E-016 出城を作ろう (2)
縄張りを終えたところに第5小隊の連中がやってきた。
ヴァイスさんの話を聞きながら、紐に沿って溝を掘り始める。
まだ春だけど、直ぐに汗が吹き出そうな感じだな。
どうにか50ユーデの四角形を描くと、次は正門と兵舎の縄張りが待っている。
簡単に作った、直角定規は大活躍だな。いつの間にか器用なエルドさんが、同じような定規をもう1つ作っていた。
全ての縄張りが終わった時には5日が過ぎていた。
思いの外時間が掛かったのは、荷車や皆のテントを移動させる必要が出てきたからだ。
さらに砦から俺達の手伝いに来てくれていた中隊が6日目に帰ったから、常に1個小隊が俺達の警備をすることになる。
「それで、何時から塀を作るんにゃ?」
「4つの溝が出来てからですよ。それより、明日から井戸を掘りますよ」
問題はどこに掘るかなんだけど、出来れば厨房の近くに欲しいところだ。川沿いだから、どこを掘っても水は出るんじゃないかと思ってるんだけどね。
翌日、ヴァイスさんがナナちゃんに折り曲げた棒を両手に軽く持たせ、厨房付近をあちこち歩きまわっている。
何をしてるのかと首を傾げて見ていたら、エルドさんが笑みを浮かべて教えてくれた。
「あれは水脈を調べてるんでしょう。良い水脈の上に立つと、あの折れた棒が動くらしいですよ」
「昔からの言い伝えということですか。良い場所が見つかれば良いんだが……」
本当なんだろうか? ここで見ていようかな。
エルドさんと一緒にパイプを楽しみながらナナちゃん達の様子を見ていると、突然ナナちゃんが立ち止まった。
手に持っている折り曲げた棒が、左右に動いているのがここにいても分かるほどだ。
「ここにゃ! 直ぐに杭を打つにゃ」
ヴァイスさん達が大騒ぎをしている。
「見付けたようですね。あそこは厨房の中だったように思いますが」
「一番水を使う場所なら、丁度良いんじゃないか。それにしてもあれほど動くんだね」
これで、全部の位置が特定できた。
早速、ヴァイスさん達が大きな穴を掘りだしたようだ。
「ナナちゃん頑張ったね」
「教えて貰った通りに軽く持ってたにゃ。そしたらここで動き出したにゃ」
ナナちゃんはネコ族に似ているけど、ケットシーという妖精族だからじゃないかな。
妖精は魔法や大地の恵みに詳しい、と母上に教えて貰ったことがある。
「エルドも手下を連れて来るにゃ! 大きく作らないと小母さん達が大変にゃ」
「分かってますよ。待っててくださいね」
俺に手を振って、エルドさんが駆けだしていく。
結構便利に使われてる感じがするな。
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砦に戻った中隊が、10日後に荷馬車を連ねて戻ってきた。追加の食料や資材を積んできてくれたのだろう。数台の荷馬車には100本を超える丸太が載せられていたから、砦の塀作りに拍車が掛かりそうだ。
5日ほど、ここに滞在して南の森から丸太を切り出してきてくれた。500本近い丸太が積まれたけど、これで足りるとも思えない。足りない分は俺達で運んで来るしかなさそうだな。
南の砦に帰る中隊を見送ると、いよいよ俺達だけの建設が始まる。
小隊長を大きなテントに集めて、作業の進捗を確認することになった。
以前から小隊長のままだった人もいるが、レイニーさんが指揮する中隊は5個小隊で編成されている。小隊の基本は4個分隊だが、相変わらず定員割れしているのが問題だ。
レイニーさんと2人で相談して次のような編成にしているが、この砦が出来たら小隊長達と再度考える必要があるだろう。
第1小隊はヴァイスさんが指揮するネコ族の弓兵部隊だ。かつてのレイニーさんの小隊をそのまま引き継いでいる。兵員数は36人だから12人ずつ3つの分隊にしているようだ。
第2小隊はリットンさんが指揮する。
同じく弓兵だけど兵士はイヌ族とネコ族の混合部隊だ。10人ずつの3個分隊だが2個分隊はイヌ族で構成されている。
第3小隊はエルドさんが指揮する軽装歩兵と弓兵の混合部隊になる。4個分隊は10人ずつ、弓兵は第4分隊だけだ。全員がイヌ族になっている。
第4小隊は元第中隊から選ばれた軽装歩兵と他の砦から来た獣人族だ。4個分隊は第3分隊と同じように10人ずつになっている。イヌ族が多いけど、ウサギ族やタヌキ族なんて種族もいるんだよね。結構面白い部隊なんだけど、率いるのはキツネ族のエミールさんという女性兵士だ。
第5小隊は軽装歩兵なんだけど、第4小隊と同じように種族がばらばらで、なおかつ1個分隊は新兵で編入されている。指揮するのは少し年嵩のダレルさんだ。イヌ族と聞いているけど、エルドさんと比べえると何となくオオカミを祖先にするように思えてならないんだよなぁ。補充兵をまとめた小隊だから2個分隊の人員12人ずつで、新兵の分隊は15人もいる。新兵といっても他の部隊で半年以上訓練はしてきたようだから、俺とあまり大差はないな。
この新兵達だが、なんと全員が銃兵なのだ。
使う銃は俺のカルバン銃より銃身半分ほど長い代物だ。やはり銃身が長いと装填が面倒なんだろうか? それとも長い銃身を作れないのかな。
使う武器は強力だが、まだ魔族との戦の経験がないと言うことが不安の種ではある。
集まった5人の小隊長には、副官を作れと言ってはいるんだがまだ人選は終えていないようだ。
テントの下で小さなテーブルを囲んだところで、レイニーさんが話を始める。
「……ということは、溝掘りは終えたということになるわね。北東角から、南と西に向かって丸太を立てていくわ。
高さは気にしないで真っ直ぐに立てるように気を付けて頂戴。丸太を立てる時には、1ドラム銅貨に糸を結べばまっすぐかどうか分かるわよ。2つ用意して東西と南北の方向を確認すること」
「見張りはどうしますか?」
「第1小隊にしばらくは頼みましょう。井戸の仕上げは第2小隊にお願いするわ」
「丸太を立てるのは小隊単位で?」
「それで行きましょう。第3、第4小隊が丸太を立てて、第5小隊は丸太をさらに運んで頂戴。早めに丸太の塀を作らないと兵舎作りを行えないわ。冬の寒さは特別だから、兵舎がないとこの冬は越せないわよ」
「丸太運びも心配ですね。第1小隊から2個分隊を護衛に回せませんか? ここは3個小隊がいますから、魔族の遊撃隊程度なら何とかなると思います」
「第5小隊は訓練不足だったわね。ありがとう。その方が安心できるわ」
俺の進言に、レイニーさんが俺に顔を向けて小さく頷いてくれた。
1つ問題があるんだよなぁ。絶対にヴァイスさんが行きたがるはずだ。
翌日の朝食後、3台残された荷車を曳いて第5小隊が森へ向かって行った。
ヴァイスさんがいるから、逃げるにしても敵の足を遅くすることはできるだろう。
砦の方は、2つの小隊が北と南に分かれて丸太を溝に運んで立て始めた。両者ともに川岸から始めるようだな。
同時に2つの小隊が近くで作業するのは効率が悪いし、手違いで丸太が倒れないとも限らない。
最初の1本を立てるのに苦労していたけど、だんだんと要領がよくなっているのが分かる。
見る限りにおいて曲がっていないようだから問題はあるまい。
だけど、よく見ると隙間が目立つ。
最初は丸太の塀をそのまま兵舎の壁にしようと考えていたけど、あれでは冬の兵舎は隙間風で苦労するだろう。
やはりログハウス作りは簡単ではなさそうだ。
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夏がやってきた。この砦に来てから1か月が経過している。
どうにか北の塀を作り終えたが、南は門を作らねばならないから少し遅れているようだ。北の塀を作っていた第4小隊が、東の塀に取り掛かっている。砦の塀作りはまだまだ掛かりそうだが、夏になったことでたまに夕立がやって来るから進捗が良くないんだよなぁ。
テントが水浸しにならないように、丸太を横に並べてその上に板を乗せて床にしている。この措置だけで荷馬車3台分の板が必要になってしまったけど、板なら色々と使い道があるから無駄にはならないだろう。
丸太を立てるのも最初から比べれば雲泥の感がある。どんどん立てられる丸太の塀は見ていても気持ちが良い。
「指揮所を建てて、塀の足場の高さを決めるんですか?」
「指揮官室の上が指揮所だからね。その為に砦内の配置も変えてある。正門を東でなく南にしたから、指揮所は北になったろう。指揮所は見張り台を兼ねるから、早めに作った方が良いと思うんだ」
一番安全な場所ではなく、一番危険な場所でもある。だけど状況に合わせて兵を動かすには砦の北が最適だろう。
「作るのは第1小隊と第2小隊になりそうですね」
「食堂も作った方が良いだろうな。井戸を作り終えているし、小母さん連中に喜ばれるはずだ」
4隅が空くから倉庫を作れば良いだろう。全体として『コ』の字形に建屋が作られる。
縄張りを終えているから、後は丸太を組み合わせるだけだ。
「いずれは作らねばなりません。早い方が良いでしょう。西の塀を作るのは最後でも良さそうですね」
「川からはやってこないだろうな。とはいえ、北と南は10ユーデほど作っておいた方が、兵舎作りで後の工事が面倒な事にならないんじゃないかな」
「それなら、森からの丸太運びを一時中断して塀作りを早めに終わらせた方が良いように思えます」
かなりの丸太が砦の外に積まれている。
兵舎作りが始まればたちまち足りなくなりそうだが、それも1つの手だろう。
塀作りの作業が終わり次第丸太を運んでくれば十分だ。
翌日から、指揮所作りが始まる。
先ずは土台となる石を運んで、その上に焼いた丸太で『田』の字になるように丸太を組み合わせる。互いの面が接する場所を半分ほど削って組み合わせるのだが、結構面倒だな。
几帳面なエルドさんが指示を出してくれるから、綺麗に食い込み部分が加工されるんだけど、組み上げるのがヴァイスさん達だからなぁ。何度かダメ出しをして建屋が歪まないようにする。
「最初は『田』に組んだけど、次は『口』にゃ」
「窓も作りますよ。最後は『田』の字にします。2階の指揮所の床になりますからね」
人数は多いんだけど、獣人族は非力な民だ。大勢で協力しながらの作業はピラミッドでも作っているように思えてくる。
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何とか、秋の初めにはそれらしくなってきた。
真面目な連中ばかりだからなぁ。手を抜いたり怠けたりする者がいないのは獣人族の特徴なんだろうな。
門の扉はまだだし、兵舎はどうにか壁ができたところだけど、今年の冬を過ごすのは何とかなりそうだ。
そんな秋の晴れた日に、南の砦から数台の荷馬車が行商人の馬車と共に砦に入ってきた。
砦内の広場は30ユーデ四方ぐらいだが、10台以内なら荷馬車を中に入れることができる。
どうやら冬越しの食料等を運んできてくれたらしい。
給与も一緒に運んできたのだろう。行商人の馬車が同行してくるぐらいだからね。
せっかく南の砦からやって来たのだが、2日後には先を急ぐ様に砦に戻っていく。
長い冬がもうすぐやって来るから食料の搬送はありがたいところだが、先を急ぐ理由があるのだろうか……。
「運んでくれた食料が多いから、倉庫だけでなく薪小屋にも入れたぐらいだ。だが、なぜそんなに運んできたかが分からないな」
「春先まで余裕で持ちます。ワインは2タルもありました。個人でワインは購入しているでしょうが、たまに飲ませないと士気にも影響が出ないとも限りません」
俺も3本買い込んだし、タバコは缶入りが1つに紙包が2つだ。
「冬前ですから、2分隊での狩りはこのまま実行することで良いでしょう。レオンの釣る魚も燻製がだいぶ貯まったと小母さんが言ってましたよ」
「俺だけでもないからなぁ。だけど、毎日の食事に変化が出るのは良いことに違いない。それより矢と銃弾は補給されたかな?」
「矢は500本。銃弾は200発ほどです。2回戦分は武器庫にありますし、冬季の襲撃は今までありませんでした。とりあえず春先までは十分かと……」
銃弾を作るのは無理かもしれないが、鏃はたくさんあるようだ。
冬の間に、弓兵達に作らせるか。羽が無くとも前に飛ばせるなら十分に役立つ。
「あんなに急いで補給部隊が帰るのには、何か理由があるはずだ。何も言ってはくれなかったのが気になるんだよなぁ……」
「でもそれなりに考えているんでしょう?」
レイニーさんは教えて欲しいようだけど、まだ確信があるわけではない。
皆が指揮所を出て行ったのを見計らって、俺の考えを小さな声で呟いた。
「まさか!」
大声を上げたレイニーさんだったが、急に、両手で口を押える。
まだ砦の建設が残っているのだろう。あちこちから槌音が聞こえてくるから、今の声がどこまで届いたかは分からない。
だけど、誰も来ないようだな。なら話を続けても良さそうだ。




