E-186 工房作りは場所選びから
「レオンさんは、ここにおるんかいの?」
指揮所に入ってくるなり、ドワーフ族の3人の1人が俺達に声を掛けてきた。
思わずレイニーさんが目を丸くして3人を見てるんだけど、ガラハウさんから話を聞いたのかな?
「俺がレオンです。ガラハウさんに手伝ってくれと頼んだのですが、その件ですか?」
「面白そうなことを始めると言っておったよ。私等は鍛冶場では下働きしかさせて貰えんからのう。新しい工房なら自分達で好きに出来るじゃろう」
ドワーフの工房は男尊女卑なのかな? その辺りは種族の古くからの習わしもあるから、俺が文句を言ってもどうしようもないところだ。
だけど新たな工房なら、ドワーフ族のご婦人だけでも問題は無いらしい。
「果たして出来るかどうかも分からないところがあるんですが、それでも手伝って頂けますか?」
「どんなものを使って、どうすれば良いかを教えてくれるなら、後はワシ等が頑張ればええ。じゃが、3人ではちょっと心元ないのう……」
「若い連中を使ってください。すでに陶器作りをしている連中もいますけど、マクランさんに10人程、手伝いを頼んでいます。足りなければさらに追加できると言ってくれました」
3人のご婦人はエルデ、ラザムそれにオルコンと名乗ってくれた。
10人いれば何とかなると言ってくれたんだが、先ずは工房の場所を決めないといけないだろう。
「ガラハウさんが、水車が使える場所が良いだろうと言ってくれたんですが……」
「なら用水路近くで良いんじゃないかい。マクランさんが灌漑用に整備している用水路なら水量も豊富じゃからのう」
となると……、西ってことだな。しかも山沿いの斜面ってことになりそうだ。ブドウ畑を上手く避けて作らないと、ガラハウさんに怒られそうだからなぁ。ここは場所の選定を含めてご婦人方にお任せしよう。
「ところでどんな工房になるじゃろう?」
「こんな感じが良いと思ってるんですが……」
メモを見せて、ガラスを溶かす炉とガラスの加工場を見せると、うんうんと頷いている。これで分かったのかな? 一応はガラス工房の間取りを参考にしてはいるんだが……。
「この流しは何じゃい?」
「水を流しながらガラスを削るんです。回転砥石の機械と交換する砥石は購入してきました。2台設置して、削れるか試したいところです」
「ガラスを切るんじゃなくて、削るんかい? あんたも面白いことを考えるのう」
炉については特に質問が無いんだよなぁ。さすがはドワーフ族だけあってガラスを溶かす炉についても造詣があるようだ。
だけど溶かすまで温度を上げるのは炭ではなく、蒸し焼きにした石炭なんだけどね。
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その夜に指揮所に集まった中にマクランさんがいた。
雑談を終えた頃を見計らって、工房で働く住民の紹介をお願いしてみた。
「新たな働き口ということですね? 多分喜んでくれますよ。それで何人程になるのでしょう。数人で足りますかな?」
「陶器の需要がかなり高いんです。それで生産量を増やすべく新たな陶器工房を作りたいと考えてます。今の工房は少年達に任せて今後とも陶器の試作を続け、新たな陶器工房は窯を大きくして2つ作ります。陶器工房だけで新たに20人以上に雇用することになりそうです。次にガラス工房なんですが、これは試験規模で始めたいと思っています。とはいえガラハウさんによると、ガラスの溶融炉をある程度大きく作らないと均一なガラスが出来ないということですから、将来の生産を見込んで工房自体は大きく作ろうと考えています。ドワーフ族のご婦人が参加してくれますから、当初は10人程で十分かと……。でも状況次第では倍にしたいところです」
新たな2つの工房は30人程で始めるということになる。
少し人数が多すぎるかな?
「住民達と相談しましょう。時期は今年の収穫後でよろしいですかな? 工房が2つということですから、数人ずつであれば数日のうちに何とかしますが?」
「先ずは場所を決めて、工房の建屋を作ることになりますから、それで手配をお願いします」
「建築ということになれば、我等の出番ということですな? 早めに場所を決めてくれれば秋の終わりには建築を終えますよ」
エルドさんの中隊は、工兵部隊に思えてきたな。
とはいえありがたい申し出だ。砂鉄採取もあるから結構難しい部隊展開をしないといけないだろう。
木材の切り出しと運搬に工房建設場所の整地作業……、次々と役割分担が決まっていく。
リットンさんが黒板に作業分担と工程を書いていくから、たちまち新たな工房の建設工程が出来上がってしまった。
「それでは、これで良いですね? 先ずは10日以内に、工房の建設場所を確定すること。そのために5日後の朝食後に、工房の中心人物となる人材をこの指揮所に集めることから始めます」
レイニーさんが最後をまとめてくれた。
工程表によれば、ガラスの溶融炉に火を入れるのは来春になりそうだな。その前にガラスの切削加工については、持ち帰ったガラスのカップで試すことができるだろう。
「エルドさん達が行っている砂金の採取量がかなり減っています。場所を移動することで、もうしばらくは採取できるでしょう。でも10年先は年間で金貨1枚にも満たない量になるでしょう。今の内に砂金に変わる品を見付けるか、作るかを考えねばなりません」
「上手く行けばさらに工房を大きくすることになりそうね。人がたくさん集まって来るわ」
珍しく指揮所に顔を出したエミールさんが、リットンさんと顔を見合わせて話している。
それがもう1つの課題でもあるんだよなぁ。
獣人族のレンジャー達も出入りしているけど、ある意味レンジャーギルドが身元保証をしているようなものだ。それ以外となれば、やってくるとするなら商人達なんだろう。商人達の護衛はレンジャーだけとは限らない。
とはいえ、何時までも交易をエディンさん達だけに限るというのも考えてしまう。
秋分にやって来た時に、その辺りの対応方法を相談してみるか。
翌日。午前中の指揮所は俺1人だ。レイニーさんは西の楼門に出掛けている。
毎日1つ見ているらしいけど、今日は少し遠いんじゃないか? ボニールに乗る訓練にもなると言っていたけど、帰りは昼過ぎになってしまいそうだ。
ナナちゃんは子供達と一緒に、養魚池の掃除をしている。水遊びを兼ねているはずだから、びしょ濡れで帰ってきそうだな。
俺も付いていくはずだったんだが、ティーナさんが同行してくれるらしい。
それほど深い池ではないが、やはり大人がいると安心できる。
そんなことだから、今日は後装式の大砲について考えている。
前装式よりも装填が早いはずだし、大砲を後ろに下げなくとも砲弾を装填できるから、敵の攻撃に背を向けることも無い。
だが、銃のように、ボルト操作で砲身の後部を塞ぐというのは少し無理がありそうだ。
中途半端な栓をすると、装薬の爆発でボルトが自分達に向かって飛んで来ないとも限らない。
ネジを切って後栓を閉じる方法では、後栓の開閉に時間が掛かってしまいそうだ……。
中々良いアイデアが浮かばないな。
お茶でも飲もうかと、暖炉傍のポットを取ろうとした時だった。
クモが巣を作ろうとして天井から糸でぶら下がっているのを見付けた。
指先でツンツンと突くと、ジッとして動かない。ゆっくりと前後に揺れているんだが……。
この揺れの時間は一定なんじゃないか?
少し振幅を大きくさせたところで、脈拍を使って振幅を測る。
揺れが小さくなっても、振幅の時間は一定のようだ。
これ……、使えるんじゃないか?
テーブルに戻って絵を描く。
吊り下げた振り子の振幅で爪を動かし歯車を回転させる。減速歯車を幾つか介して、時間と分を表示できそうだ。
問題は、やがて振幅が止まってしまうことだ。
振幅を継続させるための工夫が必要ってことだな。
これはもう少し考えねばなるまい。今回は手がかりを得たということで満足しておこう。
少し先が見えたから、お茶がいつもより美味しく思える。
旧王都で手に入れた魔道具を取り出し、パイプに火を点ける。
目を閉じてパイプの煙を味わっていると、指揮所の扉が小さく叩かれた。
はて……、今日は誰か来る予定だったかな?
直ぐに扉が開かれ、3人のドワーフ族の小母さんが入ってきた。
とりあえず席に座って貰い、お茶のカップを渡す。
「場所を見付けたぞい。良い場所が残っておった。長屋があったが誰も住んではおらんぞ。初期の長屋じゃな。住んでいた連中は賑やかな場所に移ったんじゃろうな」
「結構大きな工房になりますよ」
「3軒分じゃから問題はあるまい。直ぐ南に用水路が西に向かっておる。水車を設けるにも都合が良さそうじゃ」
「誰も住んでいないなら俺達で使えそうですけど、納屋代わりに使われているかもしれませんよ?」
俺の問いに、3人が顔を見合わせて笑みを浮かべている。
その辺りも確認済みってことかな?
「3軒とも中は空じゃった。あれならバラしても文句は出んじゃろう」
「印を付けておいてくれませんか? 今夜にでも他の連中が使う予定なのか確認してみます」
「扉にチョークで大きな丸を描いておいた。それで、確認で来るじゃろう。誰も使う様子は無さそうじゃがのう」
一応、確認はしておかないといけないだろう。
その近くにもう1つ工房を作りたいところだな。外にいる伝令の少年達に確認して貰おう。
長屋3軒分なら、大きさとしては十分だろう。陶器窯もそれぐらいの大きさが欲しいところだ。
「明後日には、分かるはずです。でも、現在使われていないなら俺達で使えそうですね」
「ガラスを溶かす炉は、ワシ等も見たことが無い。じゃが、レオン様とガラハウ様なら、それを作れるんじゃろう。楽しみじゃな」
小母さん達が、お茶の礼を言うと直ぐに帰って行った。
さて、これで工房と炉は作れそうだ。色々と忙しくなりそうだぞ。




