E-018 逃走前に全滅はしたくない
「でもそうなれば、南の砦のさらに南の住人が変るだけになります。南の砦に私達がいても問題にはならないのではありませんか?」
「なるべく耳を遠ざけたかったのと、次の計画に支障が出るからだと思うよ。春になれば分かると言ったよね。
春には、いよいよ本格的な魔族との戦が始まるに違いない。魔族からすれば、この砦の存在は領土を侵食したと映るだろう。かなりの頻度でやって来るだろうから、南の砦には見向きもしないだろう。
果たして補給をどれだけ受けられるかは南の砦次第だが、ある程度は期待できそうだ。
俺達が戦っている間に、彼等は別の砦を作るだろう。……より、開拓村に近い場所にね」
獣人族なら襲撃を受けても気にはならないだろうが、人族となれば話は別だ。
たぶん秋には、南の砦は新たな砦に対する出城になるんじゃないかな。それまでは俺達に被害担当を任せるということだろう。
さらに獣人族の増援もあるだろうし、武器や食料援助もそれなりにあるはずだ。
厄介者の最後の勤めなら少しは融通してやろう、ぐらいの気持ちは持っているんだろうな。
「早ければ、秋に我等は見捨てられると……」
「あくまで推測だけどね。だけど春分に南の砦が俺達に何を運んでくるかで、かなり確信が持てるはずだ」
「私達はどうなるのかにゃ?」
「選択肢は2つ。この砦を最後まで守って討ち死にするか、または逃げ出すか……、ですね」
困った話だというような顔をしてエルドさんが問いかけてきた。
他人ごとにも聞こえてしまうけど、元々エルドさんは大人しいところがあるからなぁ。
「俺としては逃げ出すことを選びたいと思っている。だが、これはちょっとしたタイミングを見定めないといけない。俺達が逃亡兵と呼ばれない唯一の方法があるから、それを上手く利用したいと考えている」
「その時期は? そして落ち行く先は?」
「早くても来年の秋以降。可能なかぎり安全な落ち行く先を、これから皆で考えたいと思っている」
急に皆が黙り込んでしまった。
これで魔族がやってきたら、かなり苦戦しそうな雰囲気だな。
「俺からは以上だ。出来ればこの場にいない者達への説明は控えてくれ。まだ確信できたわけではないし、皆の士気が低下するようなら、来春を待たずにこの砦で討ち死にだからね」
長い話を終えると小隊長達が帰っていく。
残ったのは、古くからレイニーさんの部下だったヴァイスさん達3人だ。
「それにしても……。でも、否定はできないね。レオンさんの言う通りよ」
「となると、早めに準備をしておく方が、後々慌てずに済みます。レオン殿は最後まで俺達と共にいてくれるんでしょうか?」
「追い出されなければ、このままいたいと思ってます。追い出された時には隣国にナナちゃんと共に行こうかと考えてますけど……」
もっとも、それには条件があるんだけどね。この砦にいるハーフエルフの神官が同行してくれない時には隣国のギルドで探すことになりそうだ。
「俺は仲間だと思ってますよ。今までの人間族とは全く態度が異なりますし、何と言ってもレイニーさんをいつも支えてくれてますからね」
「そうして頂けると助かる。それで、落ち行く先の心当たりがあれば教えて欲しい。
少なくとも400人を越える大所帯だからなぁ。落ち行く先で開墾をしながら日々の暮らしをしないといけなくなる」
人数だけならちょっとした村になりそうだ。
俺達で防衛可能な地形であることと、畑作りができる場所が条件になる。
それに最初の年の収穫は、俺達で消費するには少なすぎるだろう。それをどうやって補うかも考える必要がありそうだ。
「この辺りの土地の話を聞く分には、問題ないでしょう。現地採用組の兵士に少し聞いてみましょう」
たまに集まって計画を詰めようと頷き合って、今夜の話を終えることにした。
さてどうなることか……。
新たにやって来た2個分隊を俺の直轄にしたことで、やって来た2日目の朝食後に食堂に残って貰うことにした。
朝食が終わると途端に人気が無くなる食堂だが、皆に暖炉傍に集まって貰った。
顔ぶれを見ると、俺よりは皆年上の女性ばかりだ。男性の方は槍兵だということで題小隊に頼んだから、この場にいるのは残った女性15人になる。
「辺境の小さな砦に良くやってきてくれた。俺はレオニード・デラ・オルガンという。一応準爵位を持ってはいるが、辺境の砦でだから気軽にレオンと呼んでくれ。指揮官レイニー殿の副官だが敬称もいらん。レオンで十分だ。
さて、15人いるのだが3つの班を作ってくれないか。その中で一番年上の人物を班長としたい。階級はこの際忘れてくれ。この砦ではあまり意味がないからね」
直ぐに3つのテーブルに分かれてくれた。とりあえずナナちゃんにお茶を頼んだところで、俺に一番近い連中の顔をながめる。
年は俺より上だけど、ヴァイスさんよりは若そうだ。
「皆の得意な武器もあるだろう。それを持つこと、その練習をすることは継続して欲しい。だけど、皆には共通した武器を所持して貰う。……これだ!」
ベルトの左腰に挟み込んでいた短銃をテーブルの上に置く。
興味深々の表情で眺めているのは、銃兵の持つ長銃ではなく上官が持つ短銃ということだからだろう。
「本来なら、長銃を渡したかったが、私の軍内部の能力ではこれが精一杯だった。見た目通りの安物だが、強度的には全く問題はない。このまま実戦で使うことができる……」
銃と一緒に持って来てくれたカートリッジの数は500本をこえる。最終的に1人20本を渡せばとりあえずは過ごせそうだから、1人で10発程度の訓練ができる。
全員に短銃とホルスターを配ったところで、短銃の操作を教える。
それほど難しくはない。カートリッジをそのままバレルの中に押し込んで、ハンマーを起こしてトリガーを引くだけだからね。
「簡単だろう? だが短時間に何発も撃てばバレル内が過熱してトリガーを引く前に弾が飛び出す。そこで短銃を使う攻撃は3発までに制限する。
これを越えたなら、各自の得意な武器で戦って欲しい。
班長は班員がどんな武器を使うか把握しておくんだぞ。2日後に班長は朝食後に指揮所に出頭してくれ。班員の使う武器が上手くかみ合わない場合もあるだろう。班長同士の話合いで班員の移動はあらかじめお願いしたいところだ。それじゃあ、銃を持つ構えと、狙いの付け方を説明する……」
長銃なら100m近い相手を狙えるが、短銃なら30mが良いところだろう。
片手での射撃と両手を使っての短銃の構えを教えたが、出来れば片手で撃って欲しいと付け加える。
照準は照星と照門の関係を説明する。
距離が離れている場合には頭を狙えば腹に当たると教えたから少しは当たるんじゃないかな。
昼食後に、砦の外に出て丸太を的に全員が一発を放ってみたんだが、ちゃんと当たったのは半数にも満たなかった。距離は20m程なんだけどなぁ……。
しっかりと銃を握らせ、照準の仕方を再度説明する。
次の射撃で的に当てたのは10人以上だったから、数日後に再度射撃訓練を行わせてみよう。
「何とか使えますか?」
夕食時にレイニーさんが食器を乗せたトレイを持って同じテーブルに付く。
「少なくとも門を守ることは出来そうです。重装歩兵がいませんからね。弓隊は壁の上にあげるとなれば、軽装歩兵と銃兵で何とかしませんと……」
それほど深くはないが、門の前に空堀を作ってある。南側だけなんだが、少しは効果があるだろう。他の方向は乱杭を打ってある。膝の高さほどだが、蔦を張っておいたから、一度に押し寄せてくるとおもしろいことになりそうだ。
膝が入るほどの落とし穴まで掘ったぐらいだからなぁ。
「それにしても、1年は襲撃がありませんでした。それも気になるところです」
「魔族にだって都合はあるんだろうね。一番考えられるのは戦力を貯えているということだ。矢はだいぶ増やしたが、銃弾のカートリッジはもう少し欲しいところだ」
銃隊の連中だって1人30発程度だからなぁ。予備はあると言ってたが120個でははなはだ心もとない限りだ。
商人が冬にはソリで来ると言っていたが、あまり当てには出来ない。
千体を越える魔族の襲撃を考えると、かなり不安になってくる。
・
・
・
商人がソリを連ねてやって来たのは、年が明けてからだった。
砦から新年の贈り物として、ワインと燻製肉が届けられた。今回は、それ程悪くない代物だが量は1食分ほどだ。
冬の給与を使って、兵士達が色々と買い込むのも分かる気がする。
とりあえず、ナナちゃん用のお菓子とチーズ、それに豆を買い込んだ。豆は家畜用の餌ということだから、1袋(20グル)をそのまま買い込む。
「短銃のカートリッジはあるかな?」
「生憎と売れてしまいました。火薬と鉛の弾を作る金型で良ければありますよ」
「自分でカートリッジにするのか? やったことがないんだよなぁ」
「それほど難しくないですよ。レンジャーギルドの連中は、皆自分でやってますからねぇ」
火薬を2グル(3kg)と、1つ2グルほどの鉛のブロックが2つ。それに魔石を数個買い込んだ。さすがに銀貨13枚という値段になったけど、これで銃隊の連中のカートリッジを増やせるだろう。
兄上から頂いたカルバン銃はまだ使ったことが無いけど、ベルトに装着している。これを使う機会が無ければ良いんだが……。
ナナちゃんは相変わらず弓を使ってるけど、結構うまく当てるんだよなぁ。12本の定数以外にもう12本手に入れてあるし、1度ナナちゃんの【メル】を見せて貰ったんだが、かなり威力のある火炎弾だった。
的にした丸太に炸裂してかなり大きな焦げ跡を作っていた。
たぶん何度も使えないと思うけど、立派な魔導士だとヴァイスさんが褒めてたくらいだ。
その夜の会議で、レイニーさんが銃兵達のカートリッジを手に入れたと教えてくれた。
どうやら俺が商人のソリに向かう前に、全て大人買いしたみたいだ。
「俺も買おうとしたんですが、売り切れていたわけが分かりましたよ。でも、火薬と鉛の塊を買えましたから、カートリッジの自作ができそうです」
「それなら安心できるわ。商人が運んできたカートリッジは200発ほどだもの」
俺の銃隊にも少しは回ってきそうだ。
短銃だから、長銃よりも発射間隔は短くできる。それだけカートリッジの消耗も多くなりそうだ。
※※ 補足 ※※
グル:
重さの単位。およそ1.5kg
1グルの十分の一(150g)をサラムと呼ぶ
1ドラム銅貨と同じ重さ5gをドラムと呼ぶ。
穀物取引では1袋ということもあるが、これは小麦20グル(30kg)を現す。




