E-159 ステンドグラスを作ろう
脳裏に浮かぶ、ガラス細工の完成した姿は『ステンドグラス』という名前らしい。
材料と道具は揃ったんだが、まず最初にやることは、ナナちゃんが監修というか、新たに描いたというか、このデザインを窓の大きさに描きなおすことからだ。
せっかく描いてくれたナナちゃんには悪いけど、描いた紙に縦横に等間隔で線を描いた。
窓の大きさより少し大きな厚紙に同じような縦横に枠を描いて、元の図面との比率を同じようにすれば模写出来るはずだ。
比率を計算しながら元図を写していると、トントンと扉が叩かれた。
誰だろう?
「どうぞ!」という俺の声を聴いて扉が開き、ティーナさんとユリアンさんが入ってくる。
「レイニー殿に、ここにいると聞いたのでな。その絵を模写しているのか?」
「ええ、ナナちゃんが描いてくれました。なるべく単純にと、お願いした結果がこれなんです。最初ですから、これでも俺には苦労する気がしてなりません」
俺の言葉に、苦笑いを浮かべているんだよなぁ。
暖炉傍に置いてある棚の上に、お茶の道具があるのに気が付いたユリアンさんが、暖炉傍のポットを使ってお茶を淹れてくれた。
2人を暖炉傍のベンチに案内して、とりあえず休憩を取ることにしよう。
パイプを取り出すと、ティーナさんが小さく頷いてくれた。
暖炉に小さな枝を差し込んで、パイプに火を点ける。
そんな俺の行為を、気の毒そうな顔をしてティーナさんが見ている。いまさらのように俺が魔法を使えないことに気が付いたようだ。
本人はあまり気にしてないんだけどねぇ……。
「来春に、レオン殿が訪れると知って王子殿下夫妻が喜んでおいでだ。色々と歓迎の準備をしているようだが、本人は賑やかな場所を嫌っておるようだと伝えておいたぞ」
「ありがとうございます。元が元ですからねぇ。兄上ならどんな場所に出向いても問題は無いんですけど、俺はある意味日陰者も良いところです」
「とは言っても、晩餐会はいくつかこなして貰わねばなるまい。それで、随行は本当にナナちゃんだけで良いのか?」
「それで十分です。そもそもがオリガン家の分家ですからね。それなりの手柄を上げて家人を雇えるようになるなら、護衛を何人かということになるんでしょうけど」
「それだけの貢献はしていると思うんだが……。まあ、よい。オルバス家で、それなりの護衛を出せばよいだけだ。父上も喜ぶ人違いないな」
「オリガン家との繋がりを持つということは、それだけ武官貴族の中での発言力が増すということですね」
ユリアンさんの言葉でティーナさんの言っている意味が分かったけど、それは俺ではなくて兄上との繋がりにならないか?
俺ではねぇ……。ブリガンディでは笑いものなりかねない。
「笑いものならなければ良いんですが……」
「何を言い出すのだ。それだけのものをレオン殿は持っているぞ。父上も『さすがはオリガンの名を持つだけのことはある』と、副官達に言っているらしい。副官達が『比べられるは……』と嘆いていたぐらいだ」
そんなものかな?
その辺りは、ティーナさんに任せておけば安心できそうだ。
「だが、タペストリー作りは私も見学したことがある。だいぶ違ってみえるのだが?」
「そうですね。織台も見当たりませんし……」
「ハハハ……。タペストリーではないからですよ。まったく違ったものですが、ブリガンディにはありませんでした。ティーナ殿が分からないとなれば、この世界に初めての品になるんでしょうね」
やはりステンドグラスは無いようだな。
上手く作れば需要が多そうだ。
来春の宮殿訪問について色々と聞かされたけど、一番気になったのは俺とナナちゃんの礼服を作るということだった。
長剣のお礼ということらしいけど、どんな服を着せられるのかと思うと、こっちが心配になってしまう。
それに服はかなり値段が高いんじゃなかったか?
支払いは俺がしますと言ったんだが、黙って首を振るんだよなぁ。
しばらく雑談をしたところで、ティーナさん達が帰ってくれた。
さて、続きを始めよう。
簡単だと思ってたけど、結構難しんだよね。特に曲線部分がね。
拡大した模写を終えるのに3日も掛かったのは、俺の様子を見に来る連中が結構いたからだ。
邪魔が入らずに没頭できたなら、1日半で何とかなったんじゃないかな。
この作業を少年達はきちんとこなせるだろうか?
その辺りを教えるのに時間が掛かりそうにも思える。
自分で自分を褒めたところで、模写した絵を4等分にする。この4枚を治める枠の大きさをきちんと物差しで計測し、ガラハウさんに小型の枠を作って貰うためだ。
すでに外枠は出来ているから、その内側にきちんと収まることを、計測した長さを足して確かめる。
「今度は、この枠じゃな? 銅で良いのか」
「前に作って貰った外枠の中に子の4枚が収まります。枠はなるべく細い方が良いです」
「枠の線が目立たぬようにじゃな。了解じゃ。5日ほど待つがいい」
5日と言いながら、ガラハウさんが俺のところに枠を持ち込んでくれたのは3日後だった。
ワイン2本を謝礼にしたんだけど、ガラハウさんも俺が何をしているのか分からないようだ。指揮所の窓を作ろうなんて思っているのかもしれないな。
これですべての材料と道具が揃ったはずだ。
さっそく大きく模写した絵の上に4枚の枠を並べて、模写した絵を枠の大きさに切り取る。
その後は『H』状に成型した銅の棒を、絵の輪郭に沿って曲げて輪郭を作る。
銅の棒を曲げるのは苦労するなぁ。先端が横に『コ』のような身近い棒のある道具に銅の棒を挟んで曲げていくんだが、ともすると鋭角になってしまう。
ナナちゃんが描いた絵は微妙な曲線が多いんだよね。
中々進まないけど、時間だけはたっぷりあるからなあ……。
ある程度輪郭の部品ができたところで、暖炉で真っ赤に焼いた鉄の棒を使って鉛を溶かして接着していく。
火箸の先に1イルム四方の鉄の塊が付いた道具なんだが、持ち手の部分は木製の柄が付いているから、火傷をするようなことはない。鉄の塊は先端が四角錐になっているから、結構細かな作業ができる。3つあるから、真っ赤になった道具を交互に使うことで結構作業が進むようだ。
そんな作業をしていると、何時の間にか初雪が降っていた。
たまにナナちゃんが様子を見にやってきて、お茶を淹れてくれる。
だけど、この作業を手伝ってもらうのはねぇ……。伝令の少年達が見かねて手伝ってくれてるんだけど、俺より要領が良いんだよなあ。
この仕事も取られてしまいかねないな。
どうにか4枚の枠に銅の棒で輪郭が出来た時には、長屋の外がすっかりと根雪に覆われていた。
「全部を取り付けないんですか?」
「取り付けると、次の作業が出来なくなりそうだから、細かなところは残してあるんだ。
この絵が元になってるんだけど、次はこの絵を色別に太い枠に沿って切り取るんだ。上手く切り取ってくれよ。切り取った紙が次の仕事に必要なんだ」
少年達が首を傾げているけど、先ずは御手本を示さないとね。
厚紙をナイフで丁寧に切り取った。これで葉が1枚できたな。
「切り取った紙をこのガラスに貼る。薄く糊を塗って皺が出来ないように張るんだ。糊が乾くまでお茶にしようか!」
少年達と一緒にお茶を飲み終えたところで、今度はガラス切りを使って紙の輪郭に沿って切ることになる。
とはいえ曲線を上手く切るのは難しいから、そこは少し大きめに切り出すことにした。
最後は爪切りのような道具を使って紙に沿ってガラスを少しずつ切り取っていく。
「こんな感じだ。これを、前に作った輪郭に合わせると……。ほら! 上手く入っただろう。この銅の棒に沿ってガラスをはめ込んだところで、こっちの銅の棒で抑えるようにしてはめ込むんだ。上手く前部のガラスが入ったら鉛で銅の棒を接続するんだよ」
ほう、ほう……。そんな呟きを漏らしながら頷いている。
理解できたみたいだな。ガラスで絵を描くということが何となく理解できたようだから、少年達にも手伝ってもらいながら作業を進めて行く。
4枚のガラス枠が完成したのは年が明けてからだった。
最後に4枚を1枚に合わせて、丁寧に鉛で接続する。
テーブルに立て掛けて、扉を開けて外の光をステンドグラスを通してみると、柔らかな光がステンドグラスを通してみることができた。
それほど凝ったものではないけど、この世界では初めての作品だ。
礼拝所への取り付けは、エルドさんに任せれば良いだろう。
「凄く綺麗ですね! こんな品は初めて見ました」
「だけど、作り方は分かっただろう? 君達も、そろそろ伝令を終える歳だからね。どんな仕事をするのか、両親とよく相談することだ。だけど、もし仕事が見つからなかったら、陶器作りと、このステンドグラス作りを手伝ってくれるとありがたいんだけどなあ」
「陶器作りは小母さん達にも手伝ってもらってますけど、俺達で進めていますよ。マクランさんが工房として認定してくれましたから、伝令の仕事が終わったならそこで働こうと仲間と相談してたんですが……。これもあるんですねぇ」
選択肢が多すぎるってことかな?
それなら仲間を増やして欲しいところだ。
「こっちの方は女の子にも出来そうなところがあるね。元図はナナちゃんが描いてくれたぐらいだから、女の子に手伝ってもらうという手もありそうだね」
「ですね……。仲間と相談してみます」
うんうんと頷いているから、誘いたい女の子でもいるのかな?
俺としては、ステンドグラスの量産体制を整えてくれればそれで良い。
これも注文が殺到するんじゃないかな。
「そうだ! これは礼拝所に使うつもりなんだけど、4枚でなく2枚で作るステンドグラスを君達で作ってくれないか? もちろん図案からだよ。全て君達に任せるから、先ずはやってみてごらん」
俺の言葉に嬉しそうに頷いてくれた。
これで俺は解放されそうだな。さてどんな作品ができるのか楽しみになってきたぞ。




