした防衛戦になっています。1個大隊を予備戦力とすることで、砦への救援を可能にしてはいるんですが、移動速度が遅いですからね。救援部隊が到着するまでの1、2日間、苦しい防衛戦を行わなければなりません」


「我々の部隊が新設されることで、それが緩和されるのでしょうか?」

「大きく変わりますよ。でもそのためにエクドラル領全体をよく見たほうが良いでしょう。大まかな位置関係はこうなってますね。さて、この状況下での課題は何だと思いますか?」


 席に戻って、お茶を飲みながらパイプに火を点ける。

 少し反応を見てみよう。気が付いてくれれば話がしやすいんだけどなぁ。


「魔族がどこから来るのかわからない……、ですか? 北から来るのは間違いないでしょうが、エクドラル領内の北のどの位置から攻めて来るかまでは分かっておりません」

「魔族の出現位置……、その戦力も含めての事ですね。大きな課題です。他には?」


「防衛対象が砦だけというのも課題ですね。後方の開拓村は魔族の出現情報を元に予備戦力が回されますから一歩遅れてしまうことは確かです」


 色々と出て来るな。

 黒板に戻って、その課題を羅列していく。

 いくつか課題が出たが、もうないのかなと思って皆の顔を眺めていた時だった。シレインさんが小さな声で話を始めた。


「連絡に時間が掛るということでしょうか? 砦間の距離、開拓村との距離も結構離れています。伝令が馬を使って半日では、戻ってくるまでに1日掛かってしまいます」


 ようやく気が付いてくれたみたいだ。

 これが最大の課題に違いない。情報の遅れは対応の遅れに繋がる。いくら予備戦力が充実していても1日の遅れで多くの人命を失いかねない。


「俺が一番気にしているのは、そのことなんです。『兵はみだりに動かすべからず、動かすなら神速を貴ぶべし……』昔読んだ戦術書に書かれてました。どうしたらそれが出来るのかをよくよく考えてみると、正しい情報を素早く知ることだと理解した次第。エクドラル王国軍に、この正しい情報伝達が行えるだけの仕組みを作って貰います」


 言うのは簡単だけど、実際はかなり難しい。

 なんと言っても通信伝達距離が見通し距離に限られるということだ。

 このために砦の後方にいくつかの信号所を作ることになる。街道沿いに信号所を連ねて、この信号所と砦間の通信が可能になれば、宮殿から砦までの情報が1時間程度で可能になるだろう。従来なら馬を使って片道2日も掛かっていたのだから大来な前進と言える。


「これで旧王都の予備戦力も効果的に使うことが出来るでしょう。これが出来た段階で、新たな同盟軍の真価が発揮できるはずです」

「2個中隊に満たない戦力では一撃離脱で魔族軍を翻弄するのが精一杯。勝敗を決するのは無理だと考えるが?」


 ティーナさんの言葉に、笑みを返す。

 だからこその、通信網なんだよねぇ。


「翻弄するのもおもしろいですが、できれば誘導して欲しいところです。罠に向けてね」

「罠と言うと……、例の部隊か!」


「砦と迎撃部隊、そして同盟軍の3つを有機的に組み合わせることで、砦から南へ魔族が足を踏み入れないようにしたいと考えています」

「かなり大きな戦術になりそうだな……。まさか! ひょっとして……、いやいやそこまでは……」


「どうしたのです?」


 考え込んだしまったティーナさんを見て、シレインさんが首を傾げながら問いかけている。


「いや、レオン殿の話を聞いていて、図上演習を思い出したのだ。既存の戦術に囚われずに状況を判断して自ら戦術を考えるのが狙いだったようだ。父上もかなり満足していたぞ。終了時には関係者を交えて祝宴を開いたそうだからな。自分が率いる部隊だけでなく他の部隊との連携がいかに大事であるかを、図上演習を通して皆が納得したことだ。手柄は自分で手に入れるものではなく、協力の結果手に入れられるものだということだな」


 あの訓練も少しは役だったかな?

 固定観念にとらわれた戦術は、ちょっとした変化で覆されてしまう。戦術は臨機応変が一番だろう。その為に情報連絡網を整備する必要があるわけだ。


「街道の見通し距離ごとに通信局を作るのは、比較的容易だろう。街道までが戦場になる危険性はあまりないからな。引退した兵士の良い就職先に使えそうだ。ちょっとした石の塔を築けば、見通し距離はさらに広がる。10コルム以上の距離でも腕木信号機なら使えるだろう」

「その情報伝達ですが、腕木信号機ではなく、光通信機を使います。腕木は形の変化で情報を伝えますが、光通信機なら伝令が持ってくるメモ書きの連絡所をそのまま送ることが出来ますよ。問題があるとすれば、光の点滅を文字に置き換える能力です。秋分にやって来た少年兵達がその能力を持っていますから、彼らが次の者達に使い方を教授すれば1年後には100人以上がその能力を得ることが出来るでしょう。もっとも年長者には荷が重いようです。少年達なら問題ないみたいなんですけどねぇ」


 常時相手を見ずとも、光の点滅を確認したなら彼等に自解読して貰えば済むことだ。それでも、1つの通信局に5人は必要だろうな。

 光通信の情報網を整備するために200人ほどの専従者が必要になるだろうが、その維持費は陶器の売買で十分に賄えるだろう。

 同盟軍は砦間を遊弋しながら、常に魔族の最新情報を得ることが出来るはずだ。常時の危険性を削減できるだろうし、いざ魔族への攻撃を行う際にもしっかりと味方部隊の位置情報を確認できる。

 図上演習の成果を実戦で目にすることは、さほど遠い日ではないだろう。


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