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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-165 トラ族の弓兵部隊


 朝食を終えた俺達は、ケイロン君の案内で訓練場へと向かう。

 それにしても私設の訓練場を持っているというのが凄いな。

 俺の実家にはそんなものが無かったから、館の裏庭で兄上に長剣の手ほどきして貰っていた。たまに私兵達が訓練していたけど、あれを訓練場とは言えないだろうな。


 手入れされた植栽が両側に並んだ小道を歩くと、急に眼の前が広がった。

 100ユーデ四方はありそうな訓練場だ。これなら弓兵の訓練も出来そうだけど、この広さはどうやら乗馬訓練に用いる為なのだろう。訓練場の至るところにひずめの跡がある。


「乗馬訓練には少し狭いのだが、ケイロンには丁度良いだろう。だいぶ乗りこなせるようになったのか?」

「士官学校にも乗馬訓練があります。一番とは言いませんが十番内には入ってますよ」


 弟の言葉にティーナさんが嬉しそうに頷いている。

 小さい頃に乗馬を教えていたのかな?


 俺達の姿を見付けて、手を振っている男性がいた。

 周りに弓を持った兵士がだいぶ集まっているから、弓兵の小隊長なのかもしれないな。

 俺達のところに走ってくると、先ずはグラムさんに騎士の礼を取る。その後で俺達に体を向けて同じように騎士の礼をしてくれたから、バリウスさん達に合わせるように俺も騎士の礼をした。ナナちゃんもお辞儀をしているから礼を欠いてはいないな。


「弓の妙技を見せて頂けると聞いて部下を率いてきました。第二、第三小隊長と副官も同行しています」

「私も実際に目にするまでは、信じられなかったからなあ。的は持参してくれたか?」

「3つ用意しました。先ずは我等弓兵達の腕を見て頂きましょうか!」


 かなり自信を持っているようだ。それだけ厳しい訓練をしているに違いない。

 後ろからやって来たグラム夫妻も、小隊長の言葉に笑みを浮かべている。


「第一弓兵小隊か? 彼らの腕はエクドラル王国でも噂が出るのだが……。砦の話を聞いてはいないのか?」

「噂は噂と割り切っているのでしょう。全員がトラ族ですから、自分の目で見ない限り信じることは無いはずです」


 グラム夫妻が小声で話をしている。

 そういえば、トラ族ばかりだ。

 ブリガンディはトラ族は重装歩兵なんだけどなぁ。待てよ……、俺達のところに攻め入ったエクドラル王国の弓兵はネコ族やイヌ族だったんだが、第一小隊だけは別ということなんだろうか?


 先ほどの仕官が兵士達に的を用意させている。

 整列した弓兵からの距離は60ユーデ程だ。ヴァイスさん達ならまだ様子を窺う距離だな。


「さて、近づいてみるか。……どうした? 首を傾げて考え込んでいるようだが」

「いや、トラ族を弓兵にすると言う発想が、凄いというかなんというか……」


「確かにトラ族の弓兵は珍しかろう。だが、我等種族の腕力は人間界では一番だ。それだけ強い弓を引くことができる。とは言っても、連中から何度も転属願いが出るんだから困ったものだ」


 後ろからグラムさんが事情を教えてくれた。

 なるほど、そういう事か。だがトラ族なら長剣と誰もが考えるからなぁ。やはり弓の腕を誇るよりは長剣の腕を誇りたいのは良く分かる。


「準備完了です。先ずは小隊での一斉斉射を見て頂きましょう。その後で、我が小隊一番の弓の名手の腕をご覧いただきます」

「うむ。それでよい。その後でレオン殿の妙技を見て欲しい。もっとも、その前に従者であるナナ嬢の弓も見せて欲しいところだな」


 ティーナさんの言葉の最後は、ナナちゃんに向かって話していたけど、ナナちゃんが真剣な表情で頷いているんだよなぁ。

 脇で見ていたデオーラさんが身を屈めて、「見せて頂戴!」なんて言っているから、バッグから弓と矢筒を取り出して準備をしているんだよね。


1個小隊に弓兵が弧を描いて整列すると、3つ並んだ的の左端の的を狙う。

 ダン! という弓鳴りの音が重なると、60ユーデ先の的に半数近くの矢が突き立つ。

中々の腕だな。

この連中が、あの時にいなかったのが俺達の幸いだったのかもしれない。

 ザザザ……、靴音がして次は真ん中の的を狙うらしい。


「どうだ? 魔族相手に使えそうか」


 ティーナさんの言葉が終わらない内に再び弓鳴りが辺りに響く。 

 今度も、半数近くが的に当たっている。


「さすがですね。彼らと矢を交えずに済んだことにほっとしています」


 3つ目の的も、やはり同じように矢が当たる。

 普段から的当ての訓練を行っているんだろうな。あれほど矢が集束するんだからね。

 だが、軍の弓兵となれば少し問題が無いわけでは無い。

 第一小隊とヴァイスさん達を比べると、やはりヴァイスさんの方に分があるように思えるな。

 小隊で矢を放つなら、散布界が広い方が良いということを分かってないのかな?


 私兵達が運んでくれたベンチに座り、お茶を頂きながら次を見る。

 今度は5人が小隊の中から抜け出てきた。

 的の数が2つ増えたから、5人の弓の腕を見せようということかな?

 

「第一小隊から3人、第二、第三小隊から1人ずつ選んだようだぞ。さすがに第一小隊だけというのでは彼らの矜持が許さなかったようだな」

「距離は同じということかしら? どれほどの腕なのか楽しみね。ナナちゃんは、兵隊の後に披露してね。いつもの距離で良いわよ」

「なら、20ユーデで矢を放つにゃ!」


 ナナちゃんの返事に、デオーラさんが笑みを浮かべて頷いている。


「そんなに近くで矢を放つんですか?」

「ナナちゃんはレオン卿の従者でしょう? レオン卿の後ろでレオン殿に近づく者を倒すんですからそれで十分です。長剣を振るう戦士の後ろで矢を放つのは、難しいでしょうね。ケイロンがもし従者にそのような役目を負わせることになるなら、それが直ぐに分かりますよ」


 ケイロン君が悩んでいると、しょうがない奴だなという目でグラムさんが眺めていた。


「分からんか? お前に当たるということだ。たかが20ユーデと思うだろうが、安心して背中を任せられるのだから、羨ましい限りだ」

 

 グラムさんの言葉に、ケイロン君が頭を掻きながら苦笑い顔で頷いている。

 確かに難しい。俺でもそこまでできるとは思えないんだが、ナナちゃんは難なくこなしているんだよなぁ。しかも喉に矢を射るんだからねぇ……。


「始まったぞ……。だいぶ慎重に狙っているな。あれでは実戦には使えんぞ」

「狙うということはそれだけ神経を集中する。さて、弓が上手い連中を集めたらしいが、どれほどの腕だ?」


 5人が1本ずつ慎重に矢を放っている。

 矢筒に入った矢の数は12本と聞いたから、1会戦分の矢はどの王国も共通しているようだ。


 12本の矢を放ったところで、兵士が的を持って俺達のところにやって来た。

 さすがに弓の腕を誇るだけあって、6本から8本が1ユーデほどの丸い的に刺さっている。

 

「マーベル共和国の弓兵よりも腕がありますね。長く友好を続けていきたい気持ちです」

「……だそうだ。オリガン家の名を持つ者からの評価だぞ。褒美は、ワインで良いだろう。秘蔵品だぞ」


 グラムさんは機嫌が良いな。本人が思った以上の成果ということなのかな?


「次は、あの娘が放つ。お前達のように遠矢を放つことは無い。レオン卿の従者だからな。だが、あの弓で魔族を1矢で倒すらしい……。うむ? 的を使わんのか?」


 ナナちゃんを連れて行ったのはデオーラさんだった。

 的を支えていた丸太の棒を的にするということかな?


「ナナちゃんは、敵の喉を射抜くと母上に話したのだが……」

「20ユーデであの丸太が的ですか! さすがに俺達でも半数以上は外してしまうでしょう」


 驚いているようだ。

 俺達が見守る中、デオーラさんの直ぐ傍から、次々と矢を放つ。

 12本放ったところで俺達の顔を向けたから、ティーナさんが手を振っている。俺は苦笑いを浮かべて軽く頷いただけなんだけどなぁ。


「失礼します!」

 

 小隊長が慌ててナナちゃんのところに走っていく。

 デオーラさんと何か話しているけど、小隊長の顔はナナちゃんと矢がたくさん突き立った丸太を交互に眺めているようだ。


「驚いているようだな。腕を誇りたい気持ちは分かるが、上には上がいるということが分かればさらに腕を上げることができよう。今度はレオン卿の番だが、的は弓兵達と同じで良いな?」

「それで良いです。的も3つ用意してください。少し離れて矢を射るつもりですから、兵士達を的から離してくれませんか?」


 グラムさんが笑みを浮かべて、後ろに控えていた私兵の1人に指示を出してくれた。

 ナナちゃんが帰ってきたから頭をぐりぐりと撫でてあげると、デオーラさんが目を細めて俺達を見ているんだよなぁ。


「仲が良いのですね。ケイロン、見ましたか? あれが従者の弓です。従者は主人を守る。それがどんなに難しいか分かりますか?」

「容姿ではなく、武技に秀でて背中を預けられる者……、ということですね。十便に分かったつもりですが、さすがにあれほどの腕を持つ者はいないでしょうね」


「弓に限らずとも良い。長剣でも、槍でも十分だ。お前の隙を埋めてくれる人物を探すことだな」


 どんな人物を副官にするのか楽しみだな。

 自分に無い物を持っているだけでも、十分だと思うんだけどねぇ。上級仕官が前線に出るようなことは無いだろう。あまり考え過ぎに方が良いと思うんだけどなぁ。


「さて準備ができたようだぞ。それでは見せてくれぬか、レオン卿の弓の腕を」

「了解しました」と言いながらベンチから腰を上げる。

 バッグから取り出した矢筒をベルトに下げ、弓を取り出すと皆が唖然とした表情を浮かべている。


「まさか、その弓を使うのか! どう見ても、まともに飛ぶように思えんのだが」

「俺はトラ族のような立派な体格ではありませんから、弓がどうしても短くなるんです。長屋2ユーデ半の弓を試行錯誤で作った結果がこれになるんですよ」


 全員が呆れた顔をしているし、弓兵達もこっちを指差して騒いでいるようだ。

 こっちの弓の方が飛ぶんだけどねぇ。弓は持ち手から上と下の長さが同じという

固定観念でもあるんだろうか?

 

「イエティの目を潰した時は30ユーデも離れていませんでした。今回は遠くから狙ってみます」

「確か馬で放った時は、80ユーデはあったのではないか?」

「ですから、今回は100ユーデで放ってみます。この訓練場の端から端でやってみますよ」


 皆が注目する中、3つの的に4本ずつ放ったのだが……。


「あの距離で全て中心に当たっているだと!」

「あの弓に秘密があるのかもしれませんね。何張りか作ってみましょう。比較するのも我等が務めに思えます」


「そうだな。費用はワシの名を出して構わん。それと、鏃を見たか?」

「見ました。まるで釘そのものです。あれを目に射こまれたなら、イエティと言えども命は無いでしょうね」


 矢も作るのかな?

 どちらかと言うと鎧を貫通させるのが目的なんだけどね。たぶんその内に気が付くだろう。


「これで弓は終わりだね。今度は私の相手をして欲しいんだが?」

「約束ですから……」


 背中の長剣を背負っている紐を解いて、鞘に巻き付ける。

 バッグの下にあるカルバン銃が少し重い気もするが、いつも装備しているから無いと何となく寂しい気もする。このまま装備しておこう。

 鞘をベルトの右側に差し込めば、俺の準備が終わる。


「鼻をへし折ってくれ。腕の1本ぐらいは構わんぞ。魔導師殿も控えておるからな」

「長剣1級なんですよね? 俺を長剣で下してもあまり自慢にはならないと思うんですが……」


「暗器を使っても構わん。レオン殿の戦いをこの目で見たいのはワシも同じだ」

「それでは……」


 グラムさん夫婦に深々と頭を下げると、訓練場の真ん中で長剣を片手に持ったバリウスさんの元に歩いていく。

 長剣を刺したから、手裏剣を入れたホルダーが少し腰の後ろに移動してしまったけど、 ホルダーの留め金を外して何時でも使える状態にしておく。


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