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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-171 晩餐会にふさわしいグラス


 晩餐会の会場は大きな家がすっぽりと収まる程の大きさだ。

 10人ほどが座れる丸いテーブルが部屋の両側に6つずつ置かれ、真ん中が大きく空いている。

 奥にある大きなテーブルは十数人が座れそうだ。

 俺達はいくつものシャンデリアの明かりに照らされた晩餐会の会場を奥へと進み、大きなテーブルに着く。

 グラムさんが椅子を引いてデオーラさんを座らせるのを見て、俺も同じようにティーナさんを先に座らせる。俺が座ったのを確認して、今度はケイロン君がナナちゃんの座る椅子を引いてあげている。

 ケイロン君はまだ少年だからね。優しい性格と相まってネコ族に見えるナナちゃんが隣に座ると兄妹に見えるな。


「王子殿下夫妻は最後に入場する。事前に近衛兵が知らせてくれるから、席を立って拍手をするのが習わしなのだ」

「皆と合わせていれば問題ないと言う頃ですね。了解です」


「最初に、王子殿下の挨拶がある。その次にレオン殿の挨拶になるが、短くても構わんぞ。それが終わると全員が起立して乾杯となるのだが、今回の乾杯を告げる役は……、光の神殿の長老のようだな」


「持ち回りということですか! それも面白いですね。ところでこのテーブルに王子殿下夫妻が座ると思うんですが、まだ2席が空いてますね?」

「貴族や来客が順に座るはずだ。多くはレオン殿の品定めということだろうが、たまに王子殿下への直訴もあるぞ」


 なるほどねぇ。愚痴をこぼすのでなければ、治政への影響も与えられるということなのかな?

 俺を品定めするのは勝手だけど、上手く行けばエクドラル王国が欲しい物が何か、分かるかもしれないな。

 向こうが問いかけて来るなら、此方の質問にも答えてくれるだろう。

 

「王子殿下御夫妻が御来場致します!」


 ざわついていた晩餐会の会場が、近衛兵の声でピタリと静かになる。

 次の瞬間今度は椅子を引く音が聞こえ始めた。

 最初に立つのは男性なのか! 慌てて椅子から立つとティーナさんの手を取って椅子から立ち上がるのを助けることになったんだが、これってドレス姿の女性に対する作法なんじゃないか?

 軍服姿で裾の広がったドレスを着ていないんだから、一人で立てると思うんだけどなぁ。

 奥の壁にエクドラル王国の国旗が飾ってある。

 皆が国旗に向かって立っているからそれに倣って待っていると、王子殿下が横の扉から入ってきた。

 一斉に拍手が起こり、王子殿下がテーブル近くまで王女様をエスコートしてくると、右手を高く上げる。

 拍手が止まるのを待って、王子殿下の挨拶が始まった。


「エクドラル王国を支える皆と今宵の晩餐を共に出来るのは私の誉れである。今宵は遥か北の国からの客を招くことができた。皆も知る陶器の考案者であり、それをはるかにしのぐ新たな装飾品まで手掛けているマーベル共和国のオリガン卿その人である。

 それでは、皆席に着いてくれ。先ずはオリガン卿より言葉を頂こう」


 王子様達が席に着いたところで、俺達も再び腰を下ろす。またティーナさんが席に着くのを手助けすることになるんだが、ティーナさんなら自分でできると思うんだよなぁ……。


 席に座った俺に、ティーナさんが顔を向けて小さく頷いている。

 早く挨拶、ってことか。

 とりあえず席を立ち、王子殿下に騎士の礼を取ると、会場に集まった人達に向かってもう1度騎士の礼を取る。


「王子殿下に拝謁するためマーベル共和国よりやって来たレオン・デラ・オリガンです。

本日の晩餐に招待頂きましたが、何分にも田舎生まれの山育ち。作法知らずな武骨者ですが、今後ともよろしくお願いいたします」


 再び晩餐会の参加者に向かって騎士の礼を取り、最後に王子殿下に騎士のれを取ったところで席に着いた。

 ちょっと会場がガヤガヤしだしたのは、俺に対する品定めの結果を話しているのかな?

 あまり付き合うことは無さそうだから、気にしないで置こう。


 皆の視線が動いたのに気が付いた。その視線の先には立派な神官服をまとった老人が銀のカップを持って立っていた。


「我が王国の新たな仲間が出来たようです。小さくとも魔族相手に住民を守る国であるなら光の女神の寵愛を受けるに違いないでしょう。マーベル共和国の発展とエクドラル王国の栄光に、乾杯!」

「「乾杯!」」


 乾杯は立たなくて良いんだな。

 カップのワインを一口飲んで、再び拍手となる。

 その拍手が合図になるのだろう。宮殿のメイドさん達が次々と皿を運んでくる。

 凝った造りの台車まで使って大皿を運んでくるんだよね。ナナちゃんが目を丸くして見ているから、近くのご婦人方が笑みを浮かべている。


「後は無礼講ですよ。さすがに悪酔いした連中は近衛兵が会場から連れ出しますが、1度そのような醜態をこの場で晒したなら、1年間は出席できないという習わしがあるのです」

「親しき仲にも礼儀は必要ということでしょうね。良い習わしだと思いますよ。とはいえ、1年は長く感じますけど」


「ハハハ……、それぐらいでなくては悪癖は治らんぞ。マーベルではどうなのだ?」

「そもそも酒が少ないですから……。宴会でも、せいぜいカップに2杯というところでしょうか。もっともドワーフ族の連中はワインは水に思えてしまいますが」

「ワインを運んでいると聞いたが、やはり足りないということか。商人達に教えてやろう」


 そんな話をしながら、メイドさんに取り分けて貰った料理を味わう。

 肉料理だけでも酒類や調理方法が色々あるようだし、何といっても盛り付けが素晴らしい。運ばれる皿を見るたびにナナちゃんが目を輝かせているのがここからでも分かるんだよね。


 ワインを飲もうとして、カップを取ろうとしたらいつの間にか銀のカップがガラスに変わっていた。

 少し分厚く感じるけど、やはりグラスで味わった方が良いな。手の中でグラスをくるくると回していたら危うく手から滑り落とすところだった。ちらりと周りを見ると、王子様が俺を見て笑みを浮かべている。

 しっかりと見られてしまったようだ。

 周りがツルツルだからだろうな。少し加工しても良さそうだ。

 どんな加工をしようかと考えていると、脳裏に不思議なガラス細工が浮かんできた。

 細かな筋がいくつも入ったグラスなんだが、あの筋を入れる事なんてできるのだろうか……。


「ぼうっとして、何を考えているのだ?」

「ちょっと面白いことを考えついたんです。市の見学にガラス細工の工房を加えて頂けませんか?」

「なら、もう直ぐやって来る商人と交渉してやろう。確かガラス細工の工房を持っていたはずだ」


 思わず笑みが零れる。どんな場所にも儲け話はあるってことだな。

 1時間も経たない内に、空いておいた席にご婦人を同行した貴族達が現れる。

 俺にはあまり興味が無いようで、もっぱら王子様と仕事を上手く行っていることを報告しているようだ。

 ティーナさんの話では、治政の役割分担が上手く行っているかどうかを調査する部署があるらしいから、本人がいくら自分の功績をアピールしてもダメなんだろうな。

 王子様も軽く聞き流して、「これからもよろしく頼む」と言うぐらいだからね。


 そんな中、1組の貴族が席に座ると王子様に軽く挨拶をした後で、俺に言葉を掛けてきた。


「昼に弓の腕を見せて頂いた。さすがはオリガンの名を持つ者と、部隊の評判になっているのだが、伝え聞くところによると弓の名手は戦場では役立たないと言われたとか。ワシにはどうしても理解できぬのだ。その理由を聞かせて貰えぬだろうか?」


 情報漏洩は誰だ?

 ちらりと横を見ると、グラムさんが笑みを浮かべている。

 そういう事か……。たぶんグラムさんも分からなかったんだろうな。近しい人物に頼んだのか、それともその話を聞いた目の前の軍人の疑問なのか……。


「弓兵が矢を放つのは、敵軍が攻めて来た時になるでしょう。一段となってきた敵軍に矢を放つ場合、狙って矢を放つのでは目の前にやってくるまでに一体何本の矢を放てるでしょう? 多分数本にも満たないでしょう。それなら前方に矢を放つ方が得策です。一度に放つ矢が多ければそれだけ、矢が落ちる範囲が広がります。その広がりの中に敵軍が入っているなら、何人かを倒すことができるでしょう。それを短時間で繰り返すことで敵を倒せば良いんです」


ちょっと驚いていたけど、納得してくれたようだ。

 

「点ではなく面で敵を捉えるということか……。なるほど、名人はいらぬということになるな」

「とは言っても、名人を育てることも必要でしょう。オーガ相手なら顔面に矢を射こめば倒すことが楽になりますからね。俺達の国ではトラ族が槍を使ってますよ。槍を30ユーデ先から胴に打ち込みます。数本で倒せますよ」


 再び考え込み始めた。ウーメラの事は黙っておこう。今ではエルドさん達も使えるようになっているから、オーガは何とかなるんだよね。


「ティーナだけでは不足かもしれんな。1個分隊ほど、護衛の名目でマーベルに預けることも考えねばなるまい」

「少ない戦力で魔族を相手に戦う。そこに新たな軍略もあるということですか? レオン卿。マーベル共和国に戻ったら調整して頂けませんか?」

「確約は出来ませんが、調整してみましょう。ですがそこで見たものすべてを供与することは出来ませんよ」


 石火矢は何時まで秘密にしておくことも出来ないだろう。見ただけなら、どんな構造をしているかは分からないはずだ。


 次にやって来たのは、恰幅の良い老夫婦だった。

 簡単に王子様に挨拶をすると、直ぐに俺に話しかけてくる。

 どうやら、ステンドグラスの詳しい話を聞きたかったらしい。ちらりとティーナさんに視線を向けると俺に小さく頷いてくれたから、この老夫婦がガラス工房を持っている商人ということになるのかな。


「色ガラスで絵を描くという発想に驚いた次第。工房の職人に出来るかと聞いてみると皆が揃って首を振っておりました。とはいえ、ガラスを混ぜることで今までとは風合いの異なるガラス細工が出来ました。同じことを繰り返すことも大事ですが、新たな試みも大事だと感じ入りましたぞ。聞けばエディン殿経由でガラスを手に入れておられるとか、エディン殿へガラス板を納入しているのは私共の工房でございます。どんな要望にも応えるつもりですから、今後ともよろしくお願いいたします」


 エディンさんの取引先ってことか……。なら都合が良さそうだ。

 手元のグラスを手に取って、こんなグラスが出来ないかと聞いてみた。

 

 直ぐに驚いた顔をしているから、やったことは無いということなんだろう。

 だけど、それなら尚の事だ。


「形はこちらの銀のカップ。色は下の柄の部分だけに出来ませんか? それと、此方のグラスですけど、この厚さで下半分を色付きにして頂けるとありがたいんですが」

「早速の注文ですか! でもそれなら作り上げたエクドラル王国に利があり過ぎるように思えるんですが?」


 王子様の言葉に、思わず笑みを浮かべる。


「出来たなら、金貨で取引されるかもしれませんね。でもそれを5倍の値にあげることができそうです。そのままでも売れる品を購入してさらに細工を施した工芸品を売る。価値を高めて売るということなら、互いに利が生まれるように思えます」


 ますます王子様の笑みが深まった。

 付加価値を高めるということに気が付いたようだ。

 獣人族は器用な連中が多いからね。最初は苦労しそうだけど何とかなるかもしれないな。目指すは脳裏に浮かんだカットグラスとクリスタルグラスだ。


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