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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-170 弓の名人が戦場で役立つとは限らない


 昼食をはさんで歓談が続く。

 王国軍からも見学者が訪れるということなんだが、それほどのものなのかなぁ。ティーナさんの話によれば、騎馬民族にも似たような行事があるらしいが、馬の掛ける場所から的までは20ユーデにも満たないそうだ。

 かつて弓自慢の騎馬民族の大使が腕を披露したことがあるようだけど、3か所の的に12本の矢を放って半数をどうにか当てただけらしい。


「砦では80ユーデと聞いたぞ。全ての矢を的に当てたとはなぁ……」

「ただ当てたのではない。全て真ん中を射抜いていた。レオン殿に狙いを付けられたなら、潔く神に祈るべきだろう」


「敵の動きを読んで矢を放つ……。的が動かないんですから、こっちが動いて練習すれば良いんです。実戦では敵が棒立ちにはなってくれませんからね」

「なるほど、そういう事か! 動かぬ的を動かぬ場所で弓を使っても練習にはならんということだな。長剣も互いに木剣で練習をするぐらいだ。弓の訓練が例外ともいえるだろう」


 グラムさんが真剣な表情で頷いている。

 訓練方法を変えようなんて考えているのかもしれないな。


「とはいえ、俺のような訓練はあまり勧めたいとは思いません。弓兵が敵に正確に矢を放つ、ある意味理想にも思えますが、そんな名人ばかりを集めると惨敗しかねません。

 昨日弓兵達の遠矢を見せて貰いましたが、出来過ぎだと思っています。彼らは実戦に出たことがあるんでしょうか?」


 俺の問いにグラムさんが答えに窮したところに、副官が耳元で囁いている。


「ふんふん……、そうか。なるほどな。レオン卿の言われる通り実戦には出ていないそうだ。よく分かったな」

「実戦ではあまり役立たないと思ったからです。確かに正確な矢を遠くまで放つということは理想的ではありますが、そうなると放つたびに敵兵への狙いを正確に行わねばなりませんし、1個小隊40人の兵士が狙う相手が重複しないとも限りません」


「となると実戦に向いている弓兵というのは……」

「遠くに矢を飛ばせる弓兵だと俺は思っていますよ。実戦を何度か経験した小隊長ならその意味が分かると思います」


1個小隊を越える弓兵の一斉射撃は、散布界を作ることに意味がある。

 散布界の中に敵兵を捉えれば、放った矢の何本かは当たるだろう。後はひたすら矢を放てば良い。3小隊の弓兵がいるなら総勢120人になる。一斉射で数人を倒せるなら、矢筒内の12本の弓で100人近い敵を倒せる勘定だ。

 俺としては的当て訓練も大事に思えるけど、散布界を維持するための訓練をする方が大事に思えるけどねぇ。


「弓の名手が、正確な狙いは実戦で必要ないと説くのか……」

「俺の場合は、士官になれるとは思ってもみませんでしたからね。将来はレンジャーになって狩りで生活を立てるつもりでした」

「確かに狩りの場合は、弓の腕が生活に左右されかねんな。とはいえ、ある程度の技量は必要だろう。そろそろ腕前を見せて貰おうか」


 再び馬を駆っての弓を見せることにした。

 訓練場はちょっとした馬場だな。直線距離だけでも200ユーデ程ありそうだ。

 ティーネさんがある程度指示を出してくれていたのだろう。訓練場の端に3つの的が並んでいた。


 ティーネさんの馬を借りて、大弓を持ち出し矢を3本取り出して1本を弦につがえるる。

 軽く馬の腹を蹴ると、直ぐに駆け出した。

 弓を引き絞り最初の的の手前で放つ。結果を見ずに次の矢をつがえると再び弓を放つ。

 短い間隔で次々と矢を放つ俺を見て、観客は声も出さない。

 訓練場の端で馬を返して、再び馬を走らせた。


 30分も経たないで矢筒の矢を全て放ったところで、王子様の座る椅子の近くに馬を寄せ、馬から降りて騎士の礼を取る。


「何とか的に当てましたよ。マーベル共和国では、このように馬に乗って弓を引くのではなく、立射なんですけど」

「全て中心の黒点に宛てたということか! 国王陛下に話しても信用してくれないだろうね」

「私も、御耳に入れましょう。さすがにこれほどとは思いませんでした。それに、馬上からの距離は100ユーデ程ありましたぞ。我が軍の弓兵では3つの的は無理でしょうな。50ユーデの距離で的1つを目標にさせてもおもしろそうです」


 騎馬民族への対抗心というところかな?

 あまり意味が無いと思うんだけどねぇ。柵で騎馬の機動を阻止したところへ一斉に矢を浴びせる。それが一番良さそうだ。

 魔族の弓兵は歩兵だし、走りながら矢を射るようなことはしないから案外組みやすい。だが、エクドラル王国の西に騎馬民族がいるとなれば、少しは考えないといけないのかもしれない。

 もっとも、マーベル王国の防衛の基本は相手の動きを停めての攻撃だ。そのまま騎馬民族の攻撃に対する防衛にも役立つだろう。


「さても、見事な腕ですね。武官貴族や軍の士官は現実主義の人達が多いのです。でも、自分の目で見たことは信じることが出来るはずです」

「あまり現実主義に固まるようでは柔軟な軍の運用が出来ないと思いますよ。たまに過去の戦の報告書を元にして頭上演習を士官達としてみてはどうでしょうか?」


 俺の言葉に数人の士官達が目を輝かせている。

 グラムさんもその1人だ。今夜は図上演習の方法について話し合うことになりそうだ。


 再び宮殿の部屋に戻ってデオーラさん達と歓談する。

 宮殿の1階が少し騒がしいのは、晩餐の準備が始まったからだとティーネさんが教えてくれた。


「弓兵達が明日から練習に励むでしょう。ますます精鋭揃いになりますわ」

「あまり軍を強化するのも……。軍を強化すると、試してみたくなるのが人情ではありませんか? 想定する敵対勢力とのバランスが大事です。魔族に対してな強力な軍が欲しいところではありますが、突出した軍事力を持つと周辺王国は脅威以外の何物でもありません。単独では無理でも、他国と協力すれば……、等という連合王国との戦になりかねません」


「そうですね……。周辺王国より少し上……、というところでしょうか。その判断が難しいところです」

「我等を脅威とするような王国なら、攻め入って滅ぼせば済むのではないのか?」


 ティーナさんの言葉に、デオーラさんが首を振っている。

 まだまだ政治には疎いと考えているのだろう。

 攻め入るのは簡単だ。だが、その後をどこまで考えることがs出来るかだな。

 占領地を統治するほど難しいものはない。場合によっては住民蜂起に繋がるし、戦で消耗した軍を鎮圧に回すなら、さらに犠牲が増えてしまう。

 広がった領地を守れる軍を維持するのが難しくなってしまうだろうし、住民蜂起などが起これば当然農地は荒れ果ててしまうだろう。

 戦で消耗した国庫を回復させるには長い年月が必要になるだろうし、弱体したと周辺王国が判断すれば攻め入られる可能性だってあるのだ。

 サドリナス王国の場合は、内乱で国民が圧政に苦しんでいたからなぁ。エクドラル王国軍を解放者として住民は迎えてくれたに違いない。

 その上、代官として赴任してきたのが第二王子であるアドリナスさんだ。統治の基本が住民の生活向上にあるから、現在のところ反乱の動きは全くない。

 税も安くなったし、エクドラル本国との交流も活発なようだから、商人達の物流が活性化している。

 働くだけ生活が良くなるなら、反乱は皆無だろう。


「マーベル国が防衛に力を注ぐのはそういう理由でしたか。獣人族の中では私達トラ族が身体能力に置いて人間族を凌いでいますが、他の獣人族は必ずしもそうではありませんからね」

「そういうことです。さらに魔族と比べてはるかに劣ります。相手から距離を置いて戦うのが基本です。そう考えれば、距離を置くための方策、離れた敵を倒す武器……、と作戦を考えることができますから」


「なるほど、それであのような大掛かりな投石機を作ることが出来たのですね。試作品が200ユーデ先に大岩を飛ばした時には皆が驚きましたわ」

「毎年50個の爆弾は砦に分配している。我等も作ったらしいがレオン殿達の爆弾から比べると大きく見劣りがしてしまう。だが、それはそれで役立つと言っておったな」


 爆弾ではなく焼夷弾のような品だと言っていたからなぁ。火薬の配合比と硝石の精製方法は俺達だけの秘密で良いだろう。

 

「でも楽しみですわ。次にどんな品をレオン殿は見せてくれるのでしょう」

「それを考えるために旧王都にやって来たと言っても良いでしょう。今考えているのは時間を計る方法と状況報告を遠距離に伝える方法の2つですね。後者については目途が立ちましたから、帰国する前に願い出るつもりです。時間の方は、まだまだ先ですね。暗中模索の最中です。2つともあまり住民には役立ちそうもないでしょうから、もう1つぐらい工房を作れそうな物を考えようかと思っています」


「それが市中を見たいと繋がるのか。明日は私が案内しよう」

「武器店ばかり巡ってはダメですよ。市場や洋品店にも行ってみなさい」


 2人に改めて頭を下げる。

 俺達2人でも良いんだけど、さすがに旧王都の市街は広いからなぁ。直ぐに迷子になるのは確実だろう。


 部屋の扉が軽く叩かれた。

 一呼吸おいて扉が開きユリアンさんが俺達に騎士の礼を取る。


「晩餐会の準備が整ったようです。すでに貴族達が入場していますから、そろそろご準備をお願いします」


 ユリアンさんの言葉が終わると、すぐに数人のメイドさんが部屋に入って来た。

 服装と髪型の手直しらしい。

 先ずはデオーラさんだな。その次はティーナさんのようだ。ナナちゃんも必要なのかな? さすがに俺は関係なさそうだ。

 デオーラさん達の準備が整うまで、ソファーでパイプを楽しもう。


全員の準備が終わる頃、グラムさんがケイロン君を連れて部屋に入ってきた。

 首を傾げていると、デオーラさんが理由を教えてくれたのだが、晩餐には男女が一緒に参加することになるらしい。

 女性を右手にしてエスコートするらしいのだが……。


「レオン卿はティーナをお願いします。ケイロン! ちゃんとナナちゃんをエスコートするんですよ。昨夜練習したでしょう? 途中で躓かせたりした父上の恥となるんですからね」


「大丈夫だよ。館でみっちり練習してきたからね。ベルダ小母さんがあんなにきつかったのは初めてだ」


 ケイロン君の嘆きに、うんうんとデオーラさんが笑みを浮かべて頷いている。

 ケイロン君にとって初めての舞台となるのか。ナナちゃんがドレスだったら間違いなく転びそうだけど、俺やティーナさんと同じ軍服だからね。転び心配は無さそうだな。

 後は、皆の真似をして食事を取れば問題は無いだろう。ナナちゃんにも皆の様子を見ながらゆっくりと食べるように言っておいたから大丈夫だと思いたい。

 小さな失敗なら、小さな女のこのすることだと皆も笑みを浮かべるぐらいだろう。


「さて、私の左に立って、右手を私のベルトの後ろにそっと添えてくれ。そんな感じだな……。母上、レオン殿は問題ない。ケイロン、ナナちゃんより背があるのだからゆっくりと歩くのだぞ!」


 まるで部下に命令するような口調でケイロン君に注意している。

 それほど気を配るものなのかねぇ……。皆で美味しく食べるのが晩餐だと思うんだけどなぁ。



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