E-180 戦闘結果は計算で
さて、そろそろ士官達の疑問と課題について応えねばなるまい。
席を立って、黒板に向かいチョークを取る。
「だいぶ煮詰まってきたから、先ほどの話に出てきた課題について考えてみましょう。戦を個別に評価するという考えで問題は無いのですが、ここに2つの部隊……、仮に白軍と赤軍と呼称します。この2つの部隊がぶつかった時を先ずは考えてみましょう……」
基本は戦力の相違になるはずだ。戦力は兵員数と種族や武器の相違になるな。兵員数を『N』、種族や武器の相違による変数を『W』とすれば戦力『P』はNとWの積になるはずだ。
「全く同一人数で、同一装備であるなら、1戦した後の残存戦力はおおよそ同一になるはずです。これは理解していただけるでしょう。ですが白軍が40人、赤軍が30人の場合はどうでしょう? 勝者は白軍であることは間違いありませんが、赤軍が全滅した時にどれほどの兵員数が残るかが図上演習の一番の課題になるはずです……」
時間経過とともに生存者が減るはずだが、同一の武器を使うなら直線状に生存者が減るはずだ。
赤軍が全滅した時に残る白軍の兵員数は10人になる。
だが赤軍が半減した時に残る赤軍の数は何人か。戦死する兵員数は赤軍と同じになるはずだから、40-15で25人が残るはずだ。
「戦は数ということがこれで分かりますね。大軍はそれだけで脅威なんです。ですが、
たとえ同じ装備同じ兵員数であっても、戦闘後に被害が同一になることはありません。それはこれ以外の要因が絡んでくるからです……」
士気の優劣、地形の相違、疲労の有無……。いろんな要素が絡んでくる。
これもある程度考慮しないといけない。
負け戦が続いた状態の兵士と勝ち進んでいる兵士では、ぶつかった時に勝ち進んでいる兵士の方に分があるからね。
長時間走り続けてきた兵士と今休憩を終えた兵士とでもそれは異なるだろうし、ぬかるみにはまった兵士と足場がしっかりした兵士ではやはり差が出るはずだ。
「いつもの力をどれだけ出せるかという目安を作らねばなりませんが、これはある程度経験則で良いでしょう。そうなると、先ほどの1つの部隊の数字はこの様に変わります……」
P=N×W
W=(Z×W×S×H×T×K×F1)
Zは種族による優劣
Wは装備の優劣
Sは士気の優劣
Hは疲労度
Tは地形の優劣
Kは気候条件の優劣
「F1についてはさらに盛り込むべき要件になります。1つでないでしょうから番号を付けました。多くなればそれだけ実戦に近づくでしょう。とはいえあまり多いとなると評価するのが大変です。とりあえずはF1を考えないで進めてください。さて、ここまでの話から、同一兵種の同一部隊数がぶつかった時に互いのP値が異なることが分かるはずです。
さらに分隊程度の少人数による戦闘と小隊以上の大規模な戦闘では先ほどの考え方に必ずしも当てはまらなくなります。ちょっと面倒なんですが……」
P×P=(P1×P1)-(P2×P2)
P1を40、P2を30とした場合は
P1×P1=(40×40)-(30×30)=1600-900
P1×P1=500
P1=22.3≒22
「先ほどの計算では赤軍が全滅した時に残る白軍の兵士数は10人でしたが、この計算では22人残ることになります。少人数での戦では1対1の戦いになりますが、人数が多くなることで多人数同士の戦いになることで、この式が成り立つと考える次第です」
「少人数では決闘だが、兵士が多く集まることで、戦を眺める兵士がいないということか……。確かに式は理解できんが結果については理解できる」
グラムさんが黒板をジッと眺めながら呟いた。
「さすがに赤軍が半数時になる時の計算は俺にも分かりませんから、結果的に減った兵士数の半分が減ると考えれば十分かと……。小数点以下は斬り捨てで良いでしょう。再戦時には新たな数字で再計算をしないといけませんが、この数字を見れば分かる通り、次の戦では赤軍が殲滅するでしょう。見慣れない数式ですが、古い文献で出会った数式ですし、その文献が何だったのかは忘れていますが、この数式が使えるらしいです」
黒板の数式や数字を皆が唖然とした表情で見てるんだなぁ。俺のもう1つの記憶から出てきた考え方なんだが、少し違っているかもしれない。
とはいえ大きく間違ってはいないはずだ。後は経験則で直していけば十分だと思いたい。
「これは驚きですね。数式で戦の推移を見ていくのですか……。監察部隊に上級士官を当てて、判定をさせようと考えていたのですが、これは少し考えないといけませんね。場合によっては宮殿に出入りする商人達に手伝ってもらわねばなりません」
「それでよろしいかと。数字を扱うだけですから、監察部隊とは別の部屋で計算をさせれば良いでしょう。結果を見比べて判定を下し、全体の推移を掴むのが監察部隊の役目だと思っています」
「面倒ではあるが、部隊の衝突を数式で導き出せるということですね。しかもそこで失う兵員数という形で……」
「非情ではありますが、そうなります。『過去の戦の結果から見れば、この場合はこのような結果であった……』等という判断が伴わない点が最大の特徴です」
戦術を学ぶために、戦史を紐解くことは重要だろう。だがそれが正しいとは限らない。たくさんの戦史を読み、その応用に心がけるべきだろう。
この状況下であるならこれが一番と決めるのはどうかと思うな。
似た状況であって、同じ状況なんてないはずだからね。
「さて、ここで小休止を取ろう。今夜は遅くまで議論を重ねるつもりだ。テーブルにもう直ぐ飲み物と軽い食事が運ばれてくるはずだ」
テーブル席にはメイドさんが運んでくれた。後ろの連中には、まとめてテーブルに置いて部屋を出て行った。
さっそくお茶のカップを取り、サンドイッチを頂く。
マスタードが丁度良い感じだな。2つほど頂いたところで、パイプに火を点ける。
「戦闘単位ごとにあの計算をさせるということになるのだな? 確かに別室を用意せねばなるまい。1つ気になるんだが、時間経過はどのように統一するのだ?」
「白軍と赤軍、それに監察部隊の部屋については時間経過を統一する必要があるでしょう。図上演習ですから、時間は不定期でも構いませんが進行時間の一元管理は監察部隊が行うようにします。戦の要となる状況では時間経過を遅くして、それ以外の部分では早めることも大事かと……」
少し長い時間が図れる砂時計が2つ程欲しいところだ。
時間経過は、表を大きく張りだして管理すべきだろうな。
索敵部隊が活躍する状況下では、1時間単位での経過時間以外に半分、その半分の時間経過を告げることも必要だろう。
「単に時間を縮めるだけでは済まないということか……。その管理を監察部隊が行うとするなら、状況を見ることができる指揮官クラスの人材を付けねばならんな」
「状況を見ながら時間を短縮するということですか……。次を予想できる目を持つ人材ということですね」
グラムさんと王子様が意見を言い合っている。
士官たちがまとめた計画案を評価する立場だからなぁ。それなりに図上演習のやり方を知っておかねばならないとのことだろう。
騒がしかった広間がだんだんと静かになってきた。
そろそろ休憩時間が終わるということなんだろう。
「そろそろ始めるか……。これで戦の判定が可能になるというのは目から鱗の話ではあるが、種族特製や武器の優劣、士気など色々と考えねばならん項目もある。ある程度は試合などを実際に行ってその数値を出していけば良いはずだ。それは君達にも出来る事だと思う。さて、ここからはレオン卿への質問とする。最初は誰か?」
「私からで良いでしょうか? 先ほどの計算は接近戦なら問題は無いと思いますが、弓やバリスタ、フイフイ砲などの遠距離攻撃部隊についても当てはまるということでしょうか?」
「君の判断は正しいよ。確かに接近戦での話だ。弓などの遠距離攻撃は同一兵器を使った場合には当てはまるだろうが、重装歩兵や軽装歩兵に対しての評価はできない。ある意味一方的なものになるからね……」
弓兵部隊と軽装歩兵部隊について考えてみる。どちらも1個小隊と考えれば分かり易いかもしれない。
弓兵達に向かって軽装歩兵が進撃を開始するのが戦闘の始まりだな……。
「弓の最大有効射程をこの場合は考える必要があります。仮に300ユーデ程で軽装歩兵が弓兵に向かって進撃を始めと、矢を射るのは弓兵部隊から数十ユーデほど近付いてからになるでしょう。この場合、弓兵はどのような行動を取るのか……」
弓兵だけなら、逃げ出すに違いない。
だが、敵兵との間に何らかの障害があったらどうだろう? 少なくとも過ぎに逃げ出すことは無いはずだ。敵に向かって何度か矢を放つに違いない。障害が無くとも味方の陣に向かって逃げ出す前に一矢放つぐらいはするだろう。
「迫りくる敵兵に対して何度矢を放てるか。間に何も障害が無いなら一矢でしょうし、障害があるなら、その障害が遅延にどの程度の効果があるかを皆さんで調べてみるとおもしろいかもしれません。3矢ぐらい放てる可能性があります……」
黒板に簡単な絵を描いて説明をしたところで、士官達に顔を向けた。
「さて問題は40人の弓兵が一斉に矢を射かけた時に、どれだけ相手を倒せるかということです。弓兵は敵兵を的当てのように狙って矢を射るでしょうか? 戦場での弓兵は相手を一々狙うようなことはしないでしょう。敵が攻め手北方向に向かって、一斉に矢を放つはずです。その結果、敵兵の中にこのような範囲で矢が撃ち込まれることになります」
四角囲んだ敵軍の一角に、丸い円を描いた。
放った矢の散布界だ。これが広ければ矢がまばらに飛んでくるし、小さければ密集して飛んでくる。
「散布界という考え方です。これも実際に試してみると良いかもしれません。さすがに兵士を使うわけにはいきませんから、実戦を想定した間隔で案山子を立たせ、離れた距離から遠矢を放てば、先程の散布界とその中での敵を倒す矢がどれほど出るかを知ることができます。矢を放つ回数が多ければ多いほど、被害は広がるでしょうから、この試験を何度か行えば弓兵と対峙した時の損害を計算することができるでしょう」
バリスタやフイフイ砲もこの考え方を踏襲できるはずだ。
もっともバリスタは違う使い方も出来るのだが、それは触れないで置こう。




