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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
176/384

E-175 工房を広げるのは道具も必要だ


 絵画店の若い店員さんが俺達を奥の応接セットに案内してくれた。

 店主は黙って俺達から離れると店の奥に行ってしまったのだが、俺達を置きざりにしたわけでは無さそうだ。

 それならこんな場所に座らせてくれて、お茶を出してくれるとは思えないからなぁ。


「何か思い詰めていたようにも思えるのですが?」

「急に自殺したくなったわけではあるまい。この店は母上が教えてくれたのだが、画商になる前は画家だったらしいぞ」


 画家が画商を始めるというのもあまり聞かない話だな。

 自分の作品に自信が持てなくなったのだろうか?

 だけど画家の描いた作品が評価されるのは、案外後世になってからのようにも思える。

 画家と言われる人達は、皆貧乏暮らしをしていると聞いたことがあるんだよなぁ。

 となると、かなり速い段階で自分の才能に見切りをつけたということなんだろう。

 今は芽を出しかけた画家の作品を扱っているのかもしれないな。

 何気なしに壁に飾ってある絵画を眺める。

 よく見ると、全てが風景画だ。人物画はあまり流行していないのだろうか?


「だいぶ熱心に見ておるな?」

「いや、風景画ばかりだと感心してたんです。館や宮殿には人物画もありましたので」

「人物画を画商が扱うことはありません。王侯貴族や裕福な商人等が個別に作らせるのです。レオン殿の絵を欲しがる人達が大勢いるようですけど」


 魔除けにでもするんだろうか?

 兄上なら良い題材になるんだろうけど、さすがに俺ではねぇ……。


 雑談をしている俺達の元に、店主が戻って来た。

 何やら色々と抱えているし、後ろから少年が同じように荷物を抱えてくる。

 小さなテーブルに荷物を載せると、俺達に頭を下げて少年が奥に戻っていく。店で働いている少年なのかな?


「まだお若いですが、将来は名を遺す画家になるでしょう。これは油絵を描く道具一式になります。道具は使えば劣化しますし、絵具はこのカンバス2枚も仕上げれば無くなるでしょう。こちらが予備の絵具になります。それと……、是非ともこれを受け取って頂きたい。私が画家を目指していた時代に使っていた品です。外で素描をするのに用いる品ですが、私はこの色鉛筆で簡単に色を染めていました。素描作品が全て絵になるわけではありませんが、その場の感動を少しでも伝えられるかと……」


「ナナちゃんの作品は、そこまで価値があると?」

「この地にいるならそれなりに指導することが出来るかと思いましたが、場合によっては芽を摘みかねないと悩んでおった次第……」


 簡単なスケッチなんだけどなぁ。

 だけどナナちゃんなら、あちこちでメモ帳に絵を書いていたからね。それに色を付けたい希望は持ってるんじゃないかな。

 テーブルに取り出された色鉛筆に目を輝かせているぐらいだからね。

 それに今度はメモ帳に描くのではなく、大きなスケッチブックに描くことが出来る。外で描き易いようにスケッチブックを置く板まで揃っているようだ。

 

「これで絵が描けるなら問題はあるまい。これで足りるか?」

 

 ティーナさんが、銀貨5枚をテーブルに乗せた。


「こちらの品は私のお古ですから、支払いは無用です。油絵の道具だけの値段になりますので、これで十分です」

 

 銀貨2枚を手に取って、残りをティーナさんの前に戻している。


「なら、この3枚で画家を呼んで貰えんか? 隣のレオン殿とナナちゃんの人物画を作りたい」

「喜びますよ。近頃は需要が少ないでしたから」


 ティーナさんが再び銀貨を押し戻したところで、テーブルに乗った道具をユーリアさんが魔法の袋に入れ始めた。


「ところで、あのスケッチで作られた礼拝所はどこにあるのでしょう? 完成した姿を1度目にしたいと思っているのですが」

「ここから遥か北の地だ。馬車で10日近く掛かるだろう。だが、近々この地で見ることもできよう。王子殿下がレオン殿に神殿の1つにそれを設けるよう依頼をしているからな。午後には神殿にもいかねばならん」

「どの神殿も神像は大きいですぞ」

「問題ない。時間は掛かるということだが、すでに材料については手配が出ているはずだ」


 ティーナさんの言葉に、店主が少し驚いている。

 材料となる大きな紙と絵具を考えているのだろうか? まあ、壁に直接描くなら紙はいらないかもしれないが、絵具は大量に必要だろうからね。


「それなら、我等のギルドで少しは状況が分かるはずですが、絵具を大量に売りさばいた話は聞いておりませんが?」

「絵具を使わんのだ。だが、素描の段階では色があった方が良いだろう。たぶん油絵の道具よりは店主より譲り受けた道具を使うと思うぞ」


 そんなことを言うから、店主がますます考えこんでいる。

 早めに教えて方が良いのかな? でも、完成した時の感動を大きくしたいから、ここは黙っていよう。


「そうだ! 先ほどのスケッチブックの半分ほどの物はありませんか? それと、それを納める皮のバッグ、背面を板張りにすれば結構使い出がありそうなんですけど」

「ありますが……。貴方様も絵を描くと?」

「レオン殿の場合は、地形や、新たな武具を描くためのものだ。先ほどのメモ帖を使っているが、あれでは小さいのだろう」


 今度は笑みを浮かべて頷いているから、俺の使い方を理解してくれたようだ。

 明日中に館に届けてくれると答えてくれた。

 値段を聞くと銀貨1枚ということだから、バッグが特注になるのだろう。

 支払いを終えたところで、店を出る。

 さて、次はどこになるんだろう?


「モルデン商会に向かうには少し早そうだ。行きたい店はあるか?」

「そうですね……。道具屋を覗いてみたいんですが」


 ティーナさんにそう答えると、ちょっと悩んでいた。道具屋なんて言ったことが無いんだろうな。

 ユーリアさんがそっと耳打ちすると、頷きながら笑みが深まっていく。

 ナナちゃんが心配そうにティーナさんを見ているんだよね。それがちょっとおかしくて俺も笑みを浮かべてしまった。


「なるほど……。軍の御用達なら問題あるまい。それにそれほど遠くないな。モルデン商会へ向かう途中なのも都合が良い。さて、今度は裏通りになるぞ」


 西に向かって歩き出し、直ぐに近くの路地に入って行く。

 大通りの北側にもいくつかの道があるようだ。大店ではない店はそんな通りにあるらしい。道を歩く人達もあまり着飾らない人達ばかりだから、貴族がこの道を歩くのはめったに無いんだろうな。すれ違う際に頭を下げてくれる。

 ティーナさんもナナちゃんと手を繋ぎながら、珍しそうにあちこち眺めているぐらいだ。

 とは言っても、オリガン領の町に在る店よりはどれも大きい。専門店並んでいるんだけど、一貫性が無いな。八百屋の隣に鍛冶屋があるぐらいだからねぇ……。


 大通りより二回りも小さな店が並んでいる。窓もあるけど、小さなものだ。扉の上に掲げた看板と、それほど広くもない道に棚を置いて商品を並べているから、2人並んですれ違うとどうしてもぶつかりそうになる。

 互いに「済みません!」と声を交わしてぶつかるのを避けているんだよなぁ。

 何となく大通りよりも活気があるように感じるのは気のせいかな?


 たまにナナちゃんが立ち止まって、店先の商品を眺めている。

 「買ってあげようか?」とティーナさんが笑みを浮かべて声を掛けているのを見ると、年上のお姉さんと一緒に買い物に来た姉妹に見えてしまう。

 俺の隣を歩くユーリアさんがそんな上官を見て笑いを堪えているのも見ると、つくづく平和だなぁ……、と思ってしまうのも仕方のないことだろう。


「ここだな!」


 店先に立ち止まったティーナさんが、俺達を手招きしている。あそこが道具屋か。隣は花屋で向かい側は総菜を売る店のようだ。

 俺達が追いついたところで、店に入る。

 ドアベルがチャリン! と音を立てる。その音を聞いたのだろう。奥から少し貫禄のある小母さんが現れた。獣人族なんだろうけど、種族までは分からないな。

 ナナちゃんやエルドさん達とも異なる耳なんだけど……。


「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」

「ガラス細工に必要な道具を見せて貰えないでしょうか? それと回転砥石があれば砥石も見せて頂けると助かります」


「店の棚にあるのは大工道具や、木工用の道具ばかりなんですが2つともありますよ。倉庫から持ってきますので、しばらく待ってください」


 そういって小母さんが奥に入って行った。

 暇つぶしに店の中を見てみよう。店の大きさは指揮所ぐらいの大きさだけど、大きな棚が3つ並んでいるのは、それだけ道具の種類があるってことに違いない。


「軍の工兵部隊はこの店で道具を購入していると聞きました。やはり種類が豊富ですね」

「陣地構築から屯所造りまでこなすのだからな。道具は色々と揃えているのだろう」


 ティーナさん達の声がカウンターから聞こえてくる。

 ナナちゃんと棚を巡っていると、道具箱に入るような道具だけでなく、木工用のロクロなども並んでいた。


「大きなノコギリにゃ! 何に使うのかにゃ?」

「大きな木を斬る時に使うんだよ。両方に持ち手があるから、2人で使うんだろうね」


 ノコギリだけでも、30本以上が並んでいた。この様子ならこの街の職人さん達の使う道具は全てここで手に入るんじゃないか?


「お待たせしました。ここは狭いので、此方に用意しております」


 小母さんの案内で、奥の小部屋に通された。

 大きなテーブルの上に道具が置かれているし、それだけでなく床にも置いてあるんだよなぁ。


「テーブルの上がガラス細工用です。床にあるのが回転砥石とそれを回す機械なんですけど」

「ありがとうございます。それにしてもたくさんあるんですね?」

「受注を受けた時に、1つ作るのではなく2つ作るんです。便利なら直ぐに買う人が現れますから」


 そういう事か。ガラスを折り取るハサミのような品も数種類ある。ガラハウさんに作って貰ったものに近い品もあるけど、さらに小さなものまであるようだ。ガラスを切断するのは先端に小さな宝石が付いた金属棒なんだけど、これも何種追加あるようだ。よく見ると、先端部分の形状に違いがある。片面がきれいに削られているのは金属製の定規に合わせて地真っ直ぐに切りたいという要望があるからだろう。


「これを全て購入させてください。おいくらになるんでしょう?」

「全部ですか! ちょっとお待ちください。直ぐに計算しますので」


 まさか全部購入するとは思っていなかったようだな。工房を大きくする予定だから、これぐらい道具があっても良いだろう。頻度の高い道具はガラハウさんが作ってくれるはずだ。


 さて、次は回転砥石になるな。

 粗目はさすがに要らないだろうから、中目から見ていく。

 回転砥石の直径は8イルム(20cm)が標準らしい。横幅は1イルムというところだろう。問題があるとするなら、回転面が平らであることだ。

 角度が付いていれば良いのだけれど、これでは両端の角を使うことになってしまうだろうし、その場合の角度は直角になるんだよなぁ。できれば30度ほどの鋭角なものが欲しかったんだが……。


「回転砥石を特注することは出来るんでしょうか?」

「物に寄ります。砥石を回転させますから、あまり強度が取れない場合には怪我をする可能性があります。そんな砥石を売ることは出来ません」


 メモを取り出して、加点面の断面図を説明すると、何とか作れそうだと教えてくれた。

 それならと、作って貰える目の粗さを運んできた回転砥石で説明する。


「変わった注文ですね? 砥石を加工する石屋さんに注文を出しますから、少し時間が掛かるかもしれませんよ」

「直ぐに使うわけじゃないから、大丈夫です。支払いは先に済ませますが、道具類はエディンさんの商会に届けてくれませんか?」


「あの大店のエディン様のところですか?」

「レオン殿は少し遠方より来ているのだ。数日後にはここを去るが、エディン殿はレオン殿のところに定期的に荷を運んでいる」

「そういう事ですか。分かりました。レオン様の名を出せばよろしいのですね」


 値段を聞くと、銀貨6枚に少し足りないくらいだった。それなら、つりは遠慮しておこう。色々と便宜を図ってくれたんだからね。


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