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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-174 女性専用の店なら外で待っていよう


 それにしても……、通りの両側にずらりと店が並んでいる。

 朝の早い時間だから、それほど通りを歩く人はいないのだが、若い娘さんが2、3人連れで笑い声を上げながら歩いている。

 そんな娘さん達が、反対側から歩いてきた数人の若い兵士達と軽く挨拶をしている。

 暮らしやすい市なんだろうな。それに治安も良いのだろう。


 先を歩くティーナさん達の前で立ち止まった兵士達が、一斉に騎士の礼を取っているのには驚いたけど、ティーナさんは兵士達の間でも知られているようだ。

 俺達も合流して軽く挨拶を交わす。

 俺の名をティーナさんが教えたからしきりに恐縮しているんだよなぁ。どこにでもいる普通の男ですと自己紹介をしておいた。


「それなりに名を知られるようになったな。たぶん館と宮殿での弓の腕が広まったに違いない。酒場に行けばいくらでもタダ酒を飲めるに違いない」

「酒は昨晩で十分ですよ。それにしても綺麗な店が並んでますね」


 通りの面した店の壁にガラス窓がはめ込まれているから、商品が良く見えるように並べられている。

 店に入らずとも、どんな商品を扱っているのが良く分かるんだよね。それを見るためにこの通りを散策する人達もいるんじゃないかな。


「商人達なりに考えての事だろう。もう少し先に行くぞ」


 ティーナさんが再び歩き出す。

 たまに街路樹があるんだが数は少ない。その代わりにランタンを吊るす柱が一定間隔に並んでいる。店の明かりもガラス窓越しに通りを照らすだろうから、この辺りは夜でも賑わうことは間違いなさそうだ。


 あれは……。

 20ユーデほどの広場に、いくつかのテーブルが並んでいる。数本の木が広場を覆っているのは夏の木陰を作っているのだろう。

 公園かな? それにしては小さいな。


 小さな広場でティーナさんが足を止める。

 追いついた俺達の体を向けると、直ぐ近くの店を指差した。


「先ずはあの店からだ。ナナちゃんの服を見繕わねばならん。私とユーリアの服も一緒に揃えても良いと母上が言ってくれたから、ここで待っていてくれぬか? 店に入っても構わんが、何せ女性専用の店だ。あまり長くはいられぬと思うぞ」

「ここで待ってますよ。ところであの店は何でしょうか?」


 俺が指さした店を一目見て、笑みを浮かべる。


「ちょっとした軽食や飲み物を出す店だ。あのカウンター越しに注文して品物を受け取り、この広場のベンチで食べる者が多いそうだ。そんなことから、この広場の掃除はかの店が行っていると聞いたことがあるぞ」


 なるほど、お茶でも注文してパイプを楽しんでいよう。

 考えないといけないこともあるからなぁ。丁度良い場所に思えてきた。


 ティーナさん達が店に入ったところで、俺も広場の傍にある店に向かう。

 カウンターにはまだ若い娘さんが店番をしていた。


「ここで飲み物を注文できると聞いたんだが……」

「はい。出せますよ。何にしましょうか?」


 お茶だけではないってことか?

 さすがは旧王都だけのことはあるな。

 ここだけしか飲めないような物はあるのかと聞いたら、これがお勧めですと木製のカップに注いで不思議な飲み物を出してくれた。

 銅貨3枚というのは少し高い気もするけど、せっかくここまで来たんだからね。不味くとも話の種にはなるだろう。

 

「海を越えた南の王国で飲まれているようですよ。昨年の暮れに手に入れたんですけど、どうにか店で出せるようになったのは、つい最近なんです」

「真っ黒だね? このまま飲むのかい」

「そのまま飲む人もいますけど、多くは砂糖を1杯入れてますね。女性はミルクを入れているようです」


 甘い方が絶対良いに決まってる。砂糖を小さなスプーンで入れて貰って、ついでにパイプの火種を貰った。

 生活魔法が使えないと言ったら、少し驚いているんだよなぁ。それでも笑みを浮かべてコヨリの先に火を点けて渡してくれた。

 パイプに火を点けたところで、支払いをすませベンチに座る。


 さて、持っているだけでは分からないな。

 先ずは一口……。

 苦い! なんだこの苦さは……。砂糖を入れてこれなんだから、入れなかったら飲めたものではないんじゃないか?

 だが、不思議と後味は良いんだよなぁ……。

 もう少し飲んでみるか……。うん、確かに後味がすっきりするし、お茶では味わえないコクもある。

 確かにこれを飲むという国があってもおかしくは無いだろう。だけど、初めて飲む俺には少し濃すぎる感じだな。

 少しずつ飲んでいると、パイプに案外合うように思えてきた。煙が甘く感じるのだ。

 この飲み物とパイプの組み合わせは危険だぞ!

 まあ、1日に数回なら問題は無いかもしれないけど。

 メモ帖を取り出して、次の課題を考えることにした。

 

 時間を計るというのは、やはり発想の転換が必要に思える。星や太陽の動きを監察するならかなりの精度を出せるだろうが、晴れの日ばかりでは無いからなぁ。

 何らかの人工的手段ということになりそうだが、ロウソクや線香の燃える時間は元々が手作り製品だから一定では無いんだよね。水時計や砂時計ならある程度の精度は出せそうだが、大きくなってしまいそうだ。

 

 ちょっと行き詰ったところで、残った黒い物体を飲み干す。

 そういえば、次はガラス工芸の工房を持つ商会に向かうんだったな。

 となると、その細工に必要な工具を揃える必要がありそうだ。ある程度はエディンさんから手に入れたんだが、それ以外の工具もあるに違いない。

 それに一番大事な砥石を買わねば話の外だ。回転砥石を何種類か手に入れて先ずは試してみよう。


「どうですか? 少し残ってしまったので、良かったら御注ぎしますけど」

「ありがとう、頂くよ。かなり苦い飲み物だったけど、後味が良いね。土産に持ち帰りたいんだが何という飲み物なんだい?」

「コフィールという飲み物です。原料は豆らしいんですが、この店には炒った豆で納入されるんですよ。それを細かく砕いて、お湯で煮込んで布で濾すんです」


 かなり手間が掛かる飲み物だな。まあ、暇つぶしに飲むなら少しぐらい時間が掛かっても良いだろう。


「コフィールだね。この後、商会を訪ねるから買えるかもしれないな。どうもありがとう。ところで、このカップは?」

「カウンター傍の籠に入れてください。ここにおいても良いですよ。たまにお掃除しますから」


 娘さんがそういって帰って行った。

 単に売るだけでは、商売は頭打ちだ。客への対応が良ければ、その噂を聞いて新たな客を呼ぶことも出来る。案外あの小さな店は流行るんじゃないかな。


 おまけのコフィールを飲み終えて、カウンターにカップを戻す。

 ベンチに腰を下ろして通りを歩く連中を眺めていると、ティーナさん達が帰ってきた。

 何も持っていないというのが気になるところだ。次の店で改めて品定めなんてことになるんじゃないか?


「待たせたな。どうやら選んだぞ。レオン殿の土産も揃えたから問題は無い」

「俺の土産?」


「マーベル共和国の子供達の数は約150人。子供達の夏服と夏用のサンダルを200揃えました。明後日には館に運べるそうです」


エッ! 思わず声が漏れた。

 200人分の服を揃えたってことか? いったいどれだけの金額になるんだろう?


「金額は心配ないぞ。これは王女殿下の贈り物になる。王子殿下は別に上等なワインを10樽届けると言っていたが、さすがにそれだけでは足りぬと仰っていたそうだ。レオン殿の矢を3会戦分で良かろう。これは弓兵部隊に頼んでおいた。出発までには届くはずだ」

「あまり散財するのも……」

「心配は無用。贈った矢が我等に向くのではないであろう。魔族を倒す矢であるなら、さらに追加したいとも仰っていたそうだ。それに、レオン殿には散財に見えるかもしれんが、それだけの金額がこの街に落ちるということになる。店の儲けもあるだろうが、半分以上はそれを作る住民に渡るのだからな。無駄ということは無い」


 税を集めて、それを広く分配するということになるのかな?

 貴族の仕事は金を使うことだと聞いたことがあるけど、こんな形で還元することを指すのだろう。

 自宅に贅を凝らす連中もいるのだろうが、それでもその一部は住民に還元されるのだ。

 出来れば還元率を上げて欲しいところだけど、その辺りの見極めが難しいんだろうな。


「さて、次に行きましょう!」

「次は……、画商であったか? ナナちゃん、行くぞ!」


 再び通りを歩くことになった。

 画商? 絵画を買うのかな。オルバス館の通路や部屋にはたくさん絵が飾ってあった。多くは風景画なんだけど、デオーラさんの趣味なのかもしれない。


 先を歩く、ティーナさんが一軒の店に入る。

 扉を入る前にガラス窓越しに見えた店内には、たくさんの絵画が飾ってあった。小さなものもあるから、案外一般家庭でも絵画を飾っているのかもしれない。


「これは、これは……。朝早くの御出でを感謝いたします。ところでティーナ様だけですかな? デオーラ様は後から……」

「私だけだ。絵画を描くための道具を一揃い用意して欲しい。カンバスは10枚ほど欲しいところだ」


 まさか、マーベル共和国で絵を描こうなんて野望を持っているのか?

 それほど暇なら、手伝って欲しいところだけど……。


「ティーナ様が、自ら!」


 応対している初老の男性が驚いている。

 俺の後ろで、ユーリアさんがクスクスと笑っているのが聞こえてきた。

 要するに場違いってことだな。

 剣の良し悪しはティーナさんにも分かるだろうけど、絵画に造詣が深いとは俺にだって信じられないからなぁ。


「まさかだ。たとえ重傷を負っても、絵筆を握れるなら長剣を握るぞ。私ではなく、隣のこの子だ。ナナちゃん、店主にメモ帖を見せてやってくれぬか」


 その言い方も凄いけど、そういう事か。

 ナナちゃんなら、いい絵を描くことができるだろう。

 ナナちゃんがバッグからメモ帖を取り出して店主に見せると、ナナちゃんの描いた絵を眺めている。

 あちこちスケッチしているようだから、新しいメモ帖を狩ってあげた方が良いかもしれないな。


「これは……。なるほど、良く描かれていますな。この構図も中々ですぞ。でも、この素描は何か足りないと感じるのですが、まだ途中ということでしょうか?」

「ああ、それか。それで終わりだ。その真ん中に女神像が立つのだ。それを基に作った作品はこの部屋の壁程だ。私が思わず膝を付くほどのものだぞ」


 メモ帳と壁を何度も店主が眺めている。

 最後に溜息を吐いて、ナナちゃんにメモ帖を戻してくれた。

 メモ帖を渡す手が震えているし、ナナちゃんの顔を大きな目で見てるんだよなぁ。


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