E-152 ちょっとした余興
「すると、この砦からマーベル共和国の見張り台の信号を見ることができるかを確認するために来訪したということですか?」
「そうです。友好条約を締結している以上、俺達の監視編に捉えた情報は共有したいと考えています」
来訪の目的を説明すると、エルダーさんが確認するように問いかけてきた。
「魔族の集結位置になるかは分からんが、少なくともレオン殿の監修で作られた北の尾根の防衛は鉄壁だ。尾根の指令所の見張り台からでも、西の尾根の1つ先まで見通せるが、尾根の南に設けた見張り台はさらに遠方までの見通しができる。そこで得た情報をいち早く伝えて貰えるなら、砦での迎撃だけでなく魔族を迎撃することも可能ではないか?」
ティーナさんが、情報共有の効果を伝えてくれたんだけど、さすがに迎撃までは無理じゃないかな。
戦力差が大きいから包囲殲滅されそうだ……。待てよ、騎馬隊ならどうだろう?
一撃離脱を繰り返して戦力を少しずつ削ぐことは可能かもしれないな。魔族が騎馬隊を追うならば、いくら魔族の体力が高くとも馬の脚には適うまい。疲れたところを反撃するという戦法もありそうだ。
「楽しみにしております。ですが、その対価を砦で払うことは……」
「国同士の約定の範疇と考えていますから、対価は必要ありません。将来はもう少し情報量を増やせるかもしれませんが、現状ではこれが精一杯。その情報が確実に伝わることを明日の昼と夜に確かめてみます」
「協力致します!」との返事を貰ったところで夕食が運びこまれた。
俺達の夕食と比べると、はるかに上等な品だ。俺達もこれぐらいの食事を食べられたら良いんだけどねぇ……。
小麦で作ったパンはライムギよりも遥かに美味しく感じる。スープの具も新鮮な野菜だ。小皿の串に通した焼肉は家畜のようだな。この味だと……、羊かもしれない。
食事が終わるとワインが出てきた。
ナナちゃんにもジュースが出されたから、感心してしまう。ジュースを飲む兵士がいるのだろうか? それとも、来客用に数本用意しているだけなのかな。
「ところで、ティーナ殿の話では、弓の腕はかなりのようですな。この砦にも弓兵が2個小隊おります。彼らに弓の腕を披露して貰うわけにはいきませんか?」
「弓兵の訓練はどこで行っているのだ?」
ティーナさんの問いに答えたエルダーさんの話では、砦の南側で行っているらしい。
砦の丸太の柵を背景にすれば、少しぐらい弓が下手でも周囲に迷惑はかけないだろうとのことだ。
全くの新兵までいるらしいからなあ。ある程度練習させないと使い物にならないだろうと、毎日練習させているとのことだった。
「それなら、馬を1頭貸してくれませんか?」
「ほう、騎乗して弓を使うということか……。私の馬を使ってくれ。だが、レオン殿は馬に乗れるのか?」
「兄上に教えて貰いました。マーベル共和国で暮らすなら、ボニールで十分ですけどね。でも10年ほど乗っていませんから、上手く乗れない時には馬から降りて立射にします」
「馬上で弓を射るのは、エクドラル王国の北西に広がる放牧民が行っているようです。馬で接近して矢を射ると、素早く立ち去るとのことです」
「ほう、そんな弓の使い方をレオン殿は出来るということか。明日が楽しみだな」
雑談を楽しんだ後で、副官の案内で客室に案内された。
俺達の迎賓館が粗末な部屋に見えてしまうほど立派な部屋だ。
ナナちゃんがベッドで飛び跳ねているから、思わず止めさせたんだけど残念そうな顔をしてるんだよなあ。
ふかふかのベッドだから、壊したりしたら怒られそうだからね。
ツインベッドで横になったんだけど、いつものようにナナちゃんが俺のベッドにもぐりこんできた。
明日は記憶の中にある、あれをやってみよう。
俺の能力なら出来るに違いない。
翌朝。身支度をしていると、昨夜の副官が俺達を朝食に案内してくれた。
朝食は俺達と左程変わらないな。
食後のお茶を飲んでいると、ユリアンさんがやってきてティーナさんの耳元で何事か囁いている。
うんうんと頷いているから、何か指示を出していたのかな?
「了解だ。レオン殿、準備が整ったらしいぞ。お茶を飲み終えたなら出掛けてみよう」
「私も見学させて貰えませんか? オリガンの名を持つ騎士の武芸を見てみたいものです」
「普通の弓ですよ。あまり期待しないでください。ブリガンディでは後ろ指を指されていた身ですからね」
「謙遜はほどほどにしておいた方が良いと思うのだが……。父上は王子殿下の傍にいつもいて欲しいとまで言っていたぐらいだからな」
思わずお茶を噴き出すところだった。
それって、身辺警護ってことだろうか?
まあ、数人なら即座に無効化できるとは思うけど、その後は面倒なことになりそうに思えるんだが……。
「昨夜、長剣は2級だと聞きましたが?」
「長剣は飾りだろう。レオン殿の真価は暗器にあると父上は言っていたぞ」
思わず頭を掻いてしまう。
暗器使いはあまり誇れないからね。だけどグラムさんはそれも立派な武技だと言ってくれたんだよなあ。
「長剣を振りかざして襲うようなことをすれば、即座に倒されるぞ。部下に注意はしているだろうが、父上が嘆くようなことは未然に防いでほしい」
「了解しました。先の戦で身内を無くした者もおりますので、その辺りの事は再度言い聞かせておきます」
「戦死者が出ない戦は無いでしょう。ブリガンディ、サドリナス王国とは何度か戦いましたが、戦死者は荼毘にした後、塚を作って弔いました。季節毎に、神官殿が祈りを捧げています。王国の為に戦った兵士達ですからね。安らかに眠って頂きたいと思っています」
「頭が下がる思いです。戦死者は戦場に取り残し……。我等はまだまだ信仰が足りないようです」
「戦死者は戦で勝たぬ限り、戦死者は埋葬することはない。戦場で朽ち果てたと思っている肉親達には朗報だろうな。……そうだ! マーベル共和国の戦死者達の塚に参ることは出来るだろうか?」
「問題はありませんが、まだマーベル国に宿屋が2つしかありませんから、大勢で来られると泊まれなくなりますよ」
「数人ずつなら問題ないだろう? 父上に話しておくよ」
それが知られると、やって来る住民はいるんだろうな。
帰ったら、皆に知らせた方が良さそうだ。
「さて、そろそろ出掛けるか。あまり待たせては兵士達が可哀そうだ」
ティーナさんが席を立ったのを合図に、俺達もソファーから腰を上げる。
応接室を出ると、エルダーさんが先を歩き、俺達はその後に続いた。ナナちゃんも俺の後ろからユリアンさんに手を繋いで貰って歩いている。
たまにティーナさんが羨ましそうな顔をしてユリアンさんを見てるんだけど、ユリアンさんは気にも留めていないようだな。
建物を出ると、広場を横切り真っ直ぐに門に向かう。
そういえば、弓兵の訓練は外だって言ってたな。
砦の門は東だ。門を出ると右に向かったから弓兵の練習場は南側ってことだな。
東の柵から南側に回ると……。大勢の兵士が並んでいた。
弓兵だけじゃなかったのか? どう考えても中隊規模に見えるんだが……。
「見張りの兵士は残してありますから、問題はないでしょう。門に的を下げてあります。我々の使う的は直径半ユーデの丸い的ですが、その後ろに立てた板は縦横1ユーデの大きさです。50ユーデ離れて矢筒の12本を放ち、半数が的に当たるように訓練をしております」
ヴァイスさん達にも彼らの訓練を見せてあげたいな。
ヴァイスさん達は30ユーデほどで練習してるんだからねぇ……。
的と観衆の距離はおよそ80ユーデというところだ。俺も50ユーデで矢を放つと思っているのだろう。
「ティーネさん。馬を貸していただけるんでしたよね?」
「ああ、用意してあるぞ。ユリアン、ここに!」
ナナちゃんの手を放してユリアンさんがどこかに向かった。
去っていくユリアンさんを見て、笑みを浮かべたティーナさんがナナちゃんを呼び寄せて手を繋いでいる。
「5か所に的があるんですが、1個おきに外して3個にして頂けませんか? それと兵士達をもう少し下げてください。できれば100ユーデほどにお願いします」
エルダーさんが頷くと、副官に指示を出している。
魔法の袋から弓と矢筒を取り出すと、矢筒を左腰に下げる。
俺の使う弓が兵士達の持つ弓よりも大きいのに驚いているようだけど、長弓なら距離が出るからなぁ。射る間隔が少し長くなるのがたまに傷なんだが……。
「連れてきました。結構な暴れ馬ですが、大丈夫ですか?」
手綱を手に馬を引いてきたユリアンさんが、手綱を俺に手渡しながら教えてくれたけど、精悍な目をした馬は大人しく思えるんだけどなあ。
トコトコと、ナナちゃんが近づいてきて優しく馬の鼻を撫でている。何かぶつぶつと呟いてるけど、よろしくお願いしますと頼んでくれてるんだろうな。
そんなナナちゃんの頭を撫でたところで、鐙に片足をかけて飛び乗った。
「ほう! 中々様になるな。馬で矢を射かけての一撃離脱は遊牧民の得意とする技だ。マーベル国がそれを用いるとなると、我等も色々と考えねばなるまい」
「昔練習していたんですが、しばらくやっておりません。あまり期待は持たないでくださいよ」
さて前を見ると、兵士達は100ユーデ近く下がってくれたようだ。
馬を東に向けて100ユーデ程離れると、右手に弓を握る。手綱を鞍に軽く巻き付け、矢筒より矢を3本手にした。
「行くぞ! お前の走りを見せてくれ!!」
馬に言葉を掛けると同時に、踵で馬の腹を蹴る。
ヒヒィィーン!
前足を上げて馬が嘶くと、次の瞬間西に向かって駆け出した。
どんどん速度が増していく。左手の矢を小指と薬指に2本挟み、最初の1本を弦につがえる。
満月に弓を引き絞りながら、的から80ユーデほどの距離を駆け抜けて的を射抜いていく。
そのまま西に走って馬首を返すと、再び3本の矢を取り出す。左向きには射づらいのだが、体を後ろに捻るようにして3つの的を射抜いた。
2度往復して、矢筒の矢を全て放ったところでティーナさん達のところにゆっくりと馬を進める。
少し手前で馬から飛び降りると、ユリアさんに手綱を預け、馬の首をポンポンと叩いて労う。
「全く、皆を見てみよ。度肝抜かれた顔をしているぞ!」
ティーナさんが笑みを浮かべて、俺に言葉を掛けてくれた。
そうなのか?
改めて兵士達を眺めると、口をポカンと開けているんだよなぁ。
慣れればそれなりに出来ると思うんだけど……。
「全ての矢が的の真ん中ですか! ……しかも馬を走らせながら矢を放つとは」
「それがオリガンということなのだろう。我が王国にもオリガン家に並ぶ家が欲しいところだな」
まったくその通り……、なんてエルダーさんが応じている。
だけど部門を誇る家はエクドラル王国にだってあるんじゃないかな。俺を越える人物もたくさんいるように思えるんだが……。




