E-168 王子殿下との謁見
近くに神殿があるのかな?
鐘の音が3度聞こえてきた。間をおいて再び聞こえてくる。
鐘の音が止む前に扉が開き、正装姿のグラムさんが入ってきた。
「全く……、ティーナのドレス姿は何時になったら見られるのだ?」
「マーベル共和国大使の任を得ていますが、未だに王国軍の仕官であることも確かです。それに軍装姿の方が動きやすいですから」
ティーナさんの言葉を聞いて、グラムさんは片手で顔を覆って首を振っているけど、デオーラさんは扇子で口元を覆って笑みを隠している。デオーラさんはドレス姿なんだよなぁ。大きく膨らんだスカートの中ならナナちゃんが隠れることも出来そうだ。
「今回は仕官もたくさん来ているのでしょう?」
「オリガン家の人物を見ることができる、またとない機会だ。部隊の方は副官達に任せているのだから困ったものだ」
グラムさんの言葉にうんうんと頷いているのは、部隊を案じているとは思えない。ティーナさんの相手を探そうという魂胆に違いない。
「貴族達も揃い始めたようだ。そろそろ出掛けるか」
「宮殿内の作法に疎いですから、王子殿下との距離をどれほどにしてよいか分かりかねます。できれば、俺の前を進んで貰えませんか? グラム卿が足を止めた位置で、挨拶したいと思います」
「了解だ。近衛兵が扉を開け中に入り謁見者の名を広間の中に知らせる。ワシ達はその後で絨毯の中央を歩くことになる。長い絨毯が尽きたところで、別の絨毯が敷かれているから、その中央で挨拶すれば良い。立ち位置でワシが足を止めるのは問題ないだろう。その位置からワシは離れることになるが、ワシがレオン卿に頷いたのを合図に挨拶してくれれば礼儀上の問題は無いはずだ。挨拶の初めと終わりに、騎士の礼を殿下にとって欲しい。そのまま入り口扉に向えば、近衛兵が扉を開けてくれる。扉が閉まったなら、ワシの副官の案内に従って欲しい。晩餐の前に殿下が私的な昼食会をしたいと言っていた」
「了解です!」とは答えたものの、中々面倒だな。
とはいえ、グラムさんの動きを見ていれば良さそうだ。俺の騎士の礼は少しぎごちないけど、この服装だからなぁ……。
「さて、出掛けるぞ! ……デオーラ、ナナ嬢の手を引くのは構わんが、広間に入ったなら、離すのだぞ。ナナ嬢はレオン殿の従者なのだからな。ナナ嬢はレオン卿の右後ろに2歩離れて控えるのが一般的なのだが、隣にいても問題は無さそうだな。殿下達にも会ったことがあるのだから、その方が良いかもしれんぞ」
俺もナナちゃんもその方が良いな。少し心配そうな顔をしていたナナちゃんが笑みを浮かべて頷いている。
グラムさんの副官が俺達に騎士の礼をすると、部屋の扉を開けてくれた。
グラムさんの後ろ付いて歩いていく。先ほどは扉の前に近衛兵達が立っていたのだが、今は誰もいないようだ。
俺達のいた部屋の外側だけに近衛兵がいたんだよなぁ。
豪華な通路を歩いていくと、突き当りの扉の両側に近衛兵が立っていた。
グラムさんを見て直ぐに扉を開けてくれたんだけど、まだまだ通路が伸びているんだよね。
通路の絨毯が少し高級な気がするのは気のせいかな?
むき出しの石壁にランタンが等間隔に並んでいる。ほのかな明かりが揺れているのは、光球ではなくロウソクを使っているのかもしれない。
「あの扉の向こうが謁見の間だ。本来なら国王陛下が使うのだろうが、見下すような段差を撤去して使っている」
「玉座は1つということですか」
「そういう事だ。王子殿下は、名目上は地方領主だからな」
王族内も色々とあるようだな。将来は第一王子が国王になるのだろう。兄弟仲良く王国を治めて欲しいところだ。
豪華な扉の前で、俺達は足を止める。
1個分隊の近衛兵が扉を警護しているのにはちょっと驚いてしまった。
身じろぎもせずにジッと前方を見ている近衛兵に、グラムさんが俺達を引率してきたことを近衛兵に告げると、左右から近衛兵が移動して両扉を大きく開いてくれた。部屋の中に1歩足を踏み入れた近衛兵が大声を上げる。
「オルバス卿ご夫妻並びにご息女ティーナ様御入室。続いてマーベル共和国よりレオン・デラ・オリガン殿、王子殿下の招きに応じて参じております」
扉の外から見ただけでも100人を超える人達がいるようだ。
「オリガン……、ついにやって来たか!」、「魔族を一撃で葬ると聞いたぞ……」
ガヤガヤと騒ぎが聞こえてくる。
父上ならともかく、末弟で分家だからねぇ。それほど騒ぐことは無いと思うんだけどなぁ。
グラムさんが部屋に足を踏み入れる。
その後ろに俺とナナちゃんが続く。デオーラさん達は少し遅れて入るようだが、俺達の後には続かず、直ぐに左右に並んだ人たちの中に入って行くのだろう。
グラムさんは後見人ということだから、王子殿下の近くに立つのかな。
分厚い絨毯は、草原を歩くような踏み応えがある。気を付けて歩かないと転んでしまいそうだ。
絨毯が途切れて、豪華な絨毯がその先にあった。指揮所ぐらいはあるんじゃないかな。
その中央でグラムさんの足が止まる。
一旦止まったグラムさんが右手に歩いていくのは、本来の立ち位置への移動ということだろう。
グラムさんが止まった場所まで歩き、ナナちゃんを隣に立たせて王子、王女殿下に騎士の礼を取った。ナナちゃんも深々と頭を下げているから、問題は無いな。
「長く辺境で暮らしておりましたので、敬語を上手く使えませんことを先にお詫びいたします。
お久ぶりです。お招きを受けてマーベル共和国より来訪いたしました。王子殿下、王女殿下のお元気なお姿に安堵いたしております。またここまでの道すがら領民の暮らしを見てまいりました。かつてのサドリナス時代と比べて格段に明るい顔を見ることができたのが最大の喜びでございます」
「諸君、聞いたか! これがオリガンなのだ。自分の利を求めず領民の暮らしに目を向ける。その領民を守るなら全力で取り組む……。まさに義を重んじる家であることは間違いない。私は、そんなレオン卿と親しくなれたことをうれしく思う」
「「ハハァ……」」
後ろの方でかしこまっているような声がする。ひそひそ声も聞こえない。
「辺境の地であれば、豪華な贈り物を持参することもできません。とは言え何も贈る物がない謁見となれば我が国の評判にも関わります。王子殿下と王女殿下にそれぞれ贈り物を用意いたしました。王子殿下への贈り物は我が国一番の名工の打った長剣になります。良い細工師がおりませんので刀身だけになりますが、さすがにこの席で白刃を出すことも出来ません」
バッグより布に包んだ刀身を取り出すと、グラムさんが歩み出て刀身を受け取ってくれた。
贈り物は、その場で皆に披露するのが習わしらしい。
グラムさんより受け取った包みをゆっくりと開いた王子殿下が目を丸くする。
「斬鉄剣! これを頂けるのか?」
「王子殿下にふさわしく作った品です。腰に佩いて頂ければ幸いです」
「オルバス卿が、この場所で近衛の長剣を斬り取ったのは私も見ていたのだ。技量が無ければ持たぬ方が良いとオルバス卿に言われていたのだが……。ありがたく頂くよ」
嬉しそうに長剣を再び布に包むと、後ろに控えていた少年に手渡した。
さて次だな。
部屋を見渡すと、左手に大きな窓が並んでいる。
床から3ユーデはありそうだ。明かり取りの窓ということなんだろう。直接日が差し込まないのは、窓が中庭に面しているからに違いない。
「ちょっと変わった品を王女殿下にお持ちしました。あの窓の近くに小さなテーブルを用意して頂けますか?」
「何やら面白そうだね」
笑みを浮かべた王子殿下がグラムさんに顔を向けて頷くと、直ぐに近衛兵に指示を出してくれた。
2人掛かりでソファーほどの凝ったテーブルを用意してくれたから、ナナちゃんを連れてテーブルに向かう。
バッグから取り出した大きな板を見ている人達は、絵画を持参したと思っているに違いない。
布に包んだステンドグラスをテーブルの上に載せると、近くにいた近衛兵にステンドグラスの両脇を支えて貰う。光の加減も丁度良さそうだ。
王女様に視線を向けると、どんな絵画かと笑みを浮かべている。皆の視線が俺達に集まっているのを確認したところで、ナナちゃんと一緒に包んでいた布を解いた。
王女様の笑みが消えて、大きく目を見開いている。
「「ハア!!」」
王子様達の前に並んでいる貴族達からため息のような、感嘆の声が上がった。
再び王女様に視線を向けて軽く頭を下げる。
「長い冬の退屈を紛らわせようとした品です。王女殿下の私室の窓に使用して頂けると幸いです」
「ありがたい贈り物です。このような工芸品がこの世に存在するとは思いませんでした」
ステンドグラスを再び布に包んだところで、最初の位置に戻り再度騎士の礼を取る。
「全くいつも驚かされる。ありがたく頂くよ。昼食後に、弓の妙技を見せて貰えると良いのだが……」
「武官貴族であるなら長剣の腕と言いたいところでですが、お見せできるような腕ではありません。弓なら多少心得がありますから、ご覧に入れましょう」
さて、これで終わりの筈だ。グラムさんに視線を向けると、俺に小さく頷き返してくれる。
去り際に再度騎士の礼をすると、ナナちゃんと一緒に踵を返して扉に向かって歩き出した。
扉前に控えている近衛兵が扉を開けてくれる。通路に出て、後ろの扉が閉まった瞬間、ほっと溜息が漏れる。
やはり大勢を前にすると緊張してしまうな。兄上は慣れることだと言っていたけど、俺は慣れそうにもない。
「ご苦労様でした。会談の間にご案内いたします」
グラムさんの副官が俺達のところに来てくれた。
若い副官の案内で宮殿へと向かう。城はあまり使っていないのかもしれないな。
宮殿の1階に下りて、案内された部屋はオルバス館の応接室ほどの大きさがある。
10人ほどが座れる丸いテーブルと椅子は凝った彫刻が施されているし、椅子のクッションの刺繍も凝ったものだ。それが高級な絨毯の上にあるんだから、お茶を零したら怒られるぐらいでは済みそうもない気がする。
やはり分相応にして欲しいところだ。
これでは気になってしょうがない。
「お掛けになってお待ちください。ここはパイプも使えますよ。直ぐにグラムご夫妻が来るはずです」
「ところで、弓を見せることになっているんですが、宮殿のそのような場所があるんでしょうか?」
「入口の門の右手に2個中隊ほどが訓練できる広場があります。すでに的と馬は準備してありますから心配には及びません」
許しが出たところでパイプをバッグから出すと、ナナちゃんが指先に小さな炎を作ってくれた。
やはり魔法が使えないのは問題だな。簡単な火を点ける道具でもあると良いんだが……。
明日はのんびりと、旧王都の店でも巡ってそんな品を探してみよう。
レイニーさん達へのお土産も買わないといけないしね。ガラハウさんやエルドさん達には少し上等なワインでも十分なんだろうけど、レイニーさんやヴァイスさん達には何を渡そうかな。
ティーナさんはあてに出来そうも無いから、デオーラさんに相談してみるか……。




