E-187 工房には食堂もセットで
マクランさんから紹介して貰った住民は、トラ族の小母さんが2人とイヌ族の小母さんが3人、元気なネコ族の男女の若者が6人の都合11人だった。
男性がネコ族の若者4人と言うのが少し問題かもしれないけど、先ずは工房作りからだからね。工房を動かす時には必要な人数を斡旋するとマクランさんが言ってくれた。
ドワーフ族の小母さんが3人加わるから、全部で14人になるな。
先ずは工房の敷地と建物の大きさを決めようと、皆で出掛けることにした。
指揮所の前の広場をから北に向かう通りを進み、100ユーデほど歩くと十字路にぶつかる。まっすぐ北に進めば弓の練習場に向かうし、東に進めばマーベル共和国唯一の礼拝所がある。
俺達は西に向かって歩いていくと、やがて右手に水路が現われてきた。
このところ雨が降らないんだが、水路には勢いよく水が流れていく。
水路はこのまま通りに沿って西に流れ行き、かつての西門を過ぎた辺りで南に向かうのだ。
「だいぶブドウが育ってきましたね。ブドウの収穫がたのしみです」
「半分以上はワインになってしまうんだよねぇ。あまりみんなに分けられないのをレイニーさんが悩んでいましたよ」
小母さんと小さな実を付け始めたブドウ畑を眺めながら歩いていく。
まだまだ拡張するような話をしていたけど、工房作りでそれが頓挫しないことを祈るばかりだ。
十字路を300ユーデほど進んだところで、長屋がいくつも見えてきた。
この辺りは初期の避難者を受け入れるために、大急ぎで作った長屋ばかりだな。
少し雑に見えるのは、当時はとりあえず大量に住居を作ることを優先したからだ。
今ではもっとましな長屋を作れるようになったから、この辺りの長屋はそれほど遠くない時期に撤去されるに違いない。
「あの長屋じゃよ。3軒並んでおるし、長屋の裏手の斜面も緩やかじゃ。ブドウ畑が迫っておるが、この場所までは50ユーではあるからのう」
ドワーフの小母さんが足を止めて、後ろを歩いてきた俺達に教えてくれた。
確かに悪くない立地だ。
住民外からは適度に離れているし、長屋の直ぐ目の前に用水路があるからね。
陶器釜もガラス溶融炉も高温になるから煙突からの火の粉が心配だけど、雑木林からはかなり距離があるのも良い感じだ。
将来はこの通りを挟んで南側に工房で働く人たちの長屋も作れるんじゃないかな?
「良い場所ですね。マクランさんやガラハウさんもこの場所なら問題ないと言ってくれました。武器庫にしようという話もあったらしいんですが、それは何とかしてもらいます」
「ここに作るのかにゃ? 食堂からかなり離れてるにゃ」
若い娘さんとしては、そっちが大事なんだろうな。
思わず小母さん達が苦笑いを浮かべる。
「工房作りはこの人数では足りないでしょう。南の長屋にも住民がいないようですから、3つほど借り受けて食堂と休憩所を作れば良いでしょう。その辺りの事は今夜にでもエクドラさんと交渉してみます」
長屋の撤去と造成工事その後の工房建築を考えると、常時数十人がこの場所で働くことになるだろう。
その後の工房稼働時には100人近い作業員がこの場所で働くことになる。
調理場用の長屋と食堂兼用の休憩所2つは、そのまま使うことになりそうだ。
「先ずは橋からじゃな。丸太3本の橋ではその内に用水路に落ちる者が出るじゃろう」
幅が1ユーでもない橋が、横幅1ユーデ半の用水路に掛かっている。
確かに危ないな。石橋を作って貰おうか。横幅はボニールの曳く荷車が渡れるぐらいは必要だろう。
皆で橋を渡って、用意した目印付きのロープを使って建築予定地に杭を打った。
横幅50ユーデ、奥行きが30ユーデの敷地になる。西にも同じ広さに杭を打って2つの工房予定地を確定する。
長屋3つ分ではなく6つ分になってしまったが、場合によっては規模の拡大も考えないといけないからなあ。
「解体が終わったところで地面を平らにしないといけません。奥が少し坂になっていますからね」
「水車作りは初めても良さそうじゃな。ワシ等で作るが、幾つ作ればよいじゃろう?」
ガラス工房では送風機用と回転砥石用の2つは必要だろうな。陶器工房もロクロを回すには水車を使った方が楽に行えそうだ。
「当座は4つで良いと思いますが予備は必要でしょう。この用水路に水車を設置できそうですか?」
「直径2ユーデ半ほどになるじゃろう。2連水車が2つじゃな? 予備も含めてなら来春には設置できそうじゃ」
来春と聞いて、思わず天を仰いだ……。
冬は用水路が使えないんじゃないか? 氷が張るのは確実だろう。これはかなり問題かもしれないぞ。
空いている長屋に入って、明日以降の予定を皆で話し合う。
ドワーフの小母さん達は10日程水車作りをするそうだ。おおよその構造が出来たところで若者に引き継ぐらしい。
残った俺達はエルドさん達が行う長屋の解体の手伝いと、通りを挟んだ反対側にある長屋3つを使って食堂と調理場を作ることにした。
陶器づくりは早くとも来春だし、ガラス工房はさらに先になりそうだな。
「ワシ等の工房よりもだいぶ離れているから、年寄連中に文句も言われんじゃろう。好きなだけ細工に励めそうじゃ」
「エクドラ小母さんの食堂で働きたい女の子はたくさんいるにゃ。ここも小母さんの名前を出すならすぐに集まるはずにゃ」
エクドラさんの料理は美味しいからねぇ……。でも、働き口としての人気も高いということは初耳だな。
それを考えると、隠れた人気職種も色々とありそうに思えてきたぞ。
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その夜。いつものメンバーが指揮所にやってきてワインを傾ける。
いつもなら雑談が主なんだが、今夜は新たな工房作りの話で盛り上がっている。
「明日から長屋の解体ということですね。了解です。材木は工房に使いますから、焚き木には出来ませんよ」
「少しは丸太を運んで来んかい。長屋3軒を潰して工房を作るんじゃから、太い柱は6本以上必要じゃ。それに見合う梁もじゃぞ」
「工房が2つなら、今の倍ということだな。我等が運んでこよう。南の森の西はまだ太い立ち木が多いからな」
「婆さん連中が水車を作ろうと話していたな。松を10本ほど運んでくれんか。水車は松材に限るからな」
ガラハウさんの注文に、トラ族のガイネルさんが頷いている。
木材はガイネルさんの担当だったな。
「新たな食堂については、了解しました。そうなるとテーブルとベンチも欲しくなりますね。廃材で作れますか?」
「廃材っていうのも問題だな。木工所の連中に作って貰おう。テーブルだけで十分だ。ベンチぐらいは俺達で作れるはずだ」
ベンチは廃材で作るらしい。その担当はエルドさん達だけど、結構範囲が広くなりそうだ。長屋を食堂と調理場に改造しないといけないからなぁ。
「それぐらいは、将来の工房を担う連中にさせたいですけど?」
「なあに……、それぐらいは俺達がやりますよ。レオン殿達は中に色々と備えないといけないでしょうし、長く使うんですからね。ちょっとした配置の差が、仕事の容易さを左右するとガラハウ殿が良く言ってますよ」
エルドさんの言う通りかもしれない。となると、今の陶器工房を訪ねて若い職人たちの意見を聞いた方が良いかもしれないな。
それに、新たな陶器工房にも何人か出して貰いたいし、現在の陶器工房は陶器の研究所として位置付けていくことをきちんと説明しておいた方が良いだろう。
目指すのは、磁器という代物だ。陶器よりもさらに高温で焼かれる代物らしいが、叩くと金属音がするらしい。
そんな代物が出来るとは思えないんだが、釉薬や変わった陶器の試作を当面はやっていけば良さそうだ。
「その後は無いんでしょう?」
冗談半分の口調でレイニーさんが問い掛けてきた。
「一応、考えはあるんですが……。まだ、先になるでしょうね」
「あるのか! まったくレオンの知識は底なしじゃな。それで?」
ガラハウさんがワインのカップをテーブルにコトリと置いて俺に顔を向ける。
次はワシの番じゃ! なんて考えているようだけど、どちらかと言うと開拓民の収入向上を図る者になるんだけどなぁ。
「布を織れば、それなりの収入になるのではと考えています。綿花の栽培と、製糸に染色、最後は機織りですね。大金を稼ぐということにはならないでしょうが、開拓民の貴重な現金収入になるのではないかと……」
「レオンらしい考えじゃな。確かにそれほどの収入にはならんじゃろうが、開拓地の収穫はそれほど多くは無いからのう。機ならワシが作れるが……、木工職人達に教えてやるか!」
「俺も木皿は作れるが、さすがに機は作れんなぁ。専業の木工職人が何人かいるはずだ」
明日にでも作り始めかねないな。
とはいえ、撃てば響くというのはこんな関係なんだろう。
一緒に苦労してきたからね。開拓民と俺達兵士の垣根はあまりないんじゃないか。
「さすがに、明日から作ろうなんて相談しないでくださいよ。綿花栽培は大きな畑が必要です。今はまだ穀物を購入しているんですから、それが無くなってからになります」
「まあ、そうじゃなぁ……。ワシ等のワインも購入しておるからのう。先ずは自分達が食べる文の食料が自給できるようになってからということじゃな」
「いやいや、布を織って得たお金で食料が購入できるなら、それでも良さそうに思えるんですけどねぇ。綿花畑を一気に作るのではなく小さな畑から初めても良いんじゃないですか?」
確かにそれも一理あるな。
そんなことで、マクランさんがエクドラさんと計画を作ることになってしまった。
機織りをしたご婦人もいるらしく、機織り教室が出来そうだな。
開拓民家のご婦人の仕事として定着すれば良いんだけどね。
翌日。朝食を終えたところでナナちゃんと一緒に陶器工房へと出掛ける。
最初は伝令の少年達と同じ年頃の少女たち10人程で始めたんだが、手先の器用な小母さんが2人加わっている。
窯を焚く時にはさらに10人ほどが加わるらしい。
工房を訪ねると、ロクロを止めて俺達を迎えてくれた。
今ではマーベル共和国の貴重現金収入を担っているからだろう、彼らの顔は自信に満ちている。
ネコ族の女の子からカップを受け取り、近くのベンチに腰を下ろす。直ぐに周りにベンチを並べたところを見ると、俺の急な訪問が気になるのだろう。
「旧王都に出掛けて、陶器がかなり人気が高いことが分かった。行く先々で陶器の増産を求められたよ。それならと陶器を増産することにしたんだが……」
陶器の大量生産を行う工房を作ると言ったら、結構驚いている。
ちょっと沈んだ顔になったのは、自分達の仕事が終わってしまうと考えたのかな?
「この工房はちゃんと残すよ。次の陶器というか陶器よりも高価な品を作るための研究を続けて欲しいんだ。釉薬の色もまだまだだしね。そんな試行錯誤をするための工房にここを変えたいんだが……」
皆の顔を一斉に俺に向けられた。
陶器工房の名を遺すだけではなく、さらなる製品開発に関われるのが嬉しいのだろう。
「「やります!!」」
一斉に声が出た。
笑みを浮かべて頷くと、これからの話を詳しく説明する。
今日は工房が休みになりそうだ。
それぐらい皆が真剣に聞いてくれるし、鋭い質問も出てくるのは自分達の仕事に自信を持って取り組んでいたからに違いない。




