E-166 真剣を使った立ち合い
3ユーデほどの間を置いて、バリウスさんと対峙する。
右手で長剣の鞘の上部を握る。親指でガードを押し出ししたところで、左手で軽く柄を握った。
やや前のめりの姿勢で膝を折り、左右の足は右足を半歩前に出す。
対するバリウスさんは、上半身を伸ばして長剣を大上段に構えている。
長剣は結構重いからなぁ。トラ族の使う長剣ならなおさらだ。
あの構えを取るなら、それほど間を持てないだろう。
さてどう来る?
構えを見た後は、バリウスさんの視線と殺気だけを感じ取る。
相手の動きだけを見ているようではダメだと、何度も兄上や父上から教えて貰ったし、兄上との訓練で殺気を感じ取ることもできるようにはなった。
ある意味予感のようなものだけど、それが戦では生死を分けることになるらしい。
おかげで、矢が飛んできても避けることができるようになったのはありがたいことだけど、それを知るまでには何度青あざを作ったことか……。
バリウスさんがすり足を使って、俺の右手にゆっくりと移動しながら距離を縮める。
それにしても、大上段の長剣が全くぶれない。
それだけ腕の筋肉を鍛えたんだろう。まったくトラ族の身体能力は驚くばかりだ。
真剣な表情で俺を見ているバリウスさんは、俺の動きが無いことに驚いているようだ。
通常なら、相手の動きに合わせて俺も動くことになるだろうからね。
だが、この姿勢なら打ち込みをかわすことができる。片足を少し引くだけで半身に出来るし、曲げた膝を伸ばせば半歩後ろに下がることだって可能だ。
構えは案外大事なんだけど、バリウスさんはまだその辺りが理解できないのかもしれないな。
もっとも俺のこの構えは、後の先だ。トラ族なら相手が動く前に長剣を振るうに違いない。典型的な先の先ということになるんだろう……。
バリウスさんに笑みを浮かべると、首を傾げている。
だが、次の瞬間バリウスさんの表情が驚きに変わった。
俺のベルトのホルダーから3枚の手裏剣が飛び出し、俺の頭上でクルクルと周りながら大きく円を描きだしたからだ。
「魔法だと!」
「魔法ではありませんよ。俺は魔法は使えません。さて、そろそろ始めますか?」
俺の言葉にそれまで視線が上を向いていたことに気が付いたようだ。
改めて俺に視線を向ける。
さて、そろそろ打ち込んでくるはずだ。ゆっくりと目を閉じた。
「ゥリャァ!!」
鋭い気合が聞こえる前に、俺の左足と左手が動く。
キィン!
訓練場に高く澄んだ音が聞こえて俺の目が開くと、俺とバリウスさんの位置が逆転していた。
ゆっくりと振り返り、バリウスさんの背中を見る。
バリウスさんは振り下ろした長剣を持ったまま、ピクリとも動かない。
「それまで!!」
グラムさんの大声がここまで届く。
グラムさんのいる方向に体を向けるとゆっくりと頭を下げて、そのまま歩き出したんだが、まだバリウスさんは肩を小さく震わせているだけで動きが無いんだよなぁ……。
ベンチに戻ったところで、腰を下ろす前に改めて訓練場に体を向けると深々と頭を下げた。
腰を下ろした俺に、ナナちゃんがお茶のカップを渡してくれたから、乾いた喉を潤すことにした。
それにしても、まだバリウスさんが動かないんだよなぁ。体を斬った覚えはないのだが……。
「あれで長剣2級だと? 誰が信じるものか。長剣S級と言っても過言ではない」
「ティーナはまだまだですね。ケイロンは分りましたか?」
「いつもの兄上では無かった気がします」
その言葉を聞いてグラムさんがケイロン君の頭に手をやってポンポンと叩いている。
「それが分かれば十分だ。戦場では長剣1級でも長剣2級の戦士に撃ち取られることがある。それが今の状況だな。誰かバリウスの頭を殴ってこい! いつまでも恥をさらすものではない」
「申し訳ありません。真剣でしたのであのような手を使うしかありませんでした」
「こちらこそ礼を言うぞ。少しはバリウスも物事を見る目が出来たはずだ。自分の長剣の腕に酔っているようでは先が見えていた」
さすがに頭を殴ることはしないようだな。肩を何度か叩かれてどうにか状況を理解していたようだが、足元の何かに気が付いて慌てて拾っているようだ。
駆け足でこっちにやって来たから、とりあえず席を立ってバリウスさんに頭を下げる。
「腕を貸して頂き、ありがとうございました」
「イヤイヤ……、こちらこそ未熟さを自覚させて頂きました。父上、これを……」
侍女からお茶のカップを受け取りながらも長剣をグラムさんに手渡している。
その長剣は先端が半ユーデほど両断されていた。
「そういうことか……。これは家宝にするのだな。だが、立場上長剣を待たぬわけにはいくまい。後でワシの部屋に来るがよい。先代に頂いた長剣を渡そう」
「あれを頂けるのですか!」
嬉しそうだから、前から欲しかった長剣なのかもしれないな。
バリウスさんに試合のわだかまりは無さそうだ。ちょっと卑怯な手を使ったように思えるんだけど、技量は相手の方が上なんだからね。
「あの頭上でクルクル回っていたのは、俺の注意を削ぐためでしたか」
「そういうことです。もしバリウスさんが俺を殺そうと長剣を振るっていたなら、あれが顔を切り刻みますよ。俺から目を離した隙を狙って長剣を突き刺すぐらいなら、俺にも出来そうです」
「殺そうとして長剣を振るっていなかったことが幸いだったな。それでもバリウスの一撃を避けねばならなかった。ワシなら腕を折ることぐらいはしていたが、レオン卿はそれをせずにあえて長剣の斬撃を受けたということか」
「長剣を両断すれば先端部分を腕の籠手で受けることぐらいはできます。結構頑丈な籠手ですからね」
両断できていなければ、俺の腕が折れてたかもしれないな。
それが出来たのは、この長剣を作ってくれたガラハウさんのおかげに違いない。
「父上が斬鉄剣を手に入れたと聞きましたが、本当にあるのですね」
「宮殿での話を聞いていなかったのか? 全く困った奴だ。レオン卿から頂いた品だ。レオン卿の長剣も斬鉄剣であることは間違いなさそうだな。だがここからではレオン卿の長剣さばきが全く見えなかった。お前の長剣を両断した音が聞こえただけだったが、ワシが試した時とはまるで違った音だったぞ」
どうにかこの場を凌げたかな?
詳しい話は館の中で……、という話になって俺達は訓練場を後にすることになった。
弓兵を率いる小隊長が、是非とも矢を1本譲って欲しいと言われたので1本進呈することになったけど、鎧通しがエクドラル王国に浸透することになるのだろうか?
ちょっと気になるんだよね。
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弓兵部隊の小隊長達も一緒になって昼食を頂く。さすがに軍事に関わる話題になるだろうからと、文官貴族の2人は帰ったようだ。
サンドイッチとコーヒーの昼食は、簡単に見えるけどかなりいろいろの具材が使われている。
久しぶりに分厚ベーコンが挟まれたパンを頂くことができた。ナナちゃんも、ジュースのカップを片手にフルーツサンドを美味しそうに頂いているけど、口の周りにクリームが付いてしまうから、隣に腰を下ろしたデオーラさんに口元を拭いて貰っている。
「あらあら! まだたくさんありますから、ゆっくりと食べて頂戴ね」
そんな声が聞こえてくるから、グラムさんと俺の周りに集まった連中が笑みを浮かべる。
「町で見かけるお嬢さんそのものなんですけどねぇ……。あの弓の腕には驚きました。たぶん我等の半分にも満たない時間で矢筒の矢を全て丸太に撃ち込むんですからねぇ」
「練習させてみるのか?」
「いや、止めておきます。私達は猟師ではありませんし、あの距離に近づく前に倒さねばなりません。とはいえ、あれだけの腕の持ち主が後ろに控えているなら、安心して剣を振れるに違いありません」
「そうだな。それならレオン卿を見習うということか?」
「それもはかなり難しいですね。100ユーデを越えた場所から全て的に当てるんですから……。しかも中心の黒丸にですよ。ですが、あの距離から的に矢を突き立てられるのは見習おうと思っています。あの変わった弓がそれを可能にするように思うのですが……」
弓に気が付いたのはさすがということかな。
俺も、もう1つの記憶が無ければあんな弓は作らなかったからね。
「たぶんトラ族の人達が使う弓よりも長いはずです。およそ2ユーデ半ですからね。その弓を構えるには、身長がおよそ2ユーデでの俺では弓の下が地面に着いてしまいます。それで下を短くしているんですよ」
「やはり長弓ならば遠くに飛ばせると?」
ヴァイスさん達の弓の射程の2倍は飛ぶんじゃないかな?
だけどあまり狙いが正確に取れないのだが、俺にはテレキネスという能力があるから補正するのは簡単だ。
ある意味ズルをしているようなものだけど、誰もが結果ばかり見ているから、そんな能力で矢の軌道を補正しているとは思わないようだ。
「私が話しても、誰も信じないだろうな……」
「その腰の長剣を見れば、誰もが前の長剣に何かあったのかと思うだろう。前の長剣は安物ではないぞ。エクドラル王国随一の工房で鍛えた品だからな。だが、その長剣をもってしても斬鉄剣には適わぬということだな」
「レオン卿の国では、その斬鉄剣を作れるのですね? なら私の剣を作って貰うわけには……」
「この長剣が金貨5枚だ。レオン殿の国で作るのは刀身のみ。さすがに斬鉄剣と呼べる品を安易な柄や鞘に納めることは出来んぞ」
「ですね……。ならば手柄を立てるしかありませんね」
バリウスさんの言葉に、グラムさんが笑みを浮かべて頷いている。
蛮勇に走らなければ良いんだけどなぁ。
格安で作ってあげようと思っていたんだけど、どうやら自分で手に入れる方法を思いついたようだ。
これで俺のサービスは十分だと思いたい。
「父上が宮殿で近衛の長剣を叩き斬ったという話は聞いていました。父上なら前の長剣でもできたように思えますけど、それなりの衝撃を受けたと思います。ですがレオン卿と刃を合わせた時には敵の革鎧を斬るような手ごたえがあっただけです」
「何だと! レオン卿、済まぬがレオン卿の長剣を見せて貰えんか?」
見せるだけなら容易いものだ。
「どうぞ!」と言葉を掛けながら背中の長剣を吊っている紐を解く。紐を鞘に巻き付けると近付いてきた侍女の両手に長剣を乗せた。
自分の長剣を両断されたからか、バリウスさんも腰を上げてグラムさんの後ろからグラムさんの持つ長剣を興味深々な表情で眺めている。
「済まんな。……柄は組紐を巻いているのか。かなり凝った巻き方だが、なるほど手に馴染む。ワシもこうすれば良かったかな。鞘は皮ではなく木製だな。銅の帯は補強ということか。これなら、このまま鈍器としても使えそうだ」
「父上、私にはその長剣が反っているように見えるのですが……。目の錯覚でしょうか?」
「気が付いたか。その通り、反っているぞ。中の長剣が気になるところだ」
グラムさんがゆっくりと長剣を抜く。
直ぐに片刃であることに気が付いたようだ。そのままゆっくりと鞘から抜くと目の前に立てて、刀身を眺めている。
「素晴らしい品だ。バリウスの長剣を両断しているのだが、どこにも刃こぼれが無い。ワシの長剣から比べると刀身も短いし、片刃だから横幅も無い。指2本半というところか。通常の長剣が指4本だとすれば、やはりレオン殿の腕ということになるのだろうな」
技と言えるのかどうか怪しいところだが、皆が使う長剣と俺が使う長剣には大きな違いが1つある。
重い長剣を振るうことで得られる衝撃で相手を斬るのではなく、俺は斬りつけたところで手元に長剣を引いている。
その使い方は、斧と包丁の使い方の違いかもしれないな。
少年時代に庭で雑草の茎を斬る時に気が付いたことだけど、それ以来それが当たり前のように俺は使っているけど、ひょっとしたら兄上にいくら剣を教えて貰っても上手くなれないのは、根本的に剣の使い方が異なっていたということなんだろうか?
いまさらだが俺の長剣の使い方を矯正しないといけないなんてことになると、厄介な話になってくるんだよなぁ。




