E-194 先行して出発しよう
獲物を焼く焚火を囲んでワインを頂く。
3つ作られた焚火で獲物が焼かれているけど、俺達の囲む滝部で焼かれているのはグラムさん達が狩った大きな猪だった。
ヴァイスさん達が勢子になって追い込んだ猪を、一撃で短槍を突き通したらしい。体の反対側に槍の穂先が完全に出ていたそうだから、ほとんど零距離ってことに違いない。
まさしく豪の者というにふさわしい人物だ。
「上手く追い込んでくれたからなぁ。あれで取り逃がしたなら末代までの恥になってしまうところだった」
上手そうにワインを飲みながら、すでに焼けたシカ肉を頬張っている。
苦笑いで頷くしかないけど、このシカ肉はヴァイスさんの獲物らしい。勢子に徹していたわけではないようだ。
イノシシ肉が切り分けられ、酔った連中が焚火の周りで踊り出す。
「宮殿の豪華な料理よりも、わしにはこのような席が一番だな。満天の星空に中、狩の腕を自慢しながら気兼ねなく酒を飲める。解放感と言うのだろうな……、ここ数年味わうことが無かった。デオーラもどこかで楽しんでいるに違いない」
「そうでした! エクドラルの秘薬、ありがたく思います。あの傷は治せないと本人も思っていましたから。俺にはどうすることもできず、ただただ姉上の心情を憂うるばかりでしたので……」
「気にするな。あれは王子殿下よりの頂き物。レオン殿の清貧さに困っておいでだったようだからな。デオーラから聞き及んだのだろう、我等がマーベル国に出掛けると聞いて直ぐに使いの者が持参した品だ。ところで……、デオーラより少し話を聞いたがワシは良い話だと思う。オリガン家からの嫁ともなると……、国王陛下がどう判断するか楽しみだ」
嫁ぎ先を国王陛下まで考えるということになるのだろうか?
それほど、オリガン家の武名が周辺王国に知られているとは思わなかったな。ある程度知られているとしても、離れた王国の下級貴族であることは確かだ。ましてや今の状況下では貴族として認知されているかも怪しく思われる。
「明日は、マーベル共和国の防衛体制について現地を歩きながらご説明しようと思っていたのですが、少し西の雲行きが怪しくなってきました。俺達が防衛線を構築している西の尾根より2コルム先に魔族が続々と集結しています。状況についてはエクドラル王国の砦にも腕木通信台で知らせています。状況の変化次第では俺も西に向かわねばなりません」
俺の言葉にゆっくりと俺に顔を向けると、眼光鋭くにやりと笑みを浮かべる。
「中々の歓迎だ。丁度1個小隊を率いている。部隊をティーナに預けて、ワシは戦の観戦をしたいのだが?」
「俺達の戦力が戦力ですから、観戦すれば戦闘に巻き込まれること確実なんですが……」
「それこそ絶好の観戦ではないか! 是が非でも付いていくぞ」
戦闘狂なのかな? 俺なら関係ない戦には参加したくないんだけどねぇ。
だけど、1個小隊の増援はありがたいところだ。軽装歩兵ということだから、短槍で柵を乗り越えようとする魔族を突いて貰える。
「明日の軍議にティーナ殿を呼ぶことにします。ティーナ殿は俺達の戦に参加していますから、仲間からの文句も出ないでしょう。出発時にはティーナ殿に連絡してもらいますが、鎧の準備は?」
「昔使った鎧を準備した。さすがに儀礼用の鎧は実戦向きではないからな。それにしても……、魔族に感謝したい気持ちになったのは初めてだ」
俺達の戦を見る機会が出来たことを感謝したい。ということなんだろう。俺にとっては大迷惑なんだけどなぁ……。
明日を考えて、酔いが回らない内に指揮所に戻る。ナナちゃんやレイニーさんはまだ戻らないようだ。
お茶を淹れて、カップを手に取り席に着く。
テーブルに広げられたマーベル共和国周辺地図を眺めながら魔族の迎撃を考える。
やはり、石火矢の一斉射撃が最初だろうな……。最大射程なら無安威川の尾根に集結した部隊を直接叩けるだろう。
それで部隊を引いてくれるなら幸いだが、谷を駆け降りるようであればカタパルトで爆弾を放てる。例の失敗作を適当に混ぜれば敵の混乱は間違いないだろうし、尾根を上がってくる魔族の体力は著しく低下しているに違いない。
爆弾を付けた矢を使うまでもないだろうが、数本ずつは持たせねばなるまい。オーガには結構使えるからね。問題はリザードマンになる。
リザードマンとは初めての戦いだ。どんな特徴があるのか、だれか知っているかもしれないな。話を聞いてから対策を考えねばなるまい。
翌日の朝食後、指揮所に続々と中隊長と副官が集まってくる。
尾根の見張り台からの連絡では、魔族の軍勢はすでに2個大隊を越えているそうだ。まだ移動を開始してはいないようだが、軍議を終えたなら速やかに移動した方が良いだろう。
「前回よりも数が少し多いだけにゃ。谷に下りたら爆弾をお見舞いすれば柵に上がってくる魔族は僅かにゃ」
「基本はそれで良いでしょうが、問題はリザードマンです。誰か、リザードマンについて知っていますか?」
俺の問いに、誰も答えない。隣と何のことかと呟いているだけだ。
困ったな……。敵を知らないと、迎撃が難しくなりそうだ。
「部外者ではあるが、私でも良いか?」
ティーナさんがテーブルの端で小さく手を上げてくれた。
「知っているのですか?」
「私も戦うのは初めてになるが、上官より聞いたことがある。鎖帷子を着た軽装歩兵と思えば良いらしい。力はトラ族より劣るが、イヌ族よりは上だ。身体能力はネコ族を凌ぐと言っていたぞ」
魔族は革鎧を付ける者もいる。柵に取り付かれると面倒なことになりそうだ。
「爆弾矢を放てば何とかなるだろう。柵に取り付くまでにかなり手傷を負わせられるはずだ」
「それしかなさそうだな。その爆弾矢は?」
「各自5本、予備は300本にゃ! リザードマンとオーガに使うにゃ」
「谷はカタパルトで爆弾を放つか……。トラ族の連中に小型の爆弾を2個ずつ持たせれば良いじゃろう。谷を上がってくる連中に投げれば前と同じじゃ」
レイニーさんが立ち上がると、指示棒を持って地図を示す。
全員が、ジッ指示棒の先を眺めた。
「指揮所はエルドの中隊にエニルの2個小隊。北の詰所はダレルの中隊。南はガイネルとします。ガイネルの中隊は1個小隊を2つに分けて指揮所とダレルの援護をお願いします。ティーナ殿の小隊は、指揮所を担当してください。エクドラさんは指揮所の下にある屯所に詰めてください。マクランさんの方はどれほど戦力を出せますか?」
「取り入れ前ですから、3個小隊ほどになります。3か所に1個小隊の派遣でよろしいでしょうか?」
「ガラハウさんの方は?」
「3か所に5人ずつは可能じゃ。下の村の連中はワシ等の手伝いで構わんかな? カタパルトに人手が欲しいからのう。石火矢の製作を続けておる。すでに300はあるが、30個を追加して運ぶぞ」
「それでは、準備が出来次第、中隊単位で出発してください。留守は私とエミール、それに住民の有志ですから、何とかなります」
「連絡は密にお願いします。腕木信号機を使えば連絡は可能ですからね」
改めてワインが配られ、全員が立ち上がってそれを飲む。
皆が指揮所を出る中、俺もナナちゃんと一緒に準備を始める。装備は整っているから、邪魔な荷物を魔法の袋から取り出すだけで十分だ。
ナナちゃんは持っていくお菓子を悩んでいるけど、全部持っていけるんじゃないかな。
毛布を2枚まとめて丸めると、俺の短槍に括り付ける。
少し太めの短槍だから、直ぐに俺の持ち物だと分かる代物だ。これは荷車で運んで貰おう。
「ナナちゃんはそれで良いのかな?」
「尾根の夜は涼しいって言ってたにゃ。長袖も用意したにゃ」
俺の着替えは……、綿の長袖が入っているな。革の上着は鎧代わりの品だ。前面と肩が二重になっている。
「革のベストも用意しておくんだよ。流れ矢が飛んでくるかもしれないからね」
「革の帽子も用意したにゃ。これは被って行くにゃ」
軽装兵士用の帽子だからね。厚手の革で作ってあるし、耳まで覆える品だ。
俺も被っていた方が安心できるな。前回も白兵戦になってしまっている。前回よりも数が多いのなら間違いなく指揮所の屋根までの上ってくるに違いない。
最後にナナちゃんが取り出したのは、デオーラさんに貰った短剣だった。
デオーラさんが使うなら護身用の短剣なんだろうけど、ナナちゃんが持つと片手剣になるんだよなぁ。俺と同じように背中に背負わせてあげる。
準備が終わったところで、指揮所のレイニーさんに挨拶する。
無事に帰ってこれるか分からないからなぁ。だが、レイニーさんがいるなら安心できる。
「よろしく頼みましたよ」
「任せてください。連絡は密にしますが、連絡が滞るような場合は善戦していると考えてください」
その逆なら、直ぐに連絡しないといけないからね。
『頼りが無いのは元気な知らせ……』とは、よく言ったものだと思う。
指揮所を出ると指揮所前の広場に荷車がたくさん集まっている。食料や装備を積んでいるようだ。
まだ出発しないのかな?
エニルを探していると、向こうの方から俺に近づいてくれた。
「銃兵2個小隊の準備は完了です。出発しますか?」
「そうだね。ところで、ティーナさんは?」
「最前列で1個小隊を率いていますよ。一緒に出掛けたいと言っていました」
「なら、出発だ。荷車にこれを乗せてくれないかな?」
エニルの副官に短槍を渡す。直ぐに荷車1台が動きだしたから、エニル達の装備品が乗っているんだろう。
ざわざわと準備に忙しい兵士達の横を通って通りを西に向かう。
兵士達の前方に整列した兵士達がグラムさんの護衛として同行してきた兵士達だろう。軽装歩兵1個小隊は贅沢な援軍だ。
ティーナさんの隣にいる人物は、グラムさんに違いない。革鎧を着て、長剣を下げているんだが短槍を片手に持っている。
柵越しの戦なら、長剣よりは槍の方が勝っているからなぁ。隣のティーナさんもしっかりと槍を握っている。
「グラム殿。お待たせしました。出発しましょう」
俺の声に後ろを振り返ったグラムさんの顔は、少し驚きがあるようだ。
エニルの部隊は全員が女性ばかりだからね。ちょっと意外に思ったに違いない。
「レオン殿の直営部隊……。全員女性とは、少し驚いた。だが片手剣だけで相手にするのか?」
「全員が銃兵ですよ。カートリッジを10発持っています。かなり短い間隔で射撃を行えますよ」
「それだけ鍛えているということか。その成果を見せて貰えそうだな」
ティーナさんと顔を見合わせて笑みを浮かべている。
話は、歩きながらでも出来るだろう。
俺達は西の集落へと続く道を歩き出した。
今日の夕食は指揮所で取れるだろうとグラムさんに伝えたんだが、西の尾根がだいぶ遠くに見えるんだよなぁ。
歩いて半日というのは、案外遠くだと思ってしまう。




