E-181 当たるかどうかはサイコロ次第
目を覚まして衣服を調える。
ベランダに出てパイプに魔道具で火を点けると、日差しは少し西に傾いていた。
昼過ぎってことだよなぁ。
朝日が昇る頃まで、士官達と図上演習の方法を議論していたからねぇ。
王子様は直ぐに帰ると思っていたんだけど、結局最後まで俺達に付き合ってくれた。
多分、監察部隊に参加したいということなんだろう。
白軍と赤軍の部隊配置が全て分かるのは監察部隊だけだからね。赤、白の両軍は索敵部隊の情報と、自軍の位置から見える範囲ということになる。
索敵部隊の報告を基に敵の動きを想定し、その迎撃を考えねばならない。攻撃するときも、どこまで相手の陣を知ることができるかが、攻撃開始を判断するカギになるはずだ。
当然、攻撃が失敗することだってあるだろうから、撤退の見極めや予備戦力の投入場所と方法についても考えなくてはならない。
「ようやく起きたにゃ……」
呆れた口調のナナちゃんだけど、ナナちゃんだって冬は中々ベッドから出られないんじゃなかったかな?
「寝たのが朝だからねぇ……。士官達は帰ったのかな?」
「昼過ぎに、ティーナ姉さんが叩き起こしてたにゃ。死んだように寝てたにゃ」
思わず笑みが浮かぶ。ティーナさんの事だから、メイドさんからモップを借りて柄で叩きまわったんじゃないかな。文字通り叩いて起こしたに違いない。
ひょっとして、俺も被害にあった可能性があるんじゃないか?
「デオーラ小母さんが、たっぷり寝かしてあげなさいと言ってたにゃ。姉さんが渋々モップを返してたにゃ」
思った通りだった……。明日は早めに起きよう。
「起きていたら呼んでくるように言われたにゃ」
「なら、早く行かないとね」
ナナちゃんに笑みを返して、応接室に向かった。
扉を開けて中に入ると、デオーラさんとティーナさんがお茶を飲んでいる。俺に席を勧めてくれたところで、後ろにいたメイドのお姉さんに食事を持ってくるように伝えている。
「済みません、だいぶ寝過ごしてしまいました」
「グラム殿より話を聞いてますよ。王子殿下も朝までご一緒だったとか……。よほど、楽しかったんでしょうね。私も参加したかったです」
デオーラさんの言葉に、隣のソファーに座っていたティーナさんまで頷いている。
「父上がだいぶご機嫌だった。仮眠して宮殿に向かったが、今頃は他の重鎮を招いて図上演習の支援を要求しているに違いない。兵を損なわずに実戦を体感できるということだったが、サイコロが必要だとは思わなかったと笑っていたぞ」
サイコロは確立的な要素を含む場合に用いると説明したんだよなぁ。
フイフイ砲やバリスタは、当てようと思っても当てることは難しいだろう。何発か放ってようやく当たるということになるんだが、それが何回目で当たるかはその時の運次第じゃないかな。サイコロを振って運を試すという話になったんだが、それを皆が面白がっていたんだよね。
「バリスタの矢が目標に当たるのは、ある程度博打のようなものです。それをサイコロを振って運を試せば良いと教えたんですけど……」
「弓も同じでしょうけど、弓なら1度にたくさんの矢を放てますからね。確かにあまり数を用意できない遠距離攻撃手段については、賭け事に近いということですか……。それを簡単に再現する手段がサイコロということですね」
デオーラさんが片手で口元を隠して笑っている。
グラムさんの言った事がどういうことか理解できたらしい。ティーナさんはまだ首を傾げているから、後で教えてあげないといけないかもしれないな。
トレイに載せられた食事は朝食兼昼食なんだろうけど、サンドイッチを沢山いただいたからなぁ。
ハムサンドとジュースを頂いておこう。あまり頂くと夕食が食べられなくなりそうだ。
「図上演習には、私も参加したいところだが……」
「王子殿下は今年の冬に計画しているようですから、秋分に出掛けるエディン殿に同行して戻れるなら、参加できるかもしれませんね。参加を希望するならグラム殿の帰宅を待って申し出た方が良いですよ。バリウスが赤白どちらかの軍に参加するのは確実でしょうし、グラム殿は監察部隊になるでしょう。オルバス家から初めての図上演習への参加者が3人となれば、他の部門貴族との調整も必要です」
他の家との調整はかなり難しいんじゃないかな。もっとも、直接参加ではなく観戦者ということであるなら、枠があるかもしれない。
待てよ……。図上演習時に観戦者を設けると、観戦者を通して敵の配置が分かってしまうんじゃないかな?
さすがに間諜まがいの行為になるんだが、これはある程度予防すべきだろう。
図上演習時の観戦者は、観戦部隊だけの観戦を許可して、他の部屋への移動を禁止会うることが一番だな。
さらに、演習期間はせいぜい長くとも5日程度になるはずだから、その間は同一部屋の観戦者以外の観戦者との接触を禁止することも必要だ。
ワインを飲みながら互いの軍の配置を語り合いたい気持ちは理解できるけどね。
「私には、レオン殿が自国で図上演習をしない理由が理解できないんですが……」
急に俺に話しが振られたから、飲んでいたジュースを噴き出すところだった。
咳き込みながらなんとか飲み込んだところで、2人に顔を向ける。
「やってみたいとは思っているんですが、魔族相手では色々と分からないところが多すぎるんです。それに俺達の国の幹部は面倒なことを嫌いますし、計算が得意ということもありません。そんなことでいつも俺に作戦立案が回ってくるんですけど……。防衛戦なら凝った作戦は必要ありません。敵より早く有効な攻撃を開始して、城壁や柵に近付くほど攻撃を濃密にすれば良いだけですからね」
「それほど単純でもあるまい。矢の雨を降らせる前に、爆弾で叩くのだからな。強敵が近づいても、レオン殿の矢で仕留められればこそだ」
「俺がいなくても、何とかなりますよ。トラ族の軽装歩兵なら、投槍を30ユーデは飛ばせますからね。狙いも結構正確になってきましたから、オーガ対策としては十分だと思っています。さすがにイエティの時には少し慌てはしましたが、爆裂矢を使えば柵を越えられることは無いでしょう。それに、優秀な魔導士も増えて来てます」
最後にナナちゃんの頭をポンポンと叩いた。
なんだろうという感じで俺を見上げているけど、ナナちゃんは魔道士というより魔導師に近い能力を持っているんじゃないかな。さすがに他者に魔法を教えることは出来ないかもしれないけど、姉上が鍛えてくれているからこれからも期待できそうだ。
「確かにナナちゃんの魔法は獣人族を抜きんでていますね。エルフ族に並ぶかもしれませんよ。指導は、確か……」
「姉上にお願いしています。マーベル共和国に長く住むわけではありませんから、滞在している間だけの指導になってしまいますけど」
ブリガンディは今後どうなるんだろう?
内戦になるかと思っていたんだが、現在は互い睨み合っているだけらしい。兄上の手紙によると海岸線の領地を持つ貴族達で貴族連合を作ろうとする動きもあるようだが、あまり目立つことをするとブリガンディ王族と王族の域の掛かった貴族達との間で総力戦になりかねない。
それはお互いに臨んではいないだろう……。
「春先にフイフイ砲という兵器の試射を見ることができました。頭ほどの石を数個まとめて200ユーデ以上飛ばすのですから、びっくりしましたわ。あれはレオン殿の国の秘密兵器ではなかったのですか?」
「エクドラル軍に一度放っています。その兵器を見ることができたのですから、いずれはエクドラル王国で作ることも出来るでしょう。それを早めただけです」
「フイフイ砲を越える物があるのですね……。ティーナにそれを探れとは言いませんが、それは見ただけでは模倣することは出来ないと?」
「たぶん無理かと……。エクドラル王国が手に入れたなら、魔族相手だけに留まらないでしょう。容易に他の王国を落とせますが、その後が大変です」
「兵士だけに被害を与えるだけでなく、民衆も巻き込むと?」
理解できたみたいだな。俺をジッと見ている。
「マーベル国はそれを使う誘惑に勝てるのですか?」
「国力を考えれば、防衛戦をするしかありませんからね。一般住民を巻き込むことはありません。元々が避難民で建国したような国です。人口が100倍になっても、他国へ打って出ることは出来ないでしょう。それにエクドラル王国軍に使いこなせるとも思えません。フイフイ砲でさえ過ぎた兵器だと思っています」
「特殊な戦術が必要ということですか……。レオン殿がそう言われるなら諦めることになりそうですね。でも爆弾については模倣していますよ」
「提供した爆弾よりも大きくしたはずです。でもフイフイ砲で試してはいないんじゃありませんか?」
ティーナさんがデオーラさんに厳しい目を向けている。そんな視線を気にせずに笑みを浮かべて頷いた。
着火から爆発までの時間が不安定ということだな。まだまだ改良しないといけないようだ。
「分かりますか……。火薬工房で色々と試しているようですが、まだ導火線の長さと時間が不安定だとグラム殿が言っておりました。模倣出来るものと出来ないものの差があり過ぎます。できれば大型も欲しいと、いつも零しております」
「さすがにこれ以上は、出来かねます。でも、試行錯誤を繰り返すなら、その内に着火から爆発までの時間は安定してくるでしょう。それにあまり大型を作るのも考えものです。爆発力がないとはいえ、魔法の爆裂球よりは威力があるでしょう。数を多く打ちだせば済むことです」
これも散布界を理解すれば案外早くに軍は取り入れるんじゃないかな。
そうなるとフイフイ砲よりもカタパルトの方が扱いやすいことに気が付くだろう。何といっても移動が容易だからなぁ。専用の部隊を作ることもエクドラル王国なら可能だろう。1個小隊で8基は運用できそうだから、中隊規模で部隊を作れば攻守共にかなりの戦力になるはずだ。
欠点は飛距離が短いことだが、それでも150ユーデは飛ぶだろう。
マーベル共和国でも、移動できるように荷車に載せたカタパルトを使っているが、移動をさらに容易化にするため、小型化を図ることも考えた方が良さそうだな。
なんか、さらに色々と考えることが多くなってきた。
時間を計る方法を考えるのは、さらに先になりそうだ。




