E-155 名誉市民の称号を頂いた
夏至の2日後に、エディンさん達が馬車を連ねてやってきた。
1個分隊規模の騎馬隊まで同行しているということは、エクドラル王国の要人が同行しているということなのだろう。
先ぶれの騎士が東の楼門にやって来たらしく、伝令の少年が今回やって来た人達を教えてくれた。
「オルバス殿だけではないと?」
「クライム殿が同行しているそうです」
レイニーさんと顔を見合わせていると、俺達と一緒にお茶を飲んでいたティーナさんが首を振りながら呟いた。
「財務官殿だ。早速やってきたようだな。陶器の話に違いないだろう」
「そういう事ですか。となると、レイニーさん。迎賓館に案内した方が良いかもしれませんね」
「宿泊はそれで良いだろうが、向こうから来ているのだから挨拶は此処で十分だ。たぶん直ぐに交渉を始めるだろうから、そのつもりでいた方が良いぞ」
「暇ではない……、ということですね。了解です」
そうなると、オルバスさんがやって来た理由が分からないんだよなあ。あの長剣の出来が悪かったとは思えないんだけどねぇ……。
「ナナちゃん。お茶の用意を頼めるかい。カップは陶器を使って欲しいな」
「分かったにゃ。あの白い陶器で良いにゃ」
ナナちゃんがカップの横に野草の鼻を描いた陶器だ。黄色の小さな花が白地に際立っているんだが、もう少し少し白く出来ないかと少年達が色々と試しているんだよね。
ガラガラと馬車の音が外から聞こえてくると、指揮所の扉がトントンと叩かれる。
直ぐにナナちゃんが席を立ち、客人を招き入れてくれた。
俺達も席を立って、客人に軽く頭を下げる。
入ってきたのはオルバスさんに、確か王子殿下と一緒に来た人物だな。そういえば財務官と言ってた。彼がクライムさんか。その後から騎士が2人入ってくる。護衛ということなんだろう。壁際に移動して俺達に目を光らせている。
「ようこそおいでくださいました。先ずはお掛けください」
「ありがとう。今回はお礼と相談だ。まったくレオン殿には頭が下がる。王子殿下も事の外喜んでおったぞ。王女殿下はそれ以上だ」
やはり喜んでくれたか。それで十分なんだけど、オルバスさんの話は続くようだ。
「王子殿下が、もう2セット欲しいと言われる始末。さすがにタダで頼むことは出来んだろうということで、これで何とかできまいか? 金貨50枚になる」
オルバスさんがバッグから革袋を取り出して、俺の方に押し出してきた。
思わずレイニーさんと顔を見合わせる。
確かに、この反応は予想していたけど、これほどの額になるとは思わなかったんだよなぁ。
「さすがに、これは貰い過ぎです。とはいえ、それだけの値を付けて頂いた王子殿下の好意を無碍にも出来ませんから10枚だけ戴きます」
「それほど安くしてもよろしいのですか? エディン殿は陶器1つが金貨1枚を超えるようなことが無いようにレオン殿より言われたようですが?」
皮袋から10枚の金貨を取り出して手元に置くと、革袋をテーブル越しにクライムさんの前に押し戻した。
「正直に材料を教えましょう。単なる土ですよ。金や銀で作るならともかく、原材料費は1枚を作るのに銀貨1枚にもなりません。それを金貨で売るようなことは、さすがに出来かねます。とはいえ、現在は品薄状態であるなら少しは高く売れるでしょうし、王子殿下は茶器にエクドラル王国の紋章があることを気に入ったのでしょう。同じものをさらに2つということは本国の国王陛下と第一王子殿下への贈り物ということになると思います。さすがに安値で手に入れた品を贈るというのも問題でしょうから、先程の値段を出した次第です」
「そういう事ですか……。土をどのように加工すればこのような品になるのか想像も出来ません。ですが、レオン殿はこれをエクドラル王国の我等に専売を許していただけるということに少し疑問もあるのですが?」
「正直に言うと、俺達が恨まれることが無いようにしたいという思いからです。先ほどの話の通り原価はかなり安い。これを作っている工房を運営しているのは、少年達ですからね。彼らへの報酬も、他の住民と比べて高くなるようでは住民間に不満が出てしまいます。俺達の国の運営資金とするにしてもそれほど上乗せできるものでもありません。それらを加味して、現状では皿1枚に金貨1枚を超えることが無いようにと言ったつもりです」
なるほど……、と言った表情でクライムさんが頷いてくれたんだが、その後の話を聞いて、再びレイニーさんと過去を見合わせることになってしまった。
エディンさんが宮殿で陶器をテーブルの上に並べだすと、たちまち貴族達がその陶器を競売に変えるような行為を始めたらしい。
王子殿下の声で、1品ずつ改めて競売にかけたらしいけど、最低でも金貨5枚の値が付いたそうだ。
半額をエディンさんに渡そうとしたら、先程の金貨を越えることがないようにとの話を聞かされたらしい。
「貴族達の早とちりですから、それは仕方のないことでしょう。ですが王子殿下もその真意を疑っていましたよ」
「落とせば壊れるような品に金貨を積むのはどうかと思いますが、俺達の納品についてはそれで十分です。俺達の国家運営にも寄与できますし、住民に仕事を与えることができますからね。その先はエクドラル王国の任せますよ。とはいえ1つ、約束してください。万が一、エクドラル王国が陶器を購入できなくなった時には、余った陶器は一般の商人達に販売します」
「将来は大量に出来るということですか……。なるほど、その時の恨みは我等に来そうですな……、ワハハハ」
貴族達の抗議の光景が目に浮かぶのだろう。笑い声を上げている。
つられて俺達も笑い声を上げたけど、場合によっては面倒なことになりそうなんだけどなあ。
「了解しました。そういう事ですか……。確かに笑い話も良いところです。これは貴族達の資質が問われそうですね。オルバス殿も注意した方がよろしいですぞ」
「ワシは陶器よりは真鍮の食器が一番だ。何といっても頑丈だからな。とはいえ妻は一揃いを何として欲しいと言っておった。欲しいのなら少し様子を見てからと言っておこう」
先を見ることができるかどうかで大損しそうだ。
まあ、その辺りは王子殿下も面白そうに眺めているに違いない。
「これが春分にエディン殿より頂いた陶器の購入金になります。金貨1枚を超えるようなことをしないという話でしたが、さすがにそれではエクドラル王国の矜持にも関わることになりますので、当方で鑑定結果を基に最高値を金貨1枚としました」
「出入りの商人達への売値は?」
「2倍に止めました。それ以上に上げることも可能でしょうが、それは商人達次第ですね」
そう言って俺に苦笑いを見せる。
やはり高値で売ることで将来に禍根を残すことを避けたいということだろう。そんなことで得た金額よりも、陶器を王家が一括して手に入れることで、交渉事にも使えると見ているのかな?
使い方は、エクドラル往古で考えて貰えば十分だ。俺達はそれをきちんと買い取ってくれれば問題は無いからね。
「とはいえ、あのような王家の紋章まで入れられるとは思いませんでした。場合によっては他の紋章を刻んで頂きたい場合もあります。それは可能でしょうか?」
「王子殿下に送ったような紋章であるなら問題はありません。さすがに紋章に色付けして欲しいと言われると、何度も試してみないと分かりませんが」
「将来は可能ということでしょうか。楽しみに待つことにします」
笑みを浮かべて温くなったお茶を飲んでいるけど、今の話を基にすると税率5割ってことになるのかな。それにしてもどれぐらいの金額になったのだろう。
エディンさんが訪ねてくるのが楽しみになってきた。
「最後はワシからだ。長剣は確かに受け取った。良い出来だな。娘の長剣に比べても劣ることはない。柄と鞘の値が長剣と同じ値段になってしまったが、あの刀身に見合う作りでなければさすがにワシでも我慢できんからな。その長剣を下げて王子殿下に拝謁すると、あちこちで溜息が漏れる始末。まったく嘆かわしい限りだ。柄の飾りで判断するのだからな……」
先ほどちらりと見えた長剣があの刀身なわけか……。両手持ちの柄は金の象嵌が施されたガードが付いていたし、柄頭には大きな宝石が付いていた。鞘も同じように凝った造りになったのだろう。
そうなれば、当然王子殿下も興味を持つ。オルバスさんから長剣を受け取って、作りの出来栄えを見ていたに違いないが、長剣は作りよりもその中身だからなぁ。当然鞘から抜いて刀身を見たに違いない。
「武官貴族達が度肝を抜いていたぞ。伝説は本当だったのかとな」
「斬鉄剣の伝説でしたね。まさか、試してみたんですか?」
俺の問いに、笑みを浮かべる。
やったということなんだな。まったくそんなことに使って欲しくなかったんだが……。
「近衛兵の持つ長剣を叩き斬った。ワシも相手の長剣に食い込むぐらであろうと思っていたのだが、両断したぞ。……それでワシが来たわけだ」
「量産が出来ないんです。この国で作った長剣は現在4振りです。2振りはティーナさんとオルバス殿に渡り、1振りは俺の背中にあります。もう1振りは俺達の軍の仕官に渡しました。年間で生産で生産できる数は10振りにも届きません。オルバスさんの頼みということであればその内の3振りを渡すことは出来そうですが、誰に渡すかはオルバスさんの方で考えてください。それとオルバスさんに渡したように俺達が出来るのは刀身までです」
「やはり量産は出来んか……。それでも出来高の3割を譲って貰えるなら十分だ。値段は同じで良いな。確かにこの長剣は誰でも下げて良いという代物ではない。それと話は異なるが、砦でレオン殿が行った試験についての話を聞いて王子殿下が驚いていたぞ。早速同じような品を各砦に取り付けるよう、工兵部隊に命じていた。その対価は軽くはない。これは王子殿下よりの感謝状に勲章、それと恩給になる。王子殿下が授与することを許された最高位の勲章だ。それに伴う恩給は毎年金貨2枚となる」
思わずレイニーさんと顔を見合わせてしまった。俺の貴族としてブリガンディ王国より頂いた金額よりも遥かに多い。
「俺はエクドラル王国の住民ではありませんよ」
「問題ありません。王子殿下は本国の王宮に、レオン殿の名誉市民の申請を行いました。国王陛下がそれを認可した書状が届きましたから、レオン殿はエクドラル王国の領地を自由に出入りできます。そして名誉市民の称号に伴いすべての税が免除されますよ」
クライムさんが悪戯が成功したという目を俺に向けてきたけど、さすがにこれはどうなんだろう?
「頂けるものなら貰いますけど、それに伴う義務なんてありませんよね?」
「一切ありません。この書状にもその旨が書き込んであります。
それなら貰っておいても問題は無いだろう。
恩給は国造りに使ってもらおう。
「これで、ワシの話は終わるが、レオン殿に迫ろうと騎士達が急に弓の練習を始めたそうだ。槍で突撃だけでは能も無かろう。他の武器も使えるなら戦術が広がる。とは言っても、馬を走らせて3個の的に矢を射れる者が誰もおらぬとはなあ……。それも15ユーデの距離でだ。先は長いが、それが出来るレオン殿を見たからだろう。毎日練習をしているようだぞ」
そう言ってオルバスさんが大笑いを始めたんだが、ティーナさんがその話を聞いて俺をジッと見てるんだよなぁ。まさか弓を教えて欲しいなんて言わないだろうな。




