E-019 やはり砦の動きが怪しい
雪だるまを作ったり、オーガ対策のバリスタを作ったりと結構忙しい冬だったが、春分を過ぎると少しずつ根雪が融けてきた。
そろそろ砦から食料を輸送して来るだろう。
一緒に来る商人達からどの程度武器が買えるか分からないが、砦からも矢ぐらいは運んできて欲しいところなんだけどなぁ……。
「いよいよ春ですね。レオン殿の考えでは新たな兵士を送ってくるという事でしたが?」
「今回、もしくは雪が無くなってからだろうな。次回に来なかったなら、その理由を確かめねば……」
「悪いことが起きていると?」
「ああ……。最悪の想定があるんだが、それは俺の胸に仕舞っておこう」
さすがに種族の根絶やしまでは行わないと思うんだが……。
砦周囲の雪が全て消え去った頃に、10台ほどの荷馬車の隊列がやって来た。見張りの話では、護衛だけで3個分隊を越えているとのことだ。やはり補充兵が一緒のようだな。
「レオン殿の言う通りになりましたね。でも荷車の数が多いように思えるんですが?」
「荷車3台は俺が買い込んだ。色々と使い道があるからね。この砦を作った時に荷物を運んだ荷車は全て持ち帰ってしまったろう?
今年の焚き木を集めるにも必要だと言って、商人に頼んでおいたんだ。さすがに砦に頼んだのでは渋るに違いないからね」
感心しているエルドさんに頼んで、砦からの輸送と警護をしてくれた兵士達にお茶を頼んでおく。やはりねぎらいは必要だろう。
兵士達は、商人を2時間程この砦に滞在させたところで,あわただしく砦に帰ってしまった。
不審な表情で皆が見送っていたけど、荷馬車数台の荷を運んできた商人達から色々と買い込めたからありがたいと思わないといけないだろう。
買物をしながら、世間話をした商人は隣国の商人だった。通行税を払えば商人の他国への立ち入りは比較的自由だから、商人達による王国間の取引はかなり活発なようだ。
「手伝いの少年を隣国に置いておかねばなりませんでしたよ。あの少年は関所で斡旋して頂いたのです」
「ところ変われば……、ということもあるんだろうね。とりあえず俺達にはどうでも良いことだけど、この国の硬貨でもだいじょうぶなのかい?」
「帰りに、この国の品を買いますから問題ありませんよ。それに教団が両替してくれますからね」
そういうことか……。教団は周辺王国の全てに神官を派遣している。東の方に総本山があると聞いたことがあるが、寄付金は全て総本山に届けられるに違いない。
各国から硬貨が集まるから、確かに両替は可能だろう。その両替もタダではないんだろうけどね。
「支払いは大銀貨になるが?」
「問題ありません。釣りは……」
「次におまけしてくれれば良いよ」
貴重な情報を貰ったんだ。それぐらいは安いものだと思うな。
「それは貰うわけにはいきません」と言ってお釣りを出してくれたんだが、銀貨10枚に満たなかった。
「次もよろしく」と商人は、自分の名と自分達の商う荷馬車の旗印を教えてくれた。
旗印といっても黄色のリボンを竿の先に結んだだけなんだけどね。だが、それでアレムと名乗った商人の荷車であることが分かるなら、役立つということかな。
荷車3台に積まれていたのは、替えの車輪が3つ。釘が2箱に短銃用のカートリッジが200。ライ麦の粉が5袋に香辛料と塩が1袋、スコップとツルハシそれにノコギリと斧が3つずつだからなぁ。野菜の種とジャガイモはおまけらしい。
短銃用のカートリッジは砦には内緒、ということで2割増しの値段だった。
「ナナちゃんは、お菓子を買えたのかい?」
「お菓子と飴玉、それに毛糸球を買ったにゃ!」
嬉しそうに魔法の袋から戦利品を取り出して披露してくれた。毛糸玉だけで5つもあるけど、何ができるのか楽しみだな。
次にお菓子が食べられるのは、かなり先になりそうだ。俺の袋にまだ飴玉が残っていたはずだから、後で渡してあげよう。
足早に砦を去る一団を見送ると、レイニーさんが小隊長達を指揮所に集めた。
昨年の話があるからなぁ。皆が真剣な表情でレイニーさんではなく、俺に視線を向けている。
「レオンの推測通り、新たな補充兵がやって来たわ。やはりここで私達に消耗戦を行わせる計画でしょうね。
レオンの話では、今年の秋にはまた違ったことが起きるということだから、私達はカタツムリのように砦に閉じこもりましょう。
新たな指示も無いということは、この砦にいれば命令違反に問われることはないわ」
「矢が届きましたが、新品ではなく戦場で回収した品です。受け取った600本の内、半数は使い物になりません。食料はまともですが、秋まで持つかどうかですね」
荷の確認をしたエルドさんが呆れた表情で話してくれた。
これも想定の内だ。
だけど少しは改善できる。
「川岸の辺りは結構良い土だから、種を蒔いてみようかと思ってる。カボチャと豆の種にジャガイモを手に入れたぞ。試してくれないか?」
皆が唖然とした表情で俺を見ている。
自分達で畑を作ろうなんて考えもしなかったんだろうか?
「私がやってみます。実家は小作農でしたから……」
壁際で待機していた女性副官が、ベンチから立ち上がって手を伸ばしてきたので、種の入った袋を渡した。ちゃんと実れば、少しは腹の足しになるに違いない。
「矢の方は、選別して欲しい。使えない矢でも他の矢と使える部分を融通することで、少しは使える矢を増やせるかもしれない。
たぶん、これ以上砦からは送ってこないだろう。今ある物を有効に使うことで、何とかしなければならない。それで、今回の補充兵は?」
「軽装歩兵が15名、弓兵が12名です。軍属の小母さんが2人。全て獣人です」
確定した感じだ。
やはり選民思想がこの王国で大きく動き始めたようだ。
場合によってはジェノサイトが起こりかねない。
直ぐにでも動きたいが、そんなことをしたら反乱軍の汚名を着せられて全員が殺されかねない。
やはり時を待つしかなさそうだ。
魔族も今年は動き出すに違いない。先ずは魔族の襲撃をいかに乗り越えるかを考えるべきかもしれないな。
「そのまま分隊として、既存の小隊に組み込みます。ヴァイスさんとダレルさん、良いですね?
次に南の砦の動きは怪しくはあるけど、私達は王国の兵士だ。指示書は有効だから、先ずは魔族を考えないといけない。
南の砦と違って砦が小さいから、それだけ密な防衛ができるはずだ。部隊配置は今まで通りだけど、小隊によっては分隊が増えている。再度配置場所を見て戦いやすいように工夫してして欲しい。以上だ」
何時ものように数人が指揮所に残る。今日はナナちゃんも残ってくれたようだ。リットンさんと一緒に俺達のお茶を準備している。
「それにしても……」
「溜息を吐くと、幸せが一緒に逃げると言われてますよ。色々ありましたけど、戦力は1個小隊ほど当初より増えてます。少しは楽になったと思わないといけません」
「確かに増えてはいます。でも、騎兵も重装歩兵もいない状況です」
「先ほどのレイニーさんの話を思い出してください。この砦で戦う……。騎兵も重装歩兵も邪魔でしかありません。オーガの前には重装歩兵も軽装歩兵もありませんよ。棍棒の一振りを受けたら、楽にあの世に行けるでしょう」
「それで、足止めに色々と作ったのか……。敵が止まれば攻撃は容易だからな」
「銃兵も15人増えましたからね。正門に配置します。もちろん指揮は俺が取るつもりです」
「さすがに足りんでしょう。俺の部隊も正門で良いんじゃないですか?」
そう言ってくれたは、エルドさんだった。
軽装歩兵だけで4個分隊だからなぁ。かなり役立ってくれるに違いない。
「ありがとうございます。これでかなり楽になります。後ほど2人で作戦を考えたいんですが?」
「いつでも良いですよ。一番の激戦区ですからね」
軽装歩兵の武器は片手剣に丸い盾、それに自分の身長より少し長い槍だ。
槍は投げる時だってあるし、軽い革鎧を着ているだけだから結構素早く動ける連中ばかりだ。
ドワーフの爺さんに頼んでいた物は出来ただろうか?
あれとバリスタがあればオーガ対策は万全だろう。
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指揮所の屋根は監視所になっている。砦で一番高い場所だ。
10m四方の監視所は四方を壁にして、丸太1本分の横長の監視窓が設けられている。いざとなればこの窓を狭間にして矢を射ることも可能だ。
周辺監視は常に1個分隊で行っているが、この監視所が監視担当の拠点にもなっているから、常時数人が滞在している。
監視所へのハシゴを上ると、3人が北と東を眺めていた。3つあるベンチの2つに寝ている兵士がいるけど、交代で休んでいるなら問題はない。それだけ緊張を強いる場所でもあるからだ。
「状況は?」
「格段の変化はありませんが、今朝方北東で煙が見えましたので、そちらに注意を向けています」
「規模は?」
「小さなものです。最初は朝靄だと思ったぐらいですから」
テーブルを挟んだベンチに腰を下ろすと、分隊長が向かい側のベンチに腰を下ろして思い出すように答えてくれた。
「敵の斥候かもしれない。直ぐにやって来るとは思えないな。だが姿を見せたら知らせてくれよ」
「副官殿は、どの程度を想定しているのでしょうか?」
初めて見る顔だけど、くたびれた革鎧を見ると何度か戦闘を経験した兵士に違いない。
その時になって驚かぬようにとのことかな?
「俺が南の砦に着任して直ぐの戦闘時にはおよそ50個小隊だった。その後は全くと言っていいほど魔族の襲撃が無かったんだが、襲ってくるなら50個小隊を下回ることは無いと思っている」
「やはりそうなるんでしょうね。砦の戦力は1個中隊半……。苦戦は免れませんね」
「だが小さな砦は、それなりに守り易いことも確かだ。周辺に色々と仕掛けたから、攻撃方向も誘導できそうだよ。上手く運べば被害をかなり軽減できるはずだ」
「しっかり頼むよ!」と言葉を掛けて、監視所を後にする。
次は俺の直轄部隊だ。
ダレルさんに槍の苦手な連中を1個分隊貸して欲しいと言ったら、やってきたのが全員が女性だというんだから困ったものだ。
レイニーさんとの話が済んでいるらしく、そのまま俺の直轄部隊となってしまった。
短銃の操作を覚えて貰ったから、25人の銃兵になった。1班を8人として、銃兵隊長を1人任命することで俺がいなくとも統率ができるようにする。銃兵部隊の隊長は、キツネ族のエニルさんだ。ヴァイスさんと同じ年代らしいけど、一緒にいるとエニルさんの方が落ち着いた感じだから姉さんのように思えるんだよね。
これで後方支援体制はかなり充実した感じになったな。
広場では、エルドさんが軽装歩兵の訓練をしていた。2列2段の槍衾は見ていても壮観だ。
エルドさんを見付けて手を上げると、直ぐに走ってきた。
数日前に新兵器の試射をしてから、表情がかなり明るくなっている。
ヴァイスさん並の前向きな考えを持ってくれれば良いんだけど、どちらかというと落ち着いた性格のようだ。
「移動は何とかなりそうかい?」
「さすがは、元軽装歩兵ですね。1門5人で動かすなら問題はありません。それに使うのはこの広場でしょう?」
「正門位置で使いたい。盾の準備は?」
「床板用の木材を2枚張り合わせた品が10枚できました。正門から広場に15mほどの場所に杭を入れる穴も既に掘ってあります。後は丸太を埋めて丸太を並べるだけです」
最初に構想を話したらエルドさんが目を丸くしてた。
それでも、直ぐに色々と変更点を指摘してくれたから、この考えで間違いは無さそうだ。
「砦の中に砦を作るようなものだ」と言っていたけど、魔族相手にしか使えないだろう。
この計画の大きな弱点は、火に弱いという一言に尽きる。
もっとも、この砦自体が丸太を並べた塀で覆っているからなぁ。魔族は余り火矢を使わないのがありがたいところだ。
十数話を用意して投稿を開始しましたが、1日2度の投稿はかなり苦労しています。他の物語が停滞しないように、本日から1日1投稿にさせていただきます。引き続き物語を楽しんでいただければ幸いです。




