E-188 尾根の見張り台からの知らせ
新たな工房を立ち上げる連中への陶器作りを、彼らと一緒に仕事をすることで教えて貰えることになった。
もう少しで次の窯を焚くことになるらしいから、それが終わったところで始めれば良い。
明日からでも自由に見て欲しいとは言ってくれたけど、工房内の配置を考える上では必要かもしれないな。
「俺達の中から2人程ですか……」
「2回ほど窯を焚けば、要領が分かると思うんだ。いくらここで学んでも、やはり自分達だけとなると心配になってくるだろうからね。俺達も最初のころは出来が良くなかったからなぁ」
「半分近くが割れてしまいましたね。今では1割程度までに下がってきましたが、案外窯の性質なんじゃないかと思ったりもしています。手伝いを出すのは問題は無いですが、長くて半年ということですね。それと、最初の窯で出来た陶器は半分程度になるかもしれませんよ」
「十分だ。ここと同じで少しずつ不良品を減らして行けるだろう。それに陶器窯は2つ作るんだ。常に1つの窯が焚かれる状態になるんじゃないかな?」
さすがにそこまでは無理かもしれないけど、それに近い稼働が期待できそうだ。
少年達の話では、窯を3つ作ればそれも可能だと言ってくれた。『仕込み』、『焚き上げ』、『取り出し』の状態を次々に変えていくということなんだが、そうなると、陶器工房の窯を3つ作っておいた方が良いのかもしれない。少なくとももう1つ窯を作れる場所を確保しておくことは出来そうだ。
「それで俺達は、この工房で何を?」
「『磁器』という代物だ。陶器とガラスの中間的な品になるのかな? 材料は粘土というよりも鉱石になるのかな? 俺も良く知らないんだ。だが、そんな代物があることはたくさん読んだ本の中のどこかの本に書かれていたんだ」
「作れるでしょうか?」
「だからこそ君達に託したい。陶器をここまで完成させたんだからね。それと、面白いことを教えてあげようか。同じ大きさの四角い陶器の板を沢山作って、それを使って絵を描くことができるんだよ。今まで色んな色の釉薬を見付けたろう? まだ赤が完成していないけど、それも時間の問題だ。積み木を重ねるような感じで壁に貼り付けて行けば絵が完成するぞ」
「小さな陶器の板ですね……。でも壁に飾ることは出来そうにないですね。かなり重くなりそうです」
「祠の外壁で試してみたらどうかな? 石壁だからそのまま貼り付けても問題ないだろう。でも、事前にフレーンさんとマクランさんの許可を取らないと駄目だぞ!」
「皆が御参りしてますからね。ちゃんと断ってから行います。そうすると……、こんな感じのモザイク画が出来るんですね?」
サササァ~と、メモに簡単なモザイク画を描いている。
ある程度の絵心はあるみたいだな。どんな絵柄になるか分かるように簡単なスケッチを見せた方がフレーンさん達にもよくわかるだろう。
その辺りは、彼らの交渉能力も試されそうだな。
「それじゃあ、この辺りで失礼するよ。皆が作った陶器を貴族館のリビングに飾っていたよ。一般品はこれから作る工房で作っても良さそうだけど、さらに綺麗な絵を描くのは、これからもここで作っていきたいところだね」
「試作品と一緒に焼きますから数は出ませんけど、これからも頑張っていきます!」
工房を出たところで、新たな工房の建設予定地に向かった。
1個小隊程のエルドさんの部隊が長屋を取り壊している最中だ。3日もあれば解体は終わるだろう。その後は平らな土地を広くしないといけないな。
まだ橋はそのままだけど、何時頃建てるんだろうか?
本格的な工事が始まる前には何とかしないといけないだろうな。
「様子を見に来たんですか?」
屋根の上からエルドさんが声を掛けてきた。直ぐに下りて来て俺の傍にやって来る。
どこからか見付けてきたベンチに座ると、パイプに火を点ける。
「始めましたね。陶器工房に寄ってきた帰りなんです」
「向こう見気が気じゃないでしょうね。何といっても同じ陶器工房ですからねぇ」
「誤解は解いてきましたよ。ついでに新たな陶器工房の連中に作り方を教えて貰えるよう頼んできました」
「窯が2つですからねぇ。大量に出来るに違いなんですが……」
「3つ作った方が良いと言われましたよ。それなら次々と生産できると教えてくれました」
窯が3つと聞いて、エルドさんが解体中の長屋に視線を向ける。
「長屋3棟では足りないかもしれませんね。当初は2つ、小母さん連中が慣れて来たら3つということになるんでしょう。エディン殿だけでは製品を運べないかもしれませんよ」
「それが問題ですね……。今は季節毎に来て貰っていますが、場合によっては月毎に運んで貰わないと大きな倉庫が必要になってしまいそうです」
そうだよなぁ。工房だけで陶器が出来るわけでは無い。材料倉庫もいるだろうし、完成品を保管する倉庫も必要だ。
「長屋を1つ倉庫に残そうと思ってましたが、それほど作るとなると材料倉庫になってしまいそうですねぇ。完成品の倉庫は広場近くに作りましょう。東の広場なら広い土地が余ってますよ」
「済みませんが、よろしくお願いします」
「それぐらいならお安い御用です。将来はガラスも扱うことになりますから少し豪華に作ってみますか」
エルドさんは軽装歩兵なんだけど、何時の間にか工兵になってしまってるんだよなぁ。兵隊を辞めても大工で食べていけるんじゃないか?
「済みませんが、よろしくお願いします」
感謝しかできないから、再び頭を下げることになった。
今では小父さんになってしまったけど、砦時代は良い兄貴的案存在だったからなぁ。色々と知識を持ってはいるが、肝心なところが抜けている困った弟分ぐらいに思ってくれているのかもしれない。
こんな関係がいつまでも続くと良いんだけど……。
「おや? あの鉢巻きは伝令じゃないですか!」
エルドさんの言葉を聞いて、エルドさんの視線の先に顔を向ける。
確かに伝令だ。急いでいるところを見ると、何かあったのだろうか?
俺達のところに走り込んでくると、息を調えながら取って付けたような騎士の礼を取る。軽く右腕で胸を叩いて略式の答礼をすると、伝令が靴を開いた。
「西の見張り台からの連絡が入りました。西に煙がいくつも上がっているとのことです!」
「了解した。直ぐに指揮所に向かう。……エルドさん一緒に行きますか?」
「いや、レオン殿だけで十分でしょう。煙だけということですからまだ魔族を見てはいないはずです」
ちょっと考えて。エルドさんが答えてくれた。
確かにそうだな。どれ、指揮所に行くか。魔族と戦をするにしても、直にというわけでもなさそうだ。
エルドさんに小さく頭を下げると、伝令の少年と共に指揮所へと向かった。
指揮所に入ると、レイニーさん以外にヴァイスさんとエクドラさん、それにティーナさんがテーブルを囲んでいる。この顔ぶれだと、偶々何かの相談をしていた感じだな。
テーブルに広げてある地図を皆でジッと眺めている。
「西に煙が見えたと聞きましたが?」
「来てくれましたね。見張り台から『西北西方向に煙が見える。数は1つ以上』とのことです。だいぶ離れているようですから、焚火の規模は不明です」
「となると、正確な方向が欲しいですね。方位角を確認しましょう。トレムさん達の監視所にも方位角の確認をして貰います」
メモを書いて、直ぐに伝令の少年に託した。楼門の腕木信号台から見張り台に連絡すればトレムさんのところにも連絡が届くはずだ。
「先ほどの連絡だけではダメなのか?」
「もう少し情報が欲しいですね。1つ先の尾根なら急いで部隊を集めないといけませんけど、あえて方角と煙の存在だけなら状況確認だけで済みそうです」
西の尾根はほぼ直線状に南北に連なっている。トレムさん達の監視所があるのは一番北だし、見張り台は一番南だ。その間の距離はおよそ2ケム程なんだが、2つの位置で煙の方位角を調べれば西の尾根からの距離を簡単な図形を描くことで可能になる。
お茶を飲みながらパイプを楽しんでいると、伝令の少年が指揮所に入ってきた。
騎士の礼を取ると、直ぐにメモを見ながら報告してくれる。
「報告します。西の煙は、南の見張り台から約15度方向、北の監視所から約275度方向です。煙の数は変わらないとの事です」
「ご苦労。そこで待っていてくれないか」
角度が分かったところで、メモ用紙に定規で直線を引き、2ケムの位置に印をつける。
2つの角度の直線を引き、交わった場所が煙の位置になる。
定規でその距離を確認すると、およそ6.5ケム先になる。尾根3つ分は離れているんじゃないか。
「西の尾根から6.5ケム西だな。南の見張り台からエクドラルの砦に、『西北西約6.5ケムに煙が見える』と連絡してくれ。砦は西の尾根の先端よりも少し西にあるからね。場合によっては襲撃されないとも限らない」
「了解です。直ぐに伝えます!」
伝令が指揮所を出ていくのを待っていたかのように、ティーナさんが俺に顔を向ける。
「角度だけで距離が分かるのか?」
「案外簡単なんです。でも2か所で諮らないといけないんですよ……」
テーブルに広げた地図を使って、2つの位置で煙が見えた方向を文土器を使って直線を引く。
「この直線が交差した場所が、煙の上がった位置になります。レンジャー達の監視所と南に作った見張り台の位置はおおよそ2ケム程ですから、角度が分かれば位置を特定できるんですよ」
地図の上で何度もやることは出来ないから、メモ用紙を用意して別に描けば済むことだ。
でも、そんな方法で距離を知ろうなんて考えないのかな?
図上演習を繰り返せばそれぐらいは出来るようになると思うんだけどなぁ。
「南の見張り台の真南に砦を作ったわけでは無いからなぁ。およそ3ケム程西になるはずだ。となると、真っ直ぐ南下したなら、砦の見張り台で見逃す可能性もある。レオン殿感謝するぞ。たぶん偵察部隊を何組か西に出すに違いない。連絡が無ければ1日1回の周辺偵察だけだろう。魔族の大軍を街道近くまで南下するのを見逃してしまいかねないところだった」
1日1回は少ない気もするなぁ……。俺達を旧王都から護衛してくれたイヌ族の偵察部隊が砦にもいるに違いない。ボニールに乗っての偵察なら、魔族を発見しても逃げるのは容易だろう。
砦の指揮官は迎撃に出るんだろうか?
旧王都に伝令を走らせても、間に合いそうも無いからなぁ。
それでも、進行方向の町や村に伝令を出して避難準備をさせるぐらいは出来そうだな。




