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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-177 ガラス工房の見学


 オルンさんの右腕と紹介されたイヌ族の青年は、アゼムと名乗ってくれた。

 アゼムさんの案内で、ガラス工房に馬車で移動する。なぜかシリルちゃんが一緒だけど、お父さんが商人だからねぇ。幼い内からモルデン商会の稼業を学ぶためなのかもしれないな。

 見た目はナナちゃんより少し年上に見える。ナナちゃんの隣に座って窓から見える珍しい建物を、お姉さんぶって説明しているから俺達の笑みが絶えないんだよね。


「だいぶ離れているようですね?」

「いろんな工房が一か所に集まっているんです。その方が材料調達や半製品の引き渡しに便利だからでしょう。工房によっては居住区域から専用の馬車を朝夕に走らせるところもあるぐらいです」


 騒音や廃液などの問題もあるだろうからなぁ。なるべく人家から離しておきたいのも理解できるが、その前にそんな問題が出ないようにすべきだと思うんだけどねぇ。

 もっとも、俺達のところも有毒物質を出す銅の精錬を他人任せにしているからね。

 考えようによっては、責任を他人任せにしているのかもしれない。

 王子様に知らせた方が良さそうだ。銅の精錬は銅製品には是非とも必要なんだが、それによって住民に健康被害が出るようでも困るだろう。


 やがてあちこちから煙が上がる工房街に馬車が入ってきた。

 大通り並みとは言わないが、工房街の通りも結構広い。荷馬車の通行を考えての事だろう。

 その一角に馬車が止まる。

 どうやらこの石造りの建物がガラス工房らしい。

 事務所の扉が開き、直ぐに俺達を招き入れてくれた。


 応接室に案内されたところで工房長が俺達に挨拶してくれたけど、やはりドワーフ族の男性だ。ガラハウさんと同じように顔が髭で埋もれている感じだな。きっと酒豪なんだろうね。何となくそう感じてしまう。


「ガラス細工の話は聞いておるぞ。モルデンの旦那から面白い話を聞いて早速作ってみたが、案外上手く作れたものだ。先ほど作った代物がこれなんじゃが……」


 そういって革の前掛けの下から出してきたグラスは赤、黄、緑の太い色彩がうねるようにグラスを包んでいる。

 なるほど、応用力についてはかなりのものだな。


「すでにこのような代物まで出来ているということか!」


 ティーナさんが驚いた口調でグラスを手に取り眺めている。

 工房長が、誇らしくその姿を眺めているのは、見ていても気持ちが良いものだ。自分の仕事に誇りを持つことができる職人は尊敬に値できる。


「まさに目から鱗じゃな。今まで誰も行わなかったのが不思議に思えるほどじゃ。それを教えてくれた人物が工房を見たいというなら、存分に見て行ってくれ。ワシ等が気付かぬことがあるやもしれん。出来たらそれを教えて欲しいところじゃ」


 ガラスを溶かして形を作るということだから、工房内を歩く際には注意して欲しいと教えてくれたのも好印象だな。

 ナナちゃんとシリルちゃんには注意が必要だろうし、ティーナさんもこんな場所に来るのは初めてだろうから、興味本位で融けたガラスに手を出さないように見ていないといけないかもしれない。


「それじゃあ、案内するぞ。ワシの後に着いてきてくれ。何かあればその場で声を掛けてくれ」


工房長の後に俺とティーナさんが並んで続き、その後ろをナナちゃん達が続く。殿はユーリアさんとアゼムさんだ。この2人は工房にあまり興味は無さそうだからね。どちらかと言うと前を歩くナナちゃん達の御目付役ということになる。


「この中が工房じゃ。職人が大勢働いておる。ガラス炉の周囲は人の行き来が多いから気を付けるのじゃぞ。融けたガラスに触れようものなら大火傷じゃからな」


 工房長の注意を聞いて後ろの2人に顔を向けると、うんうんと頷いている。

 しっかりと手を握り合っているから、突然駆け出すことは無いと思うんだけど……。


 工房長が扉を開くと、熱気が押し寄せてきた。

 なるほど……、これがガラス工房なのか!

 大きな炉に3つほどの丸い口が開いているが、そこから紫色がかった炎が上がっている。かなりの高温だ。鉄を溶かす温度よりも高いのかもしれないな。

 ガラス炉自体は鉄の板で覆われているけど、多分中は耐火レンガで作っているに違いない。

 太いパイプが隣の部屋に延びているが、あれは送風管ということだろう。屋根を突きぬけて炉から煙突が伸びているけど、多分煙突からも炎が上がっているかもしれないな。

 火事対策はどうなっているのか分からないが、何らかの方法は取っているはずだ。


 長い鉄の筒をガラス炉の中に入れて、先端に説けたガラスを付けて作業場所に移動している。台に棒を乗せて転がしながら厚い布を濡らしながら整形をしているようだ。

 ガラスを付けた筒の反対側を咥えて吹くと、シャボン玉のようにガラスが膨らむ。

 ある程度まで膨らませたところで、整形すればグラスの出来上がりということらしい。


 向こう側でやっているのは、真っ赤に熱した鉄板の上に説けたガラスを注いで同じように焼いたコテを使って均一に伸ばしている。

 窓ガラス用の板ガラスは、ああやって作っているのか。均一に伸ばす手付きを見ていると、まさに職人技だと感心してしまう。


「ガラス炉は3つあるんじゃ。透明なガラスと色付きガラスということじゃな。色は金属の粉を材料投入時に入れるんじゃよ」

「かなり燃料を使うんでしょうね?」

「毎日、石炭を10袋じゃからなぁ。それに隣の部屋で子供達がフイゴを踏んでいる。あいつらの給金もそれなりじゃ」


 送風はフイゴを使っているのか。子供達も大変だろうが、足腰が丈夫にはなるだろう。退屈しているかもしれないけど、結構な手取りになるんじゃないかな。


「まあ、こんな形じゃな。何か質問があれば部屋で聞くぞ。さすがに此処は嬢ちゃん達がいる場所ではないからのう」

「ありがとうございます。色々と参考になりました」


 30分ほどの見学を終えると、再び応接室に戻ることになった。

 この部屋が涼しく感じるんだから、やはり工房の熱さは半端ないってことなんだろう。


「ワシの工房を見学ということは、お主達もガラス工房を作ろうってことか?」

「そうです。でも競合することはありません。どちらかと言うと、この工房の製品を買い取りたいと思っていますからね」

「製品を見ても、良いガラスは出来んぞ」

「重々承知。ですから、買い取ることにしたんです。買い取ったグラスをさらに加工したいと考えてます」


 俺の言葉に、工房長がアゼムさんの視線を向ける。


「旦那様もそう言っておいででした。このまま売ることができる品をどのように加工するのかと首を傾げていましたが……」

「まあ、ガラスの色を組み合わせるということを思いつくぐらいだ。ワシ等には想像さえつかんが、できたなら見てみたいものだな」


「俺から1つ質問ですが……。少年達は夜もフイゴを踏み続けているはずです。他の工房と比べて彼らの給与はどれほどになるんでしょう」

「ああ、フイゴ踏みか。フイゴは3つあるんじゃ。それぞれに4人が付く。日の出の鐘から夕暮れの鐘を使って2交代で行ってるぞ。給与は……、ギルド規定は1日12ドラムじゃが、ワシ等の工房は13ドラムじゃ。その上に昼食が付く。重労働じゃからなぁ。1日仕事をすれば翌日は休ませることになっておる」


 夏が昼間の給与が高いそうだ。逆に冬は夜の方が少し高いらしい。もっとも1ドラムほどの違いらしいけどね。

 さすがに夜の仕事は子供達には無理かとも思ったけど、孤児院に入れそびれた子供達の仕事としてフイゴを踏む少年達には困らないらしい。

 この辺りは社会の歪ということになるんだろうけど、少なくともお金を稼げる場所があるだけ彼らは幸せともいえるだろう。

 寝る場所は、路地裏のバラックらしいけどね。


「孤児院に収容しきれないということか!」

「子供達なりに自立する手段があるんですから、ひもじい思いをしているということは無いでしょう。とはいえ、ある程度の救援も必要かと思います」


「昔は夜は大人じゃったが、戦が続いたからのう。頭を下げて仕事を乞う姿を見て断りきれんかった」

「他の工房でも働いているんでしょうか?」


「そうじゃな……。結構多いぞ。材料運びや、ちょっとした仕事を任せる連中もいるようだ。その道で良い職人になれる者も大いに違いない」


 情け深い連中が多いということだろう。それは国家の財産にも思える。

 原材料や、混合比率はあえて効かずにおこう。

 俺達が作るのは、さらに透明度の高いガラスだからね。最初から試行錯誤を繰り返した方が色々と分かるんじゃないかな。


「そういえば、板ガラスの作り方がようやく理解できました。ありがとうございます」

「あれはあれで難しいんじゃぞ。つくれるか?」


「薄いガラスではなく厚みのあるガラスを作ろうと思ってます。ここでも厚いガラス板を作りんですか?」

「たまに注文があるぞ。眼鏡を作るためらしい。中には頑丈なガラスが欲しいというやつもおるが、ガラスは割れ物じゃからなぁ。ヒビが入るぐらいなら構わんらしいが、何かにぶつかれば粉々じゃよ」


 砦の見張り台や貿易船の船窓に使いたいらしいが、分厚く作る必要があるらしく歩留まりが悪いと教えてくれた。

 厚さが半イルムほどもあるらしいからなぁ。聞いただけでも大変そうだ。

 ふと、頭の中に別の記憶が浮かんできた。

 ガラスの中に鉄の網が入っている……。


「ヒビは許容して貰えるんですよね?」

「そうじゃ。だがヒビが入ったガラスは簡単に割れてしまうからのう」

「こうすれば良いんじゃないですか?」


 ガラスの間に金網を挟む構造を教えてあげた。

 工房長が驚いて、俺と俺が描いたメモを交互に眺めているんだよなぁ。


「確かにこれならガラスが砕けん。穴が開いても全体が砕け散ることは無いじゃろう」

「簡単に作れるとは思えませんが?」

「形が分かるなら、何とかするのがワシ等じゃ! これは頂いておくぞ」


 これで工房を見せて貰った礼にはなるだろう。

 さて、今日の予定は終わったな。

 館に戻ったら、ガラスを溶かす炉の構造をじっくりと考えてみよう。


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