E-192 作戦は兵種の組み合わせ
夕食を終えると、ナナちゃんと一緒に迎賓館へと向かう。
迎賓館の警備は、エニルさん達の部隊から1班が詰めている。玄関の2人に挨拶すると、1人が中に入って行く。
しばらくして出てきた兵士に案内されて、応接室兼用の小会議室に向かった。
小会議室の扉を叩き、自分の名を告げて扉を開くとグラムさん以外に2人の士官が座っていた。若者というにはちょっと苦しいけど、壮年と言ったら怒られそうだ。
男女の士官が立ち上がって俺に騎士の礼を取る。
同じように答礼したところで、グラムさんが座るように促してくれた。
「済まんな。隣はこの前魔族を迎え撃った砦の士官達だ。ワシがマーベルに向かうということで是非とも府同行させて欲しいと願い出て来たのでな。今後話をする機会もあるだろう。エギルとオルネアだ」
人間族の士官だが、真面目に見える。魔族相手の戦は初めてだったのかもしれない。それで魔族と何度も戦っている俺達のところにやって来たのだろう。
「話をする前に、デオーラさんをナナちゃんの案内で母上と合わせてあげたいのですが?」
「デオーラが楽しみにしていたよ。ワシも明日には挨拶しておくべきだろう。よろしく頼む」
扉近くのベンチに座っていた兵士を呼び寄せて、指示を出しているのはデオーラさんを呼ぼうというのかな?
直ぐに、慎ましいドレス姿のデオーラさんが現れた。派手なドレスはこの国では合わないからね。服装は場所と相手を選んでということが良く分かっているのだろう。
「それじゃあ、ナナちゃん案内してくれないかしら。グラム殿もあまりレオン殿を困らせないでくださいな」
苦笑いで頷いているんだよなぁ。ナナちゃんが席を立ってグラムさんにぺこりと頭を下げる。扉近くで待っているデオーラさんがナナちゃんと手を繋ぐと、俺達に一礼して去って行った。
どんな話をしたのか、後で母上に聞いてみよう。
どう考えても、世間話で終わることは無いように思えるんだよなぁ。
「さて、ワインでも飲みながら話そうか。パイプは自由で構わんぞ。ワシも嗜むからな」
兵士がワインの注がれたカップを俺達の前に出してくれた。
確か騎馬隊を使った、魔族との戦ということで良かったはずだ。
「きっかけは、マーベル共和国まで護衛して頂いたボニール騎馬隊でした。彼らの任務が広域偵察であると聞いて、感心したのですが……」
少しもったいない気もするな……。そんな感じで空らを弓兵とした場合にどんなことができるかを考えてみた。
そもそも弓兵だけで敵の進行を食い止めることはかなり難しい。荒野でならまず不可能と考えるべきだろう。それを行うにはそれなりの防衛陣地を構築する必要がある。
それでも敵の総攻撃を受ける前戦を支えるために、各王国とも弓兵を持っているんだよなぁ。
「1個小隊が一斉に矢を放った時に、倒せる敵兵を考えたことがありますか?」
「例の図上演習で話が出ていたな。レオン殿はそれを散布界という言葉で表現していたが、数人がやっとということだったはずだ」
ある意味、味方の士気を高める目的もあったんだろうが、矢筒全部を放っても倒せる敵兵が数十人ではねぇ……。
「そこで、策を用いることが重要になってきます。そもそも、軍内部にはいくつかの兵種があるのですから、効果的な組み合わせを考えるべきでしょう。俺が考えた方法は、このような形に部隊を展開して、弓騎馬兵を使って罠に誘い込むという方法でした」
前方に開いた柵の構築と、重装歩兵の阻止戦の構築。弓騎馬兵はまっすぐに重装歩兵の開いた通路を使って後方から柵の左右に回り込む。
敵がそのまま突っ込んできたなら、重装歩兵の厚い阻止戦で敵の足を止める。
足止めが上手く行けば、敵兵の密度がどんどん濃くなるはずだ。
「ここまで来れば、後方から爆弾を放り込んで一気に殲滅が可能でしょう。
テーブルにメモ帖を取り出して、時間経過に伴う陣の変化まで描いたから理解できたんじゃないかな。
グラムさんも腕を組んで唸っているし、ティーナさんは、そういう事かという感じでメモを見ている。
士官は茫然とした表情だ。これぐらいの策は、彼らなら直ぐに考えて貰わないといけないんだよなぁ。
「よく分かった……。小型のカタパルトを作るべきだろうと王子殿下が言っていたのは、そういう事だったのか……」
「俺達と同等の爆弾を作れずとも、大量に放てば魔法攻撃以上の成果を得られるでしょう。阻止戦近くの左右の柵にはクロスボウ兵も効果的ですし、後方に移動した弓騎馬兵を2分して柵に向かわせてもよろしいかと……。小型のカタパルトよりはバリスタをお勧めしますね。オーガを1発で倒せます」
「殲滅戦……。このようにすれば殲滅も可能だろうな。それと兵は歩かせずに荷馬車を利用すると聞いたぞ。敵の動きを素早く読んで、この柵を作るということになるはずだ。工兵と資材運搬用の荷馬車……。2人でこの作戦に必要な部隊と資材のリストを作って欲しい。マーベル国が魔族の接近を早期に知らせてくれるのだ。利用しない手は無い」
「部隊を創設すると?」
「面白いではないか。殲滅戦なら、ワシが重装歩兵を率いたいぐらいだぞ」
「ですが……、この策には大きな欠点がありますが、分かりますか?」
士官2人も加わってグラムさんが真剣に考え始めた。
結論を待っていよう。少し離れてみれば直ぐに分かるはずだ。
「誘導が上手く行かないと、全滅しかねないということでしょうか?」
「前方に開く柵の横幅と長さが問題でしょうね。敵を上手く策の中に取り込まねばなりません。とはいえ、追いかけてくる魔族が横一線に並んでくるとも思えません。魔族を囲みこむ柵の最初の左右の幅は300ユーデから500ユーデほどになるでしょう。末端部分は100ユーデほどにしても大丈夫です。魔族が密集しますから、真ん中の奴らは左右の柵を見ることなどできないはずです。それ以外には?」
再び士官達が首を捻る。
その姿に溜息を漏らしながらグラムさんが俺に顔を向ける。
「考え付かんようだ。教えてくれると助かる」
「一歩離れてこの陣形を見てください。これは一方向に全戦力を傾けています。もし、魔族が別動隊を率いていたなら……」
グラムさんが大きく両手を上げた。
理解できたみたいだな。
「なるほど、側面攻撃に極めて脆弱ということだな。背後はさらに問題だ。となると……、通常の騎兵を1個中隊は待機させねばなるまい。簡易な柵も必要に思えるな。かなり資材を必要とするが、それもリストに纏めて欲しい」
「両側面に偵察部隊を出すことになりますね……。そうなると、全体の陣形はこのような配置になりそうですが……」
俺の描いた陣形に柵を幾つか追加して、2つの偵察部隊と後方に騎馬隊を描いている。
かなりの安全策になるが、兵士の命がかかっているのだ。上手くやらねば再損害を受けかねない。
「かなり凝った陣形になりそうだな。これを1日で作ることになる。工兵にクロスボウを持たせればさらに敵に損害を与えられるだろう。騎兵は弓と槍を持たせたいところだ」
「カタパルト部隊はどれほどに?」
「2個小隊は必要だろう。爆弾は10個ずつ持たせたいところだ」
1度に16個の爆弾を飛ばすのか! 威力は劣っていても、数で勝負ができる。
そうなると、重装歩兵には短槍を持たせたいところだ。盾と槍を持つなら十分に壁になってくれるに違いない。
「やはり来て良かったぞ。このままこの策を使うところであった」
「優秀な幕僚がおられるでしょうから、直ぐに修正して貰えるでしょう。俺の危惧が全てでは無いと思ってください」
「それは彼らにも言っておこう。レオン殿はさらに考えがあるようだとな。この策はエクドラル王国軍に合わせるように作られているように思えるが、もし、レオン殿がこの策を用いるなら、どのような変化を行うのだ?」
「兵種に違いがありますし、戦力がそもそも違います。強いて言うなら、前線となる兵士の持つ装備ですね。重装歩兵を3段にするのではなく2段にして、後ろに銃兵を置きます。銃の威力は弓を凌ぎますし、飛距離は弓よりも長いです。水平撃ちをするなら1発で2体を倒すことも出来ます。左右にクロスボウ兵を配置するのは俺も考えました。違うとすれば射撃方向になります。左右のクロスボウ兵の陣よりも前方……、このような射線を維持します。これで銃の射線とクロスボウに射線がこのように交わりますから前線に到達する魔族をだいぶ減らすことができるでしょう」
「ここまでするのか……」
「エクドラル王国軍であればの話です。俺達の戦力ではこのような戦をすること自体不可能です」
「父上、レオン殿は爆弾だけで3種類を使い分けているほどです。尾根に柵を作っての戦とはいえ、10倍を超える魔族を押し返せるほどです。やはり爆弾は大きさを分けるべきだと考えます」
「フイフイ砲用とカタパルト用で2種類としているが?」
「矢に小型の爆弾を括り付けることも出来ます。西の尾根では、1個小隊が一斉に爆弾の付いた矢を放っておりました」
威力はさほどないんだけど、数が多ければそれなりに使える兵器だ。
そもそもオーガ対策なんだけど、敵が群れているとその中に打ち込んでみたくなるのは仕方が無いと思うんだけどねぇ……。
「ほう! 試してみても良さそうだ。側面奇襲の対策にもなるだろう。弓兵に5発も待たせれば良い。柵の内側に放ったならかなりの損害を出せるに違いない」
質より量ということだな。
それも正しい運用だろう。もっとも後装式の大砲が出来たなら数門を並べて交互に撃ちあえば1個小隊の重装歩兵でも十分に対応できるだろう。
とはいえ、尾栓の構造に頭を悩ませている最中だ。
後装式の大砲が完成したなら、前装式の大砲でブドウ弾を撃つということを教えてあげても良さそうだ。数門並べれば、かなり役立ってくれるに違いない。
「ところで話は変わりますけど、エクドラル王国軍には銃兵はいるのでしょうか?」
「大隊本部に1個小隊の銃兵がいる。だが次発装填に時間がかかる。威力自体は申し分ないのだが」
「あるということですね。それなら銃兵も左右の柵に張り付けるべきでしょう。かなり効果的ですよ」
「だが、装填に時間が掛かる。1発撃てば次に銃を使えるまでに時間が掛かるのが最大の欠点だな」
どの王国でも銃兵はかなり低い位地付けのようだ。
エニル達は三段構えで銃を使っていたけど、今は一斉射撃に変わっている。長銃の後装式ならではの事だ。
後装式の長銃を渡すことは出来ないが三段構えは教えても良いかもしれない。
ティーナさん達なら俺達の銃を見る機会はあるだろうが、仕組みを理解できるとは思えない。そのような銃があるということを報告するだろうけど、後装式の銃を他国で発案出来るだろうか?
精密加工技術が無ければ先ず無理だろうし、銃弾の形状の相違や銃身内部に溝を掘る理由も理解できないだろうな。
とはいえ、大砲の尾栓を何とか実用化できたなら、既存の大砲を進呈しよう。防衛戦では絶大な威力を発揮できるし、野戦でも役立つに違いない。それに……、少しは俺達の兵器の隠蔽に役立つだろう。




