E-017 俺達を遠ざけるわけ
「私達を囮にすると?」
周囲を気にしているのだろう。きょろきょろと周囲に目を動かしたレイニーさんが小声で問いかけてきた。
「簡単に言うと、そうなる。確かに良い作戦だと思うよ。俺達のことを考えなければね。
魔族相手に俺達が懸命に戦うことで、南の砦は魔族の襲撃の頻度が低減するし、襲ってくる魔族の戦力だって低下するはずだ。そうなれば、南の砦の規模を拡大するか、もしくは開拓村の近郊に砦を新設することで、開拓村の安全を確保できるということになる」
この計画を立てた連中は、たぶん王宮で暮らす連中に違いない。
人間族が王国の頂点に立つと信じる、選民思想の持ち主なんだろうな。
その考えがあることで、この出城とも言うべき砦には獣人族だけを送り込んだに違いない。そうでなければ三分の一近くは人間族になるはずだ。
「たぶん運んできた食料の多くは古いものだと思うな。量があれば満足するだろう位に思っているに違いない。とは言っても、軍の食料なら古くても食べられるからね。多い分には問題は無いと思う。
できれば矢と銃弾はもっと欲しかったが、それは防衛の仕方次第で何とかなるだろう。レイニーさんも銃弾は少し買い込んだんだろう?」
「20発を買いました。でも火薬をかなりレオンさんは買い込んでましたね。あれで銃弾を作るということですか?」
「あれは俺の趣味みたいなものさ。役立つかどうか分からないから商人に頼んだんだけど、必要な品は今回運んでくれたようだ。上手く行けば防衛が楽になるよ」
レイニーさんが、粘土で作ったストーブからお茶をカップに入れると、俺の前に1つ置いてくれた。
「私の代わってに指揮を執って頂けませんか?」
「それは無理だ。助言はしたいけど、この砦の旗印はレイニーさんだからね。それに俺の考えが必ずしも正しいとも言えない。あくまで状況を見るとそうなるぐらいの話だ。
だけど、俺の考えが正しければ、春になると南から新たな指示書と増員が来るんじゃないかな。それまでは、与えられた任務をこなすしかない」
砦を作れとは言ったけど、その後の指示は来ない。この砦を拠点に周辺の偵察をするのは焚き木を取りに行けばできることだ。
それに、何かあれば狼煙を上げるらしいが、俺達の作った狼煙台を状況視察にやって来た南の砦の指揮官付きの副官は何も言わなかった。
どう考えてもここから上げる狼煙が南の砦から見えるとは思えないんだが、南の砦の連中にはその方が都合が良いということになるんだろう。
「まあ、気の滅入る話はここまでにして、1つ教えてください。確か、神官がこの砦にいると思ったんですが?」
急な話の展開にレイニーさんはちょっと驚いているようだ。
それでも、ちゃんと来ていると教えてくれた。軍属の小母さん達の手伝いをしているらしい。
「何か理由があるんですか?」
「今のところはありません。でも、神官がいるんでしたら、礼拝所ぐらいは作らないといけませんね」
「南の砦には立派な礼拝所がありましたけど……」
「ここは小さな砦ですからね。でも下の仕官室は、作ってみたものの誰も集まりませんよ。礼拝所には丁度良いと思いますが?」
笑みを浮かべて、レイニーさんが指揮所を出て行った。
神官のところに行くのかな?
神に救いを求める兵士もいるに違いない。さすがに博愛主義を唱えて魔族の襲撃の際に武器を取らないようでは困るけどね。
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速足で秋が過ぎ去る。
各建屋に暖炉やストーブを備えたが、炭ではなく薪だから見張り台に登ると煙の量が多く感じるのは仕方がないな。
たっぷりと集めた薪は西の河原に野積みになっているほどだ。
上に草を束ねた雨よけを乗せてはいるけど、乾燥はそれほど進んでいないだろう。まあ、燃やす薪があれば冬は困らないはずだ。贅沢は言うべきではないだろうな。
砦に最初に雪が降った翌日。南の砦から2台の馬車が1個分隊の騎兵に守られて到着した。
持ってきてくれたのは武器と食料それにワインだ。馬車2台分だからなぁ。あまり期待はできない。
「これが指示書ということですね。受領しました。御役目ご苦労様です」
人間族の騎兵部隊の分隊長にレイニーさんが丁寧に答えたんだが、「別途南の砦からの指示があるまでこの砦を守るように」と言いつけて直ぐに帰って行ってしまった。
食事ぐらいは出してあげたんだがなぁ……。
それより指示書はなんて書いてあるんだろう?
指示書を呼んで溜息を吐いたレイニーさんの了解を得て、指示書を読む。
中身は、レイニーさんを砦の指揮官に任命することと俺を少尉に任じること、それに来週中に新たな兵士を2個分隊をこちらに送ることが書かれていた。
溜息を吐きたい気持ちは理解できるな。
だが、この内容だと至急にやるべきことがある。やって来る連中の寝場所を確保しないといけないだろう。
「新兵でしょうね……。ここで潰す気なんでしょうか?」
「たぶん全て獣人族でしょう。前の食料輸送時に頼んだ武器を持って来てくれれば少しはマシに戦えますよ」
エルドさんが指揮所にやって来て、積み荷の中身を教えてくれた。
ワインが3樽に食料が主らしい。
「矢と銃弾が1箱ありました。後は斧やスコップなどです。もっと砦を大きくしろと言うことでしょうかねぇ」
「そうだろうね。2個分隊が増員されるらしい。たぶん新兵だろう」
「怯えて隠れないならそれなりに使えますよ。でもかなりの犠牲者が出てしまうかもしれません」
それは覚悟しないといけないだろう。
初陣で戦死する割合は案外高いらしい。恐怖で棒立ちになってしまうからなんだろうな。
エルドさんに頼んで、2個分隊分のねぐらを作って貰う。
苦笑いを浮かべているところを見ると、兵舎の余剰室は物置になっているに違いない。
翌週の朝から雪が舞う日に、2個分隊の兵士が荷馬車5台を伴って砦にやって来た。
荷馬車の荷下しを済ませると、警護の軽装歩兵達は荷車を曳いて帰っていく。
やはり態度がおかしいな。
この砦にあまり関わりたくないような態度だからね。
やって来たのはやはり獣人族の若い兵士達だったが、軍属の小母さんが2人混じっている。新兵では無さそうだけど、女性の数がやたらと多い。男子は5人もいないんじゃないか。
レイニーさん達が食事を取らせて、兵舎に案内している。
「ここにやって来る前の部隊がバラバラです。しかも全員が獣人族というのも考えてしまいます」
「春になったらもっと増えると思うよ。どうやら上の連中の考えが読めてきたから、今夜にでもその辺りを皆で考えよう。
そうなると、やって来た兵士の武装もまちまちってことかな?」
「軽装歩兵に、槍兵。弓兵もいましたね。さすがに重装歩兵はおりません。それと、レオン様から頼まれたと言って木箱が5つほどありました。1つ開封したんですが、これが入ってましたよ」
テーブルの上にゴトリと音を立てたのは短銃だった。
レイニーさんに送った品物より、遥かに安物なのが一目でわかる代物だ。
「どうにか願いを聞き入れてくれたようだけど、俺の給与が無かったからなあ。ちゃんと手に入れてくれたようだ」
「私物なんですか?」
「私物ではないよ。俺の薄給では30も買えないだろう。便宜を図ってくれたお礼にワインを進呈した様なものさ。数を確認してくれないか? それとカートリッジの数がどれくらいあるかもね」
苦笑いを浮かべて、エルドさんが出て行った。
やって来た2個分隊には銃兵になって貰おう。既存の銃兵よりも安物の短銃だが、基本を覚えるには丁度良い。
夕食後に小隊長達が指揮所に集まる。
それほど大きな部屋ではないから、テーブルには中隊長であるレイニ―さんと俺以外は小隊長ばかりだ。小隊長の副官は壁際のベンチに腰を下ろしている。
ナナちゃんには難しい話をすると寝てしまうからなぁ。
ヴァイスさんの小隊に行って、一緒にスゴロクゲームでもしているに違いない。
「全員揃ったかしら? 今日の会議を始めるわ。昨日との大きな違いは、2個分隊の補充があったこと。レオンが頼んだ武器が到着したということの2点になります……」
短い状況報告が終わったところで、今度は俺の話になる。
「少し話が長くなりそうだから、お茶もタバコも構わないぞ。
どうにか砦が出来て、冬越しの食料も届いた。多くは昨年の品だが、食べられるのなら我慢するしかなさそうだ。
ここで魔族の襲撃に俺達は備えなければならない。
南の砦にいた時のように、騎兵による周辺偵察などできないから、常に臨戦態勢をとることになる。
とは言っても冬季の魔族の襲撃はレイニー中隊長も記憶にないとのことだから、分隊単位で昼と夜の見張りを行えば問題は無いだろう。
万が一の時には鐘を鳴らす。穴が空いた大鍋だが、結構良い音がするぞ……」
俺の冗談に笑い声を上げてくれるんだから嬉しくなる。
新たにやって来た20人を俺が指揮することには、誰も反対することは無かった。
レイニーさんも、「お任せします」と言ってくれたから後は訓練だけになる。
「ここまでは何時も通りだ。今からは、俺の感じた違和感から推測した話をしたい。
できれば間違いで合って欲しいが、どうにも気になる。それに俺1人で抱えるには重すぎる話だから、心して聞いて欲しい……」
皆が俺に視線を向ける。小さく頷いて話を始めた。
目を見開くもの、真剣な表情で俺の話に耳を傾けるもの……。
呼吸すら忘れたように、俺な話を最後まで聞いてくれた。
どうにか話し終えると、どんな質問が飛び出るかとパイプに火を点けて待つことにした。
「言われてみれば、確かにそうですね……。でもそうなると、レオン殿の立場が悪くなるんじゃないですか?」
「たぶん父上も了承しているのかもしれない。オリガン家の名を出してレイニーさんの副官に留まっても、引き留めることは無かったからね。
オリガン家としても俺がこの地で亡くなってくれた方が安心できるんだろう。何と言ってもオリガン家の落ちこぼれの話は王宮内でも有名な話だったらしい。
その俺が推測したことだから、間違っているかもしれないよ」
だが俺の言葉を聞いて、エルドさんが首を振っている。
「それなら、この砦にレオン様以外の人間族がいないことの説明にはなりません。それに新兵ばかりか、他の部隊からも獣人族を引き抜いてこの砦に来させたとなれば、レオン殿の推測がかなり現実に近いのではと……」
「でも、それでどんな得があるにゃ? 今までも私等は人間族から下に見られてたにゃ。今更という気もするにゃ」
「確かにそんなところがあるよね。まだ小さなナナちゃんが従者だと言っても、誰も問題視をしないぐらいだ。母上が付けてくれたと何人かに話をしたけど、下級貴族だからだろうと憐れみの目で見られたよ。
この話を皆は当たり前のように受け取っているけど、すこし変じゃないか?
人間族の少女だったなら、誰もが国元へ返せと言うに違いない。既に差別が一般的に行われていたんだよ。
今回の出来事はそれを更に上回る規模で行われるに違いない。獣人族の兵士を辺境に追いやる……。何故か! 考えれば単純だった。獣人族の反乱を押さえるためだ。
ではなぜ反乱がおきる可能性があるのか! たぶん開拓地の強制接収ということじゃないかと考えている」
開拓を行って得た収入は10年間無税になる。更に開拓者が生存している限り税金は半額に抑えられる。
開拓村を作っているのは、多くが町や村を追い出された獣人族だ。
いつから開拓を始めたのかも記録に残ってはいないだろう。彼等を開拓村から追い出して、新たな住民が町や王都からやって来る。その多くは町や王都の有力者と繋がった次男三男達だろう。
ある程度出来上がった村と耕作地を手に入れられるなら、親達は喜んで裏金を弾んでくれるに違いない。




