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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-179 よく知った戦を題材に


 さすがに食後のワインということは出来そうもないな。応接室に移動してお茶を頂き、パイプに火を点ける。

 外から馬車の音が聞こえて来るし、階下も賑やかだ。

 続々と集まってきているということなのかな?


「デオーラさんから、1個小隊程度と聞いたのですが?」

「士官そのものはそんなものだろう。話を聞くだけの約束で下士官達も来ているようだ。下士官が士官になるのは難しいが、戦の最中には小隊を率いることだってあるからな」


 立ち見ということかな? 見世物では無いんだけどなぁ。

 前線で魔族と対峙していない状況なら、ある程度の自由はあるみたいだな。

 

 トントンと扉が叩けれ、応接室にメイドさんに案内された士官がやって来た。

 俺達に騎士の礼をすると、俺の前に立つ。


「我等一同揃っております。御出座頂ければとお迎えに上がりました」


 若い士官の顔には少しクマが出ている。あまり眠らなかったのかな?

 

「さて、ワシも聞かせて貰おう。それではレオン卿、よろしく頼む」

「どこまで絞り込めたか楽しみです」


 グラムさんと笑みを交わしたところで、席を立つ。

 士官の後ろに付いて、1階に下りると玄関ホール近くの扉を開いた。

 たくさんのランタンが広間を照らしている。天井が高くとも部屋が大きいから低く感じてしまう。それでも俺の身長より1ユーデ半は超えていそうだ。この部屋で長剣を振るえるんじゃないか?

 広間の真ん中に大きなテーブルを4つ寄せて、シーツよりも大きなテーブルクロスが掛けられている。

 座っている士官の数は20人ほどだが、テーブルの後方にたくさんの椅子が並んでいる。空いた席が無いのだろうか? さらに奥の方では立っている連中がいるんだよなぁ。


 士官に案内された席は、大きな黒板を後ろにした席だ。

 数人以上座れそうな場所なんだけど、ゆったりとした感じで席が3つ作られていた。

 その左側の席に案内され、右手にグラムさんが座る。さらに右の席は、俺が座った席よりも立派な椅子だ。そういえば王子様がやってくるような話をしていたな。王子様が座るということなんだろう。


「かなり頑張ったようだな。昨夜、王子殿下より指示が下っている。レオン卿より概念を聞いているはずだから、それに沿った肉付けが完了したと信じている。とはいえ、このような演習はかつてなかったことだ。疑問も数多く出たことだろう。先ずは君達の演習計画とその評価方法について説明して欲しい」


 グラムさんの太い声が出た途端、広間が急に静まった。

 ジッと話を聞いていた士官たちの中から1人が立ち上がる。


「第一大隊,第二中隊のエクラムです。昨夜から新たな演習方法について検討を行った結果を報告いたします……」


 長くなりそうだから、グラムさんが席に着いて話すようにと促したところで、エクラムさんが検討結果を報告してくれた。

 概要は説明したんだが、具体的にどうするかということについて過去の戦の記録を使って、そのやり方と評価を考えたみたいだな。


 最初に戦を評価する場合の単位を決めたらしい。とは言っても、小競り合いから数個大隊規模の戦まであるからなぁ。

 

 「複数中隊同士の戦では小隊単位、大隊規模がぶつかるような場合は中隊単位とすることで、時間経過に伴う部隊の動きが明確になると考えました。次に戦力の考え方ですが……」


 武器の優劣に付いて考えたらしい。長剣と槍では槍の方に分があるし、槍と弓では弓の方に分がある。だが弓兵達に長剣を持った重装歩兵が突入すれば簡単に蹂躙されてしまう。その評価が難しいとのことだった。

 さらに、種族の評価も考えたらしいが、これは人間族を標準として種族の特性を加味すれば十分との判断だった。


「時間当たりの移動距離は行軍を基に作成しました。兵站に関しては輜重部隊の移動速度を1として本隊を半分にしています。ここで問題になったのが戦闘時の判定方法です。さすがに全滅するまで戦うような作戦は本末転倒です。部隊が半減したところで撤退とすることにしました……」


 ある程度まとまったところで、実際の戦史を紐解いて地図上で時間経過による部隊の動きを調べてみたらしい。

 

「いくつかの課題が判明しました。部隊半減時の相手の損耗評価が問題です。少しは痛手を受けているはずですが、その比率が分かりません。さらに、地形に関する評価も必要だと思われます。坂の上と下では上が有利ですし、高い山が近くにあるなら、そこから戦場の全体を見ることも出来るでしょう」


 一服しながら、報告を聞き、メモを取る。

 隣のグラムさんは芽を閉じながらうんうんと頷いている。

 確かに色々と考えているなぁ。戦場の地形に気が付いたのは大したものだ。

 それに部隊同士がぶつかった場合の、評価の難しさについても気が付いたようだ。


「結果として、戦場での作戦立案に対して多大な影響を与えることは間違いありません。ですが実行するにおいて、さらなる考察が必要に思われます」


 説明を終えた士官がお茶を飲んで喉を潤している。

 目を開いたグラムさんがテーブルを囲む士官を眺めながら口を開いた。


「ご苦労だった。かなり検討を重ねていたと推測できる内容だった。レオン卿の案ではあるが、マーベル共和国にはレオン殿がいることで魔族2個大隊を容易に退けれらる。だが我等はその軍勢を前に、数個大隊を並べねばどうにもできないのが現状だ。『魔族相手に作戦を考える』とは、ばかげているとの代名詞にもなっているが、決してそうは思わん。作戦の優劣で寡兵を持って大軍に挑むことも可能に思えるのだ。その為の訓練となるならワシはこれを進めたいと思う」

 

 言葉が終わると同時に、広間の中から「「オオォ!!」」という声が上がる。

 そんな中、広間に入ってきた人物は王子様だった。近衛兵が扉付近で待機する中、家人の案内でグラムさんの隣の席に立つと、全員が腰を上げて一斉に騎士の礼を取る。

 王子様が片手を軽く上げてそれに応えると席に着いた。俺達も席に着いたところで王子様の言葉が始まる。


「ちょっと遅れてしまったが、外で聞いていた分には私もグラム卿と同じ考えでいる。かなり具体化したようだけど、レオン卿はマーベル共和国に帰る都合もある。現状で確認すべきことは早めにしておいた方が良いな。今年の冬に第1回目の図上演習をしてみよう。結果は国王陛下に報告してみたいと思っている」

「殿下も有効とお考えですな?」


「実際に戦をしないでその戦の再現ができるなら、きわめて有効だろう。あえて戦をしないで済む場合だってあるはずだし、自軍が有利な場所で戦をすることも出来るはずだ。 私も、少し考えてみたよ。最初の演習は『エンデバイ』でどうだろう? エクドラル王国で知らぬ者はいないはずだ。あの戦で勝利したことでエクラミア王国とエクドラル王国の西の国境が画定している。戦史は何度も書き写されているから皆も読んだことがあるはずだし、士官学校での作戦立案講義では必ずこの戦について学ぶことになっている。半年の間に都合4度の戦が行われたが、最後の戦で橋を手中に収めたことで雌雄が決した戦でもある……」


 オリガン家の書棚にもその記録があったぐらいだからなぁ。かなり有名な戦なんだろう。

 石橋を巡る消耗戦を呈していたが、上流からの奇襲で橋を手にしている戦だったはずだ。結果だけなら奇襲が上手く行ったということになるんだが、川の上流下流で何度も渡河が行われている。

 互いに敵軍の渡河にはいくつもの監視所を作って見張っていたはずだ。

 その監視網を逆手に取った作戦だったはずだ。


 陽動部隊を橋に向けて、別動隊が渡河を行う。

 それはいつもの手であったらしいが、時間差でさらに下流で渡河を行ったらしい。

 敵部隊は3手に部隊を振り分けて迎え撃ったらしいが、本命の上流側の渡河が行われた時には迎え撃つ部隊が枯渇していたらしい。

 3つの陽動は敵の裏の裏、その上にもう1つの裏をかくとして有名になったようだ。 

 だが、俺にはもう少しましな作戦を立てられなかったのかという念を持っていたんだよなぁ。

 戦は勝利したけど、陽動部隊はいずれも損耗が部隊の半数を超えている。

 戦史では陽動の上手さを褒めたたえる文で終わっていたけど、血で勝ち得た戦でもあるのだ。

 兵士の命を軽んじるような戦を称賛するようでは、王国の将来が危ぶまれるんじゃないかな。


「あれは結果が良く分かっているはずです。『敵の裏をいかにかけばよいか……』その見本と講義頂きました」

「私もそうだった。勝利ではある。それは歴史的に正しいことも確かだ。けどね、君達は我が軍の戦死者の数を知っているかい?」


 誰も答えない。

 それは俺も気になっていたことだ。互いの軍勢や本陣の位置、監視所の場所などの記録は詳細なんだが、戦死者の数だけはどこにも書かれていなかった。


「我が王国の機密だからね。誰もそれを知ることは無いはずだ。陽動部隊が激戦により半減した部隊もあったと書かれているのが精々だろう。そんなものではない。良くて半減だ! 我が王国は奇策で国境線を定めたのではない。血で国境線を築いたということだ。だが……、今我等には当時なかったフイフイ砲という武器がある。再びエンデバイを行うことになればどのような作戦が有効なのか……、図上演習は単なる遊びではない。我等の作戦能力向上を図るための演習であることを良く理解して欲しい」


 図上演習が、過去の戦のおさらいでは無いと見抜いたみたいだな。

 王子様が作戦を立案したならかなり面倒なことになりそうだけど、今のところは牙を俺達に向けてくることは無いだろう。

 このまま行っても大丈夫だろうし、俺達との戦を図上演習することで戦を断念してくれるかもしれないな。

 爆弾と石火矢対策が出来ない内は、俺達に軍を向けることは無いだろう。

 

「やはり見抜いてましたか……」

「そこまでおぜん立てして、マーベル共和国に勝利できる策が無いと知っているからだろう? まったくお人が悪い」


 俺の言葉に王子様が笑みを浮かべる。

 裏まで見抜かれたなら協力してあげよう。


「図上演習をどこまで拡大するか考えるのは大事ですが、国を亡ぼすのに軍を使うのは最後だと思いますよ。その前の戦があるはずです。それに破れないように努力しているところです。それに、俺がもし王子殿下の立場にいたなら……、マーベル共和国を潰すのに1年は必要ありません。ですが、戦に勝利してもサドリナス領はブリガンディ王国の領地になってしまいますね」


「消耗戦かい? それはしたくないなぁ。やはりマーベル国とは長く付き合いたいよ」


 分かっていたか。互いの国が戦を忌避しているなら問題はあるまい。その状況を乱す者達に対して協力すれば良い。

 図上演習は魔族相手の防衛線にも役立つだろう。だけど、案外その結果を試すのはエクドラル王国本国かもしれないな。

 


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