E-151 南西の砦に出掛けよう
エクドラさんから4人分のお弁当を受け取り、ティーナさん達と一緒にマーベル共和国を出発する。
ティーナさん達は馬に乗っているけど、俺はボニールに乗っている。
小さな馬なんだけど、結構力があるんだよなぁ。俺を乗せて2頭の後ろをトコトコと付いていく。
ナナちゃんはティーナさんの鞍に載せて貰っているんだけど、たまに後ろを振り返って俺が付いてきているのを確認しているようだ。
そのたびに手を振ってくれるから、俺も手を振って答えてるんだよね。
ティーナさん達は槍を手にしているから、エクドラル王国の騎馬隊は槍兵ということになるのかな?
あの槍で一撃離脱を繰り返すのだろう。
一旦南下して西に移動するという遠回りに思えるルートを、ティーナさんは選んだようだ。真っ直ぐに南西に進んだ方が良いと思うのだが、どうやら魔族の斥候が結構動いているらしい。
「さすがに1個小隊ほどの部隊であるなら向こうも手出しはせぬようだが、少人数であれば襲い掛かるらしい。『蛮勇を誇るではない』といつも、父上に言われておるからな」
「そういう事ですか。なるほどエディンさん達も来るときは大人数ですね」
オビールさん達は少人数なんだけど、レンジャーだからねぇ。常に危機管理ができているに違いない。
そういう意味では、俺達4人は魔族にすれば格好の獲物ということになる。ティーナさんなら1個分隊ほどの斥候なら蹴散らしそうにも思えるけど、父上の言葉をしっかりと守っているようだ。
1時間ほど馬を走らせたところで一休み。
ボニールは馬と一緒に、繋いだ灌木の周囲の草を食んでいる。
ナナちゃん達はお茶を飲みながらエルンゼさんが持たせてくれたクッキーを摘まんで、俺はパイプを楽しむ。
それほど速度を上げたわけでは無いんだが、長く馬を走らせるには適度な休憩が必要らしい。まあ、それは人間も一緒なんだけどね。
「初めて馬に乗ったにゃ! 周りが良く見えるにゃ」
「良かったね。俺もこんなに長く乗ったのは初めてだよ。ボニールは馬と同じように走らせることができるのに驚いた」
「初心者の乗馬訓練にボニールを使うこともある。私も乗馬はボニールで覚えた口だからな」
獣人族の騎馬隊では全員がボニールという部隊もあるらしい。
小柄な獣人族には丁度良いのだろう。獣人族は結構長く走れるけど、それでもボニールに乗れば行動範囲が倍以上になるからなぁ。
エクドラル王国軍の索敵部隊は、ボニールに乗った獣人族で作られているのかもしれないな。
小休止を終えると、再び南を目指す。
昼過ぎには渡河地点を通り越したが、もう少し南に向かうとのことだ。
渡河地点から1時間ほど南に移動して、一休み。その後は進路を西に向ける。
この辺りは来たことも無いからなぁ。あちこち眺めているんだが、小さな森と草原が広がる丘陵地帯のようだ。
たまにごろごろした石が集まっている場所があるんだが、どうしてこんな場所にあるのか意味が分からない。
山腹崩壊の余波がここまで及んだとも思えないし、かつて川が流れていたわけでもないはずだ。
大きくとも2ユーデほどは無さそうだから集めて壁を作れそうだが、壁を作るには石が足りないな。
利用方法を考えながら進んでいると、前方に少し大きな森が見えてきた。
森を南に迂回して、さらに西に向かって進んでいると、砂塵を上げながら近づいて来るものが持って見えた。
腰のバッグから魔法の袋に収納した弓と矢筒を取り出しているのをナナちゃんがフィーネさんに知らせたんだろう。俺の傍に馬を寄せると笑い声を上げて砂塵の正体を明かしてくれた。
「ハハハ……、弓を取り出すまでもない。あれはエクドラル王国軍の騎馬隊だ。1個小隊ほどだから、かなり砂塵を上げているが砦周辺の監視を行っていたのだろう。我等を見付けてやって来るだけだ」
「それにしては、かなりの速度を出してますね……。あれなら魔族は近寄ることも出来ないでしょう」
魔族に騎馬隊はいるのだろうか?
まだ見たこともないし、聞いたこともない。だが騎馬隊があるのとないのでは、軍が相対した時の作戦がかなり変わってくる。
敵の側面を突けるし、一撃離脱を繰り返されたらどんどん戦力がどんどん消耗してしまいかねない。俺達の国は防衛戦だけだけど、広い領地を持つとなると騎馬隊は必要になるってことかな。
「ユリアン、先触れに向かってくれ!」
「了解です!」
ユリアンさんが砂塵を上げてやって来る騎馬隊に向かって馬を駆って行った。
俺達は止まらずに、そのまま西へと向かう。
だんだん近づいて来る騎馬隊が気になるんだけど、さすがに最初見た時の速度は出していないようだ。
3騎が小隊の前にいるけど、その内の1騎はユリアンさんだな。
槍先を下げて、どんどん俺達に近づいて来る。
やがて3騎が俺達の傍にやってくると、馬上から俺達の言葉を掛けてきた。
「フィーネ殿が砦に来ていただけると聞きましたので、直ぐに砦に知らせを向かわせました。あらかじめ知らせて頂けたなら、迎えを出せたのですが……」
「役目ご苦労! 砦で確認したことがあっただけだ。確認したいのは私では無いぞ。隣のボニールに乗っているレオン殿なのだが、さすがに単独で砦に向かわせるわけにもいかぬ。砦の監察に行くのではないから案ずることはない」
フィーネさんの話を聞いて、2人の騎士が俺に顔を向ける。
どこのどいつだ? という表情なんだよなぁ。
「大事にしたくは無かったんですが、北の国の者です。砦で俺達の仕掛けを見ることができるかを確かめたいと思って向かっています。長剣検定2級の腕ですから、砦を害すること等無理ですよ」
「ハハハ……。あまり卑下するのも良くないぞ。長剣の腕が無くともそれを上回る技量がある人物だ。父上も良く知る人物だから砦に招待しても問題は無かろう」
「オルバス閣下の知り合いであるなら、何ら問題はありません。砦の指令官はアイボス閣下です。魔族討伐部隊の総指揮を王子殿下より拝命しています」
「アイボス卿か……。殿下も中々だな」
どんな人物なんだろう?
2人の話を聞いていると、部門貴族の1人なんだろうけど、王国軍を率いてはいなかったようだな。
新たな部隊創設によって、総指揮を任されたということか。
「見えてきたな。思ったよりも規模が大きい……」
「1個大隊超える数を収容できます。通常は2個中隊を常駐させています」
「なるほど……。見張り台は1つか」
「柵の上に通路を作っていますから、通路を周回しての監視も行っています。北を見張るなら 見張り台は1つで良かろうということになりまして」
砦を囲む柵は丸太を並べたものだ。将来は石造りにするかもしれないけど、急造だからなぁ。
それでも柵の高さは4ユーデはあるんじゃないか? 十分に魔族を阻止できる。たぶん周囲に空堀も作ってあるのだろう。
そんな砦の柵から1つ飛びぬけた建造物が見張り台らしい。
周囲を板で囲ってあるし、最上部にも簡単な屋根が付いている。あれなら無理なく監視が出来るだろう。
だいぶ日が傾いてきたな。
このまま行くと、夕暮れ時になりそうだ。
門の両側に松明が2つずつ並べられている。
松明がたくさんあると、それだけで歓迎されているという感じになってしまうんだから、俺達も見習うべきかもしれないな。
門をくぐると、100ユーデ近い広場を中心にして柵沿いに建物が並んでいる。その中の正面にある一際大きな建物の前に10人ほどが並んでいた。
「レオン殿、馬を下りるぞ!」
「了解です」
ボニールから下りると、直ぐに少年がやってきて俺達の馬を引いていく。厩舎があるみたいだな。少年達は世話係で雇われているんだろう。
フィーネさんの後ろをナナちゃんと並んで歩く。
弓を仕舞い忘れたからそのまま右手に持っているんだけど、フィーネさん達は槍だからなあ。俺も槍を用意して方が良かったかな?
やはり司令官ともなると、良い軍服を着ているし、胸の勲章も輝いている。
年代は父上よりも年上のようだ。軍を率いての行軍等しないのだろう。この砦で地図を眺めて日々を送っているのかな?
「マーベル国大使のフィーネだ。今回は司令官殿に協力願いたいことがあって参上した次第」
「ようこそおいでくださいました。先ずは中にご案内いたします。……後ろは、護衛ですかな?」
「護衛に見えてしまうとはなぁ……」
俺に振り返ったフィーネさんは今にも噴き出しそうな表情だ。
普段着しかないからねぇ。いつもの革の上下なんだけど、だいぶ着古されて良い感じの色になっているんだけど……。
「初めてお目に掛かります。北に建国したマーベル共和国の大統領補佐官であるレオン・デラ・オリガンと言います」
「オリガン! あのオリガン家の!! 失礼いたしました。この砦の司令官を拝命しております、エルダー・アイボスと申します。どうぞ、中に……」
司令官自らが、俺達を案内してくれた。
通された部屋は、会議室ではなく立派な応接室だった。
進められるままにソファーに腰を下ろしたんだけど、汚さないように気を付けないといけないような立派な品だ。
ナナちゃんも不安そうな顔をして俺を見てるんだよなぁ。
さて、どう話を切り出したらよいかと悩んでいると、トントンと扉が叩かれネコ族のお姉さんが俺達にお茶を運んできてくれた。
さっそく戴いて、頭の中を整理する。
「エクドラル王国とマーベル共和国の間で友好条約が締結されたことは御存じと思う」
「おかげで、とんでもない兵器がこの砦に設けられました。フイフイ砲とやらを北と西に2基ずつ設置しましたぞ。飛距離が300ユーデを越えた時には誰もが驚きました」
「そのフイフイ砲の考案者が隣のレオン殿だ。オリガン家は武技だけを誇る家では無いようだな」
「まだ少年のようですが?」
「ハーフエルフ族だ。あの国の住民は全て獣人族。侮るようでは軽く討ち取られるのがオチだな。現に2個中隊で魔族2個大隊を退けている」
「それほどの戦略を立案できると?」
「けっこう賑やかな連中だが、レオン殿の指示をしっかりと聞いている。……後ろの騎士! 抜いても構わんが、責任は自分で取れるのだろうな? レオン殿に危害を加えたなら王子殿下、私の父上も黙っていないぞ。一族全員が極刑すら優しい刑罰と思えるような仕打ちを受けるだろう。だが、オリガン家の人物をお主は倒せると思っているのか? 父上でさえ敵わぬと言わしめた人物だぞ!!」
まあ、試したいと思ったんだろうな。俺を倒せるなら王国内に誇れるとでも思っていたのかな。それにしても、極刑でも生ぬるいとはどんな刑罰を与えるんだろう?
その場で直立不動の姿勢を保っていた騎士が、ゆっくりと長剣を剣帯事外して床に落とした。
「ご無礼を働きました。この罰は私だけにお与えください」
「あまり気にしていませんから、どうぞ剣帯を戻してください。とはいえ、騎士が長剣2級の俺を相手にしても誇れることではないでしょう。一時は敵対したこともありますから、恨まれることは承知しています」
「だそうだ。だが、長剣の腕が無くともレオン殿はお前を倒せるだろう。あまり波風を立てぬようにな。そうだ! レオン殿。せっかく弓を持参したのだ。イエティの目に矢を射込む腕を、砦の弓兵達に見せてやってくれぬか?」
「偶々ですよ。あまり誇るのも……」
「12本の矢で9体のイエティの目を射抜くのは、偶々とは言わんぞ。それに、残りの3本はわざと外しただろう。手負いのイエティを味方に狩らせるためにな」
知っていたか……。そんなことは良く気が付くんだから困った人だ。
話題が逸れたのを幸いに、騎士が長剣を掴んで部屋を出て行った。後で叱責されないか心配になってしまうけど、とりあえずはこれで良いのだろう。




